第10話 それぞれの休日②
リリエルとルナは、他愛のない話に花を咲かせながら、のんびりと散歩をしていた。
ルナの楽しそうな横顔をちらりと見て、リリエルは内心で安堵の息を漏らす。
(大丈夫そうね)
ふと気付くと塔の近くまでやって来ていた。
「そうそう、思い出したんだけど」
ルナはポンと手を叩き、満面の笑みで話し始めた。
「今朝ね、私たちみんながAクラスになる夢を見ちゃったんだー。ルシウスはね、すっごく喜んでて、今まで見たこともないくらい素敵な笑顔だったんだよ!」
リリエルはふと足を止め、空を見上げて微笑んで言った。
「それは、もしかしたら何か良いことの前触れかもしれないわね」
「そうだったらいいなぁ!」
ルナは期待に胸を膨らませ、さらに続けようとした。
「それでね・・・・・」
その時、2人の耳に必死な叫び声が飛び込んできた。
「誰か、助けて!」
全身傷だらけの女性の僧侶が、必死の形相でこちらに向かって走ってくる。
彼女の目に宿るのは、恐怖と絶望だ。
「あ、あなたたちはBクラスの!助けてください!仲間が、仲間がモンスターに捕まって殺されそうなんです!」
彼女は息を切らしながら訴えかける。
リリエルは一瞬、迷った。
昨日の出来事が脳裏をよぎる。
ルシウスとゼノンの死。
そしてフィリーネの気絶。
その悲惨な光景を間近で見てしまったルナだ。
もし、駆けつけた先で、このパーティーの死を目の当たりにしてしまったら・・・・・。
そう考えると、リリエルは即座に返事をすることができなかった。
しかし、その迷いを断ち切ったのはルナだった。
「リリエル、行こうよ!」
ルナの力強い言葉に、リリエルはハッと我に返る。
その瞳に迷いはなく、ただ助けたいという強い意志が宿っていた。
ルナの即答に、リリエルはもう見捨てることはできないと決意する。
「分かったわ」
リリエルは女性僧侶の傷にヒールをかけると、彼女に続いて走り出した。
「5階で結界の外に出たすぐの角を曲がったところで襲撃を受けたんです」
女性僧侶は走りながら説明する。
塔に到着すると、一行はすぐに5階へ転移した。
リリエルは、他の誰よりも早く駆け出す。
その瞳には、絶対全員助けるという強い決意と、ルナにだけは悲惨な光景を見せないという固い意志がみなぎっていた。
角を曲がった先にいたのは、リーフスキンのモンスターだった。
その左手には、女性マジシャンの首が持ち上げられ、壁に押し付けられていた。
女性マジシャンは苦痛に顔を歪め、何とか腕から逃れようと両手でリーフスキンの腕を叩きながら、空中で足をバタバタさせている。
男戦士と男僧侶は必死に攻撃を仕掛けるが、リーフスキンの全身を覆う葉っぱのようなものに阻まれ、ほとんどダメージが通っていないことが見て取れた。
女性マジシャンがまだ生きているのを見て、リリエルはかすかに安堵し、女性僧侶に指示を出す。
「あなたは仲間たちと、結界の内側まで逃げなさい!あの子は私たちが助けるから!」
そう叫ぶと、リリエルはルナにアイコンタクトを送り、力強く告げた。
「ルナ、やるわよ!ウインドカッター!」
魔法を唱えると、リーフスキンの左肩がスパッと切れ、女性マジシャンはリーフスキンの腕と共に地面に落ちた。
「ギィアア!」
リーフスキンは苦しげな唸り声をあげる。
女性マジシャンは「ゴホッ、ゴホッ」と咳き込みながら立ち上がろうとするが、まだ首にリーフスキンの腕が絡みついているため、バランスを崩して倒れこんでしまった。
怒り狂ったリーフスキンは、女性マジシャンに向かって数十本の蔓を針のように硬く尖らせ、襲いかかろうとする。
「フレア!」
ルナの放った炎は、リーフスキンに命中すると瞬く間に燃え上がり、断末魔をあげることもなく灰になった。
リリエルは苦笑いを浮かべながら、ルナに言う。
「リーフスキンにフレアって、オーバーキルじゃない?」
ルナは真剣な表情で答えた。
「ファイアーアローでも十分倒せたと思うけど、あの蔓を出した時の攻撃力はかなりのものだから、彼女が危ないって思って」
「まあ、確かに殺せないよりは良いけど」
