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王の名前を  作者: あまやどり
第二章 古代王かく語りき
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「王の名前を」①






 なんとなく本棚を眺めていたソロモン王は、ふとあることを記憶から掘り出した。


思い出した!(ザハールティ!)


「うわっ、びっくりした」


 出し抜けの他言語に、蓮の読書が止まる。


「金銭などの報酬(報労)ならば、満足するものを差し上げることができると思います」


 コーヒーを一口飲んで苦さに顔をしかめるが、すぐに表情を戻す。


「くれるって、いったい何を?」


 懐疑的な眼差しの蓮。「身1つで現代に来た」と言い、蓮もそれを目撃している。


「わたくしも王族の嗜みとして、4、5ほど“隠し離宮”を持っておりました。その中に相応の(シェケル)や魔術具が保管しているのです」


 古代イスラエル王国では貨幣が流通しておらず、代わりに銀の破片や塊が取引に使われていた。


「へえ。……って、そんな隠し財産があるなら、さっき言ってた借金の返済に使えよ!」


 ソロモン王は神殿建築の莫大な費用を他国から借り、それを返済できなかったために、領土を割譲させられた失態がある。


「さ、さすがにフェニキアの負債には焼け石に水だったので」


「なんて日本的な言い訳だ」


 ともかく、と咳払いする。


「魔術的な防衛が施されているので、盗掘されていないはず。その財宝の一部を譲りましょう。無論、書物(キレク)なども」


「本! あるのか? 例えば?」


 反応する。この少年が本に並々ならぬ執着を抱いていることは、牢獄のような寝室で学習済みである。


「そうですわね、死海文書メギロット・ヤム・ハメラハ旧約聖書(タナハ)。あといくつかの叙事詩(ポエマ・エピート)などがありましたわね」


 形の良い指を順に折る。


「読みたい!」


 死海文書は旧約聖書写本、外典、偽典などを集めた写本である。独自の解釈を加えた「語り直し」という手法が用いられているあたり、奇書趣味の蓮を大いに刺激した。


『愚か者。あの時代の書物なのだから、神聖ヘブライ語で書かれておるのだぞ』


 デカラビアの冷ややかな言葉にも、


「頑張ってエデン語を覚える」


迷いなく言い切った。


「わたくしが教えて差し上げます。現在この地を離れるわけにはいきませんし、後払いということになりますけれど」


「ん、了解。契約成立だ」


 了承した。全ての言語を司るエデン語が憶えられるなら、それだけでも破格の報酬と言えた。蓮の場合、専ら読書にしか利用されないのであるが。


「さっきの部屋使っていいから、好きに寝泊まりしてくれ。俺はリビングで寝起きする」


 ちなみに両親の部屋は「開いてると本で埋め尽くされるから」という理由で施錠されている。


「え、あの本の棺桶に?」


 古代の王が(おのの)いた。


「慣れてくれ」


「ううー、はい」


 そこは折れるしかなかった。






「レンにお願いがあります」


 ソロモン王は暫し逡巡した後、蓮に告げた。


「わたくしに新しい名をつけてくださいませ」


「な、なんでまた?」


 藪から棒なお願いに、言葉に迷う。


「“ソロモン王”の名を返上するのです」


 やはり結論から告げる。


「国を護れなった身には、“平和を満たすもの”(ソロモン)の名がいかにも重く……」


 苦い顔をする。敗北が少女に暗い(かげ)を落としていることは疑いようがない。


「それに“力ある名”は、口にするだけで周囲に影響を与えます。要は敵に察知されやすくなるのです」


 蓮の考えている以上に、名前とは大きな力を及ぼすものらしい。


「まあ、それで気が済むなら」


「お願いいたします。この世界で初めて会ったレンに決めてもらいたいのです。さあ、新しい(わたくし)の名前を」


 本来ならば国や王族の名前付けの流儀のようなものがあるのだろうが、どうせ仮の名前だし、と深く考えないことにする。


