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王の名前を  作者: あまやどり
第八章 賢王対最古の王
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経験値の差

ちょっと長くなりました(/・ω・)/

 インターホンが鳴ったので、蓮は玄関口に出た。


「どなたですか?」


「すみません。神無署の者ですが」


――警察?


 蓮はイデアに、2階に避難しておくように身振り手振りで指示する。その後で鍵を開けた。


「失礼します」


 入ってきたのは、年の頃40歳ほど。高価そうなスーツを隙なく着こなした男だった。

 できる大人、というのが蓮の第一印象である。


「ご家族の方はいらっしゃいますか?」


「いえ、両親はいま、仕事の都合でO県に住んでいます。ここは俺1人で。あのー……ホンモノですか? “警察署の方から来ました”ってオチじゃ」


 当人を前に、無遠慮に(いぶか)る。昨今、警察を名乗る詐欺が横行している。


「おっと、失礼しました。僕としたことが」


 蓮には何となく、一連のやりとりが全て予定調和のように感じられた。


「僕は、捜査一課の伏木と申します」


 警察手帳を開いて見せる。 


――げっ!


 (うめ)き声をどうにか飲み下す。ただの「お巡りさん」ではない。捜査一課は殺人や強盗、放火などの凶悪犯罪を担当している部署である。


――ダメだ、心当たりが多すぎる!


 クラスメイトの群羽(ぐんはね)新洋(しんよう)に重傷を負わせた件。可部気力(かべ・えねる)を待ち伏せた件。出宇多凡人(いでうだ・ぼんど)殺害――正確には、殺害に間接的に関わった件。法に触れる(やま)しい行為を数えれば指が何本も折れる。そのどれもが致命的だった。


「脱獄した辰串夕五(たつぐし・ゆうご)さんのことはご存じですか?」


「あ、ああ、はい。通り一遍のことはテレビで」


 要件はどれとも異なっていた。疚しいことの中では軽傷の部類である。


「辰串夕五さんの移動経路を洗っているのですが、なにか普段と違う出来事がありましたら教えていただければと思いまして」


 合点が行く。不可視の魔術には鏡やカメラには映るという弱点があった。近年あらゆるところにカメラは設置されている。それらの情報から、辰串がこの周辺まで足を運んだ事実が浮上したのだろう。


――となると、ここに来たのも単なる偶然じゃない。ヘタな隠し事はしない方が良いな。


「実は、泥棒に入られまして。たぶん、その辰串じゃないかと」


「おやまあ」


 実におっとりと驚かれる。


「困りますねえ、すぐに警察に通報していただかないと」


「す、すみません。でも食器をいくつかを割られただけだし、盗られた物もなかったし、ああいや、親父秘蔵のウイスキーは飲まれてたけど」


 しどろもどろに説明する。


「今回はとやかく言うのはよしておきましょう。何せ、僕も非番中に伺っておりますし」


 有能な人間は、わざと相手につけ入る隙を作る。


「犯人が辰串さんだと思ったのは?」


「市内で脱獄犯が闊歩してるって連日ニュースでやってるから、そうじゃないかって思い込んでましたけど」


 警察批判と受け取られそうな言い方をしてしまう。


――どうやら1度目の襲撃は把握してないみたいだ。恐らく2度目の襲撃で、近所の住人が騒音なり怒号なりを聞いて通報したんだろう。


「泥棒に入られた経緯を教えていただけますか?」


「運動がてらS山にサイクリングに行って、帰ってきたら荒らされてました」


「時間は?」


「15時ぐらいでしょうか」


 イデアの存在以外は包み隠さず喋る。


「では少しだけ、被害に遭ったリビングを見させていただくわけにはいきませんかねえ?」


「え、でも、もう片付けちゃいましたよ?」


 難色を示すが、


「それで結構です。実のところ、辰串さんの行動はまだまだ解明しきれない部分が多いのですよ。警察としては、どんな疑いも潰しておきたいところでして」


 暗に「断れば警察にマークされる」と言われて断る胆力はない。


――まあ、隠したいものは無いしな。隠したい不法滞在者はいるが。


「どうぞ」


 先に立ってリビングへ案内する。




「ところで、“居須磨(いすま)”という名字は珍しいですねえ。ひょっとして、かの“中須磨(なかすま)”の家系でいらっしゃいますか?」 


 伏木が名字について訊ねた。博識に舌を巻く。


「田舎の爺ちゃんはそんなこと言ってましたね。分家するときに、“居須磨”に名前を直したんだとか」


 特に重要な話ではないと思い、気安く答える。直系である“須磨に(あた)る”から、本流ではないこと、だが須磨の家系であることを誇るために“須磨に()る”と改めたのだ、と蓮の祖父は我が事のように自慢していた。


