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王の名前を  作者: あまやどり
終章 堕天大戦
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王の資格

「不公平にもほどがある。スポーツの試合だったら暴動が起きてるところだ」


 蓮はハルファスとフォルネウスのアティルト界から生還を果たした。だがそれは、一対一で、相手もゲームを楽しんでいた、という状況下でのことである。


『救いは、敵が指輪を完全には支配下に置いておらんことであるな。堕天使に与えた魔力も少ない』


 さしもの堕天使も、十全な力は奮えないようだ。イポスも、「ソロモンの小さな鍵(レメゲドン)」にあるような雄大さ、猛々しさが不足していた。


「だから魔力を蓄えるために人間を襲ってるのか……そうか」


 今までのアティルト界は、他の人間は招かれなかった。単純に邪魔だったからだろう。だが今回、生徒も住民も全員引き込まれている。恐らくは数万人。


「現代の人間をアティルト界に残したのは、堕天使たちが魔力を確保するための()か!」



『古来より神事に生贄はつきものである。そして、神事は大約2度行われる』


 蓮も聞いたことがあった。日本然り海外然り、祭礼は2度行わなければ災いに見舞われる、といった戒律が多くある。


『1度目は古代イスラエル王国(神の国)で。そして』


「2度目はこの神無市(神の国)で、か」 


 蓮は運動靴に履き替えた。


「なんにせよ、早くイデアと合流しなきゃな」


 イポスに嚙み殺された白谷の死体をちらりと見る。


「短い縁だったね」


 目指す校門には、暴れるイポス。観察すれば、タテガミはそこらの看板が裁断されたもの。鉤爪はボルトや釘のより合わさったもの。


「よく見れば、貧相なブリキのオモチャじゃないか」


 ハルファスのクロスボウを装着する。矢を構えた。


『あの赤い矢は使わんのであるか?』


 蓮が装填したのは普通の矢である。


「こんなところで切り札を使ってたまるか。――敵対者ロケル」


 魔方陣を前方に展開すると、射った。矢の速度、硬度を10倍に増幅する。

 イポスが蓮の敵意に気付くのと、鋼鉄の頭部が貫かれたのは同時であった。


『グ、オ、オ……』


 身体が崩壊し、鉄屑の山だけが残った。追い回されていた生徒たちは、突然に生命の危機から解放されてぽかんとしている。


「さ、余計な道草食った。誰かの自転車でもパクろう」


 何事もなかったかのように行動を再開する蓮。



――変わったであるな、コヤツも。


 以前の蓮であれば、級友など見捨てて飛び出していったことだろう。出宇多や白谷などと多少なりとも関わり合い、そして死に接することで、考え方・生き方が変わってきたように感じる。

 生命体としては無駄な感情であり行動。日々利益を追い、生活に追われる人間にとって無益どころか損に値する。

 だがそれを賢人や堕天使は「王の器」と呼んだ。


 蓮の興味は、狭く広い本の世界を飛び出しかけていた。



『ならばキサマに、契約者として1つ教えておいてやる』



* * * * *


 来るべき時が来た。蓮から手渡された通信装置――それがコドモケータイだという事実は、蓮は黙っていたが――は使用できなくなっていた。独力でどうにかするしかない。


「わたくしが蓮の元へ赴くのは悪手ですわね」


 こういった事態に備え、学校の場所は聞いている。だが不運なことに、王宮は自宅と学校のほぼ中間にあった。わざわざ一旦王宮を迂回して蓮と合流、しかる後に突撃、という手順はいかにもナンセンスである。


「蓮もそう考えて、単独で王宮を目指すはず」


 イデアは蓮の判断の良さを認めていた。


「それに……」


 どうやらこのアティルト界、あちら側についた堕天使が闊歩(かっぽ)しているようだ。彼らの標的は、言うまでもなくソロモン王ことイデアにある。自分が堕天使たちの耳目を引き付ければ、その分蓮が動きやすくなる。


『来るべき時が来たにゃ』


 日干しレンガの家へと変貌した居須磨家から、黒猫バエルが出てきた。


『悪霊が“自分こそがカアナンの王である、従え”と言ってきたにゃ』


「悪霊の王が……?」


『応じなかったがな、血筋は兎も角、あの者もまた“カアナンの王”ではない』


 気になる言い回しをする。


「……バエル、わたくしと契約なさい」


 期待もせず、口にする。もう何度、この言葉を口にしただろう。


『断る。汝はカアナンの王ではにゃい』


 そして、口にしたのと同じ回数拒絶された。最後になるかもしれないであろう言葉だったが、イデアは顔色を変えない。


「構いません。わたくしが死んでも、蓮の援護になればいい」


 何を以てカアナンの王とするか。バエルは終に教えてくれなかった。それは答えが難解なものではなく、触れれば届くような、前髪の先にあることを意味する。

 だがイデアは届かなかった。それだけだ。


『……』


「オル・フレヴネ」


 黄金の盾に飛び乗った。飛び去ってゆく盾とかつての主を見て、黒猫が呟く。


『……その考えが、既にカアナンの王ではないのだ』



* * * * *


 自転車を吟味していると、見覚えのない黒い車が校門から飛び込んできた。運転席側のウインドウが開く。


「足が必要か? 親友」


 そこにいたのは、なんとライダースーツに身を包んだ磯蔵詠(いそくら・よみ)だった。


 黒い車は、シルエットこそジャガーに似ていたがあちこちに改造が施されている。


「ものすごく良いタイミングで来てくれたな」


 助手席に乗り込んだ。後部座席はなく、機械類で埋められている。詠の膝の上には、いつも通りボディスが寝そべっていた。


「視たからな」


 この事態も未来予知(プレコグ)で予知していたようだ。


「運転できるんですか?」


 詠の足は通常、電動車椅子が担っている。


「特注、と言うより、ほぼゼロから組み上げた。手だけで操縦できるように改造してある」


 おそらくは、この時のために。


「いや、それもだけど運転免許は……」


「古代イスラエルに無粋なものを持ち込むな」


 詠は事態をよく把握していた。蓮が気にしたのは道交法でなく同乗者の身の安全だったが。


「固いことを言うな。他にも愉快な機構が目白押しだぞ」


「愉快じゃなくていいから、マジメな機構にしてくれ」


 シーベルトは4点式シートベルト。安全性を重視した、ラリーなどで使われる拘束の強い種類だった。


「最初で最後の試乗会だ。親友、どこに行きたい?」


 問われて、逸る気持ちを抑えて頭を巡らす。家に駆け付け、狙われるだろうイデアと合流したい。切り札である彼女を失うわけにはいかない。

 だが、彼女の性格ならばどうするだろうか。蓮は決心した。


「あの、中心の城を目指してください」


「王の安否を確認しなくても良いのかね?」


 質問に、強く頷く。


「イデアの性格なら、同じところで助けを待っていたりしません。敵の本拠地に乗り込む」


 いままで付き合ってきた確信。彼女は結論を優先する。ここぞというとき、遠回りをしない。


「城の前で合流すればいい」


「了解だ。飛ばすよ、お客さん」

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