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王の名前を  作者: あまやどり
第七章 脱獄囚
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ダビデ王仕込みの

 辰串(たつぐし)の魔術は“兇手(きょうしゅ)矯飾(きょうしょく)”。自身の姿を隠蔽する。もっとも、辰串はその理屈を知らないし、青犬も話したことはなかった。


「להעניש את החוטא」


 13時間の効果時間があり、定期的にかけなおす必要がある。が、それ以外に制約はない。


 カークリノラースは移送中、唐突に現れた。交換条件は1つ。『魔術を授けてやる代わりに、ある人間を殺すこと』。死刑囚である辰串に否も応もない。脱走できて聖也への復讐もできる。1つの石で何羽が得られるか分からない取り引きである。

 カークリノラースが堕天使であること、信用に値しない存在であることは問題ではなかった。どうせ非合法の沼に肩まで浸かって生きている辰串には、ヘドロのような人間関係しかない。



 目的の民家は、何の変哲もない一軒家だった。一応確認するが、やはり玄関は施錠されている。家を一周し、隣家からは見られにくい窓を見つけた。


「よっこらせ、っと」


 近所で失敬してきたバールを出す。バールを窓枠の釘が止めてある部分に捩じり込むと、(こじ)った。枠ごと釘が呆気なく抜ける。他の釘も同様に枠ごと引き抜いてゆく。

 それが終わると、窓枠に取り付いた。枠を掴んで上下に揺する。窓が枠ごと奇麗に外れた。「窓外し」というマンション強盗御用達の古典的なやり口である。足をかけ、見かけに似合わぬしなやかさで侵入を果たす。


『ワフッ?』


 窓枠に飛び乗った途端、マルチーズが奇声を上げた。


「どしたぁ?」


 辰串の問いかけに、首を振って「なんでもない」と示す。


 奥の方からテレビの音が聞こえる。階段をスルーして音源に歩を進めると、リビングだった。

 アニメを夢中で鑑賞している小学校高学年ぐらいの女子が1人。


「そこで油断してはいけま……ああ、もうっ」


 カップを握りしめ、本気で応援している。


――こりゃラクでいい、隙だらけだ。


 ロープを両手に、背後から近づく。


『ギャンギャン!』


 リビングの入り口から囃し立てる。


《“死中に活あり”よ!》


 女児向けアニメなのに、妙に渋い台詞を叫ぶ主人公。


「なんと、そのような深謀遠慮が」


 それに本気で感心している少女。

 辰串がやろうとしているのは「地蔵かつぎ」と言われる絞殺法である。対象を自分の背中に乗せて首を絞める様が、地蔵を担いでいる姿勢に見えることから名付けられた。目方で勝る相手に仕掛けるは難しいが、この少女は辰串の体重の3分の1ほどしかないだろう。


 少女は相変わらずテレビ画面を凝視している。その白い首に、背後からゆっくりとロープを絡ませようとしたとき。

 少女が突然振り向き、カップを中身ごと投げつけた。


「なに?」


 容器が額に命中し、痛みが走る。ついでにカフェオレがぶちまけられ、顔中に浴びた。無警戒に食らってしまう。姿が見えないことで油断していたのは、辰串も同様だった。怯んだ隙に少女は肩を掴んで足を払う。受け身も取れないまま、顔から床に激突し、派手に鼻血が噴き出した。

 幼い身体に似合わず、熟練の体(さば)きだった。


(ダビデ)仕込みの格闘術、無粋な客人に肘鉄を食わせるにはもってこいですわね」


 だが動揺はその点についてだけではない。明らかに、姿が見えないはずの襲撃が読まれていた。辰串は部屋を見回す。三面鏡や鏡があちこちに配置されていた。


「ちっ、知ってやがったか!」


 姿を見えなくさせる魔術。一見万能だが、鏡像や映像には残るという欠点があった。映像技術はもとより鏡すら少なかった昔では無敵の能力だが、現在では見破る手段が少なからず存在する。

