第47話 希望がない
ルナの顔は、血の気が失せ、まるで蝋人形のように白かった。
唇は紫色に変色し、衣は至る所が裂け
ルナの全身には
大小様々な傷が刻まれていた上に
やけどであちらこちらの皮膚がただれ
かろうじて胸が上下している事で生きている事が確認できる程度だった。
「ル・・・ナ・・・・・!?」
ジャンは、震える声でルナの名を呼んだ。
しかし、ルナは、ジャンの呼びかけに一切答えなかった。
「どうして・・・・・どうしてこんなに・・・・・!」
ジャンは、すぐにハイヒールを唱えた。
ジャンの魔力が、ルナの身体を包み込む。
ルナの身体から、淡い光が放たれ、傷口がみるみるうちに塞がっていく。
しかし、ルナの顔色は変わらず、目を開ける事がなかった。
「ルナ!」
ジャンは、ルナを抱きしめた。
ルナの身体は、氷のように冷たかった。
「ルナ、ルナ!ルナ!!」
手を握っても、握り返してくることはなかった。
テレパシーでも呼んでみる。
(ルナ、ルナ!ルナ!!)
ジャンは、絶望に打ちひしがれそうになる。
その時、ジャンの心に、かすかな声が響いた。
それは、テレパシーだった。
(ジャン・・・・・やっと来てくれた)
それは、ルナの声だった。
しかし、その声は、あまりにも弱々しく、今にも消え入りそうだった。
(ルナ! ルナ、聞こえるか!?)
ジャンは、ルナの意識に語りかける。
ルナは、ジャンの腕の中で、かろうじて息をしているようだった。
(私は・・・・・もう・・・・・助からない・・・・・)
ルナの言葉は、ジャンの心を深く突き刺した。
ジャンは、ルナの言葉を否定するように、強く語りかける。
(そんなことはない! ハイヒールをかけた! お前は助かるんだ!)
(ううん・・・・・違うの・・・・・)
ルナの意識が、わずかに揺らぐ。
(私・・・・・魔力が尽きて・・・生命力・・・を、魔・・・力に変えて・・・・・攻撃し続け・・・た・・・だから・・・・・)
ルナの言葉に、ジャンの身体は凍り付いた。
生命力を魔力に変える。
それは、命を削って魔法を使う、禁じられた魔法だった。
そんなことをすれば、ルナが元に戻る確率は、ほぼない。
たとえ傷が癒えても、ルナの命の灯火は、もう消えかかっていた。
(そんな・・・・・なぜ・・・・・!)
ジャンの目に、涙が溢れてくる。
(あの・・・ガス状・・・の物は・・・・・祭・・・壇の、窪み・・・にある・・・宝石を壊・・・せば・・・・・無くなるの・・・)
ルナは、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
(私・・・あと・・・1歩のところまで・・・・・傷つけたけど・・・・・壊せなかった・・・・・)
ルナは、自分を犠牲にして、このガス状の物質と戦っていたのだ。
ルナの目から、1筋の涙がこぼれ落ちる。
(ジャン・・・もっと・・・もっと・・・色々な冒・・・険したかった・・・)
ルナの言葉が、ジャンの心を締め付ける。
(もっと・・・ジャンと・・・楽しみ・・・たかった・・・・・)
ルナの意識は、もうほとんど残っていないようだった。
ジャンは、ルナの言葉を、ただ聞くことしかできなかった。
(ジャンと・・・美味・・・しい・・・もの食べて・・・ママと・・・ジャンのお母・・・さんの・・・痕跡を辿って・・・)
ジャンの胸に、ルナへの想いが、激しい波となって押し寄せる。
それは、友情でも、仲間意識でもない。
心の奥底で認めかけていた、特別な感情だった。
(私ね・・・・・ジャン・・・のこと・・・・・愛してた・・・・・大好きだっ)
ルナの言葉が、そこで途切れた。
ジャンは、ルナを抱きしめたまま、ただルナの名を叫び続けた。
「ルナ・・・・・! ルナ! ルナ・・・・・!」
ジャンの声は、闇の中に虚しく響き渡る。
しかし、ルナから返事はなかった。
テレパシーも、もう繋がらない。
ルナの意識は、完全に途切れてしまった。
その瞬間、ガス状の物質が、アイスウォールを叩き壊した。
氷の壁が、音を立てて砕け散り、ガス状の物質が、猛烈な勢いでジャンに襲い掛かる。
しかし、ジャンは、もはや恐怖を感じなかった。
ジャンの心は、ルナを失った悲しみと、ルナの言葉への想いで満たされていた。
ジャンは、ガス状の物質を魔法でけん制しつつ、祭壇へと向かった。
祭壇の窪みには、黒く、不気味な光を放つ宝石が鎮座していた。
それが、このガス状の物質の元凶なのだ。
ルナが命を懸けて攻撃してくれたからだろう。
手で持ち上げるだけでも壊れそうなほどだったが、放っている不気味な光だけは変わっていなかった。
ジャンは、ルナの想いを胸に、その宝石にファイアーボールを放った。
ファイアーボールが宝石に直撃すると、音を立てて、砕け散った。
宝石が砕け散った瞬間、ガス状の物質は、まるで霧のように、雲散霧消した。
(昨日ルナと、この場所で休んだ時に気付いていれば・・・・・・)
(ルナは・・・・・・ルナは・・・・・・!!)
