第8話 調査とルシウスのパーティ崩壊
この話は 11169字 あります(・・;)
通常4000文字~5000文字なので通常の約2話分です。
そして、この話で残酷なシーンが出てきますので、ご注意ください。
ごゆっくりお楽しみください。
朝。ギルドには、志願してきたCクラスのパーティーの中から抽選で選ばれた
比較的強いパーティーが2組
ルシウスのパーティー
カイラスのパーティー
合わせて4組が集まっていた。
ルナはジャンの姿を見つけると、驚きに目を見開き、そっと口元に手を当てた。
次の瞬間には、彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、嗚咽が漏れた。
ルシウスとゼノンもまた、信じられないものを見るような表情でジャンを見つめていた。
「なぜ生きている!?」
彼らの顔にはそんな疑問がありありと浮かんでいた。
リリエルも驚きを隠せない様子だったが、姿を見て安心したのか、すぐにいつもの調子に戻ってジャンのそばに歩み寄る。
「よっ! ルナを泣かせちゃった張本人さん!」
彼女の言葉に、ジャンは心底戸惑った顔をした。
「え、オレ? オレ、全然心当たりがないんだけど。ルナに何かしたか?」
「あんたが生きてて嬉しいのよ」
リリエルはそう言って微笑んだ。
「私も驚いたけど、よくあの状況で生きてたわね」
ジャンの脳裏には、あの時の光景が蘇る。
「見ていたのか?」
「あ、ギルド長が来たから、その話はまた後でね」
リリエルはそう言って、ジャンの答えを待たずに元の場所に戻るとギルド長の方へ視線を向けた。
ギルド長がやって来て、いくつかの説明を終えると、本題に入った。
「昨日の地震の後、塔の中で異常が起こっているのは知っての通りだ。
そこで早速だが、調査をしてほしい。
中はどんな状況か分からないため、命の危険があると判断した時は即時帰還することを許可する。
Cクラスのパーティーは2組が1つのパーティーになって、1階から9階までを調査してもらう。
11階から19階、21階から29階はルシウスのパーティーとカイラスのパーティーで話し合って決めてほしい」
ギルド長が言葉を終えるや否や、ルシウスは迷いなく手を挙げた。
ルシウス「では、私たちが21階以上を担当します」
カイラスもすぐにうなずいた。
カイラス「ああ、頼んだ、じゃあオレたちは11階から調査する」
その後、ギルド職員が注意事項を細かく説明し、解散となった。
解散後、ルシウスは新メンバーらしき見慣れない顔の人物を連れて、足早に塔へ向かっていった。
彼らが去ってしばらくして、カイラスたちも塔へ向かう。
前日の夜、エルミナの部屋を訪れた時の話で盛り上がった。
ジャンがオバケだと思って本気で怖がっていたルミアの様子。
エルミナを救うために新しい魔法を開発しようと考えているというジャンの言葉。
それに、メンバーは驚き、質問攻めにした。
そんな会話をしながら歩いているうちに、彼らは塔に到着し、11階へと足を踏み入れた。
最初に現れたのはストーンバイトだった。
ジャンは迷わず自分とパーティーメンバーに支援魔法をかけた。
「スターフレア!!」
ヒュンヒュヒュンヒュン、と風を切る音とともに炎の弾が飛んでいき、ストーンバイトに着弾した瞬間、断末魔の叫びをあげる間もなく蒸発した。
ジャン「あれ? 弱かったな。ここは普通なのか?」
ジャンが振り返ると、カイラス、ルミア、ライアスは驚愕の表情で完全に固まっていた。
「どうした?」
ジャンの問いかけにも、彼らは反応しない。
ルミア「ね、ねえ、今の見た?」
ライアス「あ、ああ・・・・・なんだ? あれは」
ジャンは2人の視線の先を追うが、そこには何もなかった。
勇者であるはずのカイラスも、呆然と立ち尽くしている。
「何があったんだ?」
ジャンが問いかけて、ようやくカイラスが我に返った。
みんなは驚きの表情のまま口々に話す。
