第63話 フィリーネの苦悩
翌朝。宿の食堂で、いつもの朝食を3人でとりながらジャンはぼんやりと考え込んでいた。
ここ数日の出来事が頭をよぎる
「18階のたたり」そして「セレスの呪い」
どちらも、数日で解決にたどり着けた。
幻影を見抜けず、ルナを失ったリアーナの悲しみ。
それはリアーナの家や塔の18階に、満たされないエネルギーとして残り、それがリンクしていた。
両親が結婚前まで暮らしていた家では、消し忘れた魔法陣がまだ生きていて、住む者のエネルギーを吸い上げては、自らを保とうと暴走していた。
本当は住む者を守るはずだった結界。
それが不完全だったために非業の死へと繋がっていた。
何ともやるせない話だった。
さらに思い返すのは、西の塔18階に存在していた謎の鍵穴。
あれもまた、見過ごせない手掛かりだ。
そんな風に考えを巡らせていると、不意にルナの声が耳に届く。
「ねぇねぇ、2人ともーー? 今日はやけに静かだよ? どうしちゃったの?」
ジャンは顔を上げ、「18階のたたり」や「セレスの呪い」、それに「西の塔の18階」のことを考えていたと正直に告げた。
ルナは笑顔になり、答えた。
「でもね、結局は3人で解決できたんだよ!『18階のたたり』はフィリーネがいたから乗り越えられたんだもん!すごいね、フィリーネ!!」
すると、フィリーネが一度深く息を吸い込み、決意を込めたように口を開いた――。
「・・・・・あの、2人に相談があるの」
珍しく真剣な声音だった。
ジャンは手を置き、真っ直ぐに向き合う。
「どうしたんだ?」
「私、この前、偶然とはいえ『ルーセントハート』を使えたよね? あれを、きちんと身につけたいの」
「ルーセントハート?あの パーッ て出た光の魔法だよね」
ルナは両腕を広げながら聞いた。
フィリーネは小さく頷き、言葉を続けた。
「分かってるの。でも、今日からトルナージュに向かうでしょう? 塔の18階も調べたいし・・・・・。あそこにはもしかしたら、幻覚を操るモンスターが出るかもしれない。私、戦う力はないから・・・・・少しでも、みんな役に立ちたいの」
ルナは思わず身を乗り出した。
「でも、フィリーネ・・・・・あの時、私たちを助けてくれたもん!あの光、すごく暖かくて・・・・・救われたんだよ」
「あれは、偶然よ。だからこそ今度は、ちゃんとできるようになりたいの」
食堂のざわめきの中で、少しの沈黙が落ちた。
ジャンは考え込み、そして静かに頷く。
「いいと思う。今日の一日は、その練習に使おう」
「わー! それ、すっごくいいよ! そうしよっ!」
ルナが興奮して声を上げる。
「ああ。塔は逃げないからな。それよりも、フィリーネが前に進みたいなら、オレたちが手伝うべきだ」
フィリーネは嬉しそうに微笑む。
「ありがとう。2人とも」
3人は朝食後、草原に向かった。
街外れの草原に立つと、朝露が光を反射し、風が心地よく吹き抜けていた。
ルナは杖を構え、真剣な声で説明を始める。
「フィリーネは私より、よく知っている魔法だと思うけど、復習を兼ねて説明するね。ルーセントハートは“心象と術式”を重ねる魔法なんだよ。魔力をただ放つんじゃなくて、胸の奥で循環させて、想いを形にするんだよ」
「胸の奥で・・・・・循環・・・・・」
フィリーネが繰り返す。
「術式は失われちゃってるから、教えられないんだけどね」
ルナはそう言うとウインクしてペロッと下を出した。
ジャンも口を開いた。
「難しく考えすぎないことも大事だ。理論を押さえつつ、自分が守りたいと思う気持ちをそのまま魔力にのせる。オレが飛行魔法を覚えた時も、最初は仕組みより感覚で掴んだからな」
「理論を先に覚えないと、安定しないんだよ!」
ルナがむっとする。
「理論だけじゃなく、感覚も必要だって言ってるんだ」
ジャンは苦笑した。
「ううーっ・・・・・」
ルナは悔しそうだ。
2人のやり取りに、フィリーネは小さく笑みを浮かべた。
少し緊張がほぐれる。
「ええ。両方、大事にしてみるわ」
彼女は目を閉じ、胸の前で手を組む。ルナの言葉を思い浮かべて魔力を胸に集め、循環のイメージを重ねる。
その時、ジャンの落ち着いた声が背後から届いた。