ジャンは、祭壇に背を向け、ルナの元へと駆け寄った。
ジャンの腕の中のルナは、まるで壊れた人形のようにぐったりとしていた。
かろうじて、かすかな呼吸が感じられるだけだった。
ジャンは、ルナをそっと抱き上げると、慎重にその場を後にした。
闇に閉ざされた空間を抜け、再び山の麓へと戻る。
ルナの身体は、氷のように冷たく、その重さが、ジャンの心を締め付けてくる。
「ルナ・・・・・ルナ、しっかりしろ・・・・・!」
ジャンは、ルナに呼びかけながら、全力で宿へと走った。
街は、夜が明ける前の静けさに包まれていた。
しかし、ジャンの心の中は、嵐が吹き荒れていた。
宿に戻るとジャンは、ルナのベッドを見た。
そこに置かれていたルナの杖・・・・・
ジャンの心は締め付けられていた。
「もし、この杖をルナが持っていたら・・・・・!!」
ルナをベッドにそっと寝かせた。
ルナの顔は、相変わらず血の気がなく、唇も紫色だった。
「午前中に、ガス状の物質を壺に封じ込めていたなら・・・・・・!!ルナは!」
ジャンは、もう1度ハイヒールをかけた。
しかし魔法は、もうルナの身体に何の反応も示さない。
ルナの命の灯火は、今にも消えそうだった。
「どうして・・・・・どうしてだ・・・・・」
ジャンは、ベッドの横に座り込み、ルナの手を握った。
ルナの手は、驚くほど冷たかった。
ジャンの心に、ルナの最後の言葉が蘇る。
「私ね・・・・・ジャンのこと・・・・・愛してた・・・・・大好きだっ」
その言葉が、ジャンの心を深く突き刺した。
ジャンは、これまで、ルナの気持ちに気づかないふりをしていた。
だが実際には、気づいていたのだ。
しかし、ジャンは、それを友情や、仲間への想いと同じだと、自分に言い聞かせていた。
認めることが、怖かったのかもしれない。
認めてしまうと、この冒険でルナとの関係がどうなるのか・・・・・
そんな未来を考えるのが、怖かったのかもしれない。
「馬鹿だ・・・・・オレは、なんて馬鹿なんだ・・・・・!」
ジャンは、自分の無力さと、臆病さに、激しい怒りを覚えた。
ジャンはルナが真剣な顔をして話していた時を思い出した。
あの時・・・・・
(ジャン サイド)
「ねえ、ジャン・・・・・・もしさ・・・・・・仲間以上に、もっと・・・・・・もっと、大切な人ができたら・・・・・・どうする?」
「・・・・・なんだよ、急に」
「いいから、答えて!!」
「オレは・・・・・・」
「仲間を守る。それは変わらない。誰が相手でもだ」
「・・・・・・そっか」
・・・・・オレは逃げたのだ。
彼女の震える声と必死の瞳から。
ルナの本当に欲しかった言葉を、わかっていたはずなのに・・・・・・。
食堂に沈んだ、あの重たい沈黙。
泣き出しそうに視線を落とし、スープをかき混ぜていたルナの顔。
あの光景が、胸を締めつけて離れない。
「バカだ、オレは!」
拳を握りしめ、声を震わせる。
もっと早く気づいてやればよかった。
もっと早く、あの想いを受け止めればよかった。
もっと早く・・・・・・「好きだ!」と言えたら・・・・・・。
そうしていれば、ルナはこんなにも苦しまずに済んだのかもしれない。
こんなふうに眠り続けることも、なかったのかもしれない。
