第26話 曽祖父
(ジャン サイド)
気が付くとオレは、茶色い土でできたような床と天井だけの、奇妙な空間に立っていた
壁も柱もないのに、どうして天井が落ちてこないのか。
重力を無視したようなその光景に、思考が追いつかない。
警戒しながら周囲を見回すと、そう遠くない場所に誰かが立っている。
「誰だ?」
思わず声に出すと、その人物はにこやかに笑いかけた。
「警戒しなくてもよい。わしはおぬしの曽祖父、ベルトランじゃ」
オレの警戒心は最高潮に達する。
「曽祖父だと?曽祖父は母さんがまだ子供の頃に死んだんだ。ましてや、こんな怪しげな空間で出会うなど、とてもじゃないが信じられない。何を根拠にそう言う?」
オレの問いに、ベルトランと名乗る者は少しも顔色を変えずに答えた。
「根拠? ふむ、そうじゃのう。おぬしの名前はジャン・クレメンス。母親はセレス・クレメンス。父親はアシュレイ・クレメンスであったろう?」
その言葉に、オレはわずかに息をのんだ。
さらにベルトランは言葉を続けた。
「そして、おぬしにはシオンという妹がおった。違うか?」
あまりにも正確な情報に、本物なのか?いや、そんなはずはない。
そう思った時、ベルトランは言う。
「驚くのも無理はない。しかし、今までよく頑張ったのう、ジャンよ」
ベルトランの言葉は、まるで長年の苦労をねぎらってくれるかのように優しかった。
そして、彼はあの日の記憶を語り始める。
「あの日、おぬしの故郷カロスタインは、悪魔によって滅ぼされ、両親は惨殺された。ちょうどその時、おぬしとシオン、そしてセレスの友人でもあった、おぬしの師匠サラフィナが村に帰って来たところじゃったな」
まるでその場にいたかのように、ベルトランは淡々と事実を述べていく。
オレが忘れることのできない、あの悪夢の日。
「悪魔はまだ獲物がいたと嬉しそうにおぬしらの方を見た。おぬしは、惨殺された両親を見て、逆上したシオンに気づけなかった。シオンが悪魔に駆け出すと人間とは思えないほど巨大な魔力を放ち、まぶしい光を放った時、シオンも両親も村人も、そして村そのものも、跡形もなく消えた・・・・・そうであろう?」
言葉にできないほどの衝撃が、オレの胸を貫いた。
そうだ、あの時、すべては光の中に消えた。
オレはただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
「しかし、驚くのはまだ早い。おぬしの母親、セレス・クレメンスは賢者ではなかったのじゃ。彼女は、ホワイトマジシャンであったのだよ」
ベルトランの言葉は、雷鳴のようにオレの頭に響いた。
ホワイトマジシャン・・・・・母さんが?
まさか。賢者だとばかり思っていたのに、なぜ今になってそんなことを?
「信じられぬか? しかし、それが真実じゃて。セレスは、両親に期待されてホワイトマジシャンとしての修行を積んでおった。」
オレは信じられず声を張り上げて聞いた。
「母さんは、賢者だって言ってた! ホワイトマジシャンは父さんだ!!」
ベルトランは頷いて答えた。
「まあ、続きを聞くのじゃ」
母さんが・・・・・ホワイトマジシャンだったなんて。
ベルトランは、まるでオレの心を見透かしたかのように、静かに語り始めた。
「信じられぬかもしれぬが、おぬしの母親、セレス・クレメンスは稀代の天才ホワイトマジシャンであったのだよ」
まだ信じられない!。母さんが、天才的なホワイトマジシャン!?