カイラス「いや、この間の睡眠魔法だけでも普通のホワイトマジシャンじゃないとは思ってたが・・・・・」
ルミア「スターフレアを使ったわよ!?」
ライアス「ワシの知識は間違っとるんじゃろうか? スターフレアって、賢者とマジシャンしか使えないと思っていたんだが・・・・・」
ルミア「その認識で合ってるわよ! ジャンが異常なの!」
ルミアの叫びに、ジャンは困惑した表情を浮かべた。
「異常って言われても・・・・・」
ルミアは興奮してまくし立てた。
「支援職って・・・・・、ホワイトマジシャンって通常は支援するための魔法しか使えないの! エルミナがあんたと塔に潜ったら卒倒しちゃうわよ!」
そんな会話をしていると、角から再びストーンバイトが曲がってきた。
ジャン「ファイアーボール・・・・・レイン!」
ジャンの言葉と共に、ストーンバイトに向かって飛んでいった火の玉が、モンスターの少し上で破裂し、火の雨が降り注いだ。
「グギャアア!」
ストーンバイトは悲鳴を上げて倒れた。
「すごい!これも火力が上がってるな!」
そのように興奮しているジャンに対して
3人は再び言葉を失った。
ルミア「何!? なに? 何なの? そのファイアーボールレインって」
ジャン「えーっと、見てもらった通り、火の玉がモンスターの上空で破裂して、火の雨が降り注ぐ魔法だけど・・・・・」
ルミア「ファイアーボールくらい私でも使えるわよ! でもでも、ファイアーボールレインって何なの!? 私、そんな魔法今まで聞いたことない! はぁー、もうわけ分かんない!」
ルミアは頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
ライアスは呆然とつぶやいた。
「規格外・・・・・」
カイラスもまた、遠い目をして空を仰いだ。
「常識って一体なんだろうな?」
その後の戦闘でも、ジャンがかけた支援魔法のステータス上昇率に、3人は目を白黒させた。
何度も固まりながらも、彼らは順調に上の階へと進んでいった。
彼らが和気あいあいと調査を進める一方、先に21階の調査を始めていたルシウスのパーティーは、すでに絶体絶命の危機に陥っていた。
この時、ジャンたちは、自分たちが調査を終えてギルドに戻った時、あんな報告を受けることになるとは、微塵も思っていなかった。
(ルシウスパーティー サイド)
フィリーネ「支援魔法をかけますね」
フィリーネが杖を構えながらルシウスに声をかけた。
ルシウス「いや、モンスターが出てきてからでも問題ないよ」
ルシウスは余裕の笑みを浮かべて答えた。
フィリーネ「いえ、素早いモンスターが出てきてからだと手遅れになる可能性があるので・・・・・」
フィリーネは不安げにルシウスを見つめた。
ルシウス「キミは心配性なんだね。ここは21階だ。多少強いモンスターが出てきても平気だよ。少々支援魔法が遅れても問題ないさ」
この時のルシウスの頭には、ジャンの圧倒的な能力が基準として刷り込まれていた。
無詠唱で複数のステータスを同時にアップさせる魔法は、ジャンを除けば世界に誰もいないが、個別のステータスアップであれば、無詠唱で使える人間は数人存在する。
しかし、その場合、詠唱するよりも遅くなるのが一般的だった。
フィリーネが全ステータスアップを使わない理由は、ジャンが言っていたように、個別に全てのステータスを上げるよりも魔力消費が大きいからだ。
さらに、フィリーネが全ステータスアップを使っても、各ステータスの上昇率は1.4倍程度にしかならないため、彼女もほとんど使ったことがない。
一方で、ジャンは全ステータスアップを使っても、通常通り3倍のステータス上昇率を発揮する。
フィリーネの個別でのステータス上昇率は4倍で、普通の支援をする分にはジャンの上昇率を上回るため、ルシウスが彼女を仲間に加えたのは理にかなっているように見える。
しかし、ジャンは自分自身に支援魔法をかけた上で、仲間にもかけることで6~7倍のステータス上昇率を実現していた。