「頼む・・・・・・ルナ。目を開けてくれ。もう一度だけでいい、オレにチャンスをくれ・・・・・・!」
声はかすれ、涙で滲む。
どれだけ呼びかけても、彼女の瞼は微動だにしなかった。
オレは、ルナのそばを離れることができなかった。
しかし、このままではいけない。
この事件は、ギルドに報告しなければならない。
そうすれば、ルナを助けるための方法が見つかるかもしれない。
オレは、ルナに「必ず戻る」と心の中で誓うと、再び宿を出た。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
ギルドの扉を開けると、そこはすでに大騒ぎだった。
夜が明けたばかりだというのに、ギルド内には多くの冒険者や職員が集まっていた。
ジャンの姿を見ると、みんなは一斉に歓声を上げた。
「ジャン! よくやった!」
「君のおかげだ!」
ギルド長が、ジャンの肩を叩く。
「まさか、君が、あの未解決事件を簡単に解決するとはな。10年以上、誰も手出しができなかったんだぞ」
ジャンの耳には、彼らの言葉は、ほとんど届かなかった。
ジャンの心は、ルナのことでいっぱいだった。
「ギルド長・・・・・ルナが・・・・・」
ジャンは、ルナの状況を説明しようとした。
しかしギルド長は、ジャンの言葉を遮る。
「詳しい話は、後で聞こう。君の功績を称えるのが先だ!」
ギルド長は、ジャンのために、特別な報酬を用意していた。
それは、この事件の解決のために用意していた、最高の報酬だった。
ジャンは辞退したが無理やり押し付けられるような形で受け取った。
ジャンは、その報酬を受け取ると、すぐにルナの元へと戻ろうとした。
(こんな物、こんな物!!!)
「君はこの報酬を受け取るべき素晴らしい人間だ!」
そうギルド長は言っていた。
ジャンは心の中で叫んだ
(は?素晴らしい人間?誰だよ、それは!)
(これを受け取る資格なんてオレにはないんだ!)
(オレはルナを探す事しかやっていない)
(本来ならルナが受け取るべき報酬なんだ!)
ジャンの足は、その場からなかなか動かなかった。
突然、ギルド長が今さっき言った言葉が頭に蘇る。
「あの未解決事件を『簡単に』解決するとはな」
『・・・・・簡単な解決、だと?』
ジャンの心の中で、誰かが嘲笑う。
(そうだよジャン!お前はルナの命を踏み台にして、『楽な解決』を手にしたんだ!薄汚いクズが!)
それは、ジャン自身の声だった。
『オレが急いで駆け付けたら、もうルナは!!』
(へえ?駆け付けた?笑わせるな。大事な1ヶ所を見落としたまま何を言ってる?見落とさなければ、今もルナは生きて笑ってたかもしれないのによ!)
『違う!疲労困憊していなければ、見落とす事は無かったんだ!』
(ああ、疲れのせいにするんだな?――つまり、お前は疲れを言い訳にして、ルナを見捨てたんだ。言い訳ばかりの最低野郎め!)
『オレは・・・・・・オレは・・・・・・』
(結局、最後までルナを見捨てたんだよ!想いに気付かないふりをして、平気で苦しませてたじゃないか!それがどれほど彼女の心を折ったかも知らずにな!全部、お前のせいだ!)
『そんな・・・ことは・・・』
(ルナは失望したさ。仲間だ、友情だと口にするだけで、何も見ようとしなかったお前にな!なあ、ジャン――お前ほど醜い仲間がどこにいる?)
