第4話 絶望
宿のエルミナの部屋は、重い沈黙に包まれていた。
ベッドの上でエルミナが静かに眠っている。
その周りを、カイラス、ライアス、ルミア、そしてオレが囲んでいた。
しかし、誰も言葉を発しようとしない。
ライアスとカイラスは、ただ立ち尽くしたまま、エルミナの眠る姿を見つめている。
彼らの表情は硬く、絶望と無力感が滲み出ていた。
ルミアは、ベッドの横に座り込み、布団の上からエルミナの手を握りしめている。
その顔は下を向き、奥歯を食いしばっているのがわかる。
ぽたり・・・・・ぽたり・・・・・。
ルミアの目からこぼれ落ちる涙が、床に染みを作っていく。
その音が、この部屋の静けさの中で、やけに大きく響いた。
(涙が床に落ちる音って、こんなに大きい音だったか・・・・・)
今日、こんなことがなければ、今頃はBクラス昇格の祝いで盛り上がっていたはずなのに。
酒を酌み交わし、美味しい料理を囲んで、カイラスが代表で挨拶でもしただろうか?
そしてまた明日への活力を得て、楽しい時間を過ごしていたはずだった。
カイラスたちは、なぜ今日に限ってあの道を通っていたのだろうか。
塔に行く途中だったのか?
それとも、塔から帰ってくる途中だったのか?
普段着ではなかったから、散歩ではなかったはずだ。
もし、カイラスたちが今日あの道を通らなければ、オレがやられていたのだろうか。
もしそうなっていたら、どうなっていただろうか。
誰にも気づかれずに死んでいただろうか?
それとも、何か対処ができたのだろうか?
ふと、思考が止まった瞬間、教会での神父との会話を思い出した。
「現在、睡眠魔法で眠っているという事ですが今後2度と目を覚ますことはないでしょう。
彼女は何かが原因で常に魔力を放出し続けています」
神父の冷たく、しかし現実を突きつける言葉が、頭の中で反響する。
カイラスが、わずかな希望を求めて尋ねた。
「魔物から右手に受けた傷が原因ですか?」
神父は静かに首を振った。
「その傷は回復魔法で完全に完治しています。
目で見ても、魔力で包んで全身を診ても外傷はありません。
ですが魔力放出がずっと起きています。
例えばヒールでもずっと使い続けると数時間で魔力切れを起こします。
ですが、魔力が切れてもヒールを使い続けているような感じなので非常に危険な状態です。
これを止める事が出来なければ早かれ遅かれ死ぬことになります」
神父の言葉は、まるでエルミナに死刑宣告を下しているようだった。
更に神父は続ける。
「これは憶測になるのですが、何らかの形で魔力が流入していると思われます。
と言うのも魔力の放出量だけで考えると、既に死んでいてもおかしくない放出量なのです。
賢者のルミア様なら分かるかもしれませんが、常時フレアを使い続けている状態とお考え下さい。
それだけの魔力の放出量なのです。
それにもかかわらず魔力切れを起こすことなく魔力が放出され続けていますが原因が全く分かりません」
ルミアは、青ざめた顔で神父に尋ねた。
「過去にこのような事は?」
神父は厳しい現実を突きつける言葉を口にした
「私の知る限りでは、世界のどこを見ても報告された例は1つもありません」
「そんな・・・・・何とか、何とかならないんですか!?」
ルミアの声は、震えていた。
神父は、悲しそうな表情で答えた。
「残念ですが、私たちの力では何もできる事はありません。
断言は出来ませんが数日は生存できるでしょう。
しかし酷な話になりますが、1ヶ月持つか?と聞かれると望みは薄いとしか言えません」
神父の言葉が、オレたちの胸に突き刺さった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
ベッドに横たわるエルミナを見つめながら、オレは頭をフル回転させていた。
神父が知らないのなら、リリエルやルナも知らないだろうか。だが、もしかしたら・・・・・。
「カイラス、オレ仲間に聞いくるよ。万に1つ知ってる、という可能性もあるかもしれないからな」
オレがそう言うと、カイラスは静かに頷いた。
「分かった。今日は1日を無駄にさせて悪かった。だけど助かった。ありがとう」
カイラスの目は、疲労と悲しみに満ちていた。
「いえオレの方こそ何も力になれず 悪かった」
オレがそう言うと、カイラスは首を横に振った。
オレは、収納魔導具から酒を取り出した。Bクラス昇格のお祝いに買ったものだ。
「こんな時に不謹慎だが、お酒を持ってきた。
Bクラス昇格のお祝いだったんだが・・・・・エルミナの目が覚めたら飲んでくれ」
カイラスは、力なく「ああ、サンキュ」と言って酒を受け取った。
その声は、掠れていて、まるで別人のようだった。
オレは静かに部屋を出た。
宿を出て、空を見上げる。夕焼けが、空を赤く染めている。
(どうしてこんなことに・・・・・)
もし、あの小道を散歩しなかったら、エルミナはいま・・・・・。
オレは、ブンブンと首を振り、自分の泊まる宿へと急いだ。
宿に着いて、まずルナの部屋へ向かい、扉をノックするが、返事がない。
次にリリエルの部屋へノックするが、こちらも反応がない。
ゼノンの部屋をノックしても返事がなく、扉を開けようとしても鍵がかかっていた。
(はぁ・・・・・勇者の部屋か・・・・・)
不機嫌なあいつが出てくるだろうな、と思いながらノックするが、こちらも反応がない。
扉を開けようとしても鍵がかかっている。
仕方なく自分の部屋に戻り、ベッドに横になる。
パーティーメンバー全員がいないのは珍しい。
カイラスたちがBクラスに昇格したことは、もう知っているはずだ。
ルシウスは、お祝いだなんてはしゃぐような奴じゃない。
むしろ、「Bクラスに追いつかれた!抜かれたらヤバイ!」
と、何か悪巧みをする可能性がある。
いや、だからこそか。
オレのいないところで、「Aクラスになるためには?」とか、みんなで打ち合わせをしている可能性はあるな。
オレは、収納魔導具から昔のノートを引っ張り出した。
ボロボロになったノートをパラパラとめくり、あるページに目が留まる。
(これなら、エルミナを助けることが出来るかもしれない!)