フィリーネがジャンと同じように自分に魔法をかけてから仲間にかけても、上昇率はせいぜい4.1倍程度にとどまる。
普通のホワイトマジシャンは、フィリーネと同じように自分自身に魔法をかけてから仲間にかけても、ステータス上昇率はほとんど変わらないため、そうするメリットはほぼない。
この大きな違いを、ルシウスは理解していなかった。
彼はパーティーを結成した初期からジャンと行動を共にしていたため、彼の常識が世間とはずれていたのだ。
ルシウス「フィリーネは通常通りやってくれればいいよ」
ルシウスはそう言って、フィリーネの心配を一笑に付した。
その時、角から一匹のモンスターが姿を現した。
そのモンスターを見たルシウス、ゼノン、ルナ、リリエルは、一瞬、凍りついた。
現れたのはメガプロプトスだった。パーティーの面々が固まる様子を見たフィリーネは、誰もが固まってしまうほどの強敵なのかと、恐怖にたじろいだ。
メガプロプトスはその一瞬の隙を見逃さなかった。
巨大な金棒を構えると、一気に間合いを詰めて横に薙いだ。
全員がハッと気づいた。
ゼノンはとっさに防御の姿勢を取り、フィリーネ、ルナ、リリエルは地面を蹴って後ろに飛び退いた。
だが、ルシウスは防御態勢を取ろうとしたところで、金棒が無防備のルシウスと防御態勢に入ったゼノンを直撃した。
ルシウスは天井に叩きつけられ、ゼノンは壁に激突して地面に倒れ込んだ。
フィリーネはすぐにマジックアップを唱え、リリエルはウインドカッター、ルナはフレアを唱えて命中させた。
メガプロプトスは「ガア!」と声を上げ、金棒を高く構えた。
その直後、フィリーネがスピードアップを唱え、フィリーネ、ルナ、リリエルは三方へ散らばって避けた。
その刹那、3人がいた場所に金棒が振り落とされた。
ドガアアアン!という轟音とともに、地面が激しく砕け散った。
ルシウスは直撃を受けたせいか、ぴくりとも動かない。
ゼノンがゆっくりと立ち上がると、フィリーネがパワーアップを唱えた。
ゼノン「今のは効いたぜ!うらあ!」
ゼノンは叫びながら、斧をメガプロプトスに振り下ろした。
ザクッ、と音を立ててメガプロプトスの足に傷をつけ、その反動でゼノンはリリエルの近くに着地した。
その隙に、フィリーネがディフェンスアップを唱える。
「回復をたの・・・」
そう言いかけたゼノンに、メガプロプトスが金棒をリリエルとゼノンめがけて振り下ろしてきた。
2人は間一髪で避けるが、メガプロプトスは金棒を地面に叩きつけた反動で少し浮き上がった金棒を、横に薙いだ。
そこにはフィリーネと、着地した直後のリリエルがいた。2人は防御したものの、金棒の直撃を受けてしまう。
ドーン!と壁に叩きつけられる2人。
フィリーネ・リリエル「「がはっ!」」
2人は肺の中の空気をすべて吐き出し、苦しみの中で意識を失った。
ルナ「リリエル!!フィリーネ!!」
ルナは悲痛な叫びを上げ、視線を2人からメガプロプトスに移すと、フレアを唱えた。
メガプロプトスは「ガアア!」と叫び、ルナを睨みつけて走り出そうとした。
その瞬間、「ドス!」とゼノンが攻撃を加えて叫んだ。
「ルナ!!お前だけでも逃げろ!このままじゃ全滅だ!!」
「イヤ!1人でも多く・・・」
ルナの言葉を遮り、ゼノンは続ける。
「この状況が分からねえのか!全滅より・・・」
メガプロプトスは金棒を振り上げ、ゼノンに振り下ろす。
ガアアン!
と音が響き、ゼノンは斧を横にして受け止めた。同時に、ルナがフレアを放つ。
「ウガアア!」
メガプロプトスはまるで、しつこくつきまとうハエか何かを追い払えず苛立っている人のように見えた。
その直後、ルナはメガプロプトスが一瞬ニヤリと笑ったように見えた。
大きく金棒を振り上げ、振り下ろした先には、未だ意識の戻らないルシウスがいた。
ルナ「ダメーーーー!フレア!!!」
ドーン!ぐちゃぁ!
