第58話 偶然の奇跡
「・・・・・終わり・・・・・なの・・・・・?」
その瞬間――心の底で、別の叫びが弾けた。
いやだ。
絶対に、2人を助けたい。
この2人だけは、私が守る!
燃えるような想いが胸を突き破り、全身に駆け巡る。
「ルーセントハート!」
震える声が広間に響いた。
今までと何が違ったのか分からない。
ただ、言葉を放った瞬間、フィリーネの胸の奥に、温かな光がともった。
それは柔らかく、けれど確かに力強い輝きだった。
フィリーネは頭がスッキリし、幻影が消えて行く。
胸の奥から溢れ出した光は淡い金色の粒子となって舞い始める。
「・・・・・光?」
フィリーネ自身が驚きに息を呑む。
淡い輝きはやがて広がり、2つの軌跡を描いて飛んでいった。
一つはジャンの胸元へ、もう一つはルナの胸元へ。
光が吸い込まれた瞬間、2人の体が小さく震えた。
虚ろだったジャンの瞳に、かすかな色が戻り――。
泣きじゃくるだけだったルナの瞳から、涙が消えた。
そして、2人の呼吸が整っていく。
淡い輝きが残り、幻の鎖を断ち切るように広間を満たしていった。
――その瞬間。
ジャンとルナが正気に戻る。
「・・・・・はぁ、はぁ・・・・・」
正気を取り戻したジャンは膝に手をつき、荒い息を吐いた。
既に魔力は枯渇しており、杖を構える手が小刻みに震えている。
「ジャン!」
ルナがジャンを見るが、彼は小さく首を振った。
「もう・・・・・魔法は撃てない。オレは・・・・・魔力切れだ」
フィリーネはルナを見る。
正気に戻っている!
だが、通路からは、なおもモンスターが次々と現れる。
爪を振り上げ、牙を剥き、唸り声が重く響いた。
ジャンは苦しい息の合間に声を張り上げた。
「ルナ! お前しかいない! オレが指示を出す、全部倒せ!」
ルナは涙で濡れた瞳を見開き、震える声を漏らす。
「わ、私が・・・・・一人で・・・・・?」
「できる! お前ならできる!」
ジャンの声は、弱り切った身体に似合わず鋭く響いた。
「まずは右側! 群れの先頭をまとめて止めろ!」
ルナは大きく息を吸い、杖を掲げた。
「・・・・・スターフレア!」
右の群れのモンスターたちに火炎弾が一面に降り注ぎ多くを殲滅させる。
「いいぞ! その調子だ!そのままフレアで一気に焼き払え!」
「フレア!」
轟音と共に炎柱が立ち上がり、炎に呑まれ、瞬時に爆ぜ散る。
「次は左だ! 散開してきてる、アイスアローで足を止めろ!」
ルナの腕が迷いなく振り下ろされ、氷矢が雨のように放たれる。
数匹が悲鳴をあげて崩れ落ちた。
「よし、続けてスターフレアだ!」
「スターフレア!」
無数の光弾が左の群れを一掃し、広間に閃光が弾ける。
襲ってくるモンスターに、次々指示を飛ばすジャン
徐々に疲れが出始めながらも、それにこたえるルナ
次々倒れるモンスター
フィリーネは後ろで両手を胸に組み、祈るように声を震わせた。
「・・・・・すごい、ルナ・・・・・!」
どれだけ連続で魔法を放ったのだろう?
ルナは肩で息をしている。
だが、最後の群れが正面から突進してくる。十数体のモンスター。
唸り声で空気が震え、フィリーネが思わず後ずさった。
ジャンは声を張り上げた。
「ルナ! 大技だ! 一撃で全て終わらせろ!」
ルナの喉が鳴る。
恐怖と緊張で足がすくむ――だが、隣で立つジャンの姿が見えた。
「・・・・・うん! ジャン、見てて!」
杖を大きく掲げ、魔力を解き放つ。
「エクスプロージョン!!」
広間を揺るがす轟音と爆炎が走り抜けた。
赤い光がモンスターの群れを丸ごと呑み込み、断末魔の声すら上げさせずに消し去る。
爆煙がゆっくりと晴れ、石床には崩れた残骸だけが残っていた。
ルナは杖を握ったまま膝をつき、肩で大きく息をしている。
膝から崩れ落ちそうなルナをジャンが支える。
「魔法の連続使用、疲れたよな」
ジャンはそう言うと、ルナの頭をなでる。
ルナは息こそ荒いものの、顔には笑顔が戻った。
ジャンはその姿を見て、静かに頷いた。
「・・・・・よくやった。完璧だ」
フィリーネは胸を押さえ、安堵の涙を流した。
広間に残るのは3人の息遣いだけ――すべてのモンスターは、跡形もなく消えていた。
戦いが終わり、3人はようやく18階の階段へとたどり着いた。
結界に守られた安全地帯に足を踏み入れた瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れたように、全員が深く息を吐く。
「・・・・・終わった・・・・・よね?」
ルナが震える声で呟く。
ジャンは壁に背を預け、疲れ切った顔で頷いた。
「ああ。もう、モンスターは来ない」
フィリーネも静かに目を閉じ、胸に手を当てる。