「フィリーネ。あの日のお前の気持ちを思い出せ。守りたいって想いを、ただ素直に流してみろ」
脳裏に浮かぶのは、塔で倒れかけたルナの姿。
必死に伸ばした自分の手。
守りたい。
もう一度、あの光を。
その瞬間、フィリーネの掌から淡い輝きが広がった。
金色の花弁のような光が舞い、3人をやさしく包む。
空気そのものが柔らかく変わり、心の奥の不安が薄れていく。
「・・・・・っ! これ・・・・・!」
ルナが息を呑む。
「間違いない、ルーセントハートだよ!」
「わ、私・・・・・できたの?」
フィリーネの目に涙がにじむ。
ジャンは穏やかに微笑み、頷いた。
「ああ。まだ不完全だが・・・・・間違いなく、その力だ」
「すごいよ、フィリーネ!」
ルナは思わず抱きつき、彼女の手を握る。
フィリーネは照れくさそうに笑った。
「ありがとう・・・・・。私、やっと一歩前に進めた気がする」
草原を渡る風が、光を散らしながら駆け抜ける。
ジャンは空を見上げて言った。
「よし。今日は徹底的にやろう。オレたち3人で、この魔法を磨いていこう」
「うん!」
ルナとフィリーネは声を合わせた。
草原に柔らかな風が吹き、陽はゆっくりと高く昇っていった。
朝に見せた奇跡を確かなものにしようと、フィリーネは何度も挑戦を繰り返していた。
「胸に魔力を集めて・・・・・循環させる・・・・・」
呟きながら、彼女は両手を胸の前に重ねる。
しかし掌から零れるのは、最初に見せた淡い輝きだけ。
光は広がりかけては、すぐに掻き消える。
「うう・・・・・もう一回・・・・・!」
フィリーネは額に汗を浮かべ、何度も挑む。
ルナが横で声をかけた。
「大丈夫だよ、フィリーネ! 魔力の循環は合ってる!」
ジャンもまた、落ち着いた声で続ける。
「焦らなくていい。最初にできたんだ、あれは幻じゃない。必ず掴める」
だが、繰り返すほどに彼女の胸は締めつけられていった。
できない。
また失敗した。
どうして、最初の一度だけ・・・・・。
強く願えば願うほど、指先から光は遠ざかる。
昼近くになると、フィリーネの呼吸は荒くなり、手も震えていた。
「どうして・・・・・できないの・・・・・。最初はあんなに・・・・・」
フィリーネは崩れ落ちそうになる。
「フィリーネ!」
ルナが慌てて支える。
「無理しないで! 休もうよ!」
しかしフィリーネは首を振る。
「やめたくない・・・・・。私、もう一度・・・・・絶対に・・・・・」
涙をこらえるように唇を噛みしめ、必死に手を組む。
けれど光は生まれなかった。
見守るジャンも苦しい表情を浮かべる。
「・・・・・気持ちが強くなりすぎると、逆に魔力の流れが固まる。力んでいるんだ」
「でも・・・・・!」
ルナが叫ぶ。
「フィリーネは、こんなに頑張ってるんだよ!」
「頑張ってるのは分かってる。だからこそ・・・・・」
ジャンは言葉を探したが、結局うまく続けられなかった。
昼過ぎ、草原に座り込んだフィリーネは、もう立ち上がる気力も残っていなかった。
「やっぱり、私には無理なんでしょうか。術式も分からないんじゃ・・・」
その呟きは風に溶け、頼りなく消えていく。
ルナは慌てて首を振った。
「そんなことないよ! 絶対にできるもん! 私が保証するから!」
「・・・・・ありがとう。でも・・・・・怖いの。最初にできたのは、本当に偶然だったんじゃないかって・・・・・」
伏せた目から落ちた涙が、草を濡らした。
ジャンは言葉を失い、ルナもまた、彼女の背に手を添えるしかなかった。
太陽は真上から西に傾き始め、空気は夏のように熱を帯びている。
だが3人の周囲には、重く沈んだ沈黙が広がっていた。
「・・・・・、少し休憩しよう」
昼過ぎの草原で、ジャンがそう口にした。
額の汗を拭うフィリーネは、言葉少なに頷くだけだ。
何度挑んでも、最初に出来たような光は生まれず、胸の奥は重く沈んでいた。
「じゃあ、ご飯食べよ!」
ルナがぱっと顔を上げる。
「ギルド定食がいいな! あれ美味しいんだよ!」
「・・・・・定食か」
ジャンは少し苦笑しつつも同意する。
「確かに、腹ごしらえは大事だな」