フレアが命中したのと、金棒がルシウスに当たったのは同時だった。
ルシウスは原形をとどめないほどバラバラになっていた。
背中にフレアを受けても、メガプロプトスは金棒を持ち上げては振り下ろし、まるでイライラを発散させるかのように既に原形のないルシウスを何度も何度も叩きつけた。
ルナ「いやああああーーーーー!!!」
ルナは頭を抱えて絶叫した。
その時、リリエルがゆっくりと頭を上げ、その惨状を見て青ざめていた。
ゼノンは攻撃を加えながら叫ぶ。
ゼノン「リリエル、ルナを連れて逃げろ!!」
幸いにも階段はそう遠くないため、逃げようと思えば逃げられる。
リリエルは意識を失っているフィリーネを背負い、放心状態のルナの手を取って、来た道を走り出した。
ルナはリリエルに引っ張られるまま、無意識に走り続けた。
この塔の構造として、階段の周り半径16~17フィートくらいまで結界が張られており、モンスターは階段に近づけないようになっている。
結界に入ったところで、ルナの目に光が戻った。
ルナ「やっぱりゼノンを助けてくる!!」
そして、リリエルの「待ちなさい!」という声もむなしく、ルナは来た道を駆け出した。
ルナはすぐにゼノンのもとに着いたが、そこで目にしたのは、折れた斧と、仰向けに倒れているゼノンの姿だった。
メガプロプトスは金棒を振り上げている。
ゼノン「戻・・・・・てくる・・・・・な、行・・・」
ゼノンはかすれた声で言った。
ルナ「やめてーーー!!!」
ルナは絶叫したが、無情にも金棒が振り降ろされる。
グチャ!
先ほどと同じように、メガプロプトスは金棒を持ち上げては振り下ろし、持ち上げては振り下ろし、グッホグッホ、と喜びの声を上げながら何度も叩きつけた。
ルナの目は怒気がみなぎっていて大声で叫んだ。
「許さない!!エクスプロージョン!!」
ドガーーン!
メガプロプトスのお腹周辺で大きな爆発が起きた。
爆発と同時に、ルナは「え?」と声を上げた。
戻ってきたリリエルがルナに平手打ちをしていたのだ。
「あんたまで死んじゃったら、私たちはどうしたら良いのよ!お願いだから・・・・・」
リリエルはそう言って、歯を食いしばりながらルナを見つめた。
「でも・・・・・だって・・・・・」
困惑しながらルナは答えていた。
爆発で舞い上がった砂埃が少しずつ晴れていき、視界が徐々にクリアになっていくと、メガプロプトスのシルエットが見え始めた。
ルナは、メガプロプトスのシルエットを見ると、今は倒せない事を悟った。
そして小さく「うん」と言うと、リリエルと共に階段まで走った。
階段近くで、リリエルはルナを抱きしめ、泣きながら言った。
「よか・・・・・った。ルナまで居な・・・・・居なくなってたら、私、わた・・・・・し・・・・・」
その場で2人はしばらくの間、声を上げて泣き続けた。
一方、順調に進んでいたジャンたちは18階に来ていた。
カイラスたちが11階から上がってくる際、最初の戦闘だけはジャンが自分にステータスアップをかけてから仲間にかけていた。
しかし、モンスターがそこまで強くないため、通常の支援方法に戻していた。
エルミナもフィリーネと同じく、ステータス上昇率は4倍で、ジャンは3倍なので、やや弱くなるものの、ほぼ通常の強さで戦えるため、調査にはちょうど良いとカイラスは言っていた。
「信じられないかもしれないが、ここは18階は危ない。クリブンに瓜二つのモンスターが出るんだ」
ジャンは真剣な表情でカイラスに語りかけた。
カイラス「クリブンって、あの2階とか3階に出てくるモンスターか?」
カイラスは驚いたように聞き返した。
「ああ、見かけはそっくりでも、マジックアップしている自分のフレアでさえ一発では倒せない強敵だ。そのモンスターはギルド長も知っている」
