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王の名前を  作者: あまやどり
第八章 賢王対最古の王
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黄金兵団

 翌朝。四者は近所の公園で相対した。


「5時はちょっと早すぎないか?」


 蓮が不服を言う。


「すみませんねえ相棒が待ちきれなくって。それに、戸籍のない“王様”を連れ歩くのに都合のいい時間帯かと」


 近所に目撃される恐れは少ない方が良い。伏木の弁に納得するしかない。


『おう、昔を思い出すことだ』


 アスモデウスが喜色を浮かべたのは、イデアの服装を見たからだった。黄と黒に塗り分けられた(こしらえ)は、ソロモン王の正装であった。この世界に来たときに纏ていたものである。


「参りなさい」


『ソロモン王の威名を返上しておき(なが)ら。まあ良い。それなりに本気と言うことであろうからの』


 これで名前さえ戻しておればな、と呟いた。



「では、どうぞ」


『……うむ』


 アスモデウスが手をかざすと、伏木の身体から魔力が急激に抜き取られた。ぐらりと膝をつく。


『この勝負を見届けるだけの分は残してやる』


「おや、人情家ですねえ」


 伏木は起き上がる力もないのか、そのまま座り込んでしまった。今回はアスモデウスとイデアの「決闘」。蓮も伏木も観客でしかない。


『では、アティルト界を展開するとしよう』


 言うや否や、赤い大波が立ち上がる。一瞬のうちに四方を洗い流した。街並みも緑も姿を消す。


 一面は砂漠へと変じていた。夕暮れの砂漠。傾いた陽に、砂漠は赤く照らされている。


「まあ。ゲネヴ砂漠を思い出しますわね」


 眩しそうに手で陽を遮る。


『あの男、なかなか味な物を造りおるではないか』


 アスモデウスも気に入ったらしい。


「これはきっと、辰串夕五(たつぐし・ゆうご)さんの世界ですねえ」


 砂漠に座り込んで伏木が言う。


「あの死刑囚の? へえ」


 蓮は意外の感に囚われる。寂寞とした大地。乾いた風。砂漠に沈み込むように、何か動物の骨が埋もれている。


「赤い砂漠か。今までのアティルト界よりも、何て言うか、調和してる感じがするなあ。死刑囚の世界なのに」


 銃で作られた街や、B級サメ映画の世界などに比べれば、随分真面(まとも)な世界に思えた。そこにデカラビアが現れる。


『そうであるか? 昼の暑さ。夜の寒さ。この上なく過酷で苛烈な世界に思えるであるぞ』


「おやおや、初めまして。先日姿だけは拝見しましたが」


 伏木が呑気に挨拶をする。


『殊勝であるな。初めましてである』


 頭を折って挨拶を返す。


「そうか、砂漠って一部では死とか地獄の象徴か」


『加えて、草木も生えぬ不毛の世界でもある』


 暴力の世界を1人で生きてきた辰串。


「時間は凡そ17時。昼と夜。灼熱と氷点下の端境(はざかい)でしょうか」


 陽の高さから伏木が推測する。


「案外、辰串さんはこのような束の間の平穏を求めていたのかもしれませんねえ」


 今となっては、推測の答え合わせは不可能になってしまったが。



『では参るとしよう』


 老人の周囲に、サッカーボールほどの黒い渦が現れる。


星回り(アセンダント)巨蟹宮(サルターン)


 渦から蟹のハサミが顕れ、突き出される。


「オル・フレヴネ」


 イデアは黄金の盾を2枚喚び出し、ハサミの突き込みを防いだ。


『ふむ。余程魔力(ケセム)闕如(けつじょ)しているとみえる』


 アスモデウスはつまらなさそうに言う。その言葉に、蓮はデカラビアの言葉を思い出す。


――そういえば、デカラビアも前に“盾の数が少ない”とか言ってたな。魔力が足りなくて、全力が出せないのか。


 本来の序列1位相手に、あまりにも無謀な勝負だった。


「その魔力が枯渇してる人間に負けたら、もはや“最古の王”を名乗れませんわね?」


『抜かしおる!』


 イデアの挑発に老人は笑みを浮かべた。イデアが腕を振るうと、盾の1枚が円盤のように放たれる。


『星回り:3宮(シャローシュ)


