第93話 夢の分析
仲間たちが、1人、またひとりと、それぞれの部屋へと戻っていく。
残されたのはリリエルと、ジャン、そしてルナの3人だけだった。
「こうして生きていること自体、奇跡なのよね」
リリエルは微笑みながらも、声に震えを含ませる。
「もう、本当にダメだと思ったの。でも・・・・・・最後に、こうしてみんなと笑っていられて・・・・・・嬉しいわ」
その言葉に、ルナの大きな瞳が潤んだ。
「ねぇ、今日はリリエルと一緒に寝たい!」
子どものように両手を広げて訴えるルナの姿に、ジャンも苦笑を浮かべる。
「そうだな。次にいつ、こんな風に肩を並べていられるか分からないんだ。いいと思うぞ」
部屋へ戻ろうと立ち上がった時、ルナが勢いよく振り返った。
「ジャンも一緒に!だよ!」
リリエルは目を細め、わざとらしく肩をすくめる。
「みんな一緒は構わないけれど・・・・・・。もしも2人が、あんまりいちゃいちゃするようなら、追い出すからね?」
茶目っ気を含んだ口調に、ルナは「むーっ」と頬をふくらませた。
「そんなの・・・・・・しないもん」
口では不満を漏らしながらも、承諾したように小さくうなずいた。
3人でひとつの部屋に入り込むと、すぐに眠気が襲ってきた。
ドラゴンとの戦いの疲労が、体の芯まで染み込んでいたのだ。
翌日、東の空がわずかに明るみ始めた。
その時・・・・・・。
「うわあああぁぁぁ!!」
「いやーーーーっ!!」
「きゃああぁぁぁ!!」
3つの悲鳴が重なり、3人は布団を跳ね飛ばして飛び起きた。
3人は、朝焼けに染まる部屋で、心臓を激しく打ちながら互いの顔を見合わせる。
息は荒く、まるで現実の戦いから逃れてきた直後のように肩が上下している。
リリエルは額から汗を滴らせ、両手で口元を押さえていた。
蒼白な頬が震え、瞳には恐怖と安堵が入り混じる。
理知的な彼女らしからぬ怯えが露わになり、夢に見た死の感触を振り払うように、指先が小さく痙攣していた。
ルナは髪を乱し、涙をにじませながら布団を握りしめていた。
全身に玉のような汗を吹き出し、肩で息をしながら
「いや・・・・・・やだ・・・・・・」
と小さく繰り返す。
その姿は、夢の中で見た惨劇にまだ囚われている子どものようだった。
ジャンもまた、背中に冷や汗をびっしりと浮かべ、荒い呼吸を整えようと胸を押さえていた。
普段の落ち着きは影を潜め、顔色は青ざめ、こめかみに汗が流れている。
何度も瞬きをしながら、夢と現実を切り離そうと必死に意識を戻そうとしていた。
3人とも、寝巻きは肌に張りつき、汗で重く濡れていた。
まるで全身を熱風に焼かれた後のように、体は震え、心臓の鼓動が耳の奥で響き続けていた。
それはただの悪夢。
そう理解しながらも、夢の中で
「確かに死んだ」
感触は消えず、全員の瞳に深い影を残していた。
3人の荒い呼吸が、しばらくは部屋に充満していた。
鼓動の音が少しずつ静まり、ようやく言葉が喉を通るようになる。
最初に声を発したのは、リリエルだった。
「これ・・・・・・夢・・・・・・だったのかしら?」
かすれた声で呟き、濡れた頬に手を当てる。
その指先に、まだ自分の震えが残っているのを確かめるように。
ルナは涙で濡れた目をこすりながら、怯えた子どものようにジャンへ視線を向けた。
「い、今の・・・・・・ドラゴンに・・・・・・やられちゃった・・・・・・夢?」
肩をすくめながら、声を震わせる。
ジャンは深く息を吐き出し、額に手を当てて目を閉じた。
「ああ。夢・・・・・・だよな、きっと。だけど・・・・・・あまりに、リアルすぎた」
喉の奥に残る焦げつくような息苦しさが、まだ夢の続きのようで、完全には言葉を信じ切れない。
3人は互いの顔を見合わせ、無言のまま小さくうなずいた。
現実ではない。
そう言い聞かせなければ、心が崩れてしまいそうだった。
やがてリリエルが小さく息を整え、布団の端を握りしめながら口を開いた。
「私・・・・・・夢の中で、最後に・・・・・・」
言いかけたところで、ルナが「わたしも・・・・・・」と重ね、ジャンもまた「オレも同じだ」と呟く。
