推測のパッチワーク
2柱の闘争はあっけなく終了した。
『さすがは序列25位、なかなか手強かった。7宮まで披露してしまったな』
幾分満足そうに老人は言う。
「傷1つ負わないで言われましても。1つ、宜しいですか?」
伏木は、自分の堕天使にも慇懃な言葉遣いをする。
「僕の記憶通りなら、ご老人の序列は32位のはず。なのに、25位を圧倒しているように見受けられましたが?」
ぶしつけな質問を浴びせる。
『序列は武力を顕すだけのものではないのだがな』
と前置きして、説明を始めた。
『遥かな昔、儂はソロモン王から王位を奪ったことがあるのだ。その咎で枷を嵌められ魔力を奪われて、永年神殿造りに従事させられてな。あれは過酷であったわ』
目を細めて昔を述懐する。
『その折、罰として13の逆数序列を堕とされたのだよ』
『あの乱痴気騒ぎは愉しかったぞ』と昨日のことのように言った。
「13の逆数は31。ははあ、つまりご老人は……」
『うむ、儂の本来の序列は1位だ』
涼しい顔で告げた。
* * * * *
蓮はスマホを出した。ネットニュースで辰串の動向を窺う。
『家に火とかつけられるのではないであるか?』
というデカラビアの言葉に不安になったためでもあった。
ニュースをざっと調べる。すぐに手が止まった。
「ええ……」
「どうしました?」
イデアが腕の中に潜り込んできた。
「作戦は中止だ。辰串の死体が見つかったってさ」
記事を指さす。
「どうやら俺たちの迎撃作戦は、山まで来てコーヒーとおかし食べて、3時間で終了したらしい。
『単なる遠足であるな』
堕天使の言葉に反論できなかった。
辰串は事故で死亡した、と報道された。小規模な地震が起きて、立体駐車場のワゴン車が転落。運悪く、下を歩いていた辰串が下敷きになったという内容である。死体はかなり損壊していたらしい。
「王様の感想は?」
水を向けると、
「納得いきません! 第弐回戦略会議を中座、今後どうしましょう会議を開催いたします!」
断言した。
「会議好きだね。ネーミングセンスにもケチをつけたいところだけど、異論はない」
同意する。辰串の死亡は、時間を割いて話し合っておく必要を感じた。
「タツグシは魔術で常に透明化していたと考えられます。縦しんば事故で絶命したとしても、死体が見つかるはずがありません」
更に言えば、イデアの見立てでは辰串夕五は粗野であっても、そのような事故に巻き込まれるような迂闊な性格ではない。
「たまたま解除していた、なんてことはないよな。速攻捕まる」
この言い分は蓮も感想を同じくするところだった。
『永久にかけておける魔術はない。解除するタイミングがなかったとは言えまい』
デカラビアが言うが、単に唱えなおせばいいだけらしいので、生身の時間は精々数秒ほどしかない。そのタイミングは例外として考えないことにする。
「タツグシの死骸、損傷具合は分かりますか?」
「ネットで調べてみる。こういったのは口さがないネットニュースの方が便利だ」
すぐに詳しい情報が手に入る。
「“首に重度の損壊”。具体的には、首と胴体が泣き別れだったらしいな……車が落ちてきて、そんな怪我するかな?」
首を捻る。
「それはカークリノラースが殺した疑いが強いですわね。アレは猟犬の本能で獲物の喉笛を狙うので」
堕天使には、姿の元となった動物の本能を引きずる者が多い。
『これが例えば伊達男のシャックスならば、殺した人間の目と耳と舌をくり抜いてコレクションするであるな』
シャックスは序列44位。別名スコクス。コウノトリの姿をした盗みの得意な堕天使である。
「うげえ」
血生臭い例を想像してしまい、気分が悪くなる。
「切羽詰まって、魔力の足しにでもされたのではないでしょうか?」
カークリノラースの冷酷無慚な性格を前提に推測する。
「待った。疑問点が2つも出てきたぞ。まずその①、堕天使は人間に干渉できないはずだ」
「アティルト界ならば可能です。タツグシはたしか、旧知の人間を殺害していたはず。犬が魔力を確保する機会はありました」
避難中に宇越聖也殺害のニュースは見ていた。
「む……筋は通ってるな。じゃあその②、契約者を殺したら堕天使は存在できないんだろ? アティルト界まで作って、契約者を殺すってどんな状況だ」
「はい。なので状況的には、タツグシが何者かに追い詰められていた、という仮借付きで成り立ちます」
姿を隠している辰串をどうやって追い詰めることができるのか。そもそも発見できるのか蓮にはからきしだったが、本題と逸れるので棚上げにする。
「憶測のパッチワークになるけども。辰串は何者かに追い詰められ、カークリノラース、或いは相手方の堕天使がアティルト界を創造。辰串はどうせ助からないなら、と裏切られた……?」
「当たらずとも遠からずではないかと」
肯定しつつも、当惑している様子の少女。
「今は精確な推測はしようにないよ」
「いえ、そうではなく。カークリノラースの気性からして、実体化して争うことは予期されます。そして、わたくしたちが無事なことから、やはり敗北しているのでしょう」
推測面に不満はないことを告げた上で続ける。
「しかし、カークリノラースは争闘に特化した性質です。勝てる相手などそうそういるものではありません」
持ち前の“悪性”と応用の利かない魔術から序列はそれなりでしかないが、戦闘力は上位だと言う。
「序列は中の上でも、単純な強さは上ってことか」
「姿を自由に消せる。体毛は鎧よりも固い。何より“断頭”が厄介です。あれでつけられた傷は、死ぬまで治癒することがありません」
「うわあ、まともに戦ったらヤバかったんだな」
最初に戦った堕天使が正攻法を好むハルファスであったことは、幸運だったのだと、今更ながら実感した。
イデアが指を2本立てた。
「良い報せが1つ、悪い報せが1つございます」
いつもの言い方である。
「良い方は、俺たちが辰串やカークリノラースに狙われる危険がなくなったこと」
蓮の言葉に首肯する。
「そして悪い報せは。タツグシやカークリノラースを殺してのけるような何者かがいる、ということですわね」
* * * * *
辰串の捜索がひと段落したことで、捜査本部は解散した。それまで無休且つ昼夜の別なく働き通しだった捜査員たちには休日が与えられた。有休を消化するよう言われただけであるが。
「ソロモン王が現代に?」
さすがの伏木も目を丸くする。
『うむ。カークリノラースは彼の王を捜していて、我らと鉢合わせたのだろうよ』
アスモデウスがソロモン王のことを話すのはこれが初めてだった。ついでにある程度の説明――ソロモン王の容姿やこの世界に来た経緯など――も、推測を交えてしておく。
『あの犬ころが骨髄恨んでおるのはソロモン王ぐらいのものだ。神殿建築で散々に利用されたからな』
神殿作りに扱き使われたのはアスモデウスも同様で、特に彼の場合、いままでの悪行のために枷まで嵌められた。枷で魔力を奪われた状態で使役されていたという。
「そして、ご老人の想い人でもあられる」
伏木の指摘に鼻を鳴らす。
『ふん、まあそのようなところだ。城を枕に死んだかと思っておったが……宗旨替えでもしたか』
敬虔な当時の古代イスラエル国民が激怒しそうなこと言ってのける。
「ソロモン王ですか。古代イスラエルの偉大な王様ではありますが。現代の法律に照らし合わせれば、単なる密入国者ですねえ」
時に伏木の考えは情緒がない。
「何より、犯罪者を量産して社会の安寧を乱した張本人として、罰は必要ですねえ。現代には不要な存在かと」
冷酷に断を下す。




