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王の名前を  作者: あまやどり
終章 堕天大戦
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詠の視た未来

「ロレイに追撃されたとき、エンジンもコンピューターも腐食の圏内に入らざるを得なかったからな。どの道スクラップだ」


 詠は残念そうでなく、むしろ清々しささえ漂わせて言った。助手席のドアが開く。


「悪いが同道はここまでだ。さあ、行き給え」


 蓮を促した。


「え、ええ。詠さんは?」


「なに、いまので無理が出てしまってね」


 できるだけ余裕を見せるように言っているが、もう身体がほとんど動かない。ヴァレフォールは目につくものを片端から「盗んで」いった。詠の片目も消失してしまっていた。


「ここで休んでいるよ。運が良ければ助かるさ」


 車椅子をロヴィヤに入れるスペースが作れなかった。それでいいと思った。助かるなどとは、助かろうなどとは露ほども考えていない。恐らく。あと数分のうちに命の灯は消える。


「そんなバカな! 連れていきますよ」


 無理が押し寄せてきていた。もう指も思うように動かない。


「ソロモン王を救うのだろう? 一刻千金だぞ」


 蓮が運転席のドアを開けた。運転席から引っ張り出そうと手を差し出す。


「安全な場所を見つけますから、避難しておいてください」


 知らず知らず、詠は伸ばされた手を掴もうとした。瞬間、視界にビジョンが浮かぶ。

 それは、最期の予知だった。伸ばした手に最後の力を籠め、蓮を突き飛ばす。その身体を、飛来した円錐が貫いた。


「詠さん!」


 凶弾の主はハアゲンティだった。ハエトリグサを無理矢理に引き剥がし、最後に攻撃をしてきたのだ。牛の顔は大きく削り取られ、滝のように血が流れ落ちている。


『ひひ、勝ち逃げは……許さねーぞぉ?』


 言って、今度こそ倒れ伏した。



 致命傷だった。が、詠に痛みはない。


――ふむ。もう痛覚もないか。


 これは、彼女が幾度となく視た終着点。蓮が必死に血を止めようとしている。だが、胴体に拳よりも大きな穴が空いている。


――死は何度も視てきた。だから心穏やかに逝ける。


 詠の予知はここまでだった。死んだ先の未来に何が待っているのか分からない。蓮やソロモン王の去就も。



 蓮は、なす術がないと理解する。最後に何かを。

 泣く。喚く。語り掛ける。そのどれも選択しなかった。

 詠をしっかりと抱きしめる。


「ありがとう、親友」


 ただひとことを



 感覚を失ったはずの身体が、温かい。蓮の体温、心拍までもはっきり感じることができた。

 これが、彼女の夢見た最期。全ての感覚を取り戻し、大切な人の腕に抱かれて死ぬ。


「ああ……幸せだ……」


 満ち足りた笑みを浮かべ、磯蔵詠は生涯を閉じた。



 詠の相棒、毒蛇の堕天使ボディスは詠の頬をひと舐めし、そのまま姿を消した。

 

「…………行こう」


 蓮は短く言うと、歩き出す。デカラビアは振り返り、横たえた詠の亡骸を一瞥する。



『垣根を渡り切ったか』



 その亡骸に、小さな物体が近寄っている。


* * * * *


 玲はスクーターを飛ばす。


「イィーッヤッハーッ!」


 逃げ出そうとする人々の波に逆らって、災禍の中心を目指す。前方に甲冑を着込み、骨の馬に乗った怪物が居た。

玲に狙いを定める前に。


【東にいる人間を狙う】


 思考を書き換える。すると、堕天使は馬首を巡らせ、東に駆け出した。


「こ、この子だけは助け」


 叫び事と悲鳴が上がる。その隙に、空いた道をバイクで突っ切った。


「ありゃ、子持ちだったワケ。はーコラテラルコラテラル」


 ウァラクに戦う力は一切ない。こうやって他者に犠牲を押し付けることで、順調にコマを進めていた。だが無傷とまではいかない。目を押さえる。真っ赤に充血していた。


「ちょーっとキツいワケ」


 堕天使の心を書き換えることは、目に多大な負担を強いていた。


「でもジュンチョージュンチョー。あの中心にお宝はある!」


* * * * *


 イデアが辻を曲がったときに見たものは。


「こ、この子だけは助け」


 甲冑の堕天使が、親子に槍を振り下ろそうとしている場面であった。


「エリゴール! 事もあろうに!」


 そして、イデアが遭遇を避けたかった堕天使の1柱だった。エリゴールは(かつ)てソロモン王に軍学を教授していたこともある、いわば師弟の関係でもある。


『ヌ……! 貴方ハ!』


 イデアの姿を認め、エリゴールは槍を止めた。玲の暗示が解けたからでもある。


「速く逃げなさい!」


 母親は子どもを抱いて逃げ出す。


『カカカッ! コレヤ果報! 一番ノ当テ所(目的)ニ、コレホド早クオ目ニカカレルトハ!』


 イデアもこうなることを承知していた。命を的に晒すことで、親子を守ることを選んだ。少女もまた、王の器である。


――悲観主義者のレンではないですが、遺書を残しておくべきでしたわね。


 力押しが通じない相手。イデアとは相性が決定的に悪い。 死線の予感がした。


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