可部気力の後始末
深夜。複数の警官たちが狭い路地で忙しく立ち働いている。
「失礼。仮眠室で休息していたので遅くなってしまいました」
スーツを来た男が現場に足を踏み入れた。年齢は40代。物腰は丁寧で、理知的な印象が強い男性だった。
「伏木巡査部長、お疲れ様です」
鑑識課の若い男が挨拶した。伏木と呼ばれた男は遺体にしゃがみこみ、静かに両手を合わせる。瞑目が終わると、死体と、散らばった銃器を一瞥した。
「おやおや。被害者は武器商人でしたか?」
ハンドガンにマシンガンにガトリングガン。持ち運ぶには難儀な大きさであり、重量だった。
「銃器マニアってヤツじゃないですか?」
しかも死体は穴だらけである。
「いつからこの町は西部の無法街になったのでしょうかねえ」
公務中であっても冗談とも本気ともつかぬことを口走るので、同僚は陰で「ふせぎ」をもじって「ふしぎさん」と呼んでいた。
「さて、それは……でも、被害者とは限りませんよ」
若手は冗談を生真面目に受け止めつつ、親指で路上を指した。
「明らかな盗品を大量に抱えていました。どこかの店に、強盗でもかました直後じゃないですかね」
後で手分けして聞き込みをすることになるでしょうね、と付け加える。
「おやおや。手を合わせる甲斐がない方でしたか。それで、死因は?」
終始感情に波がない。嫌味なほど冷静な性格だった。
「医系技官 の見立てだと、銃を撃って、跳弾で死んだようだ、と。違法改造したガス銃は殺傷力がありますからね」
目印のプレートが置かれた地面を指さす。そこには血に濡れたBB弾が転がっていた。
「なるほど」
深く頷いた伏木は、コンクリートブロックに目を留めた。小さな穴が無数にある。
違法改造したガス銃ならば、人体を貫通する破壊力がある。だが、さすがにコンクリートブロックを撃ち抜くことは不可能である。
「ご老人の同輩の仕業でしょうか? どなたか分かりませんかねえ」
小さく囁く。
『知らぬよ』
素っ気ない声だけが返ってきた。姿は見えない。
『物体の強化、或いは弱体化。変質でも良い。この程度、堕天使の誰でもやってのけるわい。絞り切れるものかよ。道行く人間に“生きているか?”と訊いて回るようなものだて』
不機嫌と言うよりも投げやりな口調である。
「おやおや」
――「コンクリートは老朽化していた。強盗直後で過敏になっていた犯人は暗がりを人影と誤認、銃を乱射して跳弾で死亡」という方向に誘導した方が良さそうですねえ。
打算を働かせる。解決(立件)不可能な事件で同僚を疲弊させたくはなかった。
「こんな場所じゃあ、目撃者も映像も期待できないですね。また徹夜か……」
老人の声が聞こえていない同僚は、徒労に終わるであろう捜査を想像して溜め息を漏らす。
「おや、名取さんの班がいらっしゃいませんが?」
名取は交通課所属の同僚だが、規模の小さい神無署は、大きな事件が起こると全署員が駆り出される。
「別件で出動中です。かわいそうに名取班、2日徹夜ですよ」
かく言う職員も欠伸をかみ殺している。ひとたび事件が起きれば、「帰れず寝れず」が警察官の常態となる。
「最近この町、変ですよ。タガが外れてるっていうか」
――治安が西部劇の時代にまで逆行してますねえ。さて、この男を殺した方がいたとして。その方は保安官に足るでしょうかね?
