第41話 サーチ魔法の副次的効果
風はひどく穏やかで、朝日に照らされたメルグレイスの街並みは、どこか眠たげな空気に包まれていた。
北の街ヒルダロアへと向かう旅の予定を急遽変更し、ジャンとルナは、この街にしばらく腰を落ち着けることに決めた。
街の北側には、常に噴煙を吐き出す山がそびえ、その存在感が街全体にどこか落ち着かない気配を漂わせている。
それでも、広場の石畳は朝から人々の往来で賑わい、果物や香辛料を並べた露店が軒を連ねていた。
異国からの品々が色とりどりに光を放ち、活気に満ちている。
「わぁーっ!見てジャン! あっちの屋台、すごく甘い匂いする!」
ルナはそう叫び、子供のように駆け寄っていく。
彼女が指差す先には、蜜をたっぷりと絡めた菓子の山があった。
琥珀色に輝くそれは、見るからに甘美な誘惑を放っている。
「朝から菓子か?」
ジャンは呆れたように肩をすくめた。
その表情は「いい加減にしろ」と言っているようだったが、ルナは全く意に介さない。
「だって、美味しそうなんだもん!」
ルナは目を輝かせ、無邪気に笑う。
その笑顔に、ジャンは結局押し切られてしまった。
2人はその菓子を買い、広場の中央にある噴水の縁に腰掛け、分け合う。
蜜の甘さが口いっぱいに広がり、ルナは満面の笑みを浮かべた。
「うん! やっぱり美味しい! 旅の途中にこういうの食べられるなんて最高だね」
ルナが心から幸せそうな顔をするのを見て、ジャンもわずかに口元を緩める。
だが、すぐに表情を引き締め、いつもの調子に戻った。
「・・・・・訓練が終わるまで体力残しておけよ」
ジャンの言葉に、ルナはくすくす笑う。
彼の心配が、どこか不器用な優しさに見えて、それがまた嬉しかった。
2人がメルグレイスに滞在する目的は、のんびりと観光することではない。
新たな挑戦、すなわちサーチ魔法の強化だ。
ジャンのサーチ範囲は半径およそ1マイル、ルナはおよそ1000ヤード。
この街にいる間に、互いの能力を磨き上げ、より遠くをサーチする。
この訓練のために、ここに滞在する事を決めたのだった。
「じゃあ、今日から毎朝の市場散策が終わったら、広場や郊外でサーチの練習ね!」
ルナは目をキラキラさせながら、計画を立てる。
その決定の速さに、ジャンは思わず苦笑した。
「決めるの早いな」
「だって、せっかく2人でやるんだもん。楽しまなきゃ損でしょ!」
ルナは胸を張って言い切った。
そのまっすぐな瞳に、ジャンは何も言えなくなる。
彼女の言う通り、ただの訓練ではなく、楽しむことが成長の鍵になるのかもしれない。
ジャンは苦笑しながらうなずいた。
昼下がり、2人は街外れの小高い丘へと向かった。
遠くに噴煙を上げる山がくっきりと見え、心地よい風が草を揺らしている。
静かで広々としたこの場所は、サーチ魔法の練習には最適だった。
互いに向き合い、ほどよい距離を取る。
ジャンはルナに、ルナはジャンに集中する。
ジャンが少しずつ距離を取り、ルナはその魔力を追いかける。
そして、ルナが距離を取り、ジャンが魔力を追いかける。
「ルナ、もっと集中してくれ。魔力の糸を繋ぎ続けるんだ。」
「わかってるよ!でも、途切れちゃうんだもん!」
最初はサーチ範囲を離れるだけで途切れてしまっていた魔力の繋がりが、日を追うごとに、より遠くまで届くようになっていった。
「今日はここまでだ。」
ジャンの声で、練習は終了となる。
2人の額には汗が滲み、心地よい疲労感が全身を包んでいた。
ある日、ルナがジャンに提案した。
