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王の名前を  作者: あまやどり
第七章 脱獄囚
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報復

 神無警察署では、早速捜査本部(帳場)が設置されていた。近隣署からの応援も駆けつけている。


「こりゃ、辰串(たつぐし)をお縄にするまで家に帰れませんね。また嫁さんに小言言われちまう」


 伏木の隣に座った名取(なとり)巡査長が話しかけてくる。大事件が起きた場合、小さな署では課関係なく総員体制となる。


「僕も、随分息子に会えていませんねえ。どうです、大きくなったでしょう?」


 伏木がスマホを見せてくる。パジャマを着た5歳ぐらいの少年の写真。満面の笑顔で、警察官のように敬礼のポーズをしていた。


「“将来パパみたいな警察になりたい”なんて言ってくれてましてね」


 頬の筋肉が緩みっぱなしである。


「もうその話30回は聞きましたよ」


「おや、それは失礼」


 謝罪しつつも、これ以上ないほどに目を細めている。


「なあ、“ふしぎさん”の息子って……」


 同僚が名取に囁きかけた。伏木は陰で「ふしぎさん」と呼ばれていた。名前の読みをもじったもので、場を読まない発言や単独行動を好むことからついた。それでも結果を叩きだすので、警察組織という超縦社会でもどうにか孤立を免れている。


「しっ、黙っててやれよ」


 名取は乱暴に遮った。




「スーパーマーケットの映像以降、辰串夕五(たつぐし・ゆうご)の足取りは失跡したままです」


 刑事課(1課)の課長が代表して報告する。応援要員含めスーパーの周辺を虱潰(しらみつぶ)しに歩き回ったが、手ぶらで帰ってくる羽目になった。


「目立つ風貌してるんですがね。この目撃情報のなさは異常です」


「おいおい、廃屋か下水道に潜伏とでも言い出すつもりか?」


 副署長は嘆息する。ミステリやドラマの定番だが、実際には人ひとり潜伏するのは相当に難しい。


「辰串は長いこと神無市にトグロ巻いてたんだろう。潜伏先とか、立ち寄る場所に心当たりはないか?」


 副署長に問われて、中堅署員が目を泳がせる。


「さあ……辰串は天涯孤独です。逮捕当時1課にいた者は、ほとんど転勤してここにはいませんし……」


 (かんば)しい返事は得られなかった。地縁を当たるのは難しいかと思われた矢先。


「はい。発言宜しいでしょうか」


 伏木の隣に座っていた名取(なとり)が手を上げた。


「交通課名取巡査長、どうぞ」


 副署長が発言を許可する。


「本職、当時1課に在籍しておりました。辰串が逮捕されるきっかけになったのが、株式会社ルーフクロッシング社長宇越玄鳥(うこし・くろどり)さん宅での強盗殺人(強殺)です」


 皆が一斉に資料をめくる。


「続けてください」


 先を促される。


「玄鳥さんには聖也という息子がいるのですが。その息子と辰串に交友関係があったそうです。逮捕された後、辰串は“聖也に()められた”と一貫して主張していました。結局、それらしい証拠は見つかりませんでしたが」


 なぜかきまり悪げに巡査長は報告した。


「ふむ。辰串が恨んでいて、向かう可能性があるな。よし、巡回中のパトカーも向かわせて、話を聞こう。会社と自宅な。残りの者は地取りと鑑取りだ、割り当て決めろ」


「「「はい!」」」


 副署長が結論付けた。




* * * * *


 宇越(うこし)宅は、豪邸と形容しても差し支えない大きさだった。庭にはルネサンス期の女性裸婦像が幾つも飾られている。現在は聖也以外は居住していない。聖也に兄弟はおらず、現役を退いた母親は旅行に忙しい。


「ね、念のためにどこかへ避難しておこう。とりあえず、身の回りの物を……」


 自室に飛び込むと、


「よう」


そこには獄衣の男がいた。どっかりと床に座り込み、飾っていた1本8万円のスコッチを安酒のように(あお)っている。


「ゆ、ユーゴ……さん。どうしたんすか?」


 つい、へり下った口調になる。


「逃げたとかニュース聞いたすよ」


 およそ会社の部下には決して見せない、卑しい面。聖也が最も自分の嫌っている部分でもあった。


「まあな。タマタマだ」


 どこから調達してきたのか、ジャーキーを齧る。聖也は隙を見せないように距離を保った。


――どうする? 警察を呼ぶか?


 どうにか辰串の目を盗んで通報したい。


「さ、酒、足りないだろ? あの酒とか、良いヤツすよ?」


 深酒して眠りこけてくれれば、一番手がかからない。目線を一瞬、ラックに飾っていたとっておきの洋酒に向ける。


「להעניש את החוטא」


その一瞬の間に、辰串の姿は消え失せていた。


「あ、あれ? ユーゴさん?」


 狼狽していると、


「なあ聖也ァ」


突然背後から呼びかけられ、肩に腕が回された。


「ひいっ?」


 思わず悲鳴を上げる。何が起こったか、皆目分からなかった。明らかに男は、この部屋にいなかったはずなのに。


刑務所落ち(アカオチ)してきた野郎に聞いたんだがよー」


 刑務所は閉鎖空間ではあるが、頻繁に入所があるのでなぜか最新の情報が、しかも警察も知らないようなものが出回る。


「オメー、警察(サツ)に金積んで、オレ様に全責任おっかぶせやがったナ?」


 肩を持つ手に力が籠る。


「う……」


 あのときは、聖也にとっても崖っぷちだった。


「“会社での使い込みがバレそうだから、助けてくれ”って泣きついてきたのはオメーだっただろうが。ドタンバで裏切りやがって」


 強盗は、聖也の方から持ち掛けたものだった。強盗の仕業にみせかけて金と書類を盗み、うやむやにするつもりだった。

 だが、事前の情報収取不足が祟って辰串は捕まってしまう。だから聖也は辰串を切り捨てた。


「いやー残念だわー。弟分に裏切られるってのはつれーわー」



――そうだ、俺が関与した証拠はもうないんだ。なにを弱気になってる!



 聖也は辰串の手を振り払った。


「し、仕方ないだろ! アンタが居合わせた親父を殺すなんてしなけりゃ――」


 肩口に灼熱を感じた。肩口に細身のナイフを突き立てられている。肩のくぼみに細身の刃物を突き立てれば、骨に妨害されることなく心臓に達する。


「ケジメはキッチリつけねえとナ」


 ナイフをグリッと()じった。


「あ、ああ……」


 倒れ伏した聖也の肩からとめどなく血が流れる。青い犬が血だまりに鼻先を近づけ、ベロベロと舐めた。


「……違うって言やあ、迷ってたかもなァ……?」


 だが聖也は自ら関与を認めてしまった。棚の高い酒を取り、景気づけに飲み干す。


「うっし、気が晴れたゼ! 行くぞ、カー公!」

宇越聖也うこしせいやのアナグラムは何でしょう(/・ω・)/

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