「わたくしの名前はソロモン!」
もう1人の主人公の登場です。
王は驚いた。悪霊に奪われる前に、指輪を未来に送り届けるつもりであった。意図を察した悪霊が奇声を上げて殺到する。
だが指輪は、跳躍されなかった。
――どうして?
指輪が勝手に浮き上がる。指輪の穴の中に、不思議な光景が映し出された。
異国のものと思しき薄暗い辻。縫い目のきつい服を着た少年の顔。
【飛び込め!】
――ミカエル様?
声に促されるように、前に出る。
刹那、王の小さな身体は、更に小さな指輪の穴に吸い込まれた。
悪霊王の歪な鉤爪は、王を捉えることはなかった。が、役目を終えたように落下する指輪を、しっかりと捕らえた。
* * * * *
指輪の穴から、黄銅の輝きとともに少女が姿を顕す。栗色の髪をした、10代前半の少女が。黄と黒に塗り分けられた服を着ている。
少女を吐き出すと、指輪は内側に吸い込まれるように消えてしまった。
その間際、蓮は
【救いなさい】
という、何物かの声を聴いた。耳慣れぬ言語のはずなのだが、何故だか意味を感じ取る。
「はあっ、はあっ……あり得ない!」
少女は荒い呼吸を整えつつ、周囲を見て、気力を見て、最後に蓮で視線を止めた。
「ここはいつの時代で、どこの国ですの?」
蓮を選んだのは、まだしも会話が通じる方と判断したからか、単に一番近くにいたからか。
「え、えーっと。いまはそれどころじゃ」
だが、蓮としてもこの切迫した状況で呑気に答えている余裕はない。
何もない空間から人間が突如出現した。あまりのことで硬直していた気力の思考が解凍される。反射的に、少女に向かってガトリングガンを乱射した。蓮が動く前に、少女が呟く。
「オル・フレヴネ」
少女の近傍に金色の盾が現れた。宙に浮遊した黄金の盾が、ガトリングガンを防ぐ。
気力が少女に気を取られた一瞬。蓮にとっては願ってもない猶予だった。
足元に散らばったブロックの破片を拾い上げる。銃身が蓮を捕捉する前に、破片を投げつけた。
「敵対者ロケル!」
魔方陣が裏向きに展開される。破片は方陣を通過すると、10倍に拡大されて気力に襲い掛かった。
壁が襲い掛かってくるようなものである。ガトリングガンを乱射するが、いかんともしようがない。
「う、うわあっ!」
気力は壁に圧し潰された。破片はすぐに元のサイズに戻る。だが気力は動きださない。
「気絶でもしたか? ……う」
気力の腹が血に染まっていた。跳弾である。破片に乱射した際運悪く、跳ね返った銃弾を浴びたようだった。自身の魔術によって強化された銃弾を。
「ま、まだ撃ち足りな……」
未練を零したが、すぐに目の光を喪った。
「ば、化けて出るなよ。自分の弾で死んだんだから本望だろ?」
気休めにもならないことを言う蓮。「魔術?」と息を呑む少女の声が耳に入る。
『ココ迄カ。忌々シイ顔ニマタ見エルカ。マタ会オウゾ、小僧。クルックー!』
ハルファスは少女を一瞥し、嘴の端を吊り上げる嫌な嗤いをしたあと、音もなく消えた。
――また?
負け惜しみではない。不吉な予言のように感じられた。
残された大問題が1つ。
「……で、君はいったい?」
考えようによっては、自分を殺そうとした気力よりも厄介そうな難題が残された。
少女の側にも訊きたいことは山ほどあった。だが何をさておき、名前を訊ねられたら答えずにはいられない。血縁を誇りとする彼ら一族にとって、名前は両親から初めて「戴く」神聖なもの。少女は薄い胸を張り、名乗る。偉大なる王の名前を。
「わたくしの名前はソロモン! ダビデ王とバド・シェバを親者人に持つ、古代イスラエル王国第3代王ソロモン王ですわ!」
高らかに名乗った。そのままぐらりと身体が倒れかかる。
「おっと」
蓮が慌ててそれを受け止める。少女は深い眠りへと落ちていた。
『どうやら、名乗りで最後の気力を使い果たしたようであるな』
登場の時点から、相当に消耗していたのは見て取れた。
「そ、そこまで身を削って自己紹介しなくても」
答えつつも、蓮は心ここにあらずだった。
「“救え”ってのは、この子のことか? でも」
最前の命令と名乗りと。
「ソロモン王だと? それが本当なら、堕天使どもの総元締めじゃないか!」
黒猫が屋根の上から見物していることに、誰も気づかなかった。
これにて第一章は終了です(/・ω・)/