第49話 もうひとつの始まり
「ルナ・・・・・っ!」
思わず名を叫んで、ジャンは目が覚めた。
そこには、いつものベッドで静かに眠るルナの姿があった。
「夢・・・・・だったのか」
安堵が波のように押し寄せ、ジャンの身体から力が抜けていく。
ここは、宿の部屋だ。
夢で見た荒涼とした景色ではない。
しかし、安堵は一瞬で恐怖に変わった。
部屋には、夕陽が差し始めていた。
医者から告げられた余命宣告が、重い鎖となってジャンの心を縛り付けていた。
ルナの顔色は、夢で見たように生気に満ちている。
頬はほんのりと赤く、唇は淡い桃色。まるでただ眠っているだけだ。
だが、その生命エネルギーが少しずつ失われているという事実が、ジャンを絶望の淵に突き落としていた。
「ばいばい、ジャン」
夢の中のルナを思い出すと、涙が、止めどなくジャンの頬を伝い落ちた。
この6日間、枯れ果てたと思っていた涙が、再び溢れ出す。
「行かないでくれ・・・・・」
祈るような声で呟き、ジャンはルナの右手を、震える右手でそっと握りしめた。
ルナの肌は温かかった。
ただ、失いたくない。その一心で、ジャンはルナの手を強く握った。
ふとジャンはルナを診てくれた老年の男性の言葉を思い出した。
「ルナ殿の身体は、非常に深刻な状態です。生命エネルギーのほとんどを失い、魔力の枯渇は、過去に例を見ないほどです」
その瞬間、はっ!とし、考えた。
(ルナはこのままでは、あと数時間もすればあの笑顔を2度と見る事は出来なくなる。)
(ならば、最悪失敗しても・・・・・。)
(たった1つ、ルナのために出来る事があるじゃないか!)
(どうして今まで思いつかなかったんだ!?)
ジャンは決意を固めると、収納魔導具から杖を取り出した。
「ルナ・・・・・・お前のために、オレにできることをする」
不安と希望が入り混じる眼差しでルナを見つめ、ゴクリと唾を飲み込む。
ジャンは右手でルナの右手を握り、左手に杖を構える。
「・・・・・・やるぞ」
短く言い切ると、ジャンは唱えた。
「魔力ホール、開放!」
瞬間、左手の杖から魔力が溢れ出し、握ったルナの右手へと流れ込んでいく。
(エルミナは・・・・・・これで助かったんだ。ルナだって、絶対に助かるはずだ!)
暴走させないよう、ジャンは必死に意識を集中しながら、慎重に杖からルナへと魔力を送り続けた。
「ルナ・・・・・!頼む!!」
(杖は古代遺跡から帰ってきた後、全く魔力を貯めていないが、自分1人分以上の魔力はまだ残っている。何とかなるはずだ)
30分ほど経っただろうか。
突然、指先に、かすかな力が返ってきた。
(・・・・・・握り返された?)
あまりに唐突な感触に、ジャンは自分の感覚を疑う。
「魔力ホール、閉鎖!」
すぐにそう告げたが、心の中では疑念と期待が交錯していた。
(今のは・・・・・・疲労と絶望が見せた幻覚か?)
(いや、違う。確かに、ルナの指が、オレの指を握っている!)
はっ!としてルナの顔をのぞき込む。
閉じられていた瞼が、ぴくりと震えた。
やがて、ゆっくり、ゆっくりと開かれ、長い睫毛の奥からダークブラウンの瞳がのぞく。
まだ焦点は定まらず、ぼんやりと空を見つめていたが・・・・・・やがてその視線は、まっすぐジャンを捉えた。
唇がかすかに動き、声がこぼれる。
「・・・・・・ジャン、おはよっ・・・・・・」
その言葉は、春の陽だまりのように、ジャンの胸を温かく満たした。
頭の中は真っ白で、ただ名前を呼ぶことしかできない。
「・・・・・・ルナ?」
震える声に、ルナは小さく笑みを浮かべる。
「うん・・・・・・あたしだよ、ルナ。どうしたの、ジャン? そんな顔して・・・・・・あたしが目を覚ましたの、そんなにヘン?」
首をかしげる仕草は、いつものルナそのものだった。
こみ上げる感情を抑えきれず、ジャンは彼女を力強く抱きしめる。
「・・・・・・よかった・・・・・・! 本当に・・・・・・よかった・・・・・・!」
ルナの肩に顔をうずめ、嗚咽混じりに何度も繰り返した。
ルナは、突然のジャンの強い抱擁に戸惑いながらも、そっと背中に腕を回した。
「・・・・・・うん。私も・・・・・・ジャンに会えて、ほんとによかったよ」