『違う・・・違う・・・ち・・・が・・・う・・・』
ジャンは自分自身と戦って動けなくなっていた。
そして胸をえぐるように、ルナの戦う姿を想像する。
ルナは、魔力が尽きてもなお、生命エネルギーを使ってガス状の物質と戦い続けた。
ルナの身体に刻まれた無数の傷、そして、今にも消え入りそうな命の灯火。
それは、ルナがどれだけ必死に戦ったかを示していた。
ジャンの心に、ルナの最後の言葉が、再び響き渡る。
「私ね・・・・・ジャン・・・のこと・・・・・愛してた・・・・・大好きだっ」
その言葉が、ジャンの心を締め付けてくる。
ジャンは、ここでようやく自分のルナに対する想いに、正直に向き合った。
それは、友情でも、仲間意識でもない。
ジャンの心を占めていたのは、紛れもなく、ルナへの「愛情」だった。
「どうして・・・・・どうして、もっと早く気づかなかったんだ・・・・・」
ジャンは、頭を抱えて自分を責めた。
ジャンは、自分の心を、頑なに閉ざしていた。
今は仲間を守る、パーティーのリーダーとして、感情に流されることは許されない。
ジャンは、そう信じていた。
しかし、その信念が、ジャンの大切なものを、失わせようとしていた。
『分かっていたはずだ!』
(認めるんだな!結局、お前がルナを今の状態にしたんだよ!)
ジャンの心の奥底で、何かが叫んでいる。
ルナが、どれだけジャンにとって特別な存在だったか。
ルナの笑顔が、どれだけジャンの心を温めてくれたか。
ジャンは、全て分かっていたはずだった。
しかし、ジャンは、その想いを、冒険者仲間という名の檻の中に閉じ込めていた。
しかし、その想いに気づくための代償は、あまりにも大きかった。
ルナの命の灯火は、今にも消えそうだった。
ルナは、もうジャンの元に戻ってこないかもしれない。
その事実が、ジャンの心を深く傷つけた。
ようやくジャンは、ギルドを後にした。
街には、太陽が昇り、本格的なお祝いムードになり始めていた。
人々は、笑顔で互いの幸運を喜び合い、祭りの準備を始めていた。
しかし、ジャンの心は、暗く沈んでいた。
ジャンは、お祝いムードの街を、ただ1人、暗い気持ちのまま宿へと帰って行く。
ジャンの瞳は、虚ろで、まるで生きる希望を失ったかのようだった。
(ルナ・・・・・ルナ)
ジャンは、ルナの名を心の中で呟いた。
ジャンの心は、ルナを失うかもしれないという恐怖。
そして、自分の無力さを、愚かさを呪った。
宿に戻ると、ルナは、まだ静かに眠っていた。
しかし、その寝顔がジャンの心をさらに苦しめた。
ルナは、もう2度と、目覚めないのではないか。
ジャンは、その恐怖に、震えていた。
ジャンは、ルナの手を握った。
ルナの手は、まだ冷たかった。
しかし、ジャンの心は、ルナの温もりを求めていた。
ただ、ルナのそばにいることだけが、ジャンの心をわずかに癒してくれた。
ジャンは、静かにルナを抱きしめた。
ジャンの瞳から、涙がこぼれ落ちる。
ルナが目を覚ますことはあるのだろうか。
ルナは、再び、あの無邪気な笑顔を見せてくれるのだろうか。
ジャンは、ただ、祈ることしかできなかった。
ーーーーーー あとがき ------
ルナ「いつも、読んでくれてありがとーっ!」
ジャン「ルナ・・・、お前、無事なのか?」
ルナ「うん!もちろん元気だよー!」
ジャン「なあ、46話と47話読んだか?」
ルナ「ん?まだ読んでないよ?どうしちゃったの?」
ジャン「いや・・・言いにくいんだが、お前の意識がないんだ」
ルナ「えーーーーーっ!!!何で!?どうして!?」
ジャン「読めばわかるが・・・」
ルナ「これから、いよいよルナちゃんの大冒険が始まるのにーーっ!」
ジャン「ルナ・・・、それ、何かのパクリだろ?」
ルナ「違うもん!!私が、たーーーっくさん冒険するんだもん」
???「ルナが冒険する物語は、ないわね」
ルナ「何で、そんなこと知ってるの?ふ(ジャンに口を押えられる)・・・もごもごもご」
ジャン「ここでネタバレはやめてくれ!」
ルナ「ジャン、ひどいよ!」
ジャン「ここは、読者の皆様にだな、お礼を言うために来たんじゃないのか?」
ルナ「一番最初に言ったもん!!ジャンとふ(ジャンに口を押えられる)・・・もごもごもご」
ルナ「もう知らない!!帰る!」
ジャン「お恥ずかしい所をお見せしました(ペコリ)」
???「今後も楽しんでくださいね」
ジャン「ドタバタしましたが」
ジャン、???「「明日以降も、お楽しみください!(ペコリ)」」
ルナ「え?私は?ねえ、何で誰もいないの?やだよ・・・イヤだよー!!」




