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王の名前を  作者: あまやどり
第二章 古代王かく語りき
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ソロモン王の背景

古代王が合流したこのあたりから、オカルトネタ、古代イスラエルネタが多くなります(/・ω・)/

「ああ、ゴメン。箸は不慣れだったか」


 箸に苦戦しているソロモン王を見て、スプーンとフォークを用意する。


「あっさり順応してるから、つい日本人と同じ感覚で接してた。しっかり日本語で話しているし。さすがは伝説の賢者」


いいえ(ロー)、遥か後世にできる極東の言語までは使いこなせませんわ。いま話しているのはニホンゴではなく“エデン語”です」


 注釈を加えた。蓮には日本語で話しているようにしか聞こえない。そういえば、昨日現れたとき耳慣れぬ言葉を叫んでいた。


「ヘブライ語ですらないのか。エデン語って聞いたこともないけど」


バベルの塔アスファルトのジグラット以前の、全ての共通言葉です。ベリアルに教わりました」


 かつて言語はエデン語1つしかなかった。人々は動物とさえも意思疎通できたという。だが、神は人族の驕慢(きょうまん)を戒めるために言葉を乱した。その尖兵として、バベルの塔に硫黄の雨を降らせて焼き払ったのが堕天使ベリアルと言われている。


「いいなあ、どの国の本でも読めるのか」


 的外れな感心の仕方をする蓮。


「それと、堕天使には未来視ができるものがいますから。断片的に未来のことは知っているのですよ」


 フォークをソーセージに突き立てて口に運ぶ。


「とは言え、本当に部分的にしか知りません。落丁だらけの本のようなものです」


「まあ、普段は王様稼業で忙しかっただろうしな」


 現代の説明が省略できることに安心する。


「加えて、知見だけで経験は伴っていません」


 蓮が半分食べたソーセージを見る。


「例えば、フォークの存在は識っているけど、実際に使うのは初めてだから勝手は分からない。ソーセージも味は初体験、ってことだな。説明書だけ読んでる状態なのか」


 その説明書にしても、飛ばし読みのようだ。フォークが使われるようになったのはスプーンよりも遅く、11世紀頃である。


「理解が速くて助かります」


 どうも昨夜の会話からも、ソロモン王と蓮の相性は良さそうだった。


「じゃあ、予備知識を補完したところで話を現代に戻そうか。堕天使が現代に一斉転居してる理由とか、ソロモン王がなんで現代にいるのか、とか」


 いよいよ本題に移る。


「悪霊の王に襲われたからですわ」


「悪霊の王?」


 ソロモン王は結論を先に言う性格らしい。


「あれは、神殿建築のために他国に莫大な借金をした挙句、増税して民の顰蹙(ひんしゅく)を買っていた折のこと」


「ひでえ王様だ」


 賢者と称えられるソロモン王も、神殿建築に関係する事業では失策が多い。


「悪霊が突然、襲ってきたのです。狙いはわたくしの命と指輪でした」


「指輪ってあの有名な、“ソロモンの指輪”?」


 ソロモン王が神から授かった強力無比な神具であり、堕天使を使役できる指輪。


「はい。“悪霊の王”を名乗ってはいましたが、正体は不明です。抵抗しましたが、勝つことは敵わず」


「ちょ、ちょっと待った!」


 話をぶった切る。


「賢者の中の賢者ソロモン王が、ソロモンの指輪と72柱の堕天使を従えて、勝てなかった?」


「はい。正確には、“滅ぼすことができなかった”ですが」


 控えめに訂正する。


「悪霊は定命(じょうみょう)の者とは異なったルールで存在しています。あのときは、滅ぼす手段がありませんでした。徐々に力を削り取られ、最後には敗北しました」


 蓮としては続きを促すしかない。


「敗色を悟った私は、指輪と堕天使を奪われることだけは避けようとしました。まずは堕天使たちを未来に、この時代に送り込んだのです」


「なるほど。堕天使が突然現れるようになったのは、そう言った事情か」


 デカラビアが天井からニュッと頭部だけ出す。


堕天使(余ら)は頑丈ではあるがな、時間跳躍で飛ばされたときはさすがに難儀したであるぞ』


 怪奇生物の外見に反して、デカラビアの声音には感情が乗りやすい。じっとりとした声だった。


「なんでそんな()ねてるんだ。物置で何年も放置されたソフビ人形みたいに粘つく声を出して」


