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王の名前を  作者: あまやどり
第七章 脱獄囚
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過去からの来訪者

 伏木(ふせぎ)名取(なとり)は宇越宅に到着した。


「名取さん、今回はまた随分張り切っていらっしゃいますねえ」


 移動中どこかに電話をかけ、長く話し込んでいた伏木が通話を終えて話しかけた。


「い、いやまあ、1課(古巣)にいた時の事件ですし」


「当時、いろいろ囁かれていたらしいですねえ。宇越聖也(うこし・せいや)の通話記録が妙に飛んでたとか。指紋がついていたと思しき証拠品が紛失したとか」


 伏木の人脈は広い。先の電話は、他署に転勤していた元1課の聴き取りだった。


「名取さんの娘さん3人、私立の中高に通っておられるとお聞きしました」


 沈黙。


「……自分が証拠を握り潰したことを謳わないか、不安になったのですね?」


 当時、宇越聖也に都合の多い「偶然」が多すぎた。警察内部に協力者がいたのなら、辻褄(つじつま)が合う。幸いにして、宇越には親の資産があり、神無市の警察の遵法精神は神奈川県警と同レベルであった。


「い、いやだなあ。証拠もないのに」


 証拠はなくとも、表情が証明していた。はぐらかし、言い逃れが最も通用しない職種であることを、一員である名取が知らぬはずもない。


「残念ですねえ」


 訣別(けつべつ)の言葉。名取は突然、足に圧迫感を感じた。エレベーターに乗っているときのような、押し上げられる感覚。足場の地面が瞬時、急激に盛り上がったのである。結果として、名取の身体は上空に10数メートル突き飛ばされた。あとは自由落下を待つのみ。つまりは平地での墜落死。


 屋根に手を伸ばすが届かない。ちょうど目線の高さを伏木と同じくしたそのとき。


「さようなら。僕はね、貴方を信頼していたんですがねえ。

非常に残念です」


 幾分かの憐憫を湛え、巡査部長は目を伏せた。




『身近な同僚でも随分とあっさり切り捨てるものだな』


「公私は混同しない性分でして」


 きっぱりと言い放った。


「有能な人材でした。いえ、有能だからこそ、見返りが欲しくなったんでしょうかねえ。真面目に励んでも恨まれるばかりの職務ですから」


 無残な遺体を残して歩み去る。


『いつものように跡形もなく処分すれば後腐れもあるまいに』


 いつもは突き上げを瞬時に行い対象を「圧壊」させる。


「いえ、それではさすがにご遺族が気の毒と思いましてね」



 名取巡査長の落下死体はすぐに発見された。「2階のバルコニーを検分中、誤って足を滑らせての事故死」と処理された。

 外傷が他にないこと、何より宇越聖也に便宜を図った上層に蓋をされた形である。



* * * * *


 ネットで見つけた1枚の映像。防犯カメラに収められた、辰串夕五(たつぐし・ゆうご)の姿である。


「どうですか?」


 イデアが訊ねる。単に交差点を歩いている様子だったが、


「うん、足元に青い毛の犬がいるね」


蓮の魔眼にだけは、魔犬の姿がはっきりと見て取れた。


「やはり。カークリノラース」


 イデアが得心している。


「カークリノラース? 堕天使か」


 検索する。序列25位。別名グラシャラボラス。マルチーズの姿に青い体毛の魔犬。


「ってことは当然、この脱獄者が契約者か」


 魔術があれば、種類によれば脱獄も逃亡生活も可能だろう。


「ここで悪い情報と、輪をかけて悪い情報の2つがございます」


 イデアは細い指を2本立てた。


「斬新だな。どっちも聞きたくないんだが。まずは前者」


「カークリノラースの魔術は究極の隠身術。契約者は自在に姿を消すことができます」


「ええっ?」


 これには蓮も仰天した。


「変装もしていないのに、警察に捕まらないワケだ。無敵の能力じゃないか」


 誰にともなく抗議する。無敵であるとともに、悪事にしか使えない能力でもあった。辰串の姿は、脱走当時の囚人服のままである。あの目立つ服装と人相で堂々と出歩いて、通報の1つもないのはおかしい。


「で、これよりもダメな後者を開帳してくれ」


「このカークリノラース、わたくしをそれはまあ清々しいほどに恨んでおりまして。契約者をけしかけて意趣返しにやってくるだろうと思われます」


 特に悪性の強い堕天使に類すると伝えた。


「ソロモン王って、人望なかったのか?」


「…………不敬な。そんなことはございませんですよ」


「今の間は何だよ。脳内検索しても思い当たることなかったんじゃないのか」


 半眼でツッコむ。


「ともあれ! 由々しき事態です」


 イデアは不利になりかけた舌戦を強引に打ち切った。

 だがこの段階では、蓮はまだ楽観視していた。


「そこまで身構えなくてもいいんじゃないか? 神無市を闇雲に探し回っても、イデアが見つかることはないだろ」


 戸籍がないので役場にすら記録がない。調べようがなかった。


「十万都市の1軒屋に引きこもった子ども一人見つけるなんて、砂漠に落とした針を探すようなもんだ」


 蓮の推察は正しい。読書を再開しようと、「アルカトラズ幻想」を広げる。


「それが……」


 言いにくそうに、おずおずと手を上げる古代イスラエル王。


「カークリノラースは鼻が利きます。殺人者の臭いを嗅ぎ取ることができるのです」


 自身が嫌な臭いでも嗅いだかの如く眉を寄せている。


「人間の個体識別は苦手ですが、この国は相当治安が良いようですので……」


 殺人を犯したものは少ない。一方ソロモン王は、間接的なケースも含めると、戦争や王位争いで多くの人間を殺めている。


「かなりの高確率でここを突き止められるのか。こりゃ話が違ってくる」


 思わず腕組みをする。知らず知らず、少女と同じ渋面を作っていた。


結句(けく)、衝突は避けられないでしょう。が、対策が皆無というわけではありません」


 イデアが告げた。


「この映像()が既に手掛かりです。まずは……部屋の模様替えからいたしましょう」


 * * * * *


「奇妙な話ですねえ」


 捜査本部で伏木は独りごちる。


「どうしました?」


 同僚が声をかけてきた。聖也の殺害に加えて名取の不審死、もとい事故死の直後でもあり、署はお通夜のようなムードである。伏木は資料をトントンと指で叩いた。


「店舗やパーキングの防犯カメラに、辰串夕五さんの姿は幾つも確認されています」


 同僚が靴底をすり減らして駆けずり回った成果で、移動経路はかなり鮮明になってきていた。


「そうですね。服もそのままだし、追跡に無頓着っぽいです」


 だから、かなり足取りが追えている。当初、逮捕に時間にはかからないと目されていた。


「ですが、実際の目撃情報となると皆無です」


 長身で筋骨隆々の坊主頭。おまけに囚人服。本来ならば目立たない方がおかしい


「はい。上では捜査方針の見直しも検討しているそうで」


 上層部は世論やマスコミにせっ突かれている。その焦燥から迷走し、失敗した帳場を伏木は飽くほど見てきていた。


――これは、警察の手に余る事件かもしれませんねえ。

宇越聖也うこし・せいやのアナグラム元は、

成功者せいこうしゃ」でした(/・ω・)/


なお、父親の宇越玄鳥うこし・くろどり

「取り越し苦労」です(/・ω・)/

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