第70話 トルナージュの異常
飛行魔法で1時間ほど飛ぶと、新しい街、トルナージュが見えてきた。
「わーい、見えてきたよ! あれがトルナージュだー! 早くあの街に行ってみたーい!」
ルナは興奮した面持ちで叫んだ。
「まだ遠いですけど、あれがそうなんですね。空から見ると、街並みがまるで絵画のよう・・・・・」
フィリーネは静かに目を細めた。
そんな2人を見ながら、ジャンは微笑んでいた。
空から見た街は、活気と熱気に満ちているように見える。
3人はの街外れに着くと、地面に降り立った。
「まず、ギルドへ行こう」
ジャンの言葉に、ルナとフィリーネも頷く。
街の門をくぐり、大通りを歩き始めた3人は、すぐにその街の異様さに気づいた。
行き交う冒険者たちの顔に、いつもの高揚感や気楽さはなく、どこか張り詰めたような緊張感が漂っている。
「どうしたの? みんな、様子が変だよ」
ルナが不思議そうに呟くと、フィリーネも同意するように首を振った。
「ええ、いつもとは違う慌ただしさを感じるわね」
ギルドに近づくと、その慌ただしさはさらに顕著になった。
ギルドの扉を開けると、受付には長蛇の列ができており、普段は冒険者たちで賑わうはずの広間は、重苦しい空気に包まれている。
ジャンは、列に並びながら、近くに立っていた冒険者に話しかけた。
「すみません、何があったんですか?」
男は疲れ切った顔で、ジャンに答えた。
「ああ・・・・・君たちは見かけない顔だな、最近来たのか? 塔だよ。東の塔で、とんでもないことが起きたんだ」
男は、自分のプレートをジャンたちに見せる。そこには「東 17階」と刻まれていた。
「オレたちのプレート、勝手に17階に変わっちまったんだ。もうそれより上には行けない」
ジャンの胸に、嫌な予感がよぎった。シオンが話していた、最後の塔の17階・・・・・。
昼前になり、ようやく受付の順番が回ってきた。
受付の女性は、疲労困憊といった様子で、ジャンたちを見た。
「ご用件は?」
ジャンは、先ほどの冒険者から聞いた話を確かめるように、問いかけた。
「数日前に、塔で何かあったそうですが・・・・・」
ジャンがそう言うと、受付嬢は悲しそうな顔で頷いた。
「はい・・・・・数日前に、塔の中にいた冒険者全員が、強制的に外へ転送されてしまったんです。それ以来、18階以上を攻略していた冒険者のプレートは、すべて『東 17階』に変わってしまいました。原因は全く分からず、ギルドとしても調査しているのですが・・・・・」
「17階はどうなっているんだ?」
ジャンの問いに、受付嬢は顔を曇らせた。
「それが・・・・・構造が全く変わってしまって。誰も仕掛けをクリアできないんです」
受付嬢が、さらに詳しく話してくれた内容に、3人は顔色を失った。
聞いた話からと、強制転送が起きたのは
ジャンたちが西の塔の18階を攻略した、夕日がキレイと見た日。
そして17階は、まるで、蜘蛛の巣のように、糸のような線が細かく張り巡らされている。
魔法を使えば、その魔力を吸収されて線が増えるだけ。
物理攻撃をしようとすれば、線が爆発して負傷者が出る。
どうすれば良いのか分からない。
こういう事だった。
3人は顔を見合わせた。
そして、ジャンはシオンの言っていた事を思い出した。
全ての塔は18階だけ全く同じ構造
最後に行く塔の17階は構造が変わる。
そこではルナがウインドカッターを使えるようになっていなければ、お兄ちゃんのウインドカッターではクリアできない
(シオンが言っていたのは、このことだったのか?)
