第33話 夜の広場で
第33話 夜の広場で
美味いハンバーグを腹いっぱいに詰め込み、定食屋を出たオレとルナは、夜の帳が降りた道を並んで歩いていた。
アステリアの街は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。
魔導具で出来た街灯が淡く道を照らし、その光が地面に細長い影を落とす。
「ジャン、さっきのハンバーグ、すっごく美味しかったね!」
隣を歩くルナが、ふと立ち止まってオレを見上げる。
その瞳は街灯の光を反射して、まるで星のようにキラキラと輝いていた。
「ああ、美味かったな」
「だよねー!ふわっふわのお肉に、甘酸っぱーい特製ソースがもう、ジュワワワワ~って口の中に広がって、シアワセでしたーーー!」
両手を頬にあて、とろけるような笑顔を見せるルナ。
彼女のその無邪気な様子を見ていると、自然とオレの口元も緩む。
「それに、ママたちの話を聞けて、嬉しかったよ。ジャンのお母さんと私のママが生きていた時、そんなに仲良しだったなんて、知らなかったなあ」
ルナの声が、夜の静寂に優しく響く。
彼女は少し寂しそうな、でも温かい眼差しで遠くを見つめていた。
「でも、なんだか嬉しいっ。ジャンとは、昔から縁があったんだよね!ジャンはお母さんに連れられて、時々私の家に遊びに来てたよね」
彼女の言葉に、オレは驚きながらも顔に出さないようにして頷いた。
オレはルナの家に行った記憶はあるが、ルナの顔もルナの母親の顔もほとんど覚えてない
だけど、ルナとこの街で再会した・・・・・当時はオレの中では初めまして、の感覚だったのだが、まるで運命に導かれるように、共に時間を過ごしている。
広場に近づくと、街灯の密度が増し、辺りがさらに明るくなった。
ベンチがいくつか並んでいるのが見える。
オレたちは自然と、そのうちの一つに腰を下ろした。
「この広場、なんだか懐かしいなあ」
ルナがポツリと呟く。
彼女はベンチに座ったまま、辺りをぐるりと見回した。
そして、ふっと口元を緩める。
「ジャン、覚えてる?つい、昨日の夜のことなんだけどね」
とルナは笑顔になる。
「ああ、覚えてるさ」
オレは頷きながら答えた。
そうだ、この場所だ。
ルナは、まるで何かを確かめるように、ゆっくりと話し始める。
「私、昨日の夜遅くに目が覚めて、リリエルと散歩したんだ。気付いたらここに来ていて・・・・・そしたら、カイラス、ライアス、ルミア、エルミナがもう来ていて、みんな座っていた・・・・・」
オレは何も言わずに、彼女の言葉を待つ。
「みんな無言だった。しばらくしてカイラスが、塔に行こうって、そんでね、ライアスが体を動かしたいって言ったの。私もね、ここで落ち込んでいるくらいなら、塔へ行こうかなって思ったんだ」
ルナはふふっと笑うと、
「そしたらね、そしたらねっ!」
ビシッ、と音が聞こえそうなほどの勢いで、噴水近くの街灯の根元辺りを指差すと
「あそこがね、ピカッって光ってからね、ブーンって虫が飛んだんだよ!」
両手を肩の辺りにあげて、手をパタパタやってる。
オレは無邪気なその動きに、なぜか目が離せなくなっていた。
けれど、その感情の正体を、この時のオレはまだ分かっていなかった。
「でね!でね!同じ場所が今度は」
ここで両手を広げてその時の様子を表現する。
「ピカーーーーッて光ったの!!すごくすーーーっごく眩しい光が、ピューッて!」
そう言うと手を下ろし、安堵した表情で、
「そしたら、その光の中から、ジャンが出てきた!私、びっくりして、でも、それよりも嬉しくて・・・」
彼女は満面の笑みを浮かべ、オレの腕にそっと手を添えた。
「『おかえりーー』って言おうと思ったんだけど気付いたら、「ジャン、よかった!本当に、よかった・・・・・!」って、ジャンの胸で泣いちゃった。すごく恥ずかしいところ、見せちゃいました・・・・・反省反省!」
ルナはそう言って、へにゃりと笑った。
「昨日の夜は、本当に嬉しかったなー。約1週間ぶりなのに・・・・・あ、でもジャンの中では数時間だったんだよね!」
ルナはベンチに座り直し、オレの肩にそっと頭を預けた。
魔導具の街灯に照らされたルナ横顔は、とても穏やかで、満ち足りた幸せに満ちていた。
しばらくして
「さっきの話の続き、聞きたい!」
顔を上げたルナが言って来た。
「私の知らないママの事、もっと教えて!」
オレは真剣な顔をして
「これからの話はルナの心に深い傷を負わせるかもしれない。」
