第83話 みんなの願い
ジャンは疲労困憊の顔で小さくうなずき、ルナの肩を支えながら宿直室へと向かった。
2人がベッドに身を横たえると、わずかに手を取り合ったまま、糸が切れたように深い眠りへと落ちていった。
その寝顔は、戦いを終えた安堵と、互いへの信頼が滲み出ていて、どこか幸せそうですらあった。
残った仲間たちは思わず目を細め、そっと笑みをこぼす。
「まったく。緊迫した状況でも、この2人は・・・・・」
エヴァンが呟くと、リディアが小さく肩をすくめる。
フィリーネは何も言わず、ただ静かに2人を見守っていた。
時は過ぎ、フィリーネが目を覚ましたときには、昼を回っていた。
宿直室はひっそりと静まり返り、まだ皆、深い眠りの中にある。
ふと耳を澄ませば、隣の医務室からは人の声が幾重にも重なって聞こえてきた。
朝よりも、せわしなく、どこか切迫しているような気配。
(まだ治療は続いているのかしら?)
フィリーネは胸の奥に不安を抱きながらも、ソフィアが助かると信じようと目を閉じた。
その時、宿直室の扉がノックされる。
音に反応して、眠っていた仲間たちも次々と目を覚ました。
入ってきた神官は、深く頭を垂れ、苦渋に満ちた声で告げた。
「ソフィアさんは、2度と目を覚ますことはないでしょう」
空気が、一瞬で凍りついた。
「そ、そんなっ!」
リディアが顔を真っ青にし、真っ先に医務室へ駆け出す。
その後を、エヴァン、エレオス、フィリーネ、そしてルナとジャンが我を忘れて追いかけた。
医務室のベッドには、穏やかに眠っているかのようなソフィアの姿があった。
朝よりも顔色ははるかに良く、まるで声をかければ、すぐにでも目を開けそうなほどだった。
だが、神官の言葉が全員の心に重くのしかかる。
「うそ・・・・・いやだよ、こんなの・・・・・首輪、取ったのに」
ルナは震える手で口元を覆い、大粒の涙をこぼした。
エヴァンは奥歯を食いしばり、悔しさに拳を握りしめる。
エレオスは呆然と立ち尽くし、言葉を失った。
リディアは堰を切ったように泣き崩れ、ソフィアの体に縋りついた。
フィリーネは唇を噛みしめながらも、必死に涙をこらえる。
(お願い・・・・・どうか・・・・・せめて)
静まり返る医務室に、仲間たちの嗚咽だけが響き渡った。
ジャンは、歯を食いしばりながら、神官に問い詰めた。
「どうしてなんだ!? 首輪は壊した。魔力治療も可能になったはずだろう!」
神官は視線を逸らさず、静かに答える。
「魔力がゼロになってもなお、魔力を吸われ続けたことが一点。そして、もう一つ、こちらの方が深刻なのですが・・・・・」
言葉を切り、しばし沈黙する。
重苦しい空気の中で、彼は慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「具体的に何が起きたのかは断言できません。しかし、彼女には・・・・・生きたいという意志がまったく見られません。まるで、自ら命を手放してしまったかのように・・・・・」
「そんな!?」
リディアが思わず膝をつく。
神官はさらに続けた。
「おそらく、心に深い傷を負ったのでしょう。強大なストレス、恐怖、絶望・・・・・そうしたものが積み重なった結果、生への希望が潰えてしまったのだと思われます」
神官は、顔を歪ませ、話を続ける。
「最悪の場合、そう遠くないうちに命が尽きるでしょう。最も良い場合でも・・・・・一生、目を覚ますことはないかと・・・・・」
その場にいた全員の胸を、冷たい手が締め付ける。
希望の光を掴んだと思った矢先、再び奈落の底へ突き落とされるような絶望感。
しかし、ジャンだけは瞳の奥に希望の光を宿していた。
「ルナ、まだできることがあるだろう?」
「え?」
涙で濡れた瞳を瞬かせ、ルナが顔を上げる。
ジャンはルナを真っすぐ見据え、強く言い切った。
「諦めるのは、それがダメだった時だ。今はまだ・・・・・終わっちゃいない」
「ジャン?」
ルナの胸に、かすかな火が灯る。