 いつもなら降りてくるのだが、今日は頭しか出さない。


『ふん。ゲームが楽しくて現実に関心が持てないだけである』


「数千年生きてるくせにテンプレのヒキコモリみたいな言い訳するな」


 デカラビアは昨日に引き続き不機嫌なままである。ソロモン王のことを明確に嫌っていた。


「しかし悪霊の“王”か。金も地位もいらない幽霊が、なんで王様なんて名乗ってるのかね?」


「さ、さあ……深い意味はないのかもしれませんわ」


 言葉に拘る蓮に、ソロモン王は返答に戸惑う。


「ここに堕天使が集中したのは?」


「星の巡りの関係で、ここにしか転移させられなかったのです」


 深い意図はなかったらしい。


「ですが、肝心の指輪に転送を拒否され、何故かわたくしのほうが送られたのです」


 ソロモン王は指輪を未来に飛ばし、自身は悪霊に殺されるつもりだった。


『大いなる神が、“死に逃げ”など許すはずがないのである』


 デカラビアの言葉が真実であることは、ソロモン王も認めざるを得ない。彼女らの信ずる神とは、救いの手を差し伸べてくれるような過保護な存在ではない。道を外れようとしている者に手ひどい罰を与えるのが、畏怖を呼び起こして正しきに導くのが神という存在だった。


「ってことは、その悪霊とやらが指輪を手に入れた?」


 つまり彼女は指輪の、ひいては堕天使たちの支配者ではない。だからこそ、デカラビアが「元雇用者」と言った。


「はい。そして、わたくしの居場所を探っていることでしょう」


 悪霊の王はソロモン王に尋常ならざる敵意を放っていた。地の果てまで追ってくると確信できるほどに。


「ひょっとしなくても、現代(ここ)に攻めてくる?」


「十中十。そう遠くない未来に」


 寿命を持たず、怨念を燃料にしている悪霊故に。いつかこの場所、この時代も突き止められると、半ば確信していた。その執念なればこそ、指輪を捨てるまでに追い詰められたのだ。



――とんでもないことに巻き込まれたな。


 昨夜から通算何度目になるか分からない感想を漏らした。



「ご安心ください。悪霊の王が襲来してきたとしても、打倒す策はあります」


 ソロモン王は希望を告げた。


「あ、そうなんだ」


「悪霊に抗する術はあります。対峙したときは状況が悪くて使えませんでしたが、次は打ち果たして見せます」


 そう告げる王の顔に虚勢はなかった。


――自信満々、って言うには自信が欠乏気味だが。無策じゃないってことだな。



 ソロモン王は居住まいを正した。


「ですが、わたくしは、身一つでこの時代に来ました。生活の基盤がありません。そこでお願いが……」


「ん。分かった」


 みなまで聞かず、蓮は了承した。


「え? あの、いいんですか?」


 拍子抜けするほどあっさりと、言われたので、思わず聞き返す。


「しばらく滞在させてくれってことだろ? いいよ」


 蓮の返事は変わらない。


『脊髄反射で了承しなかったかであるか?』


「失礼な。お前みたいな放射神経と一緒にするな。俺なりにちゃんと考えた結果だ」


 天井に抗議する。


「悪霊が襲ってくるのが事実なら、対抗策を知ってるのはこの時代じゃあ王様ぐらいだろ。無碍(むげ)に扱えないよ」


――一国の王として(かしず)かれる身分だったのに、若造の俺に頭を下げなければならないぐらい追い詰められてるのを見ると、どうにも見捨てられないしな。


 という、打算以外の理由は口にしなかった。それに、この世間知らずの王様を寒空に追い出せばどのようなことになるか。少なくとも、蓮にとって良いことにならない確信だけはある。

 幸い、詠からの報酬があるため、当面の軍資金は心配ない。

 


「王宮ほど贅沢な暮らしは保証しないけどさ」


「あっ、ありがとうございます。ではさっそく、この家を悪霊迎撃のための橋頭保“古代イスラエル王国極東支部”として接収しましょう。それとソーセージとトーストのお代わりを――」


「いきなり図々しいな、居候」


『だっ……』


 言いつつも朝食の追加を用意してやっていると、デカラビアが降りてきた。


(だぁれ)が放射神経であるか! 余はヒトデではないのである! 神経下洞もないのである!』


「いまごろ激昂するのか! テンポ遅いな放射神経!」

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