「尊き家系かもしれませんねえ」


 実際、伏木にとっても会話の内容は重要ではない。


「島流しに遭うぐらいなら、平民で充分です」


 源氏物語を持ち出して締めくくった。




 割れた食器は集めてダンボール箱に入れている。リビングの床には、食器棚が倒れた際にできた傷が残っていた。


「当時の様子を教えてください」


 リビングではデカラビアがゲームをしていたが、見えないので問題なかった。


「えっと、棚がこの辺りに倒れていて、食器が散乱していて――」


 身振り手振りをまじえて説明する。


「この辺りですか? 冷蔵庫の向きは――」


「えっと、こっち向きに倒れてました」


 伏木は指で四角形を作って構図をイメージしている。


「なるほど。よく分かりました。ありがとうございます」


 検分は10分ほどで終了した。


「しかし、ご両親も驚かれることでしょうねえ。不在中に世間を賑わせている脱獄犯が押し入ったとあっては」


「はは。親が出て行ったのは、俺が本を集めすぎたせいで“本に圧し潰される悪夢を何度も見たぞ!”ってのが原因でもあるんですけど」


 冗談めかして言う。


「いえいえ。口では何と言いつつも、心の奥では心配しているのが親と言うものですよ。かく言う僕も」


 懐からスマートフォンを出し、画像を見せる。青いパジャマを着て、警察官の帽子をかぶって敬礼している10歳ぐらいの少年だった。


「目に入れても痛くない、かわいい息子がいましてねえ。運埜(うんの)君と言うのですが」


 蓮の年齢では、まだ親の気持ちは分からない。


「はあ。どんな字を書くんですか?」


 難しい字なんですがね、と指で書いて見せた。字を見て蓮は言った。


「もしかして運埜(うんの)君、生まれつき重い病気だったりしますか?」


「おや? 良くご存じで」


 伏木が目を丸くする。


「いえ、“運埜”って珍しい漢字だし、“健康を願う(運ぶ)”って意味合いがあったと思い出したので。生まれつき何か病気があったのかなあ、と」


 配慮に欠ける発言だったと後悔したのは、既に口に出した後だった。


「鋭い洞察ですねえ」


 だが伏木は少年を称賛した。


「ですが、最近は体調も良くて。“パパみたいなけいさつかんになるんだ”なんて言ってくれるんですよ」


 刑事は目を細めた。


「では、失礼します。ありがとうございました」


 深々と頭を下げて、伏木は退出した。




「ふー、緊張したあ」 


 比較的短時間で帰ってくれて胸を撫で下ろす蓮だった。


「被害届出さなかったことをもっと怒られるかと思ったけど。ボロは出さずに済んだか」


 幾分拍子抜けもしていた。



* * * * *


『偵察は首尾よくいったか?』


 居須磨家が見えなくなったあたりで、老人が待っていた。


「おや? 家には入らなかったので?」


『堕天使の中には妖精の目(グラムサイト)を授けるものも居る。用心に越したことはなかろう』


 やる気になったアスモデウスは慎重だった。妖精の目は魔術的なものをとらえる鋭い感覚のことを示す。


「あの家ですが、疑わしいですねえ」


 伏木はきっぱりと言った。


「会話に噓はない。言葉選びに気を遣っていました。ですが“言葉選びに気を遣ったこと”自体が、後ろめたいことを抱えている裏返しです」


 百戦錬磨の刑事相手に、「嘘を言っていない」だけでは乗り切れない。


「“被害はない”と即答できるのも不思議ですねえ。普通だったらご家族が駆けつけて、盗られたものがないか総チェックしているはずです」


 その際、勘違いから「金を盗られた」だの「〇〇が見つからない! 盗まれた!」など誤情報で捜査が混乱させられることは決して珍しくない。


「まるで、強盗が来ることが予め分かっていたようですねえ」


 アスモデウスは髭をしごいた。


根拠(訳柄)としては(いささ)か薄いの。他には?』


 堕天使は現世に介入できない。契約者に有利になる情報ももたらさない。だが、伏木は会話することで自己の思考整理に活用している。


「一番の理由は、居須磨蓮さんが落ち着きすぎていることです」


 本人は「何も盗られていないから」と抗弁するだろうが、脱獄犯がわざわざ自宅に侵入して、何も盗らなかったとなれば、却って疑心暗鬼に陥るのが常人である。


「涼しい顔でいられる理由は1つ。侵入者の目的に心当たりがあり、空振りであったことを知っているからです」


 蓮とは踏んだ場数が違う。


『目的とは?』


「人です。それも小学生ほどの少女でしょう」


 余りに間断なく言うので、逆に老人が怪訝な表情をする。


『見たのかね?』


「いいえ。ですが玄関の見えにくいところに、小さな靴がありました。あの家は親子3人のはず。そんな年頃の子どもはいません」


 名字のことで話しかけ、蓮に会話に集中させておいて周囲を目敏く観察していた。人は思い出しながら喋るとき、周りへの注意力が疎かになる。


「普段から使うものです。いちいち隠したり出したりは億劫ですからねえ」


 靴を調べるのは、捜査のイロハである。


『追及しなかったのは何故だ?』


「あまり刺激して、署に連絡されても困りますから。僕も非番に手帳を見せていますし。発覚したら始末書ものです」


 伏木には余裕があった。


「それに、居須磨さんも契約者のようですからね。彼に手間取って、本命に逃げられたら目も当てられません。我々の本命は少女の方ですから」


 あまりにもさらりと言ったので、老人は耳を疑った。


「検分と称して、“窓”で中を見回しました。星型単眼の堕天使が見物していらっしゃいましたよ」


『デカラビアか。いやはや、抜け目ないことだ』


 一合も交えていないにも関わらず、情報戦は伏木の圧勝だった。


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