リディアも駆け寄り、必死に問いかけた。
「どんな方法があるの!? どうしたらソフィアを助けられるの?」
ジャンは短く息を吐き、言葉を探すように唇を結んだ。
「ソフィアが・・・・・生きたいと思ったなら、帰ってくるはずだ」
しかし神官は、深く首を横に振った。
「たとえ希望を持てたとしても、魔力がゼロであることに変わりはありません。魂の灯火が尽きてしまえば・・・・・救う術はないのです」
その言葉に、一同は再び沈黙した。
だが、ジャンは一歩も退かない。
「神官殿、オレは・・・・・メルグレイスで、今のソフィアと同じような状況にルナが陥いる事を経験した。あの時の経験は、もしかすると、今日のためにあったのかもしれない」
静まり返る中、彼は記憶を呼び起こすように語り出す。
「ルナを診てくれた老年の治療師がいたんだ。そこで、こう言われた・・・・・『ルナ殿の身体は、非常に深刻な状態です。生命エネルギーのほとんどを失い、魔力の枯渇は、過去に例を見ないほどです』ってな。そして、目が覚める確率は1%も無いって言われたんだ」
その言葉に、神官は驚愕を隠せなかった。
「生命エネルギーまで!? そんな状態から戻るなど・・・・・常識ではあり得ません!」
するとルナが、涙で濡れた頬を拭い、にっこりと笑った。
「うん! その時、どうしても倒したい敵がいたんだよ。もう魔力は空っぽで、体を動かすのも大変で・・・・・でも、それでも絶対に攻撃したくて。きっと、無意識で踏ん張ったんだと思う」
彼女はチカラこぶを作り、元気いっぱいに見せつける。
「見て! 今はこの通り、すっごく元気なんだから!」
神官は言葉を失い、ただ口を開けたままルナを見つめた。
ジャンはそんなルナに目を向け、優しく微笑んだ。
「だからこそ、希望はある。心が折れているのなら・・・・・オレたちで呼んでやればいい」
「呼ぶ?」
リディアが静かに問い返す。
ジャンは力強くうなずいた。
「そうだ。みんなで、ソフィアを呼んであげてほしい。彼女が戻る場所は、ここにあるんだって伝えてやろう」
仲間たちは互いに顔を見合わせる。絶望の闇の中で、わずかに光が差した気がした。
ルナは、真剣な表情でうなずく。
「うん・・・・・ソフィアは、一人じゃないんだって、教えてあげたい」
そして全員の視線が、眠り続けるソフィアへと注がれた。
ジャンは、静かに目を閉じた。
必ず届く。
ソフィアは戻ってくる。
迷いは微塵もなかった。
胸にあるのは確かな確信だけ。
彼は揺るぎない眼差しでソフィアを見つめ、力強く告げた。
「ソフィア・・・・・帰ってこい。オレたちは、待ってる」
ジャンは、ルナに微笑みかけながら言った。
「ルナは、オレの手を握ってくれ。そして・・・・・ソフィアのことを思って、魔力をオレに流してほしい。声にも出して、ソフィアを呼んでやってくれ」
ルナは大きく頷き、力強く答えた。
「任せて! 絶対に呼び戻すから!」
ジャンはソフィアの温かさの戻った手に右手を重ね、左手をルナに差し出した。
ルナはその左手を両手で包み込み、胸に当てるようにぎゅっと握りしめる。
彼女の手は小さく震えていたが、その握力には確かな決意が宿っていた。
神官たちは、ジャンたちが何をしようとしているのか、皆目見当がつかず、見守っていた。
ジャンは深く息を吸い込み、仲間たちを見渡すと短く告げた。
「やるぞっ!」
全員が静かにうなずいた瞬間、彼は瞳を閉じ、意識を研ぎ澄ませる。
「魔力ホール、開放」
低く響いた声と共に、ジャンの身体から温かな光が滲み出すように流れ出した。
魔力は、慎重にソフィアの体内へと送り込まれていく。
ほんの少しでも過ぎれば命を焼き尽くす。
息を止めるような緊張感の中、ジャンはルナを振り返り、小さく頷いた。
ルナも応えるように頷き返し、彼の手をさらに強く握る。
震える唇で、しかしはっきりと声を乗せた。
「ソフィア・・・・・ソフィアっ! お願い、帰ってきて!」