リリエルはそう言いながら、女性マジシャンの首に絡まっているリーフスキンの手を丁寧に解いてあげる。
その時、視界の隅に人の気配を感じ、リリエルは呆れたように声を上げた。
「あなたたちねえ、結界の内側にって言ったでしょう?」
男戦士、男僧侶、女性僧侶の3人は、目を丸くして「すごい、すごい」と感動しきりだ。
そんな話をしていると、奥の角から別のモンスターが曲がってきた。ルナは咄嗟に反応する。
「ファイアーアロー!」
「ボファアア!」
悲鳴をあげ、モンスターはそれが何のモンスターか確認する前に倒れた。
「ほら、ここは結界の外なんだから、いつモンスターが襲ってくるか分からないわよ」
リリエルはみんなを促し、5階の階段前まで移動した。
「本当に、ありがとうございました」
女性マジシャンが深々と頭を下げる。
それに続いて、他のメンバーも頭を下げた。
「助かってよかったわ」
リリエルは安堵の表情を見せる。
そして聞いてみた。
「あなたたち、Dクラスなのよね?」
「いえ、僕たちはEクラスです」
男僧侶が申し訳なさそうに答える。
リリエルは大きなため息をついた。
「今日のギルドの緊急掲示物見なかったの?Eクラスは4階までに変更になったのよ」
パーティーはもちろん驚いていた。
「えっ?」
だが、さらに目を丸くして驚いたのはルナだった。
「あ゛ーあ゛ーあ゛ー、さっきギルド行ったじゃない!もう・・・・・」
リリエルはルナをじっと見つめ、呆れ顔で頭を抱える。
ルナはしょんぼりとした表情で
「ごめんなさい・・・・・」
と謝った。
「ルナももういいわよ。それから、このパーティーにも教えてあげる」
リリエルはそう言って、改めて説明を始める。
「1階を単独でクリアできない人はFクラス。これだけは変わってないの。Eクラスは4階まで、Dクラスは10階まで、Cクラスは17階までに変更になったわ。」
ここで少し間をおいて、話し始める。
「もちろん強制じゃないけど、さっきのリーフスキンは壁と同じ色に変色して近づいた冒険者を襲うモンスターで、物理攻撃が効きにくいからDクラス指定のモンスターなのよ。5階以上に行くなとは言わないけど、リーフスキンが相手だと、さっきみたいにマジシャンが戦闘不能になった時に有効な攻撃手段がなくなるから、気をつけてね」
「さっきは本当に助かった。ありがとう」
男戦士が心から感謝を伝えた。
「戦士に僧侶が2人、そしてマジシャンのパーティーってことは回復特化型だと思うけど、せめてホワイトマジシャンは欲しいところね」
「はい、そうですね。私たち探してるんですが、今はいなくて4人で戦ってます」
女性僧侶は残念そうに言った。
「そうだ!助けてもらったお礼に、ギルド近くのパフェ屋さんでパフェをご馳走させてください!」
女性マジシャンが、ぱっと顔を輝かせながら提案する。
リリエルは困惑した表情で、ルナは目を輝かせ、2人同時に言う。
「そんな、いいわよ」
「わーーー!いいの!?」
リリエルとルナは驚いて顔を見合わせる。
ルナはさらに目をキラキラさせながら「ダメ?」と上目遣いでリリエルに尋ねた。
「はぁ・・・・・そんな目でおねだりされたら、ダメって言えないじゃない」
リリエルは苦い顔で観念する。
ルナはさらに目を輝かせ、女性マジシャンに興奮気味に話しかけた。
「あそこのパフェ、ほっぺた落ちちゃうくらい美味しいんだー・・・・・あーーー、想像するだけでヨダレ出ちゃうーーー♪♪♪善は急げ!早く行こっ!」
塔を出た一行は、パフェ屋に向かった。
先頭を歩く女性マジシャンとルナは
「あのパフェが・・・・・いや、このパフェが・・・・・トッピングに・・・・・」
と、楽しそうに話しながら盛り上がっている。
他のメンバーは、その賑やかな2人に続いて歩いていた。
リリエルは、ルナの楽しそうな様子を見て、とりあえずルナはもう大丈夫かな、と思い始めていた。
この頃、ジャンは・・・・・
ジャンはエルミナの部屋を飛び出し、自分の部屋へと戻ると、収納魔導具にお金を入れた。
そして、8インチ四方の木製の板を2枚買って戻ってくる。