3人はギルドに戻り、昼時の賑わいに包まれた食堂で席についた。
注文したのはもちろん、ギルド定食。
香ばしい肉のソテーに、温かいスープとパン、それに新鮮な野菜が彩りを添えている。
「いただきまーす!」
ルナは勢いよくフォークを動かし、一口食べると目を輝かせた。
「んー!やっぱり美味しい!」
だが、フィリーネの箸はほとんど進まない。
俯いたまま、野菜を少しだけ口に運ぶと、また手を止めてしまう。
ジャンはそんな彼女を見て、静かに声をかけた。
「フィリーネ。お前ならできる。焦ることはない」
しかし彼女は首を横に振る。
「本当に? 私には・・・・・無理な気がするわ」
「そんなことないよ!最初できたんだから!」
ルナが元気よく言葉を挟んだ。
肉をぱくりと口に運び、満面の笑顔を浮かべる。
「だって私、飛行魔法を覚えるのに3日もかかったんだよ! 3日だよ!?でもフィリーネは、数分で浮いちゃったんだから!」
「ルナ・・・・・」
フィリーネが目を瞬く。
「それに、飛行魔法もルーセントハートも、どっちも失われた魔法なんだよ? それをもう掴みかけてるんだから、絶対できるに決まってるよ!」
元気いっぱいに言い切るルナの姿に、ジャンも口元を緩めた。
「・・・・・本当に、ルナは元気だな」
「元気だよ!美味しいんだもん!」
ルナは胸を張る。
「だってね、フィリーネはすごいんだから! 絶対できるよ!」
しばし沈黙していたフィリーネの唇に、小さな笑みが浮かぶ。
「3日かかったのに、数分で・・・・・・、か」
フィリーネはパンを手に取り、肩の力を抜いて笑った。
「じゃあ、私は3日なんてかけてられないわね。今日一日で覚えてみせる」
「おおー!」
ルナが目を輝かせる。
フィリーネの頬に少し赤みが戻り、ようやく食欲も戻ったのか、肉を一口頬張った。
「うん、美味しいわね」
その笑顔に、ジャンはほっと胸をなでおろした。
昼下がりのギルド食堂は、冒険者たちの笑い声に包まれて賑やかだった。
そんな喧騒の中、フィリーネは少しずつ元気を取り戻し、2人と並んで定食を口に運んでいた。
そんなとき、不意に背後から声がかかる。
「失礼、食事が済んだら受付まで来てもらえますか」
振り返ると、そこにはギルド職員の若い男性が立っていた。
それだけ伝えると、彼はそそくさと去って行った。
「・・・・・受付に呼ばれるなんて、珍しいな」
ジャンが首を傾げる。
ルナはパンを頬張りながら、元気よく答えた。
「きっと討伐依頼だよ! たぶんそう!」
「おそらく・・・・・Bクラス以上限定の依頼じゃないかしら」
フィリーネが静かに補足した。
その言葉に、ジャンは小さく頷いた。
食事を終え、受付へ向かうと、予想通り職員が待っていた。
机の上には依頼書らしき紙が置かれている。
「やはり・・・・・Bクラス以上限定の依頼でした」
フィリーネが小さく呟き、首を横に振った。
「私はCクラスですから、辞退します」
その言葉に、受付嬢は柔らかい笑みを浮かべながらも首を振った。
「いえ、確認のために冒険者プレートを見せていただけますか?」
フィリーネは戸惑いながらも、小さな銀のプレートを取り出した。
受付嬢はそれを覗き込むと――目を大きく見開いた。
「・・・・・っ!?」
その変化に気づいたジャンとルナも、自然と背筋を伸ばす。
受付嬢は震える声で言葉を紡いだ。
「す、すみません・・・・・お2人も、プレートをお見せいただけますか?」
ジャンとルナがプレートを差し出すと、受付嬢の顔色がさらに変わる。
震える手で3枚を見比べ、そして呟いた。
「・・・・・『西 19階』・・・・・? こ、これは・・・・・信じられません」
周囲にいた冒険者たちもざわめき始める。
受付嬢は必死に声を抑えながら続けた。
「魔の森の奥にある西の塔・・・・・・・。このヒルダロアに滞在しているAクラスのパーティーでさえ近づけない場所なんですよ?それなのに・・・・・19階、ですって? もしこれが本当なら・・・・・あなた方は、Sクラス相当ということになります」
息を呑む気配が、受付までじわりと広がっていく。
受付嬢は慌てて端末を取り出し、3人のプレートを順にかざした。