その一言に、ジャンの胸は激しく震えた。
ルナは夢の中で、ジャンと永遠に別れたような感覚を、どこかで覚えていたのかもしれない。
「ルナ、君は・・・・・・」
ジャンはゆっくりとルナを解放し、改めてその顔を見つめた。
ルナの瞳は、以前と変わらぬあの輝きを宿し、真っ直ぐにジャンを見返している。
もはや、あの恐ろしい、生命エネルギーが途切れつつある感覚はどこにもなかった。
「・・・・・・ねえ、私、どうしてたの? すっごく長い夢を見てたみたいな気がするんだけど・・・・・・」
自分の手のひらをじっと見つめながら、ルナは不思議そうに首をかしげる。
ジャンは言った。
「ルナ・・・・・・君は、あの黒い宝石を封印するために、魔力を使い果たしてしまったんだ。そして6日間・・・・・・ずっと眠り続けていたんだ・・・・・・」
「6日・・・・・・。そんなに・・・・・・寝ちゃってたんだ・・・・・・」
ルナは小さくつぶやき、自分の胸に手を当てる。
しばしの沈黙の後、はっと顔を上げて、涙をこぼした。
「・・・・・・生きて、またジャンに会えたんだ・・・・・・」
ジャンは、声を詰まらせながら、これまでの経緯を一つひとつ伝えた。
ルナは、驚いたように目を丸くし、真剣に聞き入っていた。
「そっか・・・・・・私、そんなに頑張ったんだ・・・・・・」
やがて、ルナはふっと笑みを浮かべ、そっとジャンの頬に手を添える。
「でも、ジャンがそばにいてくれたから・・・・・・きっと、大丈夫だったんだね」
その純粋な言葉は、凍りついていたジャンの心を一瞬で溶かし、胸の奥まで温かさで満たしていった。
気づけば、ルナを覆っていた死の影は朝露のように消え、生命力に満ちた輝きが彼女を包んでいた。
「ああ・・・・・・本当に・・・本当にありがとう、ルナ・・・」
ジャンは彼女の手を両手で包み込み、その温もりを確かめるように指先をなぞり続ける。
ルナは少し照れたように微笑み、視線を伏せた。
耐えきれなくなったジャンは、彼女の肩を抱き寄せ、抑え込んでいた想いをついに吐き出す。
「ルナ・・・・・・好きだ!」
短く、けれどすべてを賭けた告白。
その一言に、ルナの大きな瞳が揺れ、次の瞬間、涙が堰を切ったように頬を伝い落ちた。
「わたしも・・・・・・ずっと、ジャンが好きだった・・・・・・!」
声は嗚咽で震え、息も乱れているのに、瞳だけは真っ直ぐに彼を見つめていた。
「でも・・・・・・怖かったの。こんなこと言ったら、今までの関係が壊れちゃうんじゃないかって・・・・・・仲間でいられなくなるんじゃないかって・・・・・・だから、ずっと黙ってたの」
止まらない涙と共に、握る手に力がこもる。
「こんなことなら・・・・・・もっと早く伝えておけばよかったなぁ・・・・・・」
ジャンは一瞬、胸が熱くなり言葉を失ったが、すぐに微笑んだ。
「ルナ・・・・・・オレも、ずっと好きだったんだ」
ルナの涙を受け止めるように、そっと彼女の手を握り返す。
「オレも・・・・・・怖かったんだ。もし伝えたら、仲間でいられなくなるんじゃないかって。関係が壊れるのが、なによりも怖くて・・・・・・だから黙ってた」
「ジャンも・・・・・・、同じだったんだ。」
涙に濡れた笑顔で頷くルナを見つめながら、さらに言葉を重ねる。
「どこかで気付いてた。でも、仲間を大事にする気持ちと同じだって、自分に言い聞かせて・・・・・・無理やり押し込めてたんだ。冒険者として、仲間として、それが正しいって思ってたから」
息を詰め、胸の奥の想いをさらけ出す。
「でも・・・・・・今回のことがあって、やっと気付いた。オレにとってルナは、誰よりも大切で、誰とも比べられない存在なんだ」
そう言ったあと、彼はふと思い出したように苦笑を浮かべた。
「実は・・・・・アステリアの街を出るときにさ。ギルド長とルナが握手しただろ? あのとき・・・・・胸が痛んだんだ」
「・・・・・ぷっ、あはははは。かわいい!」
ルナは思わず吹き出し、涙で濡れた頬を袖で拭いながら笑い出した。
「なにそれーー、ジャンらしくないー!」
「オレだって、自分でも驚いたんだよ」
