盗みの神
「策がはある。だが、まずはこの攻勢を凌がねば……」
詠の言葉に、蓮は頷いた。
「牛はどうにかする。ロレイの方を頼むぞ、デカラビア」
『ガンジョーだな!』
ルーフにとりついたハアゲンティが円錐を咥える。ハアゲンティが生み出した金属は、体外に出ると瞬く間に朽ちてしまう。だがハアゲンティが直接手にして使えば、何物よりも硬く鋭い武器となる。
円錐を運転席に突き込もうとする直前。サンルーフが開き、蓮が身を乗り出した。ハアゲンティに触れ合うほどの距離。
「敵対者ロケル!」
巨躯の眼前に魔方陣が展開される。ロケルは視線が届くならどこにでも設置できる。これまでは当たり前のように目の前に作っていたのは、蓮の思い込みだった。
スマホのライトをつける。増幅された大光量がハアゲンティの目を襲った。
『ぎゃあ! 目が!』
牛は聴覚が優れているが、視力は弱い。遠視であり、強い光を苦手とした。牛と同様の性質を持つハアゲンティも、光の奇襲に思わず体勢を崩した。壁を這いあがってくる骨百足を見据える。
「デカラビア! “解放!”」
出宇多や伏木、辰串がそうであったように。契約者は殺した人間の魔力を奪う。それこそが堕天使たちが人間を悪の道に誘う理由である。その魔力で以て、アティルト界の創造や実体化を可能にする。ハルファスやフォルネウスが、契約者や殺害した人間から魔力を奪ってアティルト界で実体化した如く。
蓮はこれまで、多くの契約者や堕天使と出会い、戦った。その契約者たちの魔力は着実に、デカラビアに蓄積されていたのだ。
『ふぅおおお! 余・顕現!』
デカラビアは車外に飛び出し、実体化する。ピンク色の発色が毒々しい。単眼に膨大な魔力が集中する。
『くたばるのである化け物! スターフィッシュ・レィッザァァァー!』
極太の光線を発射する。ロレイの顔面に的中し、粉々に吹き飛ばした。
「おお、一撃か。やるな、デカラビア様」
『どぉーだ愚民ども! 余の69位は不当評価であると証明されたであろう!』
意気天を衝くデカラビア。
「しかしなんてひどい名称だ。そこは破壊光線とかじゃないのかよ。まあ効果が変わらないならいいけど」
デカラビアは出自が不明なことと、能力が魔力に全振りされていることで序列が低い。その分、魔力の強大さは他の追随を許さなかった。
* * * * *
「随分距離を稼ぐことができたが、平和なドライブはここまでのようだな、親友」
「これまでが平和なドライブかよ」
ロレイは粉砕したが、ハアゲンティが執念深く追い縋って来た。更に、正面には奇怪なロバが待ち受けていた。ロバの頭部にライオンの胴体。
「派手に移動してるし、城の近くの方が堕天使が多くなるか。でもこのスピードだ。あのロバは振り切れるんじゃ……」
だがロバに接近した途端、ロヴィヤは亀のように歩みが遅くなる。
「詠さん?」
「これでもアクセル目一杯だ」
無論、詠がわざわざ敵の直前で減速するような真似はするはずがない。
『アレは序列6位、ヴァレフォールであるな。ヤツの異名は“盗みの王”。盗賊どもに信仰されておる。この車の速度を“盗まれた”であるな』
「そんなものまで盗めるのか?」
序列上位ともなれば、常識は通用しないことを思い知る。
『ちなみに趣味は雑用である』
「序列6位のくせに。デカラビアさっきの極太レーザーで薙ぎ払ってくれ」
『ガス欠である。あとはもうもうスッカスカのレーザーしか出せんのである』
あっさり断言した。以前のサメ映画のアティルト界でも同様のことがあった。
「燃費悪いなこの野郎! スポーツカーか!」
『ヒーホー!』
ロバが叫ぶとロヴィヤの前輪タイヤが1つ、消失した。またもや盗まれた。
「油圧と窒素ガスで車を水平に保つ最新のサスペンションだ。3輪でも走行できないことはないが……」
詠が渋い顔をする。
――考えろ。序列6位だろうが、ここじゃ限られた魔力しかないはずだ。なんでも盗めるなら、俺や詠さんの頭でも盗めば一発のはずだ。
助手席側のドアが消える。どうやらロバの堕天使は車の構造が分かっていないようで、目につく端から消しているように思えた。
速度、タイヤ、ドアときて、自分たちは無事であることを鑑みる。
「姿が完全に見えてるものでないと盗めないのか?」
ガラスには薄いスモークが張ってある。堕天使の側からでは2人の姿は確りと見えていないはずだった。
『ご名答である。キサマが軽率に迎え撃とうと飛び出しておったなら、直後に心の臓が“盗まれておった”ところである』
安易に車を飛び出さないで良かった、と心底安堵する。
『ヒーホー!』
ロバがいななくと、一瞬で距離が詰められた。
『クルマとの距離を盗まれたな』
ヴァレフォールが口を開けた。耳元まで裂けた口は、食虫花のハエトリグサを連想させる。フロントガラスに吸いつくと、苦も無く噛み砕いた。遮蔽なしで詠の顔を覗き込む。
『アレで直接命を吸収するつもりだろう』
報酬無しにデカラビアが喋っているのは、ここも生死を分かつ場面であるからだった。
「このピンチを凌ぐには、姿を見せずに、つまり車の中でどうにかしろってことか! ハアゲンティも迫ってきてるってのに」
「いや。デカラビア様に頼みがある」
ハアゲンティが猛然と突進してくる。
『レイッザァー!』
デカラビアが窓から顔を出し、レーザーを見舞う。だが、デカラビアの登場はハアゲンティも目撃している。
『久しぶりだなあヒトデのバケモン!』
機敏なハアゲンティは、直線的なレーザーを苦もなくかわした。前に避けることが不可能な以上、減速して横に避けることになる。つまり、動きが鈍重になる。
「かかった」
詠が鉤付きロープを発射し、前脚に絡みついた。アクセルをふかしてハンドルを大きく切る。
『おお?』
重量こそあるが、平衡を崩し空を飛んでいるハアゲンティは引っ張られた。強引に振り回される。
『おいおいサーカスかよ?』
が、堕天使がその程度で仕留められるはずがない。まだ余裕があり、現に口は必殺の円錐を放していない。ヴァレフォールものっそりと近寄る。サイドミラーが、ボンネットが次々に消えてゆく。
「ならばもう少々デュエットを楽しんでもらおうか!」
スピンターンを決める。遠心力で振り回された先には、大口を開けたロバの姿があった。
実はヴァレフォールは、「盗み」を行っている間、身動きが極端に制限されるという欠点があった。
ハアゲンティとヴァレフォールが激突した。咥えた必殺の円錐が、ヴァレフォールの頭部を砕く。同時にハエトリグサの大口は、しっかりと牛の頭部に噛みついた。
「た、倒せた。相打ちか、最高の結果だ」
が、同時にロヴィヤも停止する。ハアゲンティの猛攻とヴァレフォールの魔術で、車体が限界を迎えていた。
ロバの鳴き声はイスラエル圏では「ヒーホー」です。ネタではありません(/・ω・)/