その声に合わせるように、ルナの魔力もジャンへと注がれ、彼を媒介としてソフィアへと流れ込んでいく。
2つの魔力は次第に溶け合い、柔らかくも力強い流れとなってソフィアを包み込んだ。
「ソフィア!」
「目を覚まして!」
「帰って来いよ、僕は待ってるぞ!」
リディアやエヴァン、エレオスも、次々と彼女の名を呼んだ。
声は涙に震え、時に掠れたが、それでも止むことはなかった。
リディアは必死に頷く。
「そうよ! ここには私たちがいる。だから・・・・・戻ってきて!」
エヴァンは拳を握り締めたまま、短く力強く叫ぶ。
「ソフィア! お前の居場所は、ここだ!」
エレオスも、震える声で続ける。
「頼む・・・・・また一緒に旅をしよう」
フィリーネは静かに目を閉じ、祈るように呟いた。
「ソフィア・・・・・あなたは、こんなところで終わる人じゃないわ」
意識のない人間へ魔力を譲渡するなど、本来ありえない。
医務室に立ち尽くす神官たちは言葉を失い、ただその光景を「奇跡」としか呼べなかった。
5分、10分、15分と時間が過ぎていく。
皆の声は途切れず、祈りのように重なって響いた。
その時、ソフィアの長いまつ毛がわずかに震え、閉じられていた瞼がぴくりと動いた。
「・・・・・っ!」
ジャンは即座に声を張る。
「魔力ホール、閉鎖!」
送り続けていた魔力をぴたりと止め、彼女の体に負担を残さぬよう調整する。
その刹那、ソフィアの手がほんの僅かに動き、かすかな呼吸が漏れた。
全員の視線が一斉に動いたソフィアへと注がれる。
そして、ゆっくりと、しかし確かにソフィアの瞼が開いた。
「みんな・・・・・?」
弱々しい声だった。
それでも間違いなく、彼女自身の声。
「ソフィアっ!」
ルナは堰を切ったように泣きながら飛び込み、彼女の体を抱きしめた。
涙でぐしゃぐしゃになりながらも、必死に名を呼び続ける。
「ソフィアっ!ソフィア!!! よかった、本当にっ!」
リディアも駆け寄り、ソフィアの手を握りしめ、声を上げて泣いた。
エヴァンは歯を食いしばりながらも顔を覆い、エレオスは呆然と立ち尽くしたまま、目尻に光るものをこぼしていた。
ソフィアはそんな仲間たちの顔をゆっくりと見渡し、かすかに笑みを浮かべた。
「おはよう」
たった一言。
それでもその場にいた全員の胸を震わせるに十分だった。
ルナは泣き笑いしながら、ソフィアの髪を撫でる。
「もう、今は『こんにちは』の時間だよ!」
その言葉に、緊張で張り詰めていた空気が一気に和らぎ、誰からともなく笑いがこぼれた。
泣きながら笑う者、安堵に肩を震わせる者。
医務室は温かな笑い声と涙に包まれた。
その様子を見ていた神官の一人が、震える声で呟いた。
「これこそ奇跡・・・・・神の御業でも説明できぬ」
その声に誰も答えなかった。
答える必要もなかった。
ただ皆が、ようやく戻ってきた仲間の温もりを確かめるように、彼女を囲み続けた。
「ソフィア、ほんとに戻ってきてくれてよかった!」
ルナが彼女の手を握りしめて涙ぐむ。
「ごめんなさい。ご心配をおかけしてしまって」
ソフィアはまだ弱々しい声だったが、その瞳ははっきりと仲間を見つめていた。
「謝ることじゃないよ」
ジャンが柔らかく笑いかける。
「オレたち全員、助けたくてここにいるんだ。だから今は、生きてることが一番なんだ」
その言葉にソフィアは胸が熱くなった。
生きている。
それだけで、こんなにも誰かが喜んでくれるのか。
涙の時間は、やがて笑いへと変わっていった。
緊張が解けた仲間たちの口から、普段通りの冗談や日常の話題が次々と飛び出していく。
「なぁ、あの時のルナの顔、見たか?」
エヴァンがにやにや笑いながら声を上げる。
「敵を睨みつけた瞬間、まるでライオンみたいだったぞ」
「えぇ!? そ、そんな怖かった?」
ルナは慌てて両頬を押さえる。
「怖いっていうか、必死すぎてな」
エレオスが肩をすくめると、リディアがすかさず頷いた。
「でもあの必死さがなきゃ、ここまで来れなかったんだよ。ルナはそのままでいいんだ」