ジャンは意を決して、受付嬢に向き直った。
「私たちに調査をさせてください。何か手掛かりが見つけられるかもしれません」
受付嬢は一瞬、驚いたように目を見開いた。
「東の塔を熟知しているパーティーでさえ、まだクリアできていないんですよ?」
「ええ、ですが、心当たりがあるんです」
ジャンの静かな言葉に、受付嬢の表情が少し和らいだ。
「心当たり・・・・・・ですか。では、プレートを拝見してもよろしいでしょうか?」
3人はそれぞれの冒険者プレートを差し出した。
ジャンとルナは銀色に輝くAクラス、フィリーネは銅色のBクラス。
その瞬間、受付嬢は息をのんだ。
「え!?このパーティーで・・・ですか!?」
ジャンたちは顔を見合わせる。
ヒルダロアでのあの光景が、脳裏をよぎった。
そして繰り返される同じ光景に、苦笑いをした。
受付嬢は慌ててプレートを確かめ、「西 19階」の表示を見つけてさらに目を丸くした。
「本来ならSクラスに相当する・・・規定により・・・」
そう言って深々と頭を下げる。
ジャンたちの脳裏には、飛行魔法であっさり魔の森を越えたあの時の光景がよみがえる。
もっとも、今回はその後が少し違っていた。
ヒルダロアのギルドから西の塔18階までの詳細なマップが共有されており、その貢献を受付嬢から感謝されたのだ。
背後では、順番を待つ冒険者たちがざわついていた。
銀色のプレート、Aクラスの冒険者を、こんな間近で見る機会など滅多にないのだから。
ギルドを出た3人は、同時に大きなため息をついた。
午前中に到着したはずが、受付の列に並んでいるだけで、気づけば昼を回っていた。
「はぁー、お腹空いたよー!」
ルナはお腹をさすりながら、切なそうに呟いた。
「この街って、海の幸が美味しいんだって! もう想像しただけで・・・・・・よだれが・・・・・・」
口元をぬぐうルナに、フィリーネが思わず笑みをこぼす。
「海鮮物ですか! いいわね、久しぶりに新鮮なお魚が食べたいわ」
「じゃあ決まりだな。近くに食堂があるはずだ」
ジャンの一言で、3人は顔を見合わせ、活気あふれる街の食堂へと足を向けた。
店に入ると、潮の香りと焼き魚の香ばしい匂いが漂っていた。
席に着き、メニューを開いた瞬間、ルナの目が輝く。
「わぁっ!どれも美味しそう!全部食べたいー!」
結局、フィリーネは魚の定食、ルナは魚尽くしの御膳、そしてジャンは海鮮丼を選んだ。
「私、この御膳にする! お魚がいっぱいなんだもん!」
ルナはメニューの絵を指差しながら、子どものように目を輝かせた。
「お刺身も、焼き魚も、煮付けもあるんだよ! どれから食べよかなー?決められないよ―!うーん、でも最初はやっぱりお刺身かなぁ! 早く食べたい、食っべたいなー!」
「ルナ、本当にお魚が好きなのね」
フィリーネは微笑みながら、楽しげに言う。
「うん!大好き!小さい頃ね、お母さんと海で遊んで、その時に獲れたばかりの魚を焼いて食べたの! あの味、今でも忘れられないんだー!でね、でねっ!あの時の味が、きっとこの御膳にも詰まってるんだー!」
ルナは両手を胸の前で握りしめ、懐かしそうに目を閉じる。
その無邪気な姿に、ジャンは優しく目を細めた。
「そうか。それは楽しみだな」
ルナは、パッと目を輝かせると、ジャンを見つめた。
「うん!ジャンは海鮮丼だよね? 好きなんでしょ?」
「ああ、好きだ。新鮮な魚が乗ってるんだろうな」
「でしょー!お刺身とご飯をワサビと醤油でちょっと混ぜてね、こうやってパクって食べたら・・・・・・、んーーー♪。もう最っ高なんだよ!」
ルナは身振り手振りを交えて熱弁する。
「ふふ、ルナ、まるで食レポみたいですわ」
フィリーネが微笑むと、ルナは照れ笑いを浮かべた。
「だって楽しみなんだもん! あ、フィリーネの定食も美味しそうだったよね! どんな魚かなぁ?楽しみだねっ!」
「そうね・・・・・・楽しみだわ。この街、トルナージュは海の幸が豊富だから、きっとどれも絶品よ」
静かに微笑むフィリーネの隣で、ルナはまだワクワクが止まらない様子だった。
ジャンはそんな2人を見て、穏やかに息をついた。
「まったく・・・・・・食事前からこの騒ぎか。でも、悪くないな」
注文してしばらくすると、待ちに待った料理が運ばれてきた。
テーブルいっぱいに並ぶ皿の数々から、湯気と香ばしい匂いが立ちのぼる。
ルナの御膳には、透き通るような刺身、皮がこんがり焼けた焼き魚、そして甘辛く煮付けられた一品が、美しく並べられていた。
「うわあぁーっ!すごい!メニューの絵より美味しそう!」