『クソガキ! クソガキに一票である! 又はグレイテスト暗君』


「混ぜっ返すなよ」


 デカラビアが茶々を入れる。真っ先に「王様」というあだ名を思いついたが、国を喪ったソロモン王は皮肉に感じるか、と口にはしなかった。


「……たしかソロモン王を名乗る前に、別の名前もあったよな?」


 大昔に読んだソロモン王の話を思い出す。


「はい。幼名はエディデアです」


 無論、エディデアと言う名も直で用いれば同じことになる。


「エデ、だと巌窟王だし……じゃあ、後半を取ってイデア、はどうかな? ギリシャ語で“本質”だ」


「良い名前ですね。では、今後わたくしのことはイデアとお呼びください」


 ソロモン王――イデアはにっこりと微笑んだ。イスラム魔術では、名前や名称の下半分を重要視する。蓮はそのことを知らなかったので、ただの偶然であるが。


『ちっ、野暮天のくせに意外と小洒落(こじゃれ)た名前など思いつきおって。メゾン・ド・失地王とかにすればよいのである』


 舌打ちする堕天使。


「お前の器、ペットボトルのキャップより小さいな」



* * * * *



 伏木京(ふせぎ・きょう)巡査部長は、ロビーにいた自動車警ら隊の名取(なとり)巡査長を呼び止めた。


「昨日はお互い大変でしたねえ。暴走族の集団事故でしたっけ?」


 ブレンドコーヒーの紙コップを渡す。


「あざす。ええ。戴紅蓮(たいぐれん)って名乗ってる連中が派手に事故りまして」


 後輩はカップを受け取り、話し始める。


「昔からいる共同危険型グループですねえ。OBに反社が多いとか」


 共同危険型の暴走族は、徒党を組んで迷惑運転や恐喝などを行う集団で、「走り屋」よりも「愚連隊」「反社予備軍」のイメージが強い。


「ええ、昨日も王様気取りで縄張りを暴走してたみたいで。182号線の狭くなってるところで、先頭のバイクが転倒。後続が全部巻き込まれてドミノ倒し、って具合で」


「はた迷惑ですねえ」


 話を聞く限りは、暴走族の独り相撲に思える。


「それなんですがね――」


 名取は煮え切らない表情をしている。


「おや? 何か納得がいかない点でも?」


「事故の一部始終を“見物してた”ヤツがいるんですよ。鹿沼(かぬま)っていう、19歳の無職なんですけど」


 伏木は鹿沼という名前を記憶に刻んでおいた。


「その方が怪しかったと?」


「怪我で悲鳴を上げてる連中を見てゲラゲラ笑ってたそうで。べスポジで動画まで撮ってまして」


――まるで、事故を起こすことが事前に分かってたみたいですねえ。


「その方、前科(マエ)はおありで?」


 交通課の後輩は首を横に振る。


「ですが、ハナクソみたいな暴走族の頭だとか。雇用促進住宅を溜まり場にしてるそうで。近所の住民からうるさいって苦情が来てます」


 雇用促進住宅は戴紅蓮の縄張りから近い。


――だとしたら、“老舗大手”の戴紅蓮と因縁があってもおかしくないですかねえ。


「名取さんの心証はどうでしょう?」


「真っ黒。ただ、鹿沼は戴紅蓮に近寄ってもいません。動画が証拠になってて、逮捕できないですね」


 警官の勘は経験の蓄積が源なので、ベテランの勘ほど外れない。


――可部気力さんといい、立て続けに事件が起きますねえ。


「これから事故現場に行って、もう1回検証してきます」


 席が暖まる暇もない。


「行ってらっしゃい」


 後輩はコーヒーを飲み干し、紙コップをゴミ箱に放った。


「今日は家に帰りたいですよ。最近カミさんの機嫌が悪くって」


 しみじみ漏らす。事件続きでもう何日も家に帰れず、署に泊り込んでいる。道場に雑魚寝の生活が続いていた。


「僕も、しばらく息子に会えていないので寂しい限りです」


 遠い目をする伏木に、後輩はなんとも言いようのない表情をした。

死海文書って、日本では名前が独り歩きしてる気がしますね(/・ω・)/

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