ジャンが少し照れたように笑い、それからふいに口角を上げる。
「でもな、思い返せば前から怪しいと思ってたんだ。特に──」
「・・・・・な、なに?」
「アステリアの宿で、リリエルと3人で寝る場所を決めたときさ。お前が大声で言っただろ」
ジャンはわざと声を張って、ルナの真似をする。
「『私はジャンの隣がいい!』って」
「~~~~っ!?!?」
ルナの顔は一瞬で真っ赤になり、全身が跳ね上がった。
「や、やめてえええ!!そんな大声で言わなくてもいいでしょ!?!」
ルナは真っ赤になりながら、慌ててジャンの口を塞ごうとするが、かわされ、悔しそうに歯ぎしりする。
「・・・・・いじわる・・・・・!ジャンばっかり恥ずかしいこと言うのずるい!」
「ははっ、仕方ないだろ。事実なんだから」
「ふーん・・・・・じゃあ私だって言っちゃおうかな」
ルナの目がきらりと光る。ジャンは思わず身を引いた。
「お、おい、何を・・・・・?」
「アステリアの市場でね、屋台のおじさんが『勇敢な冒険者さまにオマケ!』って、リンゴ飴をくれたときあったよね?」
「え?、それ、ちょっと待っ・・・まさか、見てた・・・」
「ジャンったら子供みたいに目を輝かせて、『おお、すげぇ!』って・・・・・そのあと棒から飴がベチャッて落ちて、しょんぼりしてたの、私見てたんだからね!」
「なっ・・・・・!? おま・・・、それを今ここで言うな!」
耳まで真っ赤にして抗議するジャンを見て、ルナはお腹を抱えて笑い出す。
「あははははっ、ひーっ!お腹痛いー!ジャンのしょんぼり顔、もう一回見たい~!」
「うるさい!忘れろ!あれは・・・・・・ただの偶然だ!」
「ふふっ、ぜーったい忘れないんだから!」
ルナは勝ち誇ったようにニコニコと笑みを浮かべ、肩で小さく息を弾ませている。
その得意げな表情を見て、ジャンは苦笑しながら頭をかいた。
「ほんと・・・・・・やられたな」
「ふふん、これでおあいこだよ!」
楽しげな空気の中で、ふとジャンの胸裏に過去の言葉が甦る。
助かる可能性は、1%もないでしょう。
3日以内に目を覚まさなければ、ルナ殿は・・・・・・。
あと数時間、目を覚まさなければ、この笑顔を見ることは2度と叶わなかった。
それなのに、今――ルナは目の前で、こんなにも無邪気に笑っている。
胸が熱くなり、抑えきれぬ想いが溢れる。
ジャンは思わず腕を差し伸べ、柔らかな声で呼びかけた。
「・・・・・・ほら、こっちにおいで」
ルナは一瞬驚いたあと、ためらいもなくその胸へ飛び込む。
ジャンは強く、けれど優しく抱きしめ、彼女の髪に頬を寄せた。
「・・・・・・オレの隣は、やっぱりルナじゃないと落ち着かない」
耳元に落とされた囁きに、ルナの胸は大きく跳ね上がる。
潤んだ瞳で見上げ、言葉を交わすより早く、自然と唇が近づき――重なった。
甘く切ない口づけ。
2人だけの世界は、それだけで満ちていた。
ゆっくり唇が離れると、2人は見つめ合い、どちらからともなく、再び抱き合った。
互いの温もりを確かめ合いながら、2人は言葉にならない感情に身をゆだねる。
長い戦いの果てに、数えきれぬ不安や絶望を経て、ようやく辿り着いた瞬間だった。
夢の中で交わした「別れ」の痛みが、今、この「再会」の奇跡に溶けていく。
ジャンの胸に顔を埋めたルナは、安堵の吐息をもらしながら小さく囁いた。
「今日は・・・・・ジャンの隣で眠りたい!」
その言葉は、幼い願いにも似た響きで、けれど彼の心を深く震わせた。
「もちろんだ、ルナ。今日は離さない」
ジャンの即答に、ルナの顔は花のようにほころぶ。
その笑顔を見ているだけで、彼は何度でも命を賭けられると思った。
2人の距離は、言葉を必要とせずに縮まっていく。
やがて、触れるほどに近づいた唇が、再び静かに重なった。
短く、けれど永遠を誓うような口づけ。
胸の奥で高鳴る鼓動が、互いの命を確かに感じさせた。
夜も更け・・・・・・
宿の小さな部屋には、静かな時間が流れていた。
ランプの明かりが柔らかく揺れ、ベッドに並んで座る2人を照らしている。
ルナは毛布に身をくるみ、ジャンの肩に寄り添っていた。
彼の胸板に耳をあてると、規則正しい鼓動が聞こえる。