ルナは目を輝かせ、真っ先に焼き魚を箸でつまむ。
「んんーっ!おいしい!塩加減がちょうどいいよ!身がふわっふわー!」
幸せそうに目を細めながら、頬をゆるませるルナ。
その隣でフィリーネは、静かに小骨を取りながら、一口ずつ丁寧に味わっていた。
「本当に、美味しいわね」
思わずこぼれたその言葉に、ジャンは少し驚いたように目を向ける。
「フィリーネがそんなふうに言うなんて、珍しいな」
「ふふ。だって、これは本当に絶品ですもの」
フィリーネは穏やかに微笑んだ。
ジャンも箸を取り、海鮮丼を一口。
色とりどりの刺身がご飯の上に宝石のように並び、噛むほどに魚の旨みとご飯の甘みが溶け合う。
ルナが言うように、ワサビと醤油を少し混ぜ、豪快にかき込んだ。
「うまいっ!」
ジャンは思わず声を上げた。
3人はそれぞれの料理を心ゆくまで味わい、時折笑い声を交わしながら、穏やかな昼のひとときを過ごした。
やがてルナは御膳を平らげ、満面の笑みでジャンの丼を覗き込む。
「ねぇ、ジャン、それちょっとちょうだい!」
「仕方ないな。一口だけだぞ」
「やったーーーっ!」
さらにフィリーネの定食からも少し分けてもらい、ルナは大満足の様子だった。
食事を終え、ジャンが会計を済ませると、3人は食堂を後にした。
「あーっ、お腹いっぱい! 海の幸、ほんっとに最高だったね!」
ルナはお腹をさすりながら満面の笑みを浮かべる。
「ええ。おかげで、すっかり元気が出ましたわ」
フィリーネも柔らかく頷いた。
「よし。腹も満たされたし・・・・・・まずは塔の下見に行くか」
ジャンがそう言うと、ルナとフィリーネは力強く頷く。
そして3人は、潮風を受けながら、トルナージュの街にそびえる東の塔へと歩き出した。
この塔への挑戦は初めてだ。
彼らは、一階から慎重に、攻略を開始した。
「この塔・・・・・・他の塔とは、魔力の流れが違う気がするわ」
塔に入った瞬間から、フィリーネは微かに眉をひそめていた。
だが、1階から16階までは、現れる魔物もこれまで戦ってきたものと大差はない。
3人は危なげなく、順調に階層を上っていった。
ただ、昼を回ってからの攻略だったため、17階に到着したときにはすでに深夜になっていた。
そして、目の前に広がる光景に、3人は息をのむ。
そこは、受付嬢が言っていた通り、銀色に輝く糸のような線が無数に張り巡らされていた。
まるで巨大な蜘蛛の巣の中に足を踏み入れたようだった。
「これが・・・・・・東の塔の17階か」
ジャンが静かに呟くと、隣でルナの小さな声が響いた。
「ねえ、ジャン、フィリーネ・・・・・・」
その声は、いつもの元気な調子とは違って、どこか切なげだ。
「お腹、ぺこぺこ・・・・・・」
ルナは、空腹に耐えかねた子どものように力なく呟いた。
ジャンとフィリーネは思わず顔を見合わせ、苦笑いをする。
「ルナ? 夕方にパンを食べたばかりでしょ」
フィリーネが冷静に指摘すると、ルナはぷくっと頬を膨らませた。
「あれは軽食だもん! 夕食じゃないよ! お肉とか魚とか、あったかいスープが食べたいー!」
ルナは涙目で力説する。
その姿に、ジャンはふっと息を漏らした。
「ああ、わかった。今日はもう休もう」
その一言に、ルナの顔が一瞬で輝く。
「ほんと!? やったー!」
こうして3人は塔を出て、すぐ近くの宿へ向かった。
宿では、フィリーネがシングルルームを一部屋、ジャンとルナはダブルルームを一部屋取ることにした。
その夜、広めのダブルルームに3人で集まり、翌日の方針を話し合う。
ジャンが宿に無理を言って夜食を用意してもらうと、香ばしいパンと温かいスープが運ばれてきた。
「わーい! あったかいスープだー!」
ルナは、まるで宝物を見つけたように歓声を上げる。
「ほんと、あなたって食べ物が好きなのね」
フィリーネは呆れたように笑いながらも、どこか優しい目をしていた。
ルナは夢中でスープを飲み干し、幸せそうに「ほうっ」と息をついた。
そして、満腹になると同時に、ゆっくりと瞼が重くなっていく。
「んー・・・・・・おいしい・・・・・・」
そう呟いて、ルナはジャンの肩に寄りかかった。
ジャンは苦笑しながら、その頭をそっと撫でる。
フィリーネは微笑ましげに2人を見つめながら、穏やかに言った。
「お腹いっぱいだからじゃなくて、今日の戦闘で頑張ったからでしょうね」
「そうだな。今日はもう、お開きにしよう」
ジャンがそう言うと、フィリーネは静かに頷いた。
ルナはすでに、半分眠りに落ちている。
「ジャン・・・」
かすかな声に、ジャンが顔を向ける。
ルナはとろんとした瞳で彼を見上げ、微笑んだ。
