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王の名前を  作者: あまやどり
第二章 古代王かく語りき
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可部気力の後始末

 深夜。複数の警官たちが狭い路地で忙しく立ち働いている。 


「失礼。仮眠室で休息していたので遅くなってしまいました」


 スーツを来た男が現場に足を踏み入れた。年齢は40代。物腰は丁寧で、理知的な印象が強い男性だった。


伏木(ふせぎ)巡査部長、お疲れ様です」


 鑑識課の若い男が挨拶した。伏木と呼ばれた男は遺体にしゃがみこみ、静かに両手を合わせる。瞑目が終わると、死体と、散らばった銃器を一瞥した。


「おやおや。被害者は武器商人でしたか?」


 ハンドガンにマシンガンにガトリングガン。持ち運ぶには難儀な大きさであり、重量だった。


「銃器マニアってヤツじゃないですか?」


 しかも死体は穴だらけである。


「いつからこの町は西部の無法街になったのでしょうかねえ」


 公務中であっても冗談とも本気ともつかぬことを口走るので、同僚は陰で「ふせぎ」をもじって「ふしぎさん」と呼んでいた。


「さて、それは……でも、被害者とは限りませんよ」


 若手は冗談を生真面目に受け止めつつ、親指で路上を指した。


「明らかな盗品を大量に抱えていました。どこかの店に、強盗(タタキ)でもかました直後じゃないですかね」


 後で手分けして聞き込みをすることになるでしょうね、と付け加える。


「おやおや。手を合わせる甲斐がない方でしたか。それで、死因は?」


 終始感情に波がない。嫌味なほど冷静な性格だった。


医系技官 (センセイ)の見立てだと、銃を撃って、跳弾で死んだようだ、と。違法改造したガス銃は殺傷力がありますからね」


 目印のプレートが置かれた地面を指さす。そこには血に濡れたBB弾が転がっていた。


「なるほど」


 深く頷いた伏木は、コンクリートブロックに目を留めた。小さな穴が無数にある。

 違法改造したガス銃ならば、人体を貫通する破壊力がある。だが、さすがにコンクリートブロックを撃ち抜くことは不可能である。


「ご老人の同輩の仕業でしょうか? どなたか分かりませんかねえ」


 小さく(ささや)く。


『知らぬよ』


 素っ気ない声だけが返ってきた。姿は見えない。


『物体の強化、或いは弱体化。変質でも良い。この程度、堕天使の誰でもやってのけるわい。絞り切れるものかよ。道行く人間に“生きているか?”と訊いて回るようなものだて』


 不機嫌と言うよりも投げやりな口調である。

 

「おやおや」


――「コンクリートは老朽化していた。強盗直後で過敏になっていた犯人は暗がりを人影と誤認、銃を乱射して跳弾で死亡」という方向に誘導した方が良さそうですねえ。


 打算を働かせる。解決(立件)不可能な事件で同僚を疲弊させたくはなかった。


「こんな場所じゃあ、目撃者も映像も期待できないですね。また徹夜か……」


 老人の声が聞こえていない同僚は、徒労に終わるであろう捜査を想像して溜め息を漏らす。


「おや、名取(なとり)さんの班がいらっしゃいませんが?」


 名取は交通課所属の同僚だが、規模の小さい神無署は、大きな事件が起こると全署員が駆り出される。


「別件で出動中です。かわいそうに名取班、2日徹夜(2徹)ですよ」


 かく言う職員も欠伸(あくび)をかみ殺している。ひとたび事件が起きれば、「帰れず寝れず」が警察官の常態となる。


「最近この町、変ですよ。タガが外れてるっていうか」


――治安が西部劇の時代にまで逆行してますねえ。さて、この男を殺した方がいたとして。その方は保安官(シェリフ)に足るでしょうかね?


