第43話 古代遺跡
メルグレイスの街は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
太陽が地平線の向こうに沈み、宵闇が降りてくる頃、街の雰囲気は一変する。
人々は早めに家路につき、通りは人影がまばらになる。
その中で、ジャンとルナは広場の中央に立っていた。
「うーん、やっぱり何も感じないね、ジャン」
ルナが首を傾げる。
昼間の市場や広場で聞き込み調査をしたが、得られた情報はどれもこれも曖昧なものばかりだった。
「夜中に街灯がパッと消えたと思ったら、またすぐついた」
「自分の影が奇妙に伸びて動いた気がした」
など、どれも気のせいと言われればそれまでだ。
「そうだな。日中には目立った魔力の乱れはない」
ジャンは周囲を警戒しながら答える。
夕暮れ時、空気がざらつくような微細な違和感が走る。
昼間は感じなかった、夜特有の空気の変化だ。
「でも、夜になると空気がざらついてくるっていうか・・・・・、何か、変な感じがするよ」
ルナが不安そうにジャンを見上げた。
彼女の言葉に、ジャンは静かに頷く。
ルナの持つわずかな魔力感知能力は、ジャンが持つホワイトマジシャンとしての高い魔力感知能力と共鳴し、その感知を何倍にも増幅させる。
ルナが感じ取るわずかな歪みこそ、この異変の核心に迫る鍵になる。
「ルナ。もう少し感覚を研ぎ澄ませてくれ。どんな些細な違和感でもいい」
「うん、わかった!」
ルナは目を閉じ、集中した。
ジャンもまた、自身の魔力感知能力を最大限まで引き上げる。
2人の間に静かな空気が流れる。風の音、遠くで吠える犬の声、それら全てが遠ざかっていく。
数分後、ルナがぱっと目を開いた。
「ジャン! 広場の噴水・・・・・何か、変だよ!」
ルナの言葉に、ジャンはすぐに噴水へと視線を向けた。
昼間は清らかな水を吹き上げていた噴水は、今、魔力の流れが不自然に歪んでいる。
それは、噴水そのものが魔力を吸収しているようにも見え、まるで淀んだ水面のように見える。
「すごい!こんなの初めて!」
ルナが興奮気味に言った。
「これはサーチ魔法じゃないと無理だな」
ジャンはそう呟き、サーチ魔法を発動する。
すると、ルナの感覚が視覚的な情報として、ジャンに流れ込んできた。
噴水の地下、地中に、細い糸のような魔力の流れが見える。
それは街の至る所に張り巡らされているようだ。
「よし、ルナ!感知した場所を地図に書き込むぞ」
ジャンはリュックから広げた街の地図に、ルナが指差した地点にペンで印をつけた。
「任せて!私はこういうの得意なんだから!」
ルナは楽しそうに、歪みの場所を次々に地図に印をつけていく。
「南の通りの街灯!」
「宿屋の壁の中!」
「あの家の屋根の上!」
ルナの感知は、街のあちこちにある歪みを正確に捉えていた。
ジャンはルナの感知を補強し、より詳細な魔力の流れを読み取る。
すると、ただの点として存在していた歪みが、1本の線で繋がっていくのがわかった。
「ジャン、これって・・・・・」
ルナが不思議そうな顔で地図を覗き込む。
「ああ。まるで、何かの模様みたいだな」
地図に描かれた歪みの点は、街の地下や外縁部を円を描くように配置されていた。
それは、まるで巨大な魔法陣のようだ。
「すごい!ジャンと私のコンビって、最強だね!」
ルナがキラキラとした目でジャンを見つめる。
その瞳に映る自分に、ジャンは少し照れくさそうに視線を逸らす。
ルナから仲間意識とは違う何かには気づきながらも、単なる仲間意識だと自分に言い聞かせているジャンにとって、このまっすぐな視線は少し居心地が悪かった。
「馬鹿なこと言ってないで、続けるぞ」
ジャンはそう言って、再びサーチ魔法を集中させた。
2人は夜通し街を探索し、地図を埋めていった。
夜が更け、空が白み始める頃、2人の手元には歪みの場所を記した1枚の地図が完成していた。
「見て、ジャン!この地図、なんか気持ち悪いね」
地図の中央には、歪みの点が多く集まっている場所があった。
それは、街の地下に広がる古代遺跡の入り口を示していた。
「ここが、おおもとか・・・・・」
ジャンは呟いた。
長年放置されていた古代遺跡が、異変の元凶なのだろうか。
「きっと、そうだね!だって、ここに1番たくさん、変な感じが集まっているもん!」
ルナが地図を指差しながら、興奮気味に言った。
「よし、ひとまずギルドに戻ろう。報告しないと」
ジャンはそう言って地図を畳み、リュックにしまう。
「あー、もう朝かぁ。なんだか、夜更かししたみたいで眠いよ」
ルナが大きなあくびをした。
その姿に、ジャンはクスッと笑う。
「ああ。でも、よくやったな。ルナのおかげで、核心に迫れた」
ジャンに褒められ、ルナの顔がぱっと明るくなった。
「えへへ、私、頑張ったもん!」
ルナが嬉しそうに胸を張った。
街は再び、朝の光に満ち、活気を取り戻していく。
市場では人々が賑やかに話し、パン屋からは香ばしい匂いが漂ってくる。
しかし、ジャンとルナの心には、夜の街で感じた不気味な違和感が残っていた。
歪みの正体は一体何なのか、そして、それが街に何をしようとしているのか。謎は深まるばかりだ。
2人はギルドへと向かう道を歩き出した。
「さあ、ギルドに報告して、さっさとこの謎を解き明かしちゃおうね、ジャン!」
ルナが元気な声で言った。