3人とも、夢の中で確かに“死んだ”感触を覚えていた。
それぞれの体験を語ろうと、互いに言葉を探し始めるのだった。
話し始めれば始めるほど、3人の夢の情景は、まるでひとつの物語の断片を語り合っているかのように重なっていった。
小さな違いもなく、息遣いや叫びのひとつひとつまで同じであることに、全員の背筋がぞくりと震える。
リリエルは震える声で、見たままを言葉に変えた。
「ルナが・・・・・・泣きながら杖を構えたの。『ジャンは絶対に、死なせない』って、涙を拭いもせずに・・・・・・。私もその隣に立って、手を重ねて・・・・・・『やるわよ、一緒に』って」
彼女の言葉に、ルナもジャンも思わず息をのむ。
リリエルは続けた。
「その後・・・・・・2人の魔力が重なって、眩しいほどに広がった。ルナのウインドブラストと、私のウインドカッターが、嵐に閃く刃みたいに・・・・・・」
語れば語るほど、夢の中の光景は現実の記憶と錯覚するほど鮮明に蘇り、3人の胸を締めつけていった。
「でも・・・・・・」
ルナが小さく唇を噛みしめ、怯えたように声を漏らした。
「そこから・・・・・・現実と違ってたんだよね。私たち・・・・・・最後の力を振り絞って、ドラゴンに向かって魔法を放ったんだ。『これで終わらせる!』って、リリエルと声を揃えて・・・・・・」
記憶を辿るたびに、夢の熱が蘇る。
「でも・・・・・・炎に・・・・・・呑み込まれたの。私も、リリエルも・・・・・・。燃えて、崩れ落ちて」
ルナは喉を詰まらせ、震える唇で最後の言葉を吐き出した。
「私はジャンに・・・・・・助けて、って・・・・・・叫んだの」
リリエルの頬が蒼白になり、固く唇を噛みしめる。
「私も、その隣で・・・・・・倒れたわ」
ジャンは深く息を吸い、吐き、やがて低い声で告げた。
「夢の中でのオレは・・・・・・完全に意識を失っていたわけじゃなかった。ルナとリリエルが、炎に呑まれて崩れ落ちるのを、最後まで見届けてから・・・・・・死んだ」
その言葉が落ちた瞬間、ルナもリリエルも全身を震わせた。
互いの視線が交わり、そこに浮かぶのは、まったく同じ夢を見たと悟った恐怖。
3人の間に、戦いの残滓のような重苦しい沈黙が落ちた。
リリエルは唇を震わせながら、恐る恐る問いかけた。
「まさか・・・・・・その後、私たちが死んだのを見届けたドラゴンも・・・・・・力尽きて、光に還っていった・・・・・・そこまで、一緒ってことはない・・・・・・わよね?」
その一言に、ルナもジャンも息を呑み、言葉を失った。
目を見開き、互いの表情を確かめ合う。
沈黙が続き、少しして落ち着いた時
「そこで・・・・・、目が覚めたんだよ」
ルナが涙声で告げ、ジャンも重苦しい声で続ける。
「ああ・・・・・・オレも、だ」
リリエルは目を見開き、肩を抱いて身を震わせた。
まったく同じ結末を迎え、同じ場面で目を覚ました・・・・・・。
しばし、誰も口を開けなかった。
やがて、リリエルが自分に言い聞かせるように口を開く。
「どうして・・・・・・こんな夢を、3人で一緒に見たのかしら。偶然・・・・・・で済ませられるものなの?」
「運命みたいなもの・・・・・・なのかな」
ルナが小さく震える声で言った。
「やっぱり、夢・・・・・・だったのでしょうか。あまりに鮮明で・・・・・・」
リリエルが両手を膝に置き、そっと目を伏せる。
ジャンは額に手を当て、苦々しく唇を噛む。
「ただの夢じゃない気がする。あまりにも細部まで同じだ。」
リリエルが静かに言葉を重ねる。
「夢は心の奥を映すものだと・・・・・・ずっと信じてきました」
その言葉に、ルナが肩を震わせる。
「そうかもしれない。だって、私たち、前にもドラゴンに挑んで・・・・・・結局、逃げ帰ったよね。あのときも、3人とも炎に呑まれて死ぬ夢を見た・・・・・・。きっと、また死ぬかもしれないって恐怖が残ってたんだよ。だから同じ夢を見たんじゃないかな・・・・・・」
ジャンは腕を組み、眉を寄せる。
「だとしても・・・・・・なぜ全員が、まったく同じ夢を見る?普通はそれぞれ違ってもおかしくないだろう」