ピピッという音が鳴り、画面に照合結果が映し出される。
「・・・・・っ!、間違いありません・・・・・!」
職員の声は震え、視線は尊敬と畏怖の入り混じったものに変わっていた。
その瞬間、ジャンとルナ、フィリーネは互いに顔を見合わせる。
沈黙の中、それぞれの心に同じ言葉が浮かんだ。
ただ、飛行魔法で行っただけなのに。
誰も声には出さなかった。
だが3人の表情は、どこか気まずそうで、そして少しだけ笑いをこらえているようにも見えた。
ギルドを出た3人は、陽の光の下で足を止めた。
外はいつもと変わらぬ喧騒なのに、背中に突き刺さる視線の数がやけに多い。
「すっかり目立っちゃったね」
ルナが肩をすくめる。
「仕方ないだろ。Sクラス相当なんて言われれば、誰だって注目する」
ジャンはため息をついた。
フィリーネは胸の前で両手をきゅっと握る。
「でも、本当のこと、言えないわよね。『飛行魔法で飛んで行きました』なんて・・・・・」
「うん、絶対信じてもらえないよ!」
ルナが即座に否定する。
ジャンも苦笑いを浮かべた。
「失われた魔法なんだ、むしろ頭がおかしいと思われるだけだな」
「それはそれで恥ずかしいわ」
フィリーネが小声で返し、想像したのか、頬を赤らめた。
3人は互いの顔を見合わせ、同時に吹き出した。
周囲には聞こえない、彼らだけの秘密。
「ま、真相は3人だけの内緒にしておこう」
ジャンが静かに言う。
「うん、約束!」
ルナが元気よく頷き、
「秘密、守るわね」
フィリーネも微笑んだ。
その笑顔は、少し誇らしげで、少し可笑しみを帯びていた。
「あっ」
ギルドを出て少し歩いたところで、フィリーネが声を上げた。
「どうした?」
ジャンが振り返る。
「プレート、受付に置いたままだった・・・・・」
3人は慌てて引き返し、再びギルドのカウンターへ。
受付嬢はちょうど3枚のプレートを手元で確認していたところだった。
「戻ってきてくださって良かったです。実は、お三方にぜひ、依頼をお願いしたいのです」
「依頼?」ジャンが眉を寄せる。
ジャン・リリエル「「ここまで読んでくれて、ありがとうございます」」
ジャン「・・・って!?、まさかの二人きりか」
リリエル「フィリーネでも悩むこと、あるのね」
ジャン「あっ、やばいぞ、これ」
リリエル「あんなに完璧で冷静に見えるのに……少し意外でした」(ジャンの声が聞こえてない)
ジャン「いや、リリエル、まずいって!」
リリエル「フィリーネって、心の奥では色々考えてるのね」
ジャン「なぁ、リリエル!」
リリエル「ん?なに?」
ジャン「オレたち、今、かなりやばい状況にいるぞ」
リリエル「え? あっ、二人きり!?」
ジャン「そう、それ。オレ、作者の悪意を感じるんだが」
リリエル「そんな・・・・・・悪意はないんじゃない?」
ジャン「ルナが、前回のあとがきで言ってただろ。“次、リリエルと二人で出たら許さないからね!”って」
リリエル(青ざめる)「あ、言ってましたね」
ジャン「完全にフラグ立ったな。これ、見つかったら確実に殺られる」
リリエル「ど、どうしよう? 私、悪くないのに!」
ジャン「オレも悪くない! 脚本のせいだ!」
(その時、後ろから小さな声)
???「ふふっ。ルナお姉ちゃんに言っちゃおっかなー?」
ジャン「うわぁ!? 出た! なんで今出てくるんだよ!」
リリエル「や、やめて! それだけは本当にやめて!」
ジャン「やめろ! 本気で命が危ない! っていうか、お前69話で登場だろ!フライング禁止!」
???(にっこり)「ん?2人とも、顔が真っ青だよ?」
ジャン「当たり前だっ!! 69話以降、本格的にお前が出てくるのは95話からだろ!」
リリエル「お願いだから、ルナには言わないでぇぇ!」
???「お兄ちゃん、論点をずらそうとしてる? 密室に男女2人きり・・・・・・、ふふっ、どうしようかなー?」
ジャン「オバケより怖ぇぞこれ!」
リリエル「ジャン、どうしよう?」
ジャン「と、とにかく逃げよう! ルナに見つかる前に!」
???「ふふっ、それじゃ――」
3人「次回もお楽しみに!」
ジャン(小声で)「頼むから、次回は平和に終わってくれ」