心臓はまだ早鐘を打ち、全身が熱を帯びていた。
だが――その瞬間だった。
3人の視界が揺らぎ、脳裏に映像が流れ込んでくる。
まるで霧に包まれた部屋の中心に立たされているような感覚。
「これは・・・・・また幻?」
フィリーネの声に、ジャンもルナも同時に立ち上がり身構える。
そこに映ったのは――12歳のルナだった。
まだ幼さの残る顔で必死に駆けてくる。
細い足で階段を上り、この18階へ。
彼女の視線の先には、誰かを追いかける姿。
「・・・・・ママ・・・・・!」
ルナの喉からかすれた声が漏れる。
次の瞬間、モンスターが飛びかかり、小さな身体が無残に地へ叩きつけられた。
鮮血が広がり、少女の口から悲鳴が洩れる――その声を聞きつけ、奥から駆け寄ってくる女性。
「ルナ!」
駆け寄るリアーナの姿。
だが、彼女の目に映ったのはすでに絶命した娘の姿だった。
抱き締め、必死に呼びかけても返事はなく、その場に崩れ落ちる。
「そんな・・・・・私が・・・・・死んだ・・・・・幻?」
今のルナが震えながら呟いた。
幻影に見入る3人の心臓を、冷たい手が掴んだような痛みが走る。
リアーナは錯乱したように頭を抱え、泣き叫ぶ。
「どうして・・・・・守れなかったの・・・・・私がそばにいたのに・・・・・!」
その顔は絶望に染まり、動くこともできない。
ただ幻影の娘を抱えたまま、石床にうずくまる。
それはまさにジャンとルナが心を折られたように・・・・・
リアーナが幻影と見抜けず心を折られた瞬間だった。
そして映像の隅には、ルナの父の姿もあった。
彼もまた苦しげに幻に苛まれ、顔を歪めていた。
けれど必死に自分を保ち、震える手で剣を握っていた。
「これが・・・・・パパとママが・・・・・」
ルナは涙をこぼし、拳を握りしめる。
フィリーネは胸を締め付けられるような思いで唇を噛んだ。
これまで語られなかった母の最期。
真実は、幻影に心を囚われて果てたのだ。
映像は霧のように薄れていき、やがて現実が戻る。
結界の中に立つ3人の耳に残ったのは、リアーナの慟哭の声だけだった。
「・・・・・ママ・・・・・」
ルナは膝から崩れ落ち、嗚咽を漏らす。
ジャンはルナの肩にそっと手を置いた。
「お前の母さんは・・・・・お前を失ったと思い込んでしまったんだ。けど、それは幻影だった。お前は今、生きてる」
「でも・・・・・ママは・・・・・」
ルナの声は涙に濡れて掠れていた。
フィリーネはそっと手を握る。
「幻を見抜けずに苦しんだ・・・・・でも、あなたたち2人は・・・・・私が・・・・・少しだけ手助けできた。だから・・・・・」
ルナは涙の中でフィリーネを見つめ、かすかに頷いた。
「・・・・・ありがとう・・・・・フィリーネ」
その時、不思議な感覚が3人を包んだ。
まるで淀んでいた空気が洗い流されるように、18階の雰囲気が変わっていく。
重苦しい空気は消え、澄み切った空気が広間に流れ込む。
「・・・・・終わったのか?」
ジャンが低く呟く。
「ええ。きっと・・・・・18階を覆っていた“たたり”は、今ので・・・・・」
フィリーネの言葉に、ルナは涙を拭いながら顔を上げた。
しばし静寂が広がる。
戦いの余韻の中で、3人の胸に残るのは――光だった。
「ルーセントハート・・・・・」
フィリーネが小さく口にする。
「心を澄ませ、迷いを払う光。私が使えたなんて・・・・・信じられない」
「幻影に囚われていたオレたちを、あの光が救った」
ジャンが真剣な眼差しで言う。
「お前がいたから・・・・・今ここに生きてるんだ」
ルナも頷き、涙で濡れた頬を拭った。
「ママを救えなかったのは・・・・・悔しい。でも・・・・・私たちは同じ幻に負けなかった。あの光が、心を守ってくれたんだよね」
フィリーネは小さく笑みを浮かべる。
「ルーセントハートは術式じゃない。きっと・・・・・“想い”そのもの。だから、発動できたのかも知れないわね」
3人は互いに視線を交わす。
重く苦しい真実を知った今も――心の奥には確かな絆が芽生えていた。
3人はしばらく結界の中で休息を取ったのち、ひとまず塔を出ることにした。
18階を覆っていた呪いが消え去った今、重苦しさはどこにもなく、外の空気は澄み渡っている。
「ねえ、ママの家に行こうよ」
ルナが唐突に言った。
ジャンとフィリーネは顔を見合わせ、そして頷く。
「そうだな。行くか」
「ええ。きっと・・・・・リアーナさんも、喜ぶと思います。」
夕暮れの光が街路を染めていた。
塔から街道を歩きながら、3人はようやく肩の力を抜くことができた。
しばらく黙って歩いたあと、不意にジャンが口を開く。
「なあ、フィリーネ」
「なに?」
