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王の名前を  作者: あまやどり
第二章 古代王かく語りき
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主語の欠けた呼びかけ

2章開始です。会話成分多め。

「――ってことで、気力(えねる)は自滅しました」


《そうか、ご苦労様》


 雇い主である磯蔵詠(いそくら・よみ)に報告を入れる。


《後はこちらでどうにかしておくので安心してくれ給え。ところで、本当に迎えの車はいらないのかね?》


 断らざるを得ない事情が、蓮の背中で寝息を立てていた。


「ええ、ちょっと用事を思い出したので……」


 苦しい言い訳が続く。未来予知(プレコグ)相手にどれだけ誤魔化せているのか、当人も自信がなかった。


『話して協力を取り付ければよいのではないか? ともあれかくもあれ、移動時間の節約になるであるぞ。RPGで移動呪文は必須である』


 通話を終えてスマホを渡すと、デカラビアはレトロゲームをプレイし始めた。


「それは事情を聞いてからだ。あと人生はRPGじゃないぞ。非対称型対戦サバイバルホラーだ」


 詠はボディスの契約者であるが、身体的には虚弱である。現状、唯一の協力者を軽々に危険に近づけたくはない。



 タクシーを捕まえたいところだが、可部気力(かべ・えねる)の死体は早晩見つかる。運転手に顔を憶えられるわけにはいかなかった。未成年と外国人少女の組み合わせはいかにも目立つ。


「背負ってると本が読めないのが難点だな。どうにかして読む方法はないものか。黒死館殺人事件、まだ2回しか読めてないんだ」


『キサマのも一種の堕落であるな』


 堕天使に呆れられる。


「で、だ。ソロモン王って古代イスラエルの王様だろ? こんな小さい子だって知らないんだけど?」


 蓮がインターネットのどこかで見た画像では、美髯(びぜん)を蓄えた老人の姿だった。


『うむ、この小生意気なクソガキこそが、余が敬愛してやまぬという噂だけはあるソロモン王その人であるぞ』


 言葉の端々に棘がある。


「ホントに敬愛してる人には決して使わない単語があったんだが」



 古代イスラエル第3代(ケテル)ソロモン。ときに賢人の代名詞として用いられる。比類なき魔術師であり、エメラルドの翼を持つ大天使ミカエルより堕天使を使役できる指輪、通称“ソロモンの指輪”を授かる。王はこの指輪で72柱の堕天使を使役し、様々な逸話を遺した。


 また、内政に力を注いだ王でもあり、官僚制度を整えた。在位の間、王国は殷賑(いんしん)を極めることとなる。



――つまり、現在神無(かんな)市に居座る堕天使たちの支配者ってことだ。



 嫌でも気を引き締めざるを得ない。支配者という割には反抗的なデカラビアの態度が気にかかったが。


「……温かい」


 背負っていた少女が目を覚ました。


「これからどこに?」


 少女は衰弱していた。立つことも難しいほどに。


「ひとまず俺の家に連れて行く。安全だよ」


 安心させるように、言葉を選びながら説明する。


「俺はデカラビアの契約者だ。関係者に片足を突っ込んでるから、悪人に渡したりしない。背中で寝てるといい」


『ふん』


 デカラビアが姿を投影する。これが何よりの証明になる。


「わかりました。ですが近状を把握できていません。少々回復しましたので、この時代について教えてください」


 言うが、声はかすれて気息奄々(きそくえんえん)としていることに変わりない。

 だが、確認しなければならないことが目白押しである以上、相手の「回復した」に甘えることにした。まず、現在が2025年、現在地が日本であることを説明する。


「西暦? 2000年も……」


 少女は時の流れに絶句する。


「あのヒトデからソロモン王本人だってことは聞いたんだけど。俺の知識と食い違い過ぎる」


 説明を求めると、少女が自分のことを話し始めた。


「わたくしは魔術の素養がありましたから、11歳の(みぎり)に、堕天使フォラスの召喚に成功したのです」


 どうやら、イスラエル神殿の建築や、ソロモンの指輪を授かる以前の出来事らしい。


「ふんふん」


 序列31位の堕天使フォラスは、黄金と宝石で形作られた巨人の姿を持つ。召喚者に聡明さや長命を授けてくれるというが、魔術や性格などを記した文献は未だ発見されていない。