「では他の班の方たちと方針を相談してきます」


 伏木は現場を後にした。


『堕天使と契約しとる人間のくせに、何とも働き者じゃな』


 老人の呆れたような声が投げかけられた。




* * * * *



 翌朝、蓮は起床するとすぐに朝刊に目を通した。


「えーっと、“暴走族戴紅蓮(たいぐれん)が、暴走中に集団事故。死者2名重軽傷者7名”……いやいや、こんなのどうでもいい」


 ご近所で起きた事件ではあるが、優先すべきはそこではなかった。


 一面に片根貴金属店の強盗殺人事件が載っている。警察は既に気力(えねる)を犯人と特定していた。死体は深夜に発見されたようである。


 僅かに気力の背景も語られていた。無職で郊外に母親と同居。野良猫や野鳥を撃って、しばしば近所と(いさか)いを起こしていたようだ。


「警察頑張ってるな。夜通し調べて回ったのか」


 当事者の1人であるのに、他人事のように感想を漏らす蓮。

 なお、同居しているはずの母親とは連絡が取れていないとのことだった。


「“事故により被疑者死亡”か。自滅してくれたのが幸いしたな」


 死因は跳弾。発砲したのは気力本人。新聞を読む限り、被疑者死亡につき不起訴となるような書きぶりだった。


「詠さんが“後は任せておけ”って言ってたから何かしたのかな。いや、いくらプレコグでも警察にはなあ……」


 そもそもにして警察は外国人の犯罪、政治家の犯罪、そして被疑者死亡の犯罪には腰が重い。手柄にならないからだ。

 それとは別件で、刑事の1人が恣意(しい)的に「気力の自爆」に誘導している事実は蓮も知るところではない。


 当面安心かと、喉の小骨が外れた気分でいると。


「ひゃあああ?」


 2階から少女の悲鳴が響き渡った。


「おっと王様が起きたか。それにしても大げさだな。あ、この時代の文化に馴染みがないからか」


 独り合点する。


『あの正気を疑う光景を、“文化”や“馴染み”で片付ける気か、キサマ』


姿は見えないが、デカラビアの呆れ声だけがどこからか耳に届いた。





 覚醒したソロモン王の目に入ったのは、一面の壁だった。右も左も頭も足元も壁に囲まれている。頭上にも。


「と、閉じ込められた?」


 薄暗い中目を凝らすと、それらは壁でなく本棚だった。背の高い本棚なので、棚ではなく絶壁に見える。


「起きたかい?」


 コンコンとノックの音が聞こえてきた。昨日出会った、デカラビアの契約者の少年の声だった。


「なんですのこの、(キレク)の独房は」


 身じろぎするにも難しい上に、圧迫感がひどい。


「独房とは失敬な。こんな理想の部屋に。左の本棚に隙間があるよ」


 本棚を触れながら確かめると、確かに50センチほどの隙間が続いている。手探りで進んでも、頭をぶつけてしまう。


「どうしてこの部屋には灯火がありませんの?」


 抗議する。


「蛍光灯の紫外線で本が劣化する。本の維持に明かりは不要」


「生命の維持には必要ですわ。深海魚ではあるまいし」

 

 少女は身体を横にしてどうにか抜け出した。すぐにドアが見つかる。外に蓮が待機していた。どうやら本棚で埋め尽くされた部屋に、寝るスペースだけくり抜いたような構造だったらしい。


「はあ~。危うく呼吸の仕方を忘れるところでした」


 閉所恐怖症(クロストロフォビア)なら発狂しかねない空間からどうにか脱出して、思わず深呼吸する。


(ひつぎ)に放り込まれたのかと思いましたわ!」


「心外だ。この部屋には全てがあるじゃないか」


「徹頭徹尾、本と暗がりと圧迫感しかありませんでしたわ!」


 ここに至り、少女も蓮が変人と悟った。

  



 ソロモン王をリビングに連れてくる。


「良かった。ここは普通ですわね」


「“リビングに本を増やしたら、1冊につき1本骨を折るからな”と父親のお達しでね」


 真剣極まりない表情の父親を思い出す。


「ご家族の方は?」


 どの部屋も住んでいるのは本ばかりで、人の気配がしなかった。


「いまここに住んでるのは俺だけ。両親は隣のO県のマンションに住んでるよ」


 父親が転勤を仰せつかると、母親も「あっちの方が生活に便利だから」とついて行った。1年間限定の転勤なので蓮は転校するわけにもいかず、1人で居残ることになった。定期的に様子を見に帰ってくるが、本が増えてないかの監査が主な目的だろう。


「だから君を匿うことはできる。っと、朝ごはん食べられるかい?」


 トーストやサラダ、ソーセージを載せたトレイを差し出した。


「わあ、いただきます!」


 嬉しそうに袖をまくって食事を始めた。蓮は本棚から竹本健治著「匣の仲の失楽」を手にして読み始める。少女はひと口ソーセージを齧って驚いた。


「おいしい! ですがこの時代のお料理は、味が濃いのですね」


「あー、いろいろ化学調味料使ってるからかな」


 ソロモン王の時代にはないものだった。


――考えれば考えるほど奇妙な光景だよな。古代イスラエル王と食卓を囲むってのは。



 現実感が湧いてこない。


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― 新着の感想 ―
夜宴以来のファンです。今回も作り込んだ作品のようでわくわくします。デカラビアの出番がもっとほしいと思いましたいいキャラクターだとおもうので。
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