「今日ね、ジャンが隣にいてくれて、すっごく安心したんだ」
その言葉に、ジャンの表情がやわらぐ。
「そうか。オレも、お前が無事でよかったよ」
「えへへ・・・・・・じゃあ、明日もがんばれるね」
ルナは嬉しそうに呟くと、そのままジャンの胸に顔を寄せた。
彼の温もりを感じながら、静かに眠りへと落ちていく。
「おやすみ、ルナ」
ジャンは小さく囁き、その髪をそっと撫でた。
その光景を見つめていたフィリーネは、ふっと微笑んだ。
「あなたたち、本当にいいコンビね」
ジャンが軽く息を漏らす。
「そう見えるか?」
「ええ。支え合ってるもの。どちらかが欠けても、きっと成立しないわ」
そう言って、フィリーネは穏やかな目を向ける。
「おやすみなさい、ジャン。あなたもちゃんと休むのよ」
彼女は静かに立ち上がり、部屋を後にした。
残されたジャンは、眠るルナを見下ろしながら、静かに息を吐く。
そして、彼女をそっと抱き上げ、ベッドへと寝かせた。
夜の静けさの中、ルナの安らかな寝息が響き、夜風がやさしくカーテンを揺らしていた。
ルナの寝顔は、どこまでも穏やかで、無防備で。
その笑みを見ているだけで、胸の奥がじんと熱くなる。
(いつまで、この笑顔を守れるだろうな)
どれだけ強くなっても、どれだけ慎重に立ち回っても、
未来に何が待っているのかまでは、誰にもわからない。
それでも、彼女の隣にいる限りは・・・・・・。
どんな夜でも、どんな闇でも、オレは光を探す。
ジャンは小さく息を整え、ルナの頬にかかる髪を指先でそっと払った。
「おやすみ。明日も一緒に、歩こうな」
その言葉は、眠る彼女には届かない。
けれど、静かな夜の空気だけが、優しくそれを包み込んでいた。
シオン「いつも『パーティーから裏切られたホワイトマジシャンは規格外』をお読みいただき、誠にありがとうございます! 本日のあとがき担当は、わたし、シオン・クレメンスと!」
ルナ「私、ルナ・ノワールだよ!」
フィリーネ「そして、フィリーネ・エヴァレインですわ♪」
シオン「で・・・、お兄ちゃんは?」
ルナ「ほんとだよ! どうしていないの!? 主役なのに!!」
シオン「“あとがきは出たくない”って言って逃げちゃった」
ルナ「はぁぁ!? 逃げたぁ!? 信じられないっ!」
フィリーネ「ふふ。あの“夫婦”って言われたときから、顔がずっと真っ赤でしたものね」
ルナ「そ、そ、それは! な、なんで私まで赤くなるのよっ!」
シオン「はいはい、照れてるとこ悪いけど、活動報告にも書いたって作者が言ってたけど、お知らせあるって!」
ルナ「えーっとね! 11月に入るまでは泊まりの仕事が続くから、不定期更新になるんだって!」
フィリーネ「でも、第三章の大枠は書き上がったそうですわ。ただ、見返してみると修正がまだ多いそうなの」
シオン「で、次回、第70話はほぼ修正が終わってるから、明日公開予定だって!」
ルナ「え?、ちょっと待って・・・。これ今、70話のあとがきだよ?」
シオン「あれっ!? やっちゃった!?」
フィリーネ「まあまあ、そこはご愛嬌ですわ♪ シオン、慌てて原稿読んでたのね」
ルナ「というか、公開済みの話を“次回”って言っちゃうって変だよね!」
シオン「(むぅ……)ち、違うよ! 修正版のこと言いたかったの!」
フィリーネ「というわけで、第71話以降はまだ手直し中。誤字脱字やつながりの違和感などを整えて、順に公開していく予定ですわ。不定期でも時間は6:00に更新するそうよ」
ルナ「11月中旬には毎日更新に戻る・・・かも?なんだって! もう少しだけ待っててねっ!」
シオン「作者は1話完結って言ってたけど、東の塔17階、気になるよ」
フィリーネ「そうね。食いしん坊の誰かさんが、お腹空いたって言ってたから詳細は分からないわね」
ルナ「ほんとそうだよ!」
フィリーネ「ルナ、あなたの事よ」
ルナ「え?私!?」
(3人、顔を見合わせて笑う)
シオン「じゃ、今回はこのへんで締めよっか!」
ルナ「次回もお楽しみにーーっ!」
フィリーネ「皆さま、これからもどうぞよろしくお願いいたします♪」
(ぱちん、とシオンが指を鳴らす)
シオン「ふう・・・、あとがき、しゅーりょー! お兄ちゃーん、もう出てきてもいいよー!」
(物陰から聞こえるくしゃみ)
ルナ「やっぱりいたぁぁぁ!!!」
フィリーネ「ふふ、ほんとに分かりやすい方ですわね」
★作者より★
しばらく更新が不定期になりますが、いつも応援してくださる皆さまに心より感謝申し上げます。
また皆さまとお会いできる日を、楽しみにしております。