ルナは「大丈夫」と言う
「ルナの両親が・・・・・死んだ真相も聞きたいか?」
ルナも真剣な表情になり、こくんと頷く。
ふう、とため息をついて、オレは話した。
リアーナとセレスの魔力が似ていて魔力の共振で塔に異常が起きた事
オレの母親が住んでいた家はセレス呪いと言われた事
生まれ故郷のカロスタインが滅ぼされる前日にセレスがリアーナの家に行った事
リアーナが何故死んだのか。
そこまで話すと、ルナは絶望の表情で
「どうしてママは頭を抱えて・・・・・?」
オレは頭を振り
「分からない。ベルトランさえも知らないって言ってた」
そのまま続ける。
リアーナの死後、その家は18階のたたりと呼ばれるようになった事
オレとルナの魔力も似ている事。
オレとルナで力を合わせれば不完全な制限魔法を打ち壊せるかもしれない事
そこまで言うと、オレはルナの返事を待った。
「ジャンと・・・・・わたしが?」
ルナは信じられないといった表情で自分の手をじっと見つめている。
ルナは食事の時に何気なく思った、ジャンとルナの魔力が似ていればいい。
それがまさか本当とは夢にも思っていなかったので、驚きと同時に嬉しさもあった。
「ああ、ベルトランは、ルナと力を合わせれば、そう言っていた」
ルナは、戸惑いを隠せない。
「でも・・・・・」
オレは、ルナに背負わせるにはあまりにも重い話を、たった今してしまった。
その罪悪感が胸を締め付ける。
「ルナ、実は・・・」
オレは言葉を選びながら、ゆっくりと続けた。
「この街アステリアを出て、ヒルダロアの街に行こうと思う。遅くても1週間以内には旅立つつもりだ」
ルナの目が、大きく見開かれた。
「え・・・・・?もう行っちゃうの?もっと一緒に戦えると思ってたのに・・・・・」
彼女の声が震えている。
「母さんが住んでいたヒルダロアの街に行く事で何か分かるかもしれない。もしかしたら、妹のシオンの事もヒントがあるかもしれない。」
ここで、オレは少し考え、続けた。
「実は以前、王様と2人で話をした時も、簡単な話は聞いていた。だけどベルトランは、王様に聞いても答えてくれなかったことを教えてくれたんだ。だからヒルダロアに行かなくちゃならない」
ルナは呟くように言った。
「そっか、王様と2人で話した時にも同じような事を・・・・・」
「ルナ・・・・・」
「わたし、どうすればいいの?」
ルナが呟くように言った。
その声は小さく、か細い。
「ルナは、カイラスたちと一緒にこの街に残って、塔の調査を続けてもいいと思っている。それが一番安全な道だ。ルナはカイラスたちのパーティーに加入したばかりだしな」
オレはルナに、そう提案した。
一瞬考えたが、自分自身の希望も伝える事にした。、
「でも・・・・・もし、オレと一緒に来てくれるなら、それはオレにとっても心強い。オレは1人で、この街を出るつもりだったから・・・・・」
だが、オレは、ルナに無理強いをするつもりはなかった。
ルナにはカイラスという頼れるリーダーがいるし、心許せる仲間たちがいる。
何よりルナについて来る事を強制すると、姉妹のように仲が良く、ルナが何でも相談できるリリエルとの仲を引き裂く事になってしまう。
オレの個人的な事情に、ルナを巻き込むわけにはいかない。
ルナは膝を抱え、何かを深く考えているようだった。
オレは、彼女がどんな結論を出しても、それを受け入れようと心に決めていた。
「答えは、オレが旅立つ前でいい。ムリに今、結論を出す必要はない」
ルナは、オレの言葉に迷いの表情を浮かべた。
「数日後・・・・・」
ルナはそう呟くと、俯いたまま、きつくスカートを握りしめた。
(ルナ サイド)
私の頭の中では、カイラスたちの顔が浮かんでいた。
一緒に塔の調査をしてきた仲間たち。
ルシウスとゼノンが亡くなってから、温かくパーティーに迎え入れてくれた。
ジャンはパーティーメンバーじゃないのに、行方不明だった時にみんなで一緒に捜索もしてくれた。
リリエルは私が記憶を失っていた時も、そばにいてくれた。
大っ嫌い!と言ってしまったのに、翌日には無くなった記憶の事を話してくれて、おかげで記憶もほとんど戻った。
みんなを置いていくのは、なんだか裏切るみたいで、胸がチクリと痛む。
でも・・・・・ジャンがいないのに、みんなといると落ち込んで迷惑をかけるかもしれない。
いや、そんなことはない。
私の代わりにルミアだっている。
でも・・・・・でも!
