第72話 ギルドからの無報酬依頼
フィリーネは額に手を当て、ジャンは肩を震わせながら笑いをこらえる。
「ルナ、地震の原因はたぶん私たちです」
「うぅ、そんなの関係ないもん・・・・・・カニ・・・・・・エビ食べたかったのに!」
ルナの肩がしょんぼりと落ちる。
ジャンは苦笑しながら、その頭を軽く撫でた。
「次は絶対、開いてる日に行こうな」
食堂が臨時休業と知り、地面に座り込んで絶望するルナを、ジャンはそっと抱き起こした。
「やだ、今日がいいの!」
「え?」
「今日、海鮮の気分なのっ! 今じゃなきゃイヤ!」
そう言うやいなや、ルナは地面に再びぺたりと座り込み、腕を組んでぷいっとそっぽを向いた。
まるで子どもが駄々をこねているようで、通りがかった人たちがくすりと笑う。
フィリーネは苦笑しながらジャンの方を見た。
「ふふ、どうする? このままだと、動かないわよ」
ジャンは頭をかきながら溜息をついた。
「しょうがないな・・・・・・。じゃあ、別の海鮮屋を探してみるか」
「ほんと!?」
ルナの顔がぱっと明るくなる。
「ああ。見つかるかはわからないがな」
「うんっ! 探そうよ!」
ルナは勢いよく立ち上がり、すっかり元気を取り戻したように街中を歩き出す。
それから3人は、通りをいくつも回った。
だが、どの店も看板は“準備中”か“臨時休業”。
「ま、まさか、全部閉まってるの?」
ルナの声が次第に小さくなる。
フィリーネが地図を見ながら肩をすくめた。
「残念だけど、今日はどこもお休みみたいね」
「そんなぁーーっ」
ルナは項垂れ、肩を落とした。
まるで世界の終わりでも訪れたかのような落ち込みっぷりだ。
ジャンは小さく笑って、ルナの頭を軽くぽんと叩いた。
「ほら、今日はギルド飯食って、また今度リベンジだ」
「うん」
しょんぼりしたまま、ルナはジャンの後ろをとぼとぼとついて歩く。
その姿にフィリーネがくすっと笑い、そっと囁いた。
「まったく・・・・・・。ほんと、わかりやすい子ね」
3人の影が夕陽に伸びて、石畳の上で一つに重なった。
どこか微笑ましく、どこか温かい、そんな帰り道だった。
やがて3人は、再びギルドへと戻っていった。
受付の列はもうなくなっていたが、まだギルド内は慌ただしかった。
ジャンは、ギルド飯を注文をしようと受付に近づくと、受付嬢が、『待っていました』と言わんばかりに声をかけてきた。
「あの・・・・・ギルドからの正式な依頼ではないのですが、受けていただけないでしょうか?」
唐突な申し出に、ジャンは眉をひそめた。
「どういうことですか?」
「本来、冒険者ギルドからの依頼は、報酬が保証されています。しかし、この依頼は、報酬をお支払いできないんです」
「内容次第ですね」
ジャンが静かに答えると、受付嬢は申し訳なさそうに、話してくれた。
「実は、このトルナージュの街に、優秀なDクラスのパーティーがいまして。彼らは、実力的にはCクラスに昇格できるのですが、本人たちの希望で、今もDクラスのままなんです」
「なるほど・・・・・。それで?」
「彼らは、塔の20階にいるボス、“ジェイド・クラブ”に挑戦しているのですが、どうしても勝てないようでして。報酬が出ないため、他のパーティーは、誰も協力してくれず・・・・・」
受付嬢は、そう言うと、ジャンたちを不安そうに見つめた。
「AクラスとBクラスのあなたがたに、こんなお願いをするのは、心苦しいのですが・・・・・。一度彼らの戦い方を見て、何か助言をしていただけないでしょうか?」
ジャンはしばし黙考した。
報酬は出ない。
それでも、困っている誰かがいる。
ふと、かつてルシウスたちに罠にはめられた自分を思い出す。