オレの目に、希望の光が灯った。
ノートを収納魔導具にしまい、闘技場へと急いだ。
闘技場に着くと、まず体力回復だ。
「ハイヒール、ハイヒール、ハイヒール!」
連続で回復魔法を唱え、体力を回復させる。よし!
「ファイヤーストリーム、アイスストリーム、ファイヤーストリーム、アイスストリーム!」
はあ、はあ、はあ。連続で魔法を唱える。さすがに、魔力消費とても体力を消耗する。
「ハイヒール、ハイヒール!」
回復魔法を挟みながら、再び攻撃魔法を放つ。
「ファイヤーストリーム、アイスストリーム、ファイヤーストリーム、アイスストリーム!」
よし、いいぞ。この調子だ。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
はあ、はあ、はあ
疲労で重くなった体を何とか動かし、カイラスたちが泊まる宿へ向かう。
闘技場でひたすら魔法を使い魔力をゼロに近づける。
ぞのために闘技場へ行った。
魔力はほとんど空っぽになっていた。
しかし、ここからが本番なのだ。
時間はそんなに経っていないはず。
これでエルミナを救えるはずだ。
魔力が供給されているなら、短期決戦で一気に魔力を放出させ、大本を叩く!
エルミナの部屋のに着くとノックする。
「はい、どうぞ」
元気のない声だ。きっとカイラスだろう。
扉を開けると、部屋にいた全員が驚いた顔でこちらを見た。
カイラスは、心配そうに眉をひそめる。
「どうした!?しかも疲れ切ってるような顔で、何かあったか?」
オレは、はやる気持ちを抑えきれず、まっすぐカイラスを見つめて言った。
「エルミナを救えるかもしれない!」
その言葉に、ルミアがバッと顔を上げた。
彼女の目は、希望の光を宿していた。
「本当なの!?」
「いや、やってみないと分からないが理論上は出来るはずだ」
「どうするんだ!?」
ライアスが前のめりになって尋ねる。
「説明してると長くなる、ルミア、エルミナの両手を布団から出してくれ」
ルミアは、すぐさまエルミナの布団をめくり、両手を出す。
オレは、その両手を自分の両手で握り、唱えた。
「魔力ホール、解放」
その瞬間、エルミナから膨大な魔力が流れ込んできた。
それは、神父が言っていたフレアの魔力消費量などではない。
桁違いの魔力だ。
(これは、フレアで言うなら十数発分じゃないか!どうしてこんな魔力が!?)