「えへへ」
ルナは頬を赤らめて笑い、自然と隣のジャンに寄りかかった。
「ジャンがいたから、私、頑張れたんだもん。ね、ジャン?」
「お、おい。こんなところでくっつくな」
「えー、いいでしょ。だって大好きなんだもん!」
医務室の空気が一瞬凍りつき、
次の瞬間、大爆笑に包まれた。
「おまえら! ここでいちゃつくなって!」
エヴァンが頭を抱え、リディアも「ほんと勘弁してよね」とため息をつく。
フィリーネまで「私まで赤面してしまうじゃない」と顔を手で覆った。
ソフィアは苦笑しながら、その光景を眺めていた。
羨ましい
そう思った。
「命を懸ける戦いの中で、あんなふうに心を寄せ合える存在がいるなんて。」
ソフィアが呟くと
「ソフィア、君もだ」
不意にエヴァンがまっすぐ彼女を見た。
「これからは、もっと自分を信じて戦えよ。君にはそれができる」
「そうそう」
エレオスも笑顔で続ける。
「魔力が戻れば、きっとオレたちにとって大きな力になるはずだ。前よりもな」
「無理して強がらなくていい」
リディアは落ち着いた声で肩に手を置いた。
「でも、あんたはやれる子だよ。だから、堂々と胸を張りな」
3人の言葉がじんわりと胸に染み込んでいく。
ソフィアは唇を噛んでから、小さく頷いた。
「はい。私、もっと強くなりたいです」
その言葉は震えていたが、確かに芯があった。
ルナが勢いよく身を乗り出す。
「そうだよソフィア! 私たちと一緒に、また頑張ろう! きっと大丈夫!」
「ありがとう」
ソフィアは目を伏せたが、心の奥にほんの小さな想いが芽生えているのを感じていた。
私も、誰かとあんなふうに寄り添える日が来るのでしょうか。
胸の奥でそっと呟く。
だがそれは口には出さなかった。
時間はいつしか忘れられ、雑談はどんどん広がっていった。
戦いの反省から、普段の小さな失敗談まで。
「フィリーネは寝相が悪い」とルナが言えば、「それは誤解よ!」と必死に否定するフィリーネにまた笑いが起きる。
ソフィアは何度も笑った。
笑いながら、自分が確かに仲間の輪の中にいるのを感じた。
失っていた日常の温かさが、少しずつ胸の空白を満たしていく。
そして日は落ちていった。
医務室の灯りの下、彼らの声は途切れることなく続いた。
誰かが笑えば、誰かがそれに応え、また次の話題が生まれる。
外は星が瞬き始めても、仲間たちの語らいは終わらない。
こうして、笑いと涙に包まれながら、夜遅くまで続くのだった。
ルナ「みんな、ここまで読んでくれてありがとー!」
ソフィア「本当に、私、無事でよかったです。目が覚めて、またこうして話せるなんて」
ルナ「いや、あれは誰でもびっくりするって! もう、心配で夜も眠れなかったんだから!」
ソフィア「嘘です。ルナ、夜食食べてから寝てましたよね?」
ルナ「バレてるー!?」
ソフィア「それはそうと、“パーティーから裏切られたホワイトマジシャンは規格外”・・・・・・1日に100PVを超えた日があったそうですよ。」
ルナ「えっ、まじで!? いついつ!?」
ソフィア「9月に1回、10月に2回、今月も1回だそうです」
ルナ「ちょっ、地味にコンスタント!? すごいじゃん!」
ソフィア「読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。」
ルナ「ほんと感謝だよね! ありがとー!」
ソフィア「ところで、作者の中でこの物語のラストが決まったそうですよ。」
ルナ「えっ!? どんなラスト!? ハッピー? しんみり? それとも・・・・・・ドッカーン!?」
ソフィア「“まだ内緒”って言ってました。」
ルナ「なんで教えてくれないの!? 主役にすら秘密ってどういうこと!?」
ソフィア「ふふ、サプライズですよ、きっと。」
ルナ「サプライズで泣かせる気じゃないよね!?」
ソフィア「どうでしょう?」
ルナ「わーっ、そこで“どうでしょう”って言うのやめてぇぇ!!」
2人「次回もお楽しみに!」




