過去からの来訪者
伏木と名取は宇越宅に到着した。
「名取さん、今回はまた随分張り切っていらっしゃいますねえ」
移動中どこかに電話をかけ、長く話し込んでいた伏木が通話を終えて話しかけた。
「い、いやまあ、1課にいた時の事件ですし」
「当時、いろいろ囁かれていたらしいですねえ。宇越聖也の通話記録が妙に飛んでたとか。指紋がついていたと思しき証拠品が紛失したとか」
伏木の人脈は広い。先の電話は、他署に転勤していた元1課の聴き取りだった。
「名取さんの娘さん3人、私立の中高に通っておられるとお聞きしました」
沈黙。
「……自分が証拠を握り潰したことを謳わないか、不安になったのですね?」
当時、宇越聖也に都合の多い「偶然」が多すぎた。警察内部に協力者がいたのなら、辻褄が合う。幸いにして、宇越には親の資産があり、神無市の警察の遵法精神は神奈川県警と同レベルであった。
「い、いやだなあ。証拠もないのに」
証拠はなくとも、表情が証明していた。はぐらかし、言い逃れが最も通用しない職種であることを、一員である名取が知らぬはずもない。
「残念ですねえ」
訣別の言葉。名取は突然、足に圧迫感を感じた。エレベーターに乗っているときのような、押し上げられる感覚。足場の地面が瞬時、急激に盛り上がったのである。結果として、名取の身体は上空に10数メートル突き飛ばされた。あとは自由落下を待つのみ。つまりは平地での墜落死。
屋根に手を伸ばすが届かない。ちょうど目線の高さを伏木と同じくしたそのとき。
「さようなら。僕はね、貴方を信頼していたんですがねえ。
非常に残念です」
幾分かの憐憫を湛え、巡査部長は目を伏せた。
『身近な同僚でも随分とあっさり切り捨てるものだな』
「公私は混同しない性分でして」
きっぱりと言い放った。
「有能な人材でした。いえ、有能だからこそ、見返りが欲しくなったんでしょうかねえ。真面目に励んでも恨まれるばかりの職務ですから」
無残な遺体を残して歩み去る。
『いつものように跡形もなく処分すれば後腐れもあるまいに』
いつもは突き上げを瞬時に行い対象を「圧壊」させる。
「いえ、それではさすがにご遺族が気の毒と思いましてね」
名取巡査長の落下死体はすぐに発見された。「2階のバルコニーを検分中、誤って足を滑らせての事故死」と処理された。
外傷が他にないこと、何より宇越聖也に便宜を図った上層に蓋をされた形である。
* * * * *
ネットで見つけた1枚の映像。防犯カメラに収められた、辰串夕五の姿である。
「どうですか?」
イデアが訊ねる。単に交差点を歩いている様子だったが、
「うん、足元に青い毛の犬がいるね」
蓮の魔眼にだけは、魔犬の姿がはっきりと見て取れた。
「やはり。カークリノラース」
イデアが得心している。
「カークリノラース? 堕天使か」
検索する。序列25位。別名グラシャラボラス。マルチーズの姿に青い体毛の魔犬。
「ってことは当然、この脱獄者が契約者か」
魔術があれば、種類によれば脱獄も逃亡生活も可能だろう。
「ここで悪い情報と、輪をかけて悪い情報の2つがございます」
イデアは細い指を2本立てた。
「斬新だな。どっちも聞きたくないんだが。まずは前者」
「カークリノラースの魔術は究極の隠身術。契約者は自在に姿を消すことができます」
「ええっ?」
これには蓮も仰天した。
「変装もしていないのに、警察に捕まらないワケだ。無敵の能力じゃないか」
誰にともなく抗議する。無敵であるとともに、悪事にしか使えない能力でもあった。辰串の姿は、脱走当時の囚人服のままである。あの目立つ服装と人相で堂々と出歩いて、通報の1つもないのはおかしい。
「で、これよりもダメな後者を開帳してくれ」
「このカークリノラース、わたくしをそれはまあ清々しいほどに恨んでおりまして。契約者をけしかけて意趣返しにやってくるだろうと思われます」
特に悪性の強い堕天使に類すると伝えた。
「ソロモン王って、人望なかったのか?」
「…………不敬な。そんなことはございませんですよ」
「今の間は何だよ。脳内検索しても思い当たることなかったんじゃないのか」
半眼でツッコむ。
「ともあれ! 由々しき事態です」
イデアは不利になりかけた舌戦を強引に打ち切った。
だがこの段階では、蓮はまだ楽観視していた。
「そこまで身構えなくてもいいんじゃないか? 神無市を闇雲に探し回っても、イデアが見つかることはないだろ」
戸籍がないので役場にすら記録がない。調べようがなかった。
「十万都市の1軒屋に引きこもった子ども一人見つけるなんて、砂漠に落とした針を探すようなもんだ」
蓮の推察は正しい。読書を再開しようと、「アルカトラズ幻想」を広げる。
「それが……」
言いにくそうに、おずおずと手を上げる古代イスラエル王。
「カークリノラースは鼻が利きます。殺人者の臭いを嗅ぎ取ることができるのです」
自身が嫌な臭いでも嗅いだかの如く眉を寄せている。
「人間の個体識別は苦手ですが、この国は相当治安が良いようですので……」
殺人を犯したものは少ない。一方ソロモン王は、間接的なケースも含めると、戦争や王位争いで多くの人間を殺めている。
「かなりの高確率でここを突き止められるのか。こりゃ話が違ってくる」
思わず腕組みをする。知らず知らず、少女と同じ渋面を作っていた。
「結句、衝突は避けられないでしょう。が、対策が皆無というわけではありません」
イデアが告げた。
「この映像が既に手掛かりです。まずは……部屋の模様替えからいたしましょう」
* * * * *
「奇妙な話ですねえ」
捜査本部で伏木は独りごちる。
「どうしました?」
同僚が声をかけてきた。聖也の殺害に加えて名取の不審死、もとい事故死の直後でもあり、署はお通夜のようなムードである。伏木は資料をトントンと指で叩いた。
「店舗やパーキングの防犯カメラに、辰串夕五さんの姿は幾つも確認されています」
同僚が靴底をすり減らして駆けずり回った成果で、移動経路はかなり鮮明になってきていた。
「そうですね。服もそのままだし、追跡に無頓着っぽいです」
だから、かなり足取りが追えている。当初、逮捕に時間にはかからないと目されていた。
「ですが、実際の目撃情報となると皆無です」
長身で筋骨隆々の坊主頭。おまけに囚人服。本来ならば目立たない方がおかしい
「はい。上では捜査方針の見直しも検討しているそうで」
上層部は世論やマスコミにせっ突かれている。その焦燥から迷走し、失敗した帳場を伏木は飽くほど見てきていた。
――これは、警察の手に余る事件かもしれませんねえ。
宇越聖也のアナグラム元は、
「成功者」でした(/・ω・)/
なお、父親の宇越玄鳥は
「取り越し苦労」です(/・ω・)/