 迎撃のために黒渦を展開させたところで、イデアは思わぬ行動に出た。盾に乗り、アスモデウスに吶喊(とっかん)したのだ。


「おや?」

「ええ?」


 観客たちも驚く。魔術師が接近戦を挑むなど予想もしなかった。


「まさか、ダビデ王仕込みの格闘術とやらで戦うつもりじゃないよな?」


 堕天使相手では話にならないとイデア本人が言っていた。

1枚の目の盾を叩き落すうちに、距離を詰める。


「勝負ですわ!」


 降りかかるドラゴンの尾、蛇の牙を盾でいなして肉薄する。懐に入ったところで動きが止まった。老人の身体に、黒い渦が現れている。


『どうした? 体内に渦を出すことはできんとでも思っておったのか?』


 至近距離で振るわれる鵞鳥(ガチョウ)の脚が、腹部をかすめた。


『なに?』


 だが、手傷を負わせた方が怪訝な表情になる。今の一撃、距離を取れば無傷で回避することもできたはずである。にも関わらず、イデアは敢えて踏み込んだ。傷を負ってまで。


「回避に専念していては、接触できませんから」


 イデアは後ろ手にし、隠していたものを老人の手首に叩きつけた。


『何を企んだか知らぬが、こんな原始的な暴力が堕天使に通用するとでも思っておるのか?』


 老人に傷はない。だが叩きつけられたのは、そもそも打撃で痛みを与えるのが目的の物ではなかった。

 鉄の輪が、老人の細い手首に巻きついている。


「おやまあ」


 先に反応したのは、職務上それを見慣れている伏木だった。盗られたことに昨日気付いたが、どうでもよくなって放っておいたものだ。


「現世で衛兵隊(ミシュマール)が使う、手錠ですわ」


『ふむ、それで?』


 意図が分からず眉を傾げる。無論、暴徒と違い手錠1つで鎮圧できる堕天使ではない。


「目的は罪人の拘束。換言すれば……(かせ)ですわね」


『!』


 最古の王が息を吞む。肉体的には強靭な堕天使ではあるが、その出自故に様々な制約がある。

 アスモデウスの最大にして唯一の泣き所は。


――『遥かな昔、儂はソロモン王から王位を奪ったことがあるのだ。その咎で首に枷を嵌められ、魔力を奪われた』


 王位奪取に失敗した際、ソロモン王にかけられた戒め。


罰を与える!(レハ・ヘアニッシュ)


『ぎ、ぐおおっ!』


 アスモデウスの魔力が逆流する。手錠を通じて、流れ出た膨大な魔力がイデアに注ぎ込まれた。枯渇しきっていた魔力(ケセム)の器を満たしてゆく。


 老人は少女を突き飛ばし、手錠を(むし)り取る。数秒に満たないやり取り。だがその間に、半分近くの魔力を奪われてしまった。


『これは……我ながら耄碌(もうろく)しておったものだ。だが、そうでなくてはな』


 老人の顔からは余裕が吹き飛んでいた。この世界を来訪して以来、初めて強大な魔力を取り戻した王を前に。



「“シバの黄金盾(オル・フレヴネ)!”」


 全魔力で召喚するは、かつてエジプトのファラオより贈られし魔力の盾。次々に中空に現れるのは今までと同じ。

ただし、数が違った。


 黄金の大盾200枚メアタイム・マギノット

 黄金の小盾300枚シュロシュ・メオット・マギノット

 合して500ハメシュ・メオット・マギノット


「お、おお――?」


 天空を埋め尽くす威容に蓮も絶句する。


「わたくしを加えた501(ハメシュ・メオット・ヴェ・エハッド・マギノット)の盾。これがわたくしの黄金兵団(ヘイル・ザッハーヴ)


 こと魔術戦に於いて、ソロモン王は常勝無敗。


『望むところよ!』


 アスモデウスの周囲に、黒い渦が現れる。


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