あのとき、誰も手を差し伸べてはくれなかった。
だからこそ、今度は自分が助けたい。
「わかりました。見てみます」
ジャンがそう答えると、受付嬢は胸に手を当て、ほっとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!でも、本当に報酬は出せませんが、 よろしいですか?」
受付嬢は、念を押すように問いかけてきた。
「ああ。構わない」
即答するジャンに、受付嬢の表情がぱっと明るくなった。
「感謝いたします!」
ジャンは軽く頷く。
「じゃあ、とりあえずギルド飯を3人分。頼むよ」
そうすると受付嬢が笑顔で言った。
「では、食事の代金は私の方で・・・・・」
「いや、それはいいです。ルナに奢るって約束してるから」
ジャンがそう言うと、隣のルナがまだ少し暗い顔で、小さく呟いた。
「海鮮、食べたかった・・・・・・」
その言葉を聞いた受付嬢が、くすりと笑って答えた。
「ルナさん、今日のギルド飯は“海鮮丼”ですよ」
「えっ、本当!? やったーっ!」
ルナはぱっと顔を輝かせ、先ほどまでの沈んだ様子が嘘のように跳ねるように喜んだ。
ジャンとフィリーネは顔を見合わせ、思わず笑みをこぼした。
「では、明日の朝、早めにギルドへお越しください」
受付嬢は、にこやかにそう告げると、続けた。
「明日はモーニングサービスの営業日なんです。報酬の代わりに、朝食を無料で提供させていただきます」
そう言って、受付嬢はふっとルナに視線を向け、満面の笑みを浮かべた。
「朝のモーニングは、魚定食ですよ」
「わー! 魚定食だってー! 楽しみー!」
その瞬間、ルナは飛び上がるように喜び、ジャンとフィリーネは顔を見合わせてまた笑った。
やがて運ばれてきた海鮮丼を、ルナはリスのように頬をふくらませながら夢中で食べはじめた。
「ほら、お米がついてるわよ」
フィリーネが笑いながら指で示すと、ルナは「えへへ」と照れくさそうに頬をぬぐう。
ジャンはそんな2人を見て、どこか安堵したように微笑んだ。
穏やかな夜のギルドに、3人の笑い声が柔らかく響いていた。
翌朝、まだ太陽が昇りきらない時間。
3人は眠気をこらえながら、静まり返ったギルドへと足を踏み入れた。
昨日の喧騒が嘘のように、ギルド内はしんと静まり返っている。
早朝の空気が、ほんの少し潮の香りを運んできていた。
「ジャンさん、ルナさん、フィリーネさん!」
受付嬢が彼らを見つけるなり、嬉しそうに手を振った。
「お待ちしておりました! モーニング、すぐにお持ちしますね!」
ほどなくして運ばれてきたのは、昨日聞いたとおりの魚定食だった。
こんがりと焼かれた銀りんの魚の塩焼き。
そこに添えられた海藻と岩海苔の和え物。
熱い真珠貝の味噌汁に、ほんのり塩味のする炊きたてのご飯。
湯気とともに立ち上る香りが、胃をやさしく刺激する。
「それから」
受付嬢はルナにだけ、小皿をそっと差し出した。
「昨日の海鮮、少し残っていたのでフライにしてみました。よかったらどうぞ」
「わあっ、ありがとう!」
ルナは目を輝かせ、大喜びでその皿を受け取った。
ひと口かじると、衣がサクッと音を立てる。
中からはふんわりとした白身が顔を出し、海の香りが口いっぱいに広がった。
「これ、すっごく美味しいよ!」
ルナは頬をゆるませ、心の底から幸せそうに笑った。
やがて彼女は、塩焼きをひと口、ご飯をひと口、ゆっくりと味わいながら、何度も「おいしいね」と言った。
特別に用意された一品も加わり、いつもより少しだけ贅沢になったトルナージュの定食を、ルナは心から楽しんでいた。
その隣で、ジャンとフィリーネもまた、静かに箸を進めながら、彼女の笑顔を見ていた。