その時の事を思い出しながら、答えた。
「分かった、気を引き締めて行こう」
カイラスは表情を引き締め、うなずいた。
ジャンは自分にステータスアップをかけ、パーティー全体に魔法をかけた。
「うおおおお!さっきまでの直接ステータスアップをかけてくれてたのとは全然違うな!おい!」
ライアスは興奮したように叫んだ。
「ああ、これならオレ以外の誰が戦っても難しくはないだろう」
ジャンは笑顔で言うと
「そもそも、戦力になるホワイトマジシャンなんていないけどね」
ルミアの言葉に、みんなで笑いあった。
ルミア、ジャン、ライアス、そしてカイラスは、難なく18階の攻略を終え、ほっと一息ついていた。
「何だよー。クリブン楽しみにしてたのによー」
ライアスは、心底残念そうに大声で叫んだ。
クリブンに会えなかったことが、ひどく不満らしい。
ジャンは困ったように眉を下げて、ライアスに答える。
「そうだな・・・・・。出る日と出ない日がある・・・・・のか?」
確信のない口調で呟いたジャンの言葉に、カイラスが大きく首を横に振った。
「いやいや、それは無いだろう・・・・・ん? いや、あり得るかもしれないな」
そう言って、カイラスは顎に手を当てて考え込む。
「実際にここまでの階は地震前までより強くなってるしな。あるいは他に何か条件があるとか?」
カイラスの言葉に、ルミアが静かに頷いた。
「そうね。今は分からないわね」
ルミアは、冷静に結論を導き出す。
「そうなるとCクラスが安全に攻略できるのは17階まで、となるわね」
すると、ライアスがビシッとジャンを指差した。
「お前のようなチート級のホワイトマジシャンがCクラスにいれば話は変わるだろうがな。がははは」
ライアスは豪快に笑いながらそう言って、ジャンの肩をバンバンと叩いた。
ジャンは苦い顔をしながら、困惑したような声で応じる。
「チートって言われてもなぁ」
いつものように賑やかに、そして和やかに、一行は19階まで難なく調査を終えた。
そのままギルドが見える所まで戻ってくると、ライアスがわくわくした表情で2人に尋ねる。
「ルシウスたちはどこまで行ったと思う?ワシは23階くらいまでは行ったと思うな」
ルミアとカイラスは、楽しそうに話すライアスの言葉に同意するように頷いた。
ジャンは1人、少し考えてから、自分の考えを口にする。
「19階までのモンスターの強さを考えると、22階か・・・・・新しく入ったホワイトマジシャン次第では24・・・・・いや、22階で!」
ジャンがそう言い終わると、ライアスがにやりと笑って言った。
「じゃあ、夕飯かけようぜ。ワシ今日は腹減ってるんだ」
ここまで明るい雰囲気でギルドに到着した一行だったが、ギルドの入り口をくぐった瞬間、その場を支配するただならぬ重苦しい空気に気づき、表情を硬くした。
一体何があったのだろうか。
胸騒ぎを覚え、一行は受付へと急いだ。
受付に向かう途中、ジャンは奥の椅子に座って頭を抱えているリリエルを見かけた。
彼女のただならぬ様子に声をかけようか迷ったが、まずはみんなと受付へ向かうことを優先した。
受付で聞いた話は、想像を絶するものだった。
ゼノンとルシウスは戦死。
フィリーネはメガプロプトスに薙ぎ払われ、意識不明のまま教会へ運ばれた。
ルナはギルドでしばらく休んでいたが、突然奇声を発し、大声で泣き叫んだり、大笑いしたり、何もない空中から何かを必死に取ろうとするなど、様々な異常な行動が認められたため、神父に連れられて教会へ行ったという。
ジャンは呆然と立ち尽くした。
(どういう事だ?つい今朝会ったばかりのルシウスたちが!?もうこの世に・・・・・?)