「ねぇ、ジャン!今日は少し趣向を変えてみない?私が隠れて、ジャンがサーチで私を見つけるんだよ!」
ジャンは面白そうに頷いた。
「いいだろう。ただし、見つけるのに時間がかかりすぎたら、罰ゲームだぞ。」
ルナはニヤリと笑った。
「望むところだよ!私が勝ったら、ジャンがおやつをご馳走してくれるんだもんね!」
そして、ルナは森の中へと駆け込んでいった。
ジャンは目を閉じ、ルナの魔力を辿る。
最初は順調だったが、ルナは途中で魔力を巧妙に隠し始めた。
ジャンの額に汗が滲む。
「ルナ、どこに行ったんだ?!」
「うふふー!ジャンには見つけられないんだもん!」
しばらくして、ジャンは木の陰に隠れていたルナを発見した。
「見つけたぞ、ルナ!なかなかやるな。」
「ジャンだって、すごかったよ!でも、私が勝ったんだもんね!」
ルナは得意げに胸を張った。
ジャンは苦笑しながら「そうだな。」と答えた。
このような実践的な訓練を重ねることで、彼らのサーチ魔法は格段に向上していった。
メルグレイスでの、数日間の滞在で、2人は再び街外れの丘に立っていた。
「さあ、どれだけ遠くまでサーチできるようになったか、試してみようか。」
ジャンの言葉に、ルナは大きく頷いた。
「うん!私、頑張るよ!」
2人は目を閉じ、意識を遠くまで飛ばす。
すると、これまで感じたことのないほど広大な範囲に、魔力の波動が広がっていくのを感じた。
「すごいよ、ジャン!こんなに遠くまで感じられるよ!」
ルナが感動に打ち震える。
ジャンのサーチ範囲は半径およそ2マイル、ルナはおよそ1.5マイルにまで広がっていた。
とある夕暮れ時、サーチ魔法の練習を終え、再び市場へと戻ってきた2人は、昼間の喧騒がそのまま熱気となって広がっているのを感じた。
あたりには、香辛料と焼きたてのパンの匂いが混ざり合い、異国情緒をさらに深めている。
大道芸人が火を吹き、楽師が竪琴を奏でる。
ルナは目を輝かせ、その光景に足を止め、拍手を送り続けた。
「ルナ、行くぞ。今日はもう十分だろ」
ジャンが促すが、ルナは首を振る。
「もうちょっと! ほら、この人すごいんだって!」
ルナはジャンの腕を引っ張り、大道芸人のパフォーマンスを指差した。
ジャンは深いため息をついたが、彼女の肩越しに見える火花の輝きは、確かに彼の心にも響くものがあった。
こうして2人は、訓練と遊び、ギルドからの簡単な依頼を繰り返しながら、メルグレイスでの新たな日常を少しずつ積み重ねていった。
それは、ただの修行ではなく、2人の絆を深める大切な時間となっていった。
翌朝、2人は再び街の外れへと向かった。
朝靄が立ち込める中、遠くに見える山は、いつもと変わらず噴煙を上げている。
静かで張り詰めた空気が漂っていた。
「さーて、今日もやるぞー!」
ルナは両手を腰に当て、気合いを入れる。
その声は、朝の静寂を打ち破るように響いた。
「お前、昨日あれだけ訓練して疲れなかったのか?」
ジャンの問いかけに、ルナは無邪気に笑った。
「むしろワクワクして眠れなかったくらいだよ!」
その言葉に、ジャンは呆れたように目を細めた。
その表情はどこか嬉しそうだった。
2人は互いに距離をとり、サーチ魔法を展開する。
いつも通り、単純な練習のはずだった。
だが――。
ルナが意識を集中した瞬間、頭の奥にふわりとした“揺らぎ”が走った。
それは、まるで水面に広がる波紋のように、彼女の思考を揺さぶる。
そして、誰かの声が、直接心に触れてきたのだ。
(え!?ジャン?)