穏やかな時間が、温かな朝の光とともに、ギルドの片隅に満ちていた。
食事を終えた3人は、テーブルを囲んで今日の作戦を話していた。
すると、ギルドの扉が開き、冷たい朝風とともに4人の冒険者が姿を現した。
彼らは、受付で受付嬢と2~3言、言葉を交わすと、まっすぐジャンたちのもとへ向かってきた。
緊張の色を隠せない面持ちで、先頭の青年が口を開く。
「あ、あの・・・・・・」
冷静そうな青年の声が、震えていた。
「お、オレは・・・・・エヴァン。ゆ、勇者・・・・・だ。その、き、君たちに・・・・・助言を、もらいたい」
そのたどたどしい自己紹介に、隣の大柄な男が慌てて前へ出た。
「ぼ、僕は・・・・・エ、エレオス! そ、僧侶・・・・・やって、ままま、す! よ、よろしくっ!」
2人の必死な様子に、後ろの2人が顔を見合わせ、わずかに緊張をほぐした。
快活そうな女性が、一歩前に出る。
「リ、リディアだよ・・・・・! ホワイトマジシャン・・・・・よろしく、ねっ」
最後に、内気そうな少女が胸の前で手を握りしめ、小さな声で続けた。
「ソ、ソフィア・・・・・です・・・・・。ま、マジ・・・いたっ・・・・・マジシャン・・・・・です・・・・・。い、今のは、その・・・・・すみません・・・・・」
どうやら舌をかんだらしい。
ソフィアは顔を真っ赤にしてうつむいた。
その様子に、ジャンは穏やかな笑みを浮かべた。
「クラスは気にしなくていい。オレたちだって、最初は同じだったんだ」
ジャンの言葉に、4人の表情が少しだけ和らいだ。
「聞かせてくれ。どうして、20階のボスが倒せないんだ?聞いた話じゃ、君たちの実力はCクラス相当だと」
ジャンがそう尋ねると、エヴァンは真剣な面持ちで答える。
「オレたちは、ボスだと思うと、緊張してしまって・・・・・」
「うん、そうなの。連携もバラバラになっちゃってさ」
リディアがエヴァンに同調し、肩をすくめて苦笑いする。
「そうなんだよ!そこをどうにかしたいんだよな!」
エレオスは勢いよく頷き、笑ってみせた。
ソフィアは、不安そうにフィリーネを見つめる。
「わ、私たち・・・・・何とかなりそうでしょうか?」
フィリーネは、優しく微笑んで答えた。
「まずは皆さんの力を拝見してからですね。でも、できる限りお力になれるよう、最善を尽くしますよ」
その言葉に、4人の表情が少し明るくなった。
すると、ルナが勢いよく手を挙げた。
「ねぇ、みんな! Cクラス相当なんだよね?だったら、ボスフロアじゃなくて、16階あたりで、練習してみようよ!」
ルナの提案に、ジャンは頷く。
「ああ。そこなら安全に連携の確認ができる」
「よし、決まりだね!」
リディアが元気よく言い、エヴァンたちもそれに続いた。
こうして7人は、朝の光に照らされながら、塔へと向かって歩き出した。
彼らの足取りは、先ほどよりずっと軽やかだった。
エレオス「今回も読んでくれてありがとなーっ!」
リディア「ねぇ、みんな。私が以前あとがきに出たの、覚えてる?」
エヴァン「正直、お前が出たこと自体、忘れ去られてると思う。名前も[????]だったしな」
リディア「ちょっと!? そんな冷たいこと言わないでよ!」
ソフィア「う、ううん・・・・・・。きっと、覚えてる人もいると思います!」
リディア「ほら! ソフィアは優しいわね!」
エレオス「僕は初参加だからさ、こうして全員そろって出られるの、うれしいっす!」
ソフィア「ふふっ。やっと登場できて、少し緊張してます。」
エヴァン「これからは、オレたちの出番も増えるはずだ。読者の皆もよろしく。」
リディア「それじゃあ――」
全員「次回もお楽しみにーっ!」