ジャンは唇をきつく引き結び、拳を握りしめた。
「リリエルの元へ行ってくる」
ジャンはカイラスたちに、後でエルミナの様子を見に行くことを約束し、リリエルの元へと急いだ。
リリエルの元へたどり着き、「リリエル」と声をかけたものの、彼女の頭を抱えて座り込んでいる姿を前に、ジャンは言葉を失った。
何を話せばいいのか、何から聞けばいいのか。言葉が喉の奥につっかえ、出てこない。
そんなジャンの様子に気づいたのか、リリエルは抑揚のない、まるで感情を失った人形のような声で話し始めた。
「入って来た時の感じから、そっちは順調だったようね。こっちは聞いての通りよ。色々間違えちゃったの」
リリエルは顔を上げず、座り込んだまま続けた。
「まずフィリーネの事を何も知らなかった」
ジャンの頭の中に疑問が浮かんだ。
「フィリーネって新しいメンバーの事か?」
ジャンがそう尋ねると、リリエルはゆっくりと顔を上げた。
その表情は憔悴しきっていて、目の下にはくっきりと涙の跡が見て取れた。
「そうね、ジャンは知らなかったわね。そう、ジャンと入れ違いで入った子」
リリエルは力なく微笑んだ。
「そして21階でいきなりメガプロプトスと遭遇したのよ」
その言葉に、ジャンは驚愕した。
「21階に!?あの41階で戦ったメガプロプトスだって!? 当然すぐに逃げようと・・・・・」
ジャンの言葉を遮るように、リリエルは静かに、しかし力強く言った。
「しなかったから、こんな事になってるの」
リリエルの声には、深い後悔と悲しみが滲んでいた。
「無理もないけど、ルシウスの中では、ホワイトマジシャンと言えば、ジャンが基準だったみたいね」
リリエルは静かに過去を振り返るように話し始めた。
「メガプロプトスを見た瞬間、私たちは全員固まっちゃったの。もしあの時にジャンがいれば、すぐに複数のステータスアップをかけてくれて、何とかなっていたかもしれない」
彼女の声が震えだした。
「でもね、固まってた一瞬の間に距離を詰められて、フィリーネとルナと私は何とか躱したけど、ルシウスは直撃を食らって意識を失った」
リリエルは、苦しそうに顔を歪めた。
「ゼノンは何とか防御したけど重傷を負ってたわ。ゼノンの回復をしたくてもメガプロプトスの攻撃を避けるので精いっぱいだった」
彼女は目に涙を溜め、言葉を詰まらせながら続けた。
「でもすぐに私とフィリーネはメガプロプトスの攻撃を受けて意識がなくなったの」
リリエルは一度言葉を区切り、深く息を吐いた。
「次に私が目を覚ましたのは、ルナの叫び声だった。ルナの視線を追うと、血だらけで原形をとどめていないルシウスの姿があったわ」
ジャンの顔が、見る見るうちに青ざめていく。
「たぶんルナは殺される瞬間を見ちゃったのね。戦ってたゼノンに言われて3人で21階の階段まで戻ったのに、ルナはゼノンを助けに戻っちゃったの」
ジャンの表情が絶望に染まった。
「そんな! 自殺行為じゃないか!」
リリエルは、かすれた声で頷いた。
「ええ、そうね。でもまだ生きている仲間を・・・・・、ゼノンを見捨てたくない、助けたいって気持ちは分かるでしょ?」
ジャンは何も言えなかった。
「ただ戻ったタイミングは最悪だった。ゼノンがメガプロプトスに潰される所を見ちゃったんだと思う」
リリエルは、辛そうに目を伏せた。
「そこでルナの心は崩壊したんだと思うの。私はフィリーネを安全な所に降ろして、ルナの後を追ったわ」
彼女は、深く後悔するような表情を浮かべた。
「エクスプロージョンを放ってもなお、戦おうとする彼女を見てビンタした」
リリエルの頬に、一筋の涙が伝った。
「そして私の必死のお願いに、一瞬だけ心が戻ったのかも知れない。ギルドに戻るまでの短い間だけ・・・・・私、あの時にルナの心が壊れたことに気付いてあげられなかった」
ジャンは、リリエルの言葉に胸が締め付けられるような思いがした。
「そんな事が・・・・・でも心は目に見えないから、リリエルには責任は無いよ」
ジャンの優しい言葉に、リリエルは感情を爆発させた。
「軽々しく責任ない、なんて言わないでちょうだい!」
彼女は涙を流しながら、怒りを露わにした。
「いま冷静に考えれば、心が壊れそうな事くらい分かってたはずだわ」
リリエルは、感情を爆発させて少し落ち着いたのか、ジャンに向かって深々と頭を下げた。
「まずジャンに謝らせて、いえ、謝って済む話じゃない事は分かってる。私もルナも昨日・・・・・、ジャンは・・・大量のモンスターに・・・襲わ・・・れて、死ぬ・・・・・ことを分・・・かってた」
彼女の声は震え、途切れ途切れだった。
「でも・・・・・ルシウスに逆らえなかった。いえ、これは言い訳ね。ごめんなさい」