 もっともこの不意打ち失敗の原因は、カークリノラースにある。ターゲットが堕天使と深い縁がある存在で、弱点も知りぬいていることを事前に告げていなかった。


 辰串は力任せに戒めを振り解く。体格ゆえの非力さはいかんともしがたい。


「テンメェ……!」


 鼻を押さえて怒気を孕ませる辰串の裾に、マルチーズが噛みついた。実体はないので、そう見せているだけであるが。


『ヴァ! バウ!』


 強引に引っ張る仕草をする。犬はここでの闘いを避けたがっていた。


「ちっ、なンだってんだヨ」


 不平を漏らしつつも従ったのは、不意打ちが失敗したことでクールタイムを挟んだ方が良いと判断したためである。鼻を押さえて逃げ出した。イデアは追えなかった。外に出たら追跡は至難である。また、戸籍のない身が目立つわけにもいかない。


『ワンッ!』


 最後に犬が姿を現し、ひと吠えした。


「やはりお前か、カークリノラース!」


 イデアは当然、その堕天使のことを知っていた。努めて平静に喋っているが、瞳には拭えぬ怨恨が覗いている。


『ヴァウッウ!』


 何か捨て台詞を残して、青犬の堕天使は去っていった。



* * * * *


「え、もう襲ってきたのか?」


 買い出しから帰宅した蓮は、襲撃された旨を聞いて驚くことになった。床に散ったカフェオレを雑巾で拭き取りながら、イデアは答える。


「はい。わざわざ姿を見せてきやがりました。宣戦布告のつもりでしょう」


 無事を知って一安心する。家中を見て回ると、窓が外されていた。


「滅茶苦茶しやがるな、さすが死刑囚」


 窓枠をはめなおし、引き抜かれた釘を金づちで打ち付ける。だが、こういった強引な手段をとられては侵入の防ぎようがない。


「それにしても、不意打ちを警戒してたとはいえ、よく撃退できたもんだ」


 制服から着替える。


「父に護身術の手ほどきを受けましたから。偉大なるダビデは若い時分、戦巧者でした」


 ダビデ王は羊飼いをしていたとき、ペリシテ最高の兵士ゴリアテを裸同然の恰好で仕留めたという逸話が残っている。


「無論超常の存在たる堕天使に通じるほどではありませんが。訓練を受けていない暴漢程度ならば片手間にあしらえます」


「うわ、見た目小学生なのに、俺よりよっぽど強いのか」


――力づくで追い出そうとしてたら、俺がカーペットに叩きつけられてたのか。くわばらくわばら。


 密かに冷や汗をかいていた。


「“幼い外見で侮られる分、実力で劣るな”と父に容赦なく鍛えられました」


 市井の目線では王族は甘やかされて育つと思われがちであるが、実際は人の上に立つ者ほど厳しく、己を律するよう育てられる。


「さすがは軍拡主義のダビデ王。娘にもスパルタンだ」


 第2代イスラエル王ダビデは軍拡に、対して第3代イスラエル王ソロモンは内政に力を注いだ。


「でも、やけにアッサリ引き返したんだな」


 イデアは魔犬の思惑を見抜いていた。


「この家にはバエルが出入りしています。臭いに敏感なカークリノラースは、バエルとの衝突を避けたかったのでしょう」


 実際に鉢合わせた場合、バエルがイデアに義理立てしたかどうかは非常に怪しいところであるが。


「張り子の()だな。大事の前に間違っても序列1位と事を構えたくなかったのか、意外に賢明だ」


いいえ(ロー)。それは(こす)いと言うのです」



 掃除もそこそこに、今後のことを話し合う。


「体勢を立て直したら、あの暴漢は再びやってくるでしょう」


「常に警戒をしておく必要があるのか。息が詰まるなあ」


 イデアは首を横に振る。


「この古代イスラエル王国極東支部は守りに適しておりません。錠も脆弱ですし、硝子(ガラス)なども簡単に割られてしまう」


「犯罪上等の敵相手じゃ役に立たないか。それはそうとココは俺んちで、君の領土じゃない」


 控えめに否定しておく。


「ですから、迎撃に適した場所に移動いたしましょう」


兇手は梟首。魔犬の堕天使の皮肉です(/・ω・)/

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