「ああ、そうだな。だが、用心は怠るなよ。何が起こるか分からない」
ジャンはルナに注意を促しながらも、その心はわずかに高揚していた。
メルグレイスの街の異変は、夜が来るたびにその濃度を増しているようだった。
昼の喧騒が嘘のように静まり返った通りで、ジャンとルナは再び行動を開始した。
前回突き止めた歪みの中心、古代遺跡の入り口へと向かう。
薄暗い通路をしばらく進むと、ひんやりとした空気が肌を刺す。
しかし、しばらく階段を下りていくと、目の前には頑丈な岩盤が立ちふさがっていた。
「うーん・・・・・行き止まりみたいだね、ジャン」
ルナが岩盤に手を触れ、首を傾げる。
「ああ。どうやら、ここではないようだ」
ジャンは冷静に、そして少しの落胆を込めて呟いた。
手元の地図に記された歪みの中心は、確かにここを示していたはずだが、これではどうしようもない。
2人は顔を見合わせ、再び街へと戻ることを決めた。
ギルドに中間報告を済ませ、2人は調査をやり直すことにした。
今度はより微細な魔力の流れを読み取ることに注力する。
夜の街に再び、空気のざらつきが戻ってくる。
それはまるで、目に見えぬ糸が街全体を包み込んでいるかのようだった。
ルナが感じ取るわずかな歪み、それをジャンがホワイトマジシャンとしての能力で詳細に読み解く。
「ジャン!今、市場の広場にある噴水の水が・・・・・魔力で揺れた!」
ルナの鋭い声に、ジャンはすぐに意識を集中させる。
噴水の水面は一見穏やかだが、その地下には細い魔力の糸が繋がっているのが見える。
それは、前回発見した歪みの糸よりも、はるかに太く、そしてはっきりとしていた。
「すごい!ジャン!なんだか、線が見えてきたよ!」
ルナが興奮気味に言った。
彼女の言う通り、街の各所に点在していた歪みは、1本の線となって繋がっているのが見て取れる。
その線は、まるで巨大な蜘蛛の巣のように、街全体を覆っていた。
「これは・・・・・まるで、誰かが意図的に仕掛けたようだ」
ジャンは冷静に推論を重ねる。
自然に発生する魔力の乱れではない。
誰かが、何かの目的のために、この歪みを創り出している。
「この歪みの中心を突き止めれば、全貌が分かるはずだ」
ジャンの言葉に、ルナは真剣な眼差しで頷いた。
自分の力が、街の危機を救う役に立っている。
そのことに、ルナは喜びと誇りを感じていた。
だが、2人の焦燥は募る一方だった。
異変は日に日に大きくなり、人々の間には不安が広がっていた。
「夜になると影が勝手に動く」
「突然、声が聞こえる」
といった噂が飛び交い、街は少しずつ活気を失っていく。
昼間は辛うじて笑顔を浮かべていた人々も、夜になると顔が強張り、早足に家路につく。
「ジャン・・・・・みんな、すごく不安そうだよ」
ルナが寂しそうに呟く。
その言葉に、ジャンはルナの手をそっと握った。
「大丈夫だ。オレたちがいる。必ずこの異変を解決する」
ジャンの温かい手に、ルナは少し安心したように微笑んだ。
互いを支え合いながら、2人は調査を続ける。
穏やかな日常と、緊迫する異変調査。
2つの時間が交互に押し寄せる中、ついに、歪みの糸が1点に集中する場所を見つけ出した。
それは、前回行き止まりだった古代遺跡の入り口から、ほんのわずかにズレた場所だった。
「やっぱり、ここだったんだ・・・・・!」
ルナが、感嘆の声を上げた。
その場所は、岩盤がわずかにへこんでおり、まるで隠し扉のようだった。
ジャンは手をかざし、サーチ魔法を最大限まで集中させる。
すると、岩盤の向こうに広がる巨大な空間が、視覚的な情報として流れ込んできた。
「間違いない。ここだ」
ジャンは確信に満ちた声で言った。
「よし、ひとまずギルドに戻ろう。今度こそ、報告だ」
ジャンはルナの手を取り、踵を返した。
しかし、ルナは、まだその場を動こうとしなかった。
「どうした、ルナ?」
「ねえ、ジャン。この中に、入ってみたくない?」
ルナの瞳は、好奇心と冒険心でキラキラと輝いていた。
「馬鹿なことを言うな。ギルドに報告するのが先だ」
ジャンはルナを諌める。
「でも!せっかく見つけたんだよ!中を少しだけ見てみるだけ!」
ルナは、ジャンの手をギュッと握りしめ、上目遣いで訴えかける。
その瞳に、ジャンは少し戸惑いを見せた。
「・・・・・少しだけだぞ」
ジャンの言葉に、ルナは満面の笑みを浮かべた。
2人は再び古代遺跡の入り口へと戻る。
岩盤に手をかざし、魔力を流すと、岩盤はゆっくりと、そして音もなく開いていった。
その先には、暗闇が広がっていた。
「ジャン。やっぱり、怖いね」
ルナが不安そうに、ジャンの袖を掴んだ。
「大丈夫だ。オレがついている」
ジャンはルナの頭を優しく撫で、先に進む。
その足元から、微かに、そして不気味な魔力の流れが感じられた。
その先に広がるのは、ひんやりとした空気に満たされた、深い闇だった。
わずかな好奇心と、これから起こるであろう事への緊張感が、2人の心を支配していた。
ジャンは手のひらに魔力を集中させ、光を生み出す魔法「ライト」を唱える。
その光が照らし出すのは、長い長い螺旋階段だ。1段1段、慎重に降りていく。
足音だけが、静寂な空間に響いていた。
どれくらい階段を下りた時だろうか。
突然、背後から轟音と振動が響いた。
最後までお読みいただきありがとうございました。