「さっきのお前の魔法・・・・・ルーセン・・・なんとかってやつ。あれ、一体なんなんだ?」
フィリーネは足を止めかけ、少し考えるように視線を上げた。
「『ルーセントハート』・・・・・。古代に失われた支援魔法の一つよ。心を澄ませて、迷いを払う光。記録ではそう説明されていたけれど、術式は失われて誰も再現できなかった」
ジャンが驚いた顔で振り向く。
「じゃあ、お前は・・・・・伝説の魔法を使ったってことか?」
「そうは言っても・・・・・偶然だと思う。術式も知らなかったし、成功するはずがないって頭では分かってた。でも・・・・・」
フィリーネは少し頬を赤らめ、微笑んだ。
「2人を助けたいって気持ちだけは、誰にも負けなかった。きっと、その“想い”が形になったんだと思う」
ルナは静かに歩きながら、両手を胸の前で組んだ。
「・・・・・あの光がなかったら、私もジャンも・・・・・今ここにはいなかったんだよ!フィリーネ、ありがとう!」
フィリーネははっと目を見開き、胸の前で両手をぎゅっと握りしめた。
「・・・・・そんな・・・・・ありがとうなんて・・・・・私、ただ必死で・・・・・」
絞り出すように言いながら、込み上げるものに耐えきれず、指先で胸元を押さえた。
視界が涙でにじみ、声も震えてしまう。
それでも、頬を伝う雫を隠そうともせず、彼女は小さく笑った。
「生きていてくれて・・・・・本当に良かった・・・・・」
「お前に救われたんだな、オレたち」
ジャンの声は照れくさそうで、しかしどこまでも真剣だった。
フィリーネは、心が温かくなり、再びあふれる涙をぬぐう事もせず、首を横に振りながら思った。
(2人とも無事だった事が嬉しい!)
やがて3人はルナの母の家へ辿り着く。
すでに街には灯りがともり始め、窓辺に揺れるランタンの光が、どこか懐かしい温もりを感じさせた。
フィリーネは2人に振り返る。
「ジャン、私にテクニカルアップとマジックアップをかけて!」
フィリーネが言うと、ジャンは「ああ」と言うと自分自身にかけてから、フィリーネにかけた。
フィリーネは目を閉じて感じる。
「18階に向かう前にあった、あの不吉な気配・・・・・もう何も感じない。呪いは、本当に終わったんだと思う」
ルナは安堵の笑みを浮かべ、小さく呟いた。
「次にここに住む人が、幸せになりますように・・・・・」
その言葉に、ジャンが少し顔を赤くしながら言葉を続けた。
「もしかしたら、オレたち・・・・・かもな?」
「えっ・・・・・」ルナは目を丸くし、すぐに顔を赤くした。
「そ、そうだと・・・・・いいな」
フィリーネは2人のやり取りを見て、柔らかく微笑む。
悲しみの影がまだ心に残っているはずなのに、それでも未来を語れる2人の姿に、静かな希望を感じた。
3人はその後、宿に戻った。
夜風は心地よく、街路には人々の笑い声と、暖かな明かりがあふれている。
部屋の前で立ち止まると、フィリーネは2人に向かって微笑んだ。
「じゃあ、私はこっちの部屋ね。今日はもうゆっくり休みましょう」
「うん・・・・・ありがとう、フィリーネ」
ルナが小さく頭を下げ、ジャンも軽く手を挙げる。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
フィリーネは2人を残し、静かに扉を閉めた。
部屋に戻った2人は・・・・・
ルナとジャンはソファに腰を下ろしていた。
「ふぅ・・・・・」ジャンが長く息を吐く。
だが次の瞬間、ルナの頬を大粒の涙が伝い落ちた。
「ルナ!?ど、どうしたんだ?」
ジャンは慌ててルナに聞く。
ルナはしゃくりあげながら言葉を絞り出した。
「・・・・・もう、本当に・・・・・お別れなのかって・・・・・思ったの。ジャンが、いなくなっちゃうって・・・・・。怖くて、怖くて・・・・・」
彼女は涙で顔を濡らしながら、それでも笑顔を浮かべる。
「でも・・・・・今、こうして隣で話せてる。それが・・・・・すごく嬉しいんだ」
ジャンは黙ってルナの肩に手を回し、そっと寄り添った。
「・・・・・オレもだ。2度と離れるもんか」
その言葉に、ルナはさらに涙を流しながらも、小さく頷いた。
やがて2人は疲れ果てたように寄り添い、静かに眠りについていった。
一方、部屋に戻ったフィリーネは・・・・・・
自室のベッドに腰掛けていた。
窓から差し込む街の灯りが揺れ、静かな夜の空気が漂う。
「ルーセントハート・・・・・あれは偶然だった。でも、あの力は絶対に必要になる」
小さくつぶやき、両手を胸の上で握りしめる。
私は、必ずマスターする。
この力が、2人を守る光になるなら。
そう心に誓いながら、フィリーネもまた静かにまぶたを閉じた。
温かな夜の灯りに包まれ、穏やかに眠りについた。