このままでは、オレの魔力がすぐ満タンになってしまう。
カイラスとルミアに手伝ってもらえれば、もしかしたら・・・・・。
考えている間にも、どんどん魔力が流れ込んでくる。
空っぽだったはずの魔力は、たった数十秒で半分を超えていた。
「カイラス!ルミア!どれくらい魔力の空きがある?」
オレは必死に尋ねた。
ルミアは、混乱した表情で聞き返す。
「残りの魔力じゃなくて?」
「ああ、残りの魔力から最大魔力になるまでだ!」
カイラスも、その尋常ではない状況に戸惑っているようだったが、すぐに答えた。
「どれくらいって言われても、残りなら3/4くらいか?」
ルミアも、自分の状態を確かめて答える。
「私は4/5くらいだと思う」
「カイラス、ルミア手伝ってくれ」
「何をすればいい?」
オレは、左手だけをエルミナから離し、カイラスに差し出す。
「オレの左手を握ってくれ、エルミナの魔力をそのまま流す」
カイラスは、迷うことなくオレの手を取った。
「どういう意味だ?これで良いのか?」
「ああ、とんでもない魔力が、これから流れ込んでくるぞ、いくぞ、魔力ホール解放!」
その言葉とともに、エルミナから流れ込む魔力の奔流が、カイラスの体を襲った。
カイラスは、驚愕に目を見開く。
「なっ!これがエルミナの魔力!?こんな大量に!?おいおいおい、何秒も持たないぞ」
「ああ、最大魔力量以上に入ると命に関わる、むちゃはするな!」
カイラスは、苦しそうな表情を浮かべながらも、食いしばるように言った。
「エルミナが助かるためなら・・・・・」
「ダメだ、まだエルミナの魔力の底が見えてこない。
これは間違いなくどこかから魔力が供給されている。
放出することでエルミナが少し落ち着いてきている」
カイラスの顔は、限界を迎えようとしていた。
「もうほとんど満タンだ」
「満タンになったらすぐに手を放せ、ルミア準備しておいてくれ」
ルミアは、頷くとカイラスの横に移動する。
カイラスが手を放すと同時に、オレはすぐにルミアの手をつないだ。
カイラスはふらつき、近くにあった椅子に座り込んで頭を抱えている。
ルミアは、流れ込む魔力に驚愕し、言葉を失っていた。
「どこにこんな魔力が!?
何がフレアを常時使ってる状態よ。
それどころじゃない凄い魔力量じゃない!
これは長い間は持たないわね。魔法は唱えても良いの?」
「ああ、おそらく大丈夫だ。だけど室内で使える魔法なんてあるか?」
ルミアの顔に、ひらめきが浮かんだ。
「ハイヒールよ。エルミナは魔力を放出し続けてるのなら体力もキツイはず。
それならハイヒールでエルミナの体力回復をしつつ魔力流入があれば、こちらは魔力を補充しながらエルミナの体力も回復できるんじゃないかしら?」
「なるほど、そんな手があったか。やってみよう」
ルミアは、ベッドへ行き、空いている左手で足元の布団を少しめくりあげ、足に触れハイヒールを使い始める。
「何となく思ってたんだけど、ハイヒールの魔力消費をはるかに上回る魔力が流れ込んでくるわね。
ハイヒール!これ、自分の最大魔力量以上入れると、どうなるの?ハイヒール!」
ルミアは、必死に魔法を唱えながら尋ねる。
「確実に死ぬことになる。詳しくは知らないが、耐えられても最大魔力量の5%くらいらしい」
「ハイヒール!っ!ゴメン、もうダメみたい」
ルミアは、手を放した。
カイラスは、心配そうにオレを見た。
「ジャン、まさか無茶してないだろうな!?」
「無茶はしてないが、そろそろオレもダメ・・・・・魔力ホール閉鎖!」
オレは、大きく息を吐き、みんなに向き直った。
そして、深く頭を下げた。
「ごめん、エルミナを救えなかった」
ライアスは、オレの肩に手を置き、優しい声で言った。
「何言ってんだよ、理論上は出来るんだろ?オレは何も出来ないしな」
カイラスも、顔を上げてオレに微笑んだ。
「一筋の光が見えた。感謝することはあっても責める事はないさ」
ルミアも、涙を浮かべながら頷く。
「そうよ。出来るかもしれない方法が見つかったんですもの。
話は変わるけど、ここに来た時どうしてゲッソリしてたの?」
「あ、それは闘技場行って使える限りの魔法を使って魔力を空っぽにして、ここに来たんだ」
「そんな事だったら、オレもルミアも呼んでくれれば良かったのに」
カイラスが、少し残念そうに言った。
「本当に出来るかどうか分からなかったから、試してみたかったんだ」
ルミアは、笑顔になり、そして少し安心したような表情で言った。
「ありがとう、これで少し希望が持てたわ。
エルミナを助けるためなら私たちも協力するから、いつでも言ってね」
カイラスは、酒瓶を手に取り、にこやかに言った。
「もらった酒を飲めるのは近いかもしれないな!」
その言葉に、みんなで笑いあった。
そして、オレは自分の泊まる宿に帰った。
宿屋のフロント近くで、ルナを見かけた。
ルナもこちらに気づいた。
ルナは、オレの顔を見てスカートの裾をギュッと掴み、うつむいたと思うと、大粒の涙を流し始めた。
その瞬間、顔を覆いながら、ルナは自分の部屋へと走って戻っていった。
(えっ!?えっ!?えっ!?オレ、ルナを泣かせちゃった!?何で!?
いや、でも間違いなくオレを見てから泣いたよね!?
全然心当たりないんですけどーーーーー!)
部屋に戻り、ベッドに横になるが、ルナが泣いた理由が全くわからない。
これでは、今晩眠れそうにない。
(睡眠魔法で寝ようかな?)