ジャンは、一人で旅に出るつもりだったと言った。
ジャンの言った
「答えは、オレが旅立つ前でいい。ムリに今、結論を出す必要はない」
この声は寂しそうだった。
それが私の心に響く。
ジャンを一人にはしたくない。
ジャンと一緒にいる方が、なんだか安心するし、楽しい。
そして何より、不完全な魔法を壊せる可能性があるのは、ジャンと私だけだと、言った。
これは、ただの偶然じゃない。『運命』、なのかもしれない。
・・・
・・
・
ジャンは、静かに言った。
「制限魔法を壊してもルナにはメリットがないし、2人パーティーは危険・・・」
その言葉を遮り、ルナは答えた。
「行く!!」
「え!?」
「行く!わたし、ジャンと行くよ」
オレは、ルナのまっすぐな瞳に、驚きと戸惑いを覚えた。
「カイラスたちは?塔の調査は?」
オレが尋ねると、ルナは力強く首を振った。
「だって、ジャンがいないのに、みんなといても楽しくないもん!」
彼女の言葉は、まるで子供が駄々をこねているかのようで、オレは思わず笑ってしまった。
「それに・・・・・」
ルナは頬を赤らめながら、オレの顔をじっと見つめて言った。
「ジャンと一緒にいる方が、楽しいだけじゃなくて・・・・・安心するから」
その言葉に、オレの胸は温かくなった。
「ありがとう、ルナ」
「ううん。だって、ジャンとわたしで、不完全な魔法を壊せる可能性があるんでしょ?ワクワクするね!」
ルナは、そう言って目をキラキラさせている。
その無邪気な笑顔に、オレはまた、心が温かくなった。
彼女を危険な旅に誘ってしまった罪悪感は、まだ消えないが、この笑顔を守るためなら、どんな困難にも立ち向かえる気がした。
「1つ、決めたことがあるんだ」
「なーに?」
「ルナに、飛行魔法を教えることにする」
「飛行魔法!?」
ルナは空を指差して
「あの空を飛べるの!?」
ルナは驚きと喜びで、目をさらに輝かせた。
「ああ。飛行魔法を覚えれば、長旅も楽になるはずだ。それに、いざという時の避難にも使える。オレと一緒に訓練しよう」
ルナは、嬉しそうに頷いた。
「うん!一緒に頑張ろうね、ジャン!」
オレはいつしか、ルナのこの笑顔に癒されていたんだな。
そう思うと、次に話す言葉は弾んでいた。
だが、この声が弾んでいたとは、この時のオレは気付いていなかった。
「少し南にある、平原へ行こう。夜なら人は来ないはずだ」
「うん!」
数日後、1週間以内にはオレたちはアステリアの街を後にし、ヒルダロアの街へ向かうんだ。
ヒルダロアはどんな街なのか?
そう考えながらルナと平原へ向かう。
平原に着いて2時間後、オレは自信を失っているのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。