「では他の班の方たちと方針を相談してきます」
伏木は現場を後にした。
『堕天使と契約しとる人間のくせに、何とも働き者じゃな』
老人の呆れたような声が投げかけられた。
* * * * *
翌朝、蓮は起床するとすぐに朝刊に目を通した。
「えーっと、“暴走族戴紅蓮が、暴走中に集団事故。死者2名重軽傷者7名”……いやいや、こんなのどうでもいい」
ご近所で起きた事件ではあるが、優先すべきはそこではなかった。
一面に片根貴金属店の強盗殺人事件が載っている。警察は既に気力を犯人と特定していた。死体は深夜に発見されたようである。
僅かに気力の背景も語られていた。無職で郊外に母親と同居。野良猫や野鳥を撃って、しばしば近所と諍いを起こしていたようだ。
「警察頑張ってるな。夜通し調べて回ったのか」
当事者の1人であるのに、他人事のように感想を漏らす蓮。
なお、同居しているはずの母親とは連絡が取れていないとのことだった。
「“事故により被疑者死亡”か。自滅してくれたのが幸いしたな」
死因は跳弾。発砲したのは気力本人。新聞を読む限り、被疑者死亡につき不起訴となるような書きぶりだった。
「詠さんが“後は任せておけ”って言ってたから何かしたのかな。いや、いくらプレコグでも警察にはなあ……」
そもそもにして警察は外国人の犯罪、政治家の犯罪、そして被疑者死亡の犯罪には腰が重い。手柄にならないからだ。
それとは別件で、刑事の1人が恣意的に「気力の自爆」に誘導している事実は蓮も知るところではない。
当面安心かと、喉の小骨が外れた気分でいると。
「ひゃあああ?」
2階から少女の悲鳴が響き渡った。
「おっと王様が起きたか。それにしても大げさだな。あ、この時代の文化に馴染みがないからか」
独り合点する。
『あの正気を疑う光景を、“文化”や“馴染み”で片付ける気か、キサマ』
姿は見えないが、デカラビアの呆れ声だけがどこからか耳に届いた。
覚醒したソロモン王の目に入ったのは、一面の壁だった。右も左も頭も足元も壁に囲まれている。頭上にも。
「と、閉じ込められた?」
薄暗い中目を凝らすと、それらは壁でなく本棚だった。背の高い本棚なので、棚ではなく絶壁に見える。
「起きたかい?」
コンコンとノックの音が聞こえてきた。昨日出会った、デカラビアの契約者の少年の声だった。
「なんですのこの、本の独房は」
身じろぎするにも難しい上に、圧迫感がひどい。
「独房とは失敬な。こんな理想の部屋に。左の本棚に隙間があるよ」
本棚を触れながら確かめると、確かに50センチほどの隙間が続いている。手探りで進んでも、頭をぶつけてしまう。
「どうしてこの部屋には灯火がありませんの?」
抗議する。
「蛍光灯の紫外線で本が劣化する。本の維持に明かりは不要」
「生命の維持には必要ですわ。深海魚ではあるまいし」
少女は身体を横にしてどうにか抜け出した。すぐにドアが見つかる。外に蓮が待機していた。どうやら本棚で埋め尽くされた部屋に、寝るスペースだけくり抜いたような構造だったらしい。
「はあ~。危うく呼吸の仕方を忘れるところでした」
閉所恐怖症なら発狂しかねない空間からどうにか脱出して、思わず深呼吸する。
「棺に放り込まれたのかと思いましたわ!」
「心外だ。この部屋には全てがあるじゃないか」
「徹頭徹尾、本と暗がりと圧迫感しかありませんでしたわ!」
ここに至り、少女も蓮が変人と悟った。
ソロモン王をリビングに連れてくる。
「良かった。ここは普通ですわね」
「“リビングに本を増やしたら、1冊につき1本骨を折るからな”と父親のお達しでね」
真剣極まりない表情の父親を思い出す。
「ご家族の方は?」
どの部屋も住んでいるのは本ばかりで、人の気配がしなかった。
「いまここに住んでるのは俺だけ。両親は隣のO県のマンションに住んでるよ」
父親が転勤を仰せつかると、母親も「あっちの方が生活に便利だから」とついて行った。1年間限定の転勤なので蓮は転校するわけにもいかず、1人で居残ることになった。定期的に様子を見に帰ってくるが、本が増えてないかの監査が主な目的だろう。
「だから君を匿うことはできる。っと、朝ごはん食べられるかい?」
トーストやサラダ、ソーセージを載せたトレイを差し出した。
「わあ、いただきます!」
嬉しそうに袖をまくって食事を始めた。蓮は本棚から竹本健治著「匣の仲の失楽」を手にして読み始める。少女はひと口ソーセージを齧って驚いた。
「おいしい! ですがこの時代のお料理は、味が濃いのですね」
「あー、いろいろ化学調味料使ってるからかな」
ソロモン王の時代にはないものだった。
――考えれば考えるほど奇妙な光景だよな。古代イスラエル王と食卓を囲むってのは。
現実感が湧いてこない。