ルナは少し考え込み、答えた。
「ジャンとあたしは魔力まで似てるの! しかも今は恋人同士だもん!」
言い終えると、ルナは胸を張った。
リリエルが静かに問いかける。
「では・・・・・・私が同じ夢を見た理由は?」
ジャンは一瞬迷い、やがて低く言った。
「リリエルは、昔は同じパーティーだった。ルシウスとゼノンが、オレを殺そうとしたときの恐怖・・・・・・。それがドラゴンの恐怖と重なったんじゃないか?」
ルナとリリエルは目を見合わせ、しばし黙考したのち、同時にうなずいた。
「そうかも!?」
「そうだよ!!」
納得した途端、ルナは勢いよくジャンに飛びついた。
「ジャン・・・・・・怖かったよ・・・・・・ほんとにーっ!」
しがみついて離れようとしないルナに、リリエルがくすっと笑いながら言う。
「いい加減にしないと、部屋から追い出すわよ?」
その一言にルナは慌ててジャンから身を離し、おとなしく座り直した。
リリエルが笑い出し、それにつられてジャンも笑い、最後にはルナも頬を膨らませ、プッと吹き出すと笑った。
窓の外から朝の光が差し込み、早朝の緊張はようやく溶けていく。
3人は並んで部屋を出ると、宿の朝食会場へと歩き出した。
朝食会場は、すでに旅人や商人でにぎわっていた。
いつものように出来立てのパンの香ばしい匂いと、湯気の立つスープの匂いが漂い、空腹を思い出させる。
テーブルに着くと、ルナは待ちきれないとばかりにパンを手に取り、大きくかぶりついた。
「んんっ・・・・・・おいしぃー!昨日の戦いの疲れが吹き飛んじゃう!」
口いっぱいに ほおばったまましゃべるので、リリエルが眉をひそめる。
「ルナ・・・・・・食べながら話さないで。見ていて落ち着かないわ」
「だってぇー、お腹空いてたんだもん!」
と、ルナはパンを両手で隠すように抱え込み
まるで獲物を守る小動物のようだ。
ジャンは苦笑しながらスープを口に運び、
「はは・・・・・・ルナが食べてると、こっちまで元気になるな」
と呟く。
ルナは照れくさそうに笑い、頬を赤く染める。
「でしょ?ジャンももっと食べなよ!はい、あーん!」
突然パンを差し出され、ジャンは思わずむせそうになった。
「お、おい・・・・・・!ここでそれは・・・・・・」
リリエルは額に手を当て、ため息をつく。
「朝から仲睦まじいのは結構ですけれど・・・・・・公共の場ですから、ほどほどにしてくださいね」
ルナはパンを自分でかじりなおして、もぐもぐしながら、
「えへへ・・・・・・じゃあ、ほどほどにしとくよー」
と笑った。
そんな彼女に釣られるように、ジャンも、リリエルも自然と口元がほころぶ。
ルナが突然、パンを置いて問いかけた。
「ところで、ジャン?」
いつものように元気いっぱいの声だが、その瞳にはどこか探るような光が宿っている。
「ん?なんだ?」
ジャンはカップを口に運びながら、至って平然と答えた。
だが、ルナの次の言葉に、彼の表情は一瞬にして凍りつくことになる。
「ドラゴンの戦いでさ」
ルナはここまで言うと、全身で「キラキラ」と輝くような動きをして
「どうして7色の技を使わなかったの?」
その子供っぽい仕草は、食堂の他の冒険者たちの視線も集めかねない勢いだ。
「使ってたら、もっと早く倒せたよね?ジャン?」
純粋無垢な疑問を投げかけるルナに、ジャンの額にはツーッと冷や汗が流れ落ちた。
口元は引きつり、目線は宙を泳ぐ。
「あー・・・・・・その、だな・・・・・・、えーっと、それは・・・・・・」
あいまいな返事しかできないジャンに、ルナはさらに畳みかける。
「あれを使ってたら、絶対にこんなに苦戦しなかったもん!もっと楽に勝てたよね!?」
その言葉に、それまで静かに耳を傾けていたリリエルが、ふと顔を上げた。
彼女の切れ長の瞳が、ジャンの顔をまっすぐに捉える。
「そう言えば・・・・・・、魔力弾というのも、ドラゴンと初めて戦った時は使っていたのに、今回は使ってないわよね?」
リリエルの冷静な指摘は、ジャンにとってトドメの一撃だった。
彼は顔から血の気を引かせ、さらに冷や汗を流しながら、テーブルに視線を落とした。