ジャンは、驚いた表情でリリエルの言葉を聞いていた。
「いや、もう過ぎた事だし、今生きてるからいいよ」
ジャンは、リリエルに優しく微笑みかけた。
「あくまでも結果論だけど、そのおかげでオレは魔法が完全に元通りになった・・・・・でもそうか! だからルナはその昨日の晩に泣いたのか」
ジャンの言葉に、リリエルははっとした表情で顔を上げた。
「昨日の夜に会ったの?」
ジャンは頷いた。
「それは偶然だ。宿に入ったらフロント近くにいて、オレの顔を見ると泣きだして部屋に戻って行ったんだ」
リリエルは、全てを理解したように静かに頷いた。
「そうだったのね。ジャンが死んだと聞いて部屋に戻ったあとは、彼女、大泣きしてたのよ。その時点で心のキャパは限界近かったんでしょうね」
リリエルは、疲れたようにため息をついた。
「翌日・・・・・というか今朝ジャンの顔を見て安心はしたものの、2人が殺される所を間近で見てキャパオーバーになっちゃった。と言ったところかしら」
ジャンは、不思議そうに首を傾げた。
「でも何でオレを見て泣くんだ?」
リリエルは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「それはルナはあなたの事が好・・・」
リリエルは言葉を途中で止め、視線をそらした。
ジャンは、間抜けな声で聞き返した。
「ん? オレの事が、す?」
リリエルは、ジャンのとぼけた顔を見て、思わずクスリと笑ってしまった。
(本人不在のここで好きって言っちゃダメね)
そう心の中で呟き、リリエルは何事もなかったかのように言葉を続けた。
「すごく頼りになると思ってるんだもの。頼りになると言えばゼノンもそうだったけどね」
ジャンの顔には、理解しきれない、という表情が浮かんでいる。
「頼りになるか・・・・・って、何でじーっと見て来るんだ?」
リリエルは、からかうような、しかしどこか切ないような目でジャンを見つめた。
「何となく」
リリエルの視線に耐えられなくなったジャンは、気まずそうに目をそらした。
(好きって言いそうになった事、気付いてなさそうね。良かった)
リリエルは、安堵の息をついた。
ジャンは、リリエルの表情が少し柔らかくなったことに気づき、安心した。
「でも良かったよ。さっきオレがここに来た時と比べて、少しだけど表情が柔らかくなった」
ジャンの言葉に、リリエルは優しい笑顔を見せた。
「ここはありがとうって言っておくわ」
ジャンは、満面の笑みで「ああ」と答えた。
リリエルは、ふとルナの事を思い出したように、再び真剣な表情に戻った。
「ルナはね、フレアでは大したダメージを与えられなかったのに、あの状況でフレアしか使わなかったの」
彼女は、悲しそうに目を伏せた。
「あの通路でスターフレアやエクスプロージョンを使うと仲間を巻き込むと考えていたんだと思う。だけど結果的には使っていた方が良かったのかもしれない」
ジャンは、リリエルの肩にそっと手を置いた。
「これは結果論だ。誰も悪くないよ」
ジャンの優しい言葉に、リリエルの目から再び涙がこぼれ落ちた。
(ルナが好きになったのは案外、この優しさなのかも知れないわね)
リリエルは、そう心の中で呟き、静かに涙を拭った。
こうして2人は、重い空気を残しながらも、それぞれの思いを胸に別れた。
翌朝、リリエルの部屋のドアをノックする音が響いた。
返事をしてドアを開けると、そこにはこの宿にいるはずのないルナが立っていて、リリエルは驚きを隠せない。
(まさか教会を抜け出して!?)
そう思ったリリエルの耳に、ルナの、どこか幼い、透き通った声が届いた。
ルナは、きょとんとした表情でリリエルを見つめ、尋ねた。
「今日は塔に行くんじゃなかったかなあ?」
ルナの言葉に、リリエルは混乱する。
「いつもの集合場所に誰も来ないから起こしに戻って来たんだけど、ゼノンもルシウスもフィリーネも起きてこなくて、リリエルまで起きなかったらどうしよう?っと思っちゃった。一緒に起こさない?」
ルナは、まるで何事もなかったかのように、純粋な笑顔でリリエルにそう提案した。
リリエルの頭の中は、今のルナの言葉と、昨日の悲劇的な事実とが、ぐるぐると渦巻いていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
長い話はいかがったでしょうか?
前話の第7話が7000文字強なのですが
この8話は修正前が、7話より少し多いくらいのボリュームでした。
それが修正したら、1万文字超えるとは・・・・・
おかげで各個人の表情や感情が分かりやすくなりました。
それでは、また次話で・・・・・