「ただのホワイトマジシャンではない。支援魔法は言うに及ばず、賢者の使う魔法はもちろん、今では失われたありとあらゆる攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、転移魔法まで使いこなすことができたんじゃ」
「防御魔法!?・・・転移魔法!?・・・そんなバカな・・・・・」
オレの知っている魔法とは、全く次元が違う。
失われた魔法・・・・・。そういえば、オレの使う睡眠魔法やロックウォール、ロックバインドなんかも、サラフィナ師匠に「それはもう失われた魔法だよ」と言われたことがあった。
「おぬしが使う睡眠魔法やロックウォールも、セレスからおぬしに引き継がれたものじゃろう。本来であれば、ホワイトマジシャンに攻撃魔法は使えぬ。じゃが、セレスはありとあらゆる魔法を使いこなした。その才能は、それはもう恐ろしいほどであったのう」
ベルトランは、遠い目をして懐かしそうに続ける。
「天才的であったがゆえに、セレスは子供の頃にはひどいイジメにあった。周りの大人たちは彼女を恐れ、セレスの両親でさえもその力に怯えておった。ワシは心を痛めておった。かわいい孫娘を何とかしてやれないものかと、夜も眠れぬ日々を過ごしておったんじゃ」
その言葉は、悲痛な叫びのようにオレの胸に突き刺さった。
母さんは、そんなつらい過去を抱えていたのか!?。
オレは何も知らなかった。
「そしてワシは、セレスの力を制限する、制限魔法を開発した。じゃが、それは不完全であった。不完全な魔法をセレスにかけた結果、彼女はホワイトマジシャンとしての力をほとんど失ってしもうた。それどころか、転移魔法などの今では失われた魔法も、ほとんど使えぬようになった。幸い、炎系や氷系、風系の攻撃魔法、回復魔法には影響は出なかった、じゃからセレスはそれ以降、賢者と名乗るようになったんじゃ」
母さんの賢者という肩書きは、力を制限された結果だったのか。
「おぬしの父親がホワイトマジシャンであったから、おぬしがホワイトマジシャンになったわけではない。おぬしの持つ力は、すべてセレスから受け継がれたものじゃて」
衝撃だった。
オレは、ずっと父さんと母さん両方の血を引いてこの力があるのだと思っていた。
ベルトランは、続けた。
「ワシは不完全な制限魔法を完成させるために、急いで研究を続けた。じゃが、難航した。本当は、セレスが再びホワイトマジシャンを名乗れれば良かったんじゃが・・・・・」
ベルトランはしばらく黙り、思い出すように続けた。
「再び支援魔法が使える日が来るように、完璧な制限魔法を完成させるつもりでおったんじゃ」
ベルトランの顔に、悔しさがにじむ。
「いよいよ制限魔法も完全版が出来上がる、というわずか数日前に、ワシはこの世を去った。じゃが、ワシは知っておったのだ。この世を去る日が近いことをのう。そこでワシは、制限魔法を解除するための鍵を、この塔の18階に仕込んでおいたんじゃよ」
オレの心臓が、大きく脈打った。
塔の18階。そこには、母さんの力の秘密、そしてベルトランの想いが詰まっているというのか?
「セレスの力を受け継ぐべき者が必ず現れると信じておった。まさかそれが、おぬしであるとは・・・・・。ワシはもっと、後だと思っておった・・・・・。運命とは不思議なものじゃのう」
ベルトランは、どこか嬉しそうに、そして誇らしげに微笑んだ。
オレの故郷の真実、母さんの秘密、そしてベルトランの想い。点の一つひとつが繋がり、1本の線になっていく。
オレは衝撃を受けながらも、ただ彼の言葉に耳を傾けるしかなかった。
「まず、塔の18階。そこで全ステータスアップを使った後、すぐに回復魔法を使うのじゃ」
「全ステータスアップの後に、回復魔法?」
オレは思わず聞き返した。
ホワイトマジシャンにとって、全ステータスアップは文字通り全ステータスを向上させる魔法だ。
オレは魔力消費が大きいだけだ。
だがエルミナは魔力消費が大きいだけでなく、ステータス上昇率も低いと言っていた。
その直後に回復魔法を使うなど、普通では考えられない。
回復魔法を使うなら、既にマジックアップをかけているはずだし
ステータスアップの恩恵を受けている間に、攻撃や防御に集中するのが普通だ。
「そうじゃ。それこそが、この制限魔法を解除するための条件じゃて。全ステータスアップを使った直後に回復魔法をかける者は、ほとんどおらぬ。だからこそ、この条件にしたのじゃ」
ベルトランは、どこか楽しそうに、そして少し寂しそうに微笑んだ。
「そうすれば、一つ目の制限魔法が解除される。1つ挙げるなら、おぬし、回復魔法がまともに使えるようになったであろう?それが解除の印だ。そして、本来であれば塔の2階から4階でしか現れぬはずの、クリブンという魔物が18階に現れるんじゃ」
確かに回復魔法が完璧な形で使えるようになった。
そしてクリブン。
オレのマジックアップしたフレアでさえ1撃では倒せない、あのクリブン。
「心当たりがあるじゃろう? こやつは非常に強い。じゃが、おぬしなら難なく倒せるはずじゃ」
確かに、心当たりがある。
「そして次は塔の36階じゃ。そこで、おぬしはドラゴンと出会うことになる。」
ドラゴンだって!?
オレは息をのんだ。
幻獣として語り継がれる、最強の存在。それを倒せと?
「ドラゴンは、猛烈な炎を吐き、時々魔法を反射するような強敵じゃ。じゃが、こやつを倒せば、行き止まりのどこかに宝箱が現れる。その中に、鍵があるのじゃ」
「鍵?」
「その鍵を、45階のどこかに現れる鍵穴に差し込むのじゃ。そうすれば、すべての制限魔法が完全に解除されるじゃろう」
ベルトランの言葉は、まるで謎を解くためのヒントのようだった。
18階、36階、45階。そして、クリブンとドラゴン。
しかし、オレは一つの疑問を抱いた。
「もし、途中で塔を出てしまったら・・・・・?」
「その場合は、条件がリセットされる。しかし、再度18階で全ステータスアップの後に回復魔法を使うことで、再びクリブンが現れ、条件が再設定されるのじゃ。じゃから、何度でも挑戦できる」
ベルトランは、やや真剣な面持ちになり
「じゃが、今は塔に異常が起きている。一体なにがどうなっておるか、ワシにも見当がつかぬ。」
ベルトランの言葉が、オレの頭の中で反芻された。塔に異常…? そんなことがありえるのか? オレは、その意味を測りかねていた。




