トバルカイン
天空を埋め尽くす威容に蓮も絶句する。
「わたくしを加えた|501《ハメシュ・メオット・ヴェ・エハッド・マギノット》の盾。これがわたくしの黄金兵団」
こと魔術戦に於いて、ソロモン王は常勝無敗。
『望むところよ!』
アスモデウスの周囲に、黒い渦が現れる。
『星回り:7宮!』
ドラゴンが、羊が、ガチョウが、渦から一斉に頭を出す。
「戦形・フェニキア」
500枚の盾が組み合わさり、砦となる。頭突きを、炎の息を、盾が食い止めた。
「戦形・ナタン」
イデアが一言命令を下すと、盾が絡み合い、巨大な槍を形作った。槍は轟音を立てて飛来し、受け止めようとした羊の頭を10、20まとめて消し飛ばした。
竜の吐息を、盾に飛び乗って躱す。
「……すごい」
蓮は言葉もなかった。500の黄金盾が、魔力によって一糸乱れぬ動きをしている。重い黄金の塊を魔力で浮かせていることだけでも驚嘆に値するが、更に魔力で覆うことで破壊力、耐久力も桁違いになっている。
『単なるクソガキに、神が指輪など授けないのである』
なぜか自慢げなデカラビア。珍しく、ゲームをしていない。
「てっきり、イスラエル神殿を建築した手柄に貰ったものだと」
『“お駄賃”で、幼児に拳銃を与える親がおるか? ソロモン王はまず間違いなく、人類史で最も卓越した魔術の使い手である』
このとき、デカラビアが絶妙な言い回しをしたことに蓮は気づかなかった。
『では満身でゆくぞ! 星回り:12宮!』
12の黒い渦が招聘される。いよいよアスモデウスが全力を投入した。ソロモン王も迎え撃つために、とっておきを披露する。
「戦形・ゴリアテ!」
盾が組み合わさり、巨人の姿を形作った。
「……魔界か、ここは」
蓮は呟いた。
黒渦から12の部位が襲い掛かる。その黒渦が12。都合144の間断なき連撃が、黄金巨人を砕く。いや、砕けたように見えたのは、組みあがっていた盾が一時的に分離しただけだった。すぐに集まり、黒渦の群れを閉じ込めるように再び人型を為す。
「わたくしの魔力で満たした盾の檻、容易く脱出できませんわよ?」
黄金は魔力の遮断にも優れる金属。その力で黒渦を潰して消滅させた。急遽黒渦を隔離され、アスモデウスは無防備になる。
『囀るでないぞ不帰の王!』
体躯の巨きに過ぎるゴリアテを躱し、後方へ跳躍した。
新たに生み出した12の黒い渦が集結し、1つの巨大な渦と為す。
『星回り:蛇遣い座!』
黒い大渦を噛み破り、紅い竜が這い出た。アスモデウスの分体であり切り札。巨躯ではゴリアテに勝るとも劣らない。アスモデウスは赤竜の背に飛び乗った。
『終章とゆこうか。ゆけ、トバルカイン!』
ゴリアテは盾で象られた拳を振り下ろす。ドラゴンはその拳に噛みついた。牙が食いこむ。
『嚙み砕いてくれる!』
だが、巨人の拳は止まらなかった。
「わたくしはもう王ではありません。ですが王ではなくかつての契約者として、この世界に送り込んだ者として、貴方を止めてみせます!」
黄金の拳はドラゴンの口内に突き刺さり、そのまま胴体から尻尾まで真っ二つに打ち砕いた。
『御美事』
賛辞を残し、アスモデウスは叩き伏せられた。
『久々に全力を出した』
大の字に横たわる老人。憑き物が落ちたように、晴れやかだった。
「嘘を仰らないで。アティルト界の限られた魔力量だから勝てただけですわ」
老人の側にしゃがみ、優しい目を向ける王。
「次は正式に召喚してみせます。扱き使って差し上げますわ」
『やはり貴女は素晴らしい。ですが、“王の自覚”を取り戻せておりませんな』
意味深なことを言った。イデアも困惑した表情をしていたが、老人は言葉を接がず、伏木を見る。
『達観するのは早いわ、若造。せめて今の80倍生きてから結論を出してみせい』
砂漠のアティルト界が消失してゆく。元の公園の姿を取り戻したとき、伏木京の姿はどこにもなかった。
「アスモデウスは、契約者の意向に反して、魔力を僅かに残してやっていたのでしょう」
「それで伏木さんは死ぬまではいかず、逃げた」
伏木京は警察には戻らなかった。そのまま姿を消し、消息不明となる。現職警察官の行方不明事件はしばらく世を騒がせたが、発見されるには至らず。世を儚んで死んだか、どことも知れぬ夜に生きているのか、不明である。
次回から終章開始です。