それは、ルナにとって何より安心できる子守歌のようだった。
「ねえ、ジャン。夢を見たの」
「夢?」
「うん。とても寂しい荒野で・・・・・」
ジャンの背筋に冷たいものが走る。
ルナが話す内容は、ジャンが見た悪夢と、全く同じだったからだ。
「わたし、そこで『ばいばい、ジャン』って言ったの。そして私は、ゆっくり振り返ってジャンに背中を向けたの」
だが、最後はジャンが見た夢と違っていた。
「でもね、最後に抱きしめてくれた。・・・・・だから怖くなかった」
ルナはそう言って、そっと微笑んだ。
その微笑みは灯火のようにあたたかく、ジャンの胸の奥をやさしく照らし出す。
ジャンは彼女の手を強く握りしめ、震える声で答えた。
「2度と・・・・・・そんな夢は見なくていい。絶対にオレが守る。何度だって、ルナを抱きしめる」
「えへへ・・・・・・ずっとそうやって抱きしめててね」
ルナはくすぐったそうに笑いながらも、甘えるようにジャンの胸へ顔をうずめた。
鼓動が耳に響く。
ひとつ、またひとつと重なって――互いの存在が確かにここにあると、告げていた。
頬に伝わる温もりは、どんな言葉より雄弁で、甘やかに心を満たしていく。
やがてランプの灯がゆるやかに揺れ、外の風の音が遠くでささやく。
2人だけの世界を包む夜は、静かで、そして優しかった。
唇がかすかに触れ合い、囁くような誓いが交わされる。
「ずっと一緒だよ、ジャン」
「ああ、永遠に」
囁きは重なり合い、誓いはひとつになった。
雲の切れ間から星々が瞬き、遠くで風が木々を揺らす音がするだけ。
2人は寄り添ったまま毛布に身を沈め、互いの温もりを抱きしめ合いながら、夢のような夜に身を委ねていった。
翌朝
6日間の絶望が嘘のように、部屋の中には温かく、穏やかな空気が流れていた。
朝日は窓から差し込み、2人の姿を優しく包んでいた。
「何か食べたいものはあるか?ルナが好きな甘いお菓子でも・・・」
ジャンがそう尋ねると、ルナは目を輝かせた。
「うん! あの、市場で見た蜜漬けの・・・・・」
その言葉に、ジャンは心から安堵した。いつものルナが、ここにいる。
もう、どこにもいかない。
ジャンは、ルナのそばに寄り添い、もう2度とルナを手放さないと、心に誓った。
「ルナ、今日は当初の目的地、ヒルダロアだ!」
ジャンが力強く言うと、ルナはブンブン横に首を振る。
「え!?メルグレイスが気に入ったのか?」
ジャンが戸惑いながら聞く。
「そうじゃなくて、お菓子が先だもん!!」
ルナはそう言った。
ジャンは脱力しながら「ああ」と答え、宿を後にした。
ライアス「ガッハッハ! 最後まで読んでくれて、ありがとよ!」
エルミナ「ちなみに今日の物語の前半、実はYouTubeにあげてあるんです。下がURLです」
https://youtu.be/24uhxA8mmpg
ルナ「えっ、少し話変わってるよ?声も私じゃないし・・・」
ジャン「あれは第1話を公開した8月後半頃に書いたものなんだ。後から修正したらしい、オレも声が違うな」
ルナ「えっ、じゃあ今ごろ世界中で私の歌が流れてるのね!」
ジャン「誰も歌なんてアップしてない!」
リリエル「むしろ歌ってすらないでしょ!」
ルナ「大好ぅーきーなー、あーなーたがー そばにー・・・」
カイラス「それ歌ってるのは、ルナじゃないよな」
リリエル「ねえ、今日も私の出番がなかったと思うけど・・・」
カイラス(ギクッ!)
ルミア「私も! 全然活躍してないんだけど!」
リリエル「カイラス、私たちの活躍期待してたんだけど!?」
ルミア「で、カイラスはどこ行ったの?」
ライアス「ガッハッハ! あいつなら、こっそり逃げ出したぜ!」
ルナ「え、逃げた先でラーメン屋開いたの?」
エルミナ「なんでそうなるのよ!」
ジャン「しかも職業変わってるじゃないか!」
ルナ「でも大丈夫! 明日からはルナ大活躍編が――映画化!」
リリエル「急にスケール上げないで!」
ルミア「そんな企画ないから!」
ライアス「上映するの俺の腹の中だけだぞ、ガハハ!」
エルミナ「仕切り直すわよ!」
全員「「「最後まで読んでくれてありがとうー!」」」