「よし、理論通りならできるはずだ」
ジャンは1枚の板を取り出し・・・・・その時、彼はようやく気づいた。
エルミナの部屋を飛び出してからずっと、魔法陣が出たままだったことに。
「あああああ!こんなこと初めてやってしまった!」
ジャンは1人でショックを受けていたが、しばらくして立ち直ると、その魔法陣を消し、アイスアローの魔法陣を出す。
その魔法陣の大きさを8インチ四方に収まるように調整し、板に魔法陣を重ねる。
そして、最小限の炎で板を焼き、アイスアローの魔法陣を板に転写した。
ジャンは再びエルミナの部屋へ行き
「みんな手伝ってくれ!」
と、信じられないほどのハイテンションでお願いした。
驚きに目を見開くカイラスたちをよそに、ジャンは興奮したまま街の広場へと向かった。
広場へ着くと、ルミアは不思議そうにジャンを見つめる。
「そんなハイテンションでどうしたの?ジャンらしくない」
「悪い!これが上手くいけば、エルミナを救えるはずなんだ!」
ジャンは熱い眼差しで訴える。
ジャンは、魔法陣が刻まれた板を素早くライアスに渡した。
「え?ワシか?戦士だぞ?」
ライアスは戸惑いの表情を浮かべる。
「ああ、分かってる。その板を空に向けて、魔力を流し込んでみてくれ」
ジャンに言われるがまま、ライアスは板を空に向け、魔力を流し込んだ。
すると、板からアイスアローが放たれた。
「おおー!ワシにもアイスアローが打てたぞ!」
ライアスは驚きと喜びの声を上げる。
「これはオレの使うアイスアローより威力強いな」
カイラスは感心したように呟く。
「上手くいった!」
ジャンは飛び上がって喜ぶと、ライアスに板をプレゼントすると言うと、宿の方へ駆け出した。
広場に取り残された3人は、板を見つめながら首をかしげる。
ルミアは戸惑いを隠せない。
「ねえ、これアイスアローよね?何でこれでエルミナを救えるわけ?」
ライアスとカイラスは、呆然としたまま無言で首を横に振るのだった。
ジャンが宿へ向かってダッシュしていると、パフェ屋の前でリリエルが1人で立っているのを見つけた。
「リリエル、こんな所でどうした?」
リリエルは簡潔に、これまでの経緯とルナの様子を説明した。
「そうか、元気ならよかったよ」
ジャンは安堵の表情を見せる。
「ルシウスとゼノンが彼女の中で生きてることになってるのなら、パーティーを捨てて2人で旅に出たってことにするのもありかもな。あと、ショックが大きいかもしれないから、今はオレと会わない方が・・・」
ジャンがそこまで言いかけた時、店の奥からルナが顔を出した。
「リリエルー、ねえねえ見て見てー!このパ・・・・・フェ・・・・・」
ジャンとルナの目が合った。ルナの笑顔が、ぴたりと固まる。
「あ、ええっと、疲れは取れたのか?」
ジャンは気まずそうに声をかける。
ルナは店の前で、そのままぺたんとしゃがみ込んだ。
「生きてて・・・・・良かった」
ルナは震える声で呟く。
「リリエルの言ったこと・・・・・正しかった。良かった・・・・・」
そう言って、ゆっくりと立ち上がると、ルナは笑顔を見せた。
「疲れはおかげさまで取れました。ジャンさん、パフェ一緒に食べませんか?他のパーティーの方もいますよ」
(んー?今・・・・・)
とジャンは、ルナの呼び方が「ジャンさん」に変わったことに違和感を覚える。
(まだ記憶の何かが変なのかもしれないな)
とジャンは思った。
「ごめん、今急いでて。また今度機会があったら食べよう」
ジャンはそう言うと、再び走り出した。
ルナは満面の笑みで頷く。
「うん・・・・・良かった・・・・・本当に」
リリエルは、ジャンと会ってもルナが大丈夫だったことに安堵し、優しい声でルナを呼んだ。
そうすると
「ねえねえねえねえ!見てよ、このパフェねー・・・・・」
ルナは、信じられないほどのハイテンションでパフェの説明を始めた。
リリエルは、その切り替えの早さに「何?この子・・・・・」と呆気に取られ、苦笑いを浮かべるのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。