ルナは思わず辺りを見渡す。
ジャンは数百ヤード先、声が届く距離ではない。
だが、ジャンの存在がすぐそばに感じられた。
(今の・・・・・ルナか?)
今度は、ジャンの声が、ルナの頭の中にハッキリ響いた。
それは確かに、彼の声だった。
「っ!? ジャン、今しゃべった!?」
ルナは慌てて大声を出す。
だが、その声より早く、ルナの思考がジャンの心に響いた。
(おい、落ち着け。これは?・・・・・サーチが重なって、意識が繋がったのか?)
ジャンの言葉に、ルナは驚愕と興奮で目を輝かせた。
「すごい! 本当に声が聞こえる! っていうか、心で話してるんだよね!? ジャン、ジャン、これすごいよ!」
ルナは興奮のあまり、早口でまくしたてる。
その言葉は、ジャンの心にも直接届く。
(お前、うるさいな・・・・・ちゃんと考えを整理して送れ)
ジャンの声には、あきれと、そしてわずかな戸惑いが混じっていた。
ルナはジャンの元へ駆けてくると
「えへへっ、ごめんごめん! でもすごい発見だよね! テレパシーだよ、テレパシー!」
ルナは飛び跳ねながら笑う。
ジャンは深く息を吐いた。
彼の表情は、ルナの興奮とは対照的に、冷静さを保っている。
試しに、互いに別の方向へ歩き、意識を交わしてみる。
距離が広がっても、彼らの意識は途切れることなく繋がっていた。
(聞こえるか?)
ジャンの声が、遠くからでもはっきりと聞こえる。
(聞こえる聞こえる! うわぁ、なんか秘密の遊びしてるみたいでドキドキする!)
ルナは楽しそうに笑う。
その無邪気な言葉に、ジャンは思わず口元を緩めた。
(遊びじゃない、訓練だ。だが・・・・・確かに有用だな。戦闘中でも意思疎通ができる)
「でしょ? これでジャンにいっぱい話しかけられるね!」
ルナは、口とテレパシーの両方でジャンに言う。
(・・・・・余計に疲れそうだ)
ジャンの返事に、ルナはくすくす笑った。
この他愛のないやり取りが、2人の心の距離を急速に縮めていく。
訓練を終えて街へ戻る途中、ルナは噴水広場で大道芸を見つけて立ち止まった。
昼間とは違う、幻想的な光景が広がっている。
火が舞い上がり、観客の歓声が響く。
ルナは目を輝かせ、その場から動こうとしない。
「ジャン、あの人の技すごいよ! ねえ、今度私たちも魔法で大道芸してみようよ!」
ルナの突拍子もない提案に、ジャンは思わず言葉を失った。
「ルナ・・・・・本気か?」
「だって楽しそうだもーん!」
彼女の屈託のない笑顔に、ジャンはもう何も言えなかった。
その純粋な好奇心と情熱が、彼の心を少しずつ溶かしていく。
夜、宿の窓辺に座りながら、ルナは今日の一日を振り返っていた。
窓の外からは、街の喧騒が遠く聞こえてくる。
「ねえジャン」
「なんだ」
ルナは頬を赤らめ、ためらいがちに言葉を続けた。
「心で繋がった時、なんか・・・・・嬉しかったな。ジャンとだけ通じ合えるなんて」
彼女の言葉に、ジャンは何も答えなかった。
ただ、黙って窓の外の月を見つめている。
けれど胸の奥では、ルナと同じように温かな光が確かに灯っていた。
彼女が他の誰でもない、特別な存在になり始めていることを、ジャンもまた感じていたのだ。
サーチ魔法の強化は、思わぬ副産物をもたらした。
互いの心を繋ぐ“揺らぎ”――それは2人の距離を一気に縮め、これからの未来を大きく変えていくことになるのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。




