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王の名前を  作者: あまやどり
終章 堕天大戦
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王の名前を③


「戦場に於いて軍神とも崇められる貴方が、女子供を襲ってどうするのです」


 序列11位の堕天使エリゴール。別名アビゴル。戦術に優れた堕天使である。戦場に好んで召喚される堕天使であり、その力は戦術予測と、人心の掌握。同盟者や部下が裏切らなく、いや、裏切れなくなる。


『ナニ、王ガ来ラレタノデ余興ハ止メジャ』


 エリゴールは本来悪性と断ずるような邪悪な性根ではない。ソロモン王に恨みを抱いているわけでもなかった。だが、戦場に招待されれば喜んで馳せ参じる。戦う機会を逃すことはない。彼は戦場の主だった。


 腕を一振りすると、旗が握られていた。旗は正方形でなく、細長い長方形の形をしている。エリゴールの紋章と守護惑星である金星の紋章が描かれていた。


「それは、金星の戦旗!」


 イデアは息を呑む。エリゴール必殺の魔術具。


夜の蜘蛛ライラット・アカヴィシュ


 旗が伸び、イデアに襲い掛かる。


「それに捕まるわけにはまいりません!」


 伏せて避ける。旗が旋回して追い縋って来た。盾に飛び乗って上昇するも、旗は際限なく伸びる。しかも3つ、4つと枝分かれをし、イデアを包囲し始めた。

 金星の戦旗は無限に伸び、増殖することで、対象を捕獲する。黄金の盾を飛ばして本体を狙うが、蜘蛛の巣のように広がった旗で防がれてしまった。空を塞がれ、盾ごと絡め捕られてしまう。


「くっ……!」


 捕らえるだけの武器ではない。真価は別にあった。金星の戦旗は、対象の名前を告げることで相手を消滅させてしまう。強靭な肉体を持っていようが、強壮な意志を持っていようが抗うことはできない。

 魂すらも分解してしまう、まさに必殺の魔術具であった。


『金星ノ戦旗ニ実力デ手向カオウトハ、戦術眼マデモ(めし)イラレタカ』


 身動きできないイデアを見上げ、やや落胆した声をあげる。


滅ビヨ ソロモン王アーヴァド・スレイマン


 名を告げた。イデアは消滅し、塵一つ残らない、はずであった。

 だが旗は少女を滅ぼすどころか、スルスルと縮んでゆき、戒めまでも解いてしまった。


『ア、アリ得ヌ! 戦旗ガ……?」


 さしものエリゴールも混乱している。かつてこの必殺の戦旗で斃せぬものなど存在しなかった。

 エリゴールの失着ではない。彼の知らないところで、事態が動いていたのだから。


「……わたくしも、忘れておりましたわ」


 死を覚悟していた少女は静かに思い出す。この時代に来た翌日、蓮に言った言葉を。


――故に、わたくしはソロモンという名を捨てます。


「わたくしの名前は、イデアです」


 恐らく何を言っているのか理解できないままに。


「戦形・ゴリアテ」


 堕天使は盾の巨人に叩き潰された。





『ヨモヤ、戦旗ガ効カヌトハ……』


 頑強なエリゴールは、叩き潰され、平面のようになりながらもまだ生きていた。


「わたくしはソロモンの名を捨てました」


『ククク……』


 哄笑(こうしょう)ではない。


『大イナル神ニ与エラレシ“ソロモン(平和を満たすもの)”ノ名ヲ、古着ノヨウニ脱ギ捨テルコトナド、デキシマセヌ』


「ですが先生、わたくしは国を護れませんでした」


()ヲ護レバ宜シイ。捨テテモ運命カラハ逃レラレヌ。背負イナサレ』


 ソロモン王の名を捨てた。それは悪霊の追跡を逃れるという意味もあるにはあったが。国を滅ぼした事実から、目を背けたかったのだ。その弱さを、エリゴールは見抜いていた。


「――分かりました。もう一度、ソロモンの名を背負います。この名に懸けて、この地に平和をもたらすと誓いましょう」


 厳かに宣言する。


『カカカッ! ソレデ良イ。我ラガ相応シキ王ノ前途ニ祝福ヲ……』


 ソロモンは、消えてゆく師匠を見送った。



『ホホホ、見ぃつけた』


 上空から声が落ちてくる。浮かんでいるのは女性の堕天使。裸の成熟した女性であるのだが、腕は肩から先がない。

代わりに腕の形をした半透明な「何か」が、何本も宙を漂っている。


「クロセル!」


 序列49位の堕天使。別名クロケル。浮かんでいる透明の腕は水でできていた。水を意のままに支配することができる。だがそれは出宇多(いでうだ)の“逃げ水”のように、単に操るだけではない。


『この貴婦人(アツィーラ)から逃れる法などないわ』


 特技の一つが、地下水脈や大気中の水分を利用してのダウジングであった。探し人に最適であり、イデアにこの邂逅を避ける術はなかった。


 そもそもこの闘いは、ソロモン側に圧倒的に不利であった。戦力差もさることながら、戦略面にあっても。ソロモン王側は勝利するために王城を目指すしかない。悪霊側にしてみれば、城を中心に防衛すれば事足りることになる。城付近に強力な堕天使を複数配置しておけばよい。必然的に強敵との連戦、ということになる。

 だがそれはソロモンにとっても望むところだった。ここで戦えば、反対側から来ているであろう蓮への警戒が手薄になる。王として、陽動を買って出たつもりであった。


『そのような貧相なお体では冷えるでしょう。温めてやろうかえ』


 水の貴婦人が手をかざすと、煮え立つ熱湯が降り注いだ。ソロモンは横の教会に飛び込む。


『こそこそと。外見通り児戯が好きなようだえ』


 液体が滝のように教会を打つ。見る間に屋根や石壁が溶け始めた。


「硫酸……!」


 クロセルは水に限らず、液体ならば自在に生成できる。石灰岩系の石は炭酸カルシウムを多く含んでおり、硫酸と反応して溶解する。完全に溶けるよりも前に、教会は崩れ落ちた。


油酸(硫酸)で骨になるまで磨いてやろうかえ!』


 だが降り注ぐ硫酸の雨は、数十枚の黄金の盾に防がれた。


「わたくしの黄金の盾に硫酸など効きません」


 金は非常に安定した金属であり、酸に対して高い耐食性を有している。どうあっても盾の傘は溶かせなかった。


「無駄です」


 ソロモンは盾に飛び乗り、足元から噴き上がる間欠泉を躱す。無論、クロセルの仕業である。


「足元で沸き上がる魔力に気付かないほど耄碌(もうろく)しておりません」


 強大さ故か、堕天使は魔力の操作が大雑把であった。


『ホホ、ではこちらを試してみようかえ』


 直径3メートルほどの水の塊を創り出し、投げつける。黄金の盾に阻まれるが、盾の表面が僅かに溶けた。


「まあ」


 硫酸で金は溶けない。だが、高温の濃硫酸は金を溶かす作用がある。もっともそれは非常に微々たるもので、実用的には程遠い。表面を少々毛羽立たせる程度でしかなく、盾1枚さえも溶かしきれない。


『では、こちらはどうだえ?』


 次の水球は、盾をどろりと溶かした。クロセルの創り出した液体は王水。硝酸と塩酸の混合液である。強力な酸化力を持ち、金を溶解することができる。


――長期戦は不利。急戦しか……!


 クロセルは王水を無限に精製できる。まごまごしていたら、盾を全て失ってしまうかもしれない。



クロセルは地味に好きな堕天使です(/・ω・)/

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