「わ、悪い!」
ジャンの絞り出すような声に、ルナは目を丸くして「え?」と小さく声を上げた。
リリエルもまた、驚きの表情で、わずかに眉をひそめている。
「今回・・・・・・、忘れてたんだ」
ジャンの告白は、まるで乾いた大地に雷が落ちたかのようだった。
彼は観念したように、項垂れたまま言葉を続ける。
「レインボーアローを使えば、確かに、もっと早くドラゴンを倒せたな。あの時・・・・・・焦っていて、頭から抜け落ちていたんだ。覚えたての魔法だったし・・・・・・」
その瞬間、ルナとリリエルの、文字通りの悲鳴が、朝の食堂に響き渡った。
「「ええええええええっ!?」」
それは、2人の驚きと呆れ、そして怒りが入り混じった、感情の爆発だった。
食堂中の視線が一斉に3人に集中し、冒険者たちはざわめきながら、まさかの「忘れ物」に固唾を飲んだ。
ジャンの顔は真っ青になる。
「そのせいで、私たち3人死にかけたの!?」
ルナはテーブルを叩きながら憤慨し
リリエルは、深い溜息をつくのだった。
ほんの少し前、同じ悪夢に震えていたとは思えないほど、にぎやかな朝だった。
???「読んでくださって、心から感謝いたしますわ!」
???「私が誰なのか、知りたいですって? ふふっ、聞かないでくださいまし」
???「読者のみなさんは、気になりませんこと?」
???「何の事か、ですって? あの3人が見た、ちょっとした“夢の断片”ですわ」
???「あらあら、39話と同じ流れになってしまいますわね。私は作者の事なんて知りませんし、まあ、どうでもいい事ですわ」
???「この物語は91話の途中から始まりますの」
???「ふふふっ、せっかくですから、ここでそっとお見せして差し上げますわ」
???「3人が飛び上がって起きた理由が分かりますわよ」
???「では、次回も楽しみに待ってくださいます? お時間のある方は、どうぞごゆるりとお読みくださいまし」
ーーーーーー
ルナはジャンの顔を見つめた。
血に濡れた頬、閉じられた瞳。
胸の奥からこみ上げる悲しみが、怒りと決意へと変わっていく。
「ジャン・・・・・見てて!絶対に、勝つから!・・・・・・ジャンは絶対に、死なせない!」
涙を拭うことなく、ルナは杖を構えた。
リリエルも隣に立ち、震える手を重ねる。
「やるわよ!一緒に!」
「うんっ・・・・・泣いてばかりじゃダメだから!今、私が守るよ!」
2人の声が響き、魔力が解き放たれる。
ルナのウインドブラストと
リリエルのウインドカッターが絡み合い
嵐のような奔流となってドラゴンへ突き進む。
「「これで・・・・・・終わらせる!!」」
2人の声が重なる。
だが、ドラゴンもまた死を拒んだ。
口腔に炎が渦巻き、咆哮と共に放たれる。
炎と氷風が激突し、轟音が洞窟を揺らす。
だが、疲労困憊の体から放たれた魔法は徐々に押し返され、やがて呑み込まれていった。
「うそっ!? ・・・・・・いや!」
ルナが目を見開く。
次の瞬間、炎が2人を包んだ。
「ジャンっ! 助けてーーーっ!!」
ルナの最後の叫びが響き、身体は崩れ落ちる。
「あああぁぁぁーーー!!!」
リリエルもまた隣で力尽き、床に倒れ込んだ。
業火がルナとリリエルを包み込む。
(ルナ・・・・・・ル・・・・・・ナ・・・・・・)
わずかに残っていたジャンの意識が、ルナの倒れる姿を映した。
届かない腕を伸ばそうとしたが、力は抜け、視界が暗く閉ざされていく。
その最後の瞬間まで、彼の心はルナの名を呼び続けていた。
塔に、ドラゴンの荒い息がこだまする。
勝利したはずの巨体も、満身創痍だった。
全身に刻まれた氷と風の傷、血を失った4肢が動かず、ついにその膝を折る。
呻き声を上げ、3人の亡骸を睨みながらも、巨体は崩れ落ちた。
やがて、その身体は光に包まれ、ゆっくりと粒子となって空気に溶けていく。
3人を倒したドラゴンもまた、彼らが残した傷によって倒れ、光へと還ったのだ。
36階に残ったのは、静寂と血の匂い。
ジャンの遺体。
ドラゴンの炎で焼かれて残った、ルナとリリエルの骨。
そして散りゆく光の欠片だけだった。