「当時病に苦しんでいたわたくしは、フォラスに“健康な身体を”と願ったのです」


「ああ、気持ちは分かるなあ」


 蓮も小学生時代、アレルギーに苦しめられた経験があった。


「そうしたら、歳を取らない身体になって、ついでに成長も止まってしまいました」


「ええー」


 願いの叶え方は堕天使の裁量に委ねられる。


「まったくもって人生の痛恨事でしたわ。虫歯は治ったのですけれど」


 悔しそうに言う。


「病って虫歯かよ! 共感して損した」


()雇用主がアホなのである。フォラスなど、ロクな文献もなかったであろうに。迂闊(うかつ)に手を出すのが悪い』


 デカラビアの物言いはどこか刺々(とげとげ)しい。


「結果論を振りかざして非難される謂れはありませんわ」


『結果論でなくば、でたとこ勝負であるな』


 不毛な舌戦が展開される。少女を背負っていなければ耳を塞ぎたいところだった。


――これで偽物の可能性は消えたな。だが、元、雇用主?


「動機はともかく、外見は納得した。が、女性で、しかもそんなナリで、王様って務まるのか? 周囲の反対とかなかったのか?」


「いえ、わたくしは生まれてすぐ、“王の器である”と神託が下されたので。父のダビデ王は迷いませんでした」


「ふうん、そんなもんか」


 聞いたはいいものの、時代が違い過ぎて蓮には想像もできない。


「それに、あのとき王室は神罰を下された直後だったので、神の不興を買うことを避けたかったのでしょう。不都合はありませんでしたわ」


「?」


 前後の関係が分からない言葉だったが、話を先に進めたいので置いておくことにする。


「いつまでも可憐な美少女であるわたくしを軽視して、異母兄たちは根強く反発するようになりましたけれど」


「がっつり不都合でてるじゃないか」


 ソロモン王の兄弟外戚たちは、ことあるごとに反抗した。王位に就く前後ではついに、血を血で洗う戦争に発展する。



 この辺りで、少女の反応が徐々に鈍くなってくる。


「失念していました。貴方のお名前は?」


 瞼が下がってくる中で、最後に少女が訊ねる。


居須磨蓮(いすま・れん)だ」


 名前を聞いて、口元をほころばせる。


素晴らしい(エーシュア)。とても良い名前ですわね」


 名前1つでなぜこうまで喜ばれるのか、蓮には露も分からない。占星術において、ときに名前は星の配列以上の加護をもたらすことがある。


「それで、堕天使のことだけど……」


 言い差したが、寝息を聞いて止める。


「寝ちゃったか。余程疲れてたんだな」


 疲労が限界にきたらしい。無理もないと思えるほど、少女の登場の仕方は異常だった。起こすのはやめておくことにする。



 蓮は自分が引き返せない非日常に踏み込みつつあることを肌で実感していた。少女を背負いなおす。帰宅まであと約1キロメートル。


「しかし、あの声」


 ソロモン王が現れたときの、荘厳な声を思い出す。声の主は、


【救いなさい】


と言った。声ではなく、その言葉に違和感を抱いた。


「主語がなかった。普通に考えれば“ソロモン王を救いなさい”だが……なんか引っかかる」


 疑念がまるで(おり)のように頭に沈殿する。だが答え合わせをすることもできない。



「軽い気持ちで引き受けた依頼なのに、とんでもない“拾いもの”をしちゃったな。200万円の報酬に飛びついた2時間前の自分を、助走つけて蹴りつけたい気分だ」




 その後ろを、一匹の黒猫がつけていることに蓮は気づいていない。


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