報復
神無警察署では、早速捜査本部が設置されていた。近隣署からの応援も駆けつけている。
「こりゃ、辰串をお縄にするまで家に帰れませんね。また嫁さんに小言言われちまう」
伏木の隣に座った名取巡査長が話しかけてくる。大事件が起きた場合、小さな署では課関係なく総員体制となる。
「僕も、随分息子に会えていませんねえ。どうです、大きくなったでしょう?」
伏木がスマホを見せてくる。パジャマを着た5歳ぐらいの少年の写真。満面の笑顔で、警察官のように敬礼のポーズをしていた。
「“将来パパみたいな警察になりたい”なんて言ってくれてましてね」
頬の筋肉が緩みっぱなしである。
「もうその話30回は聞きましたよ」
「おや、それは失礼」
謝罪しつつも、これ以上ないほどに目を細めている。
「なあ、“ふしぎさん”の息子って……」
同僚が名取に囁きかけた。伏木は陰で「ふしぎさん」と呼ばれていた。名前の読みをもじったもので、場を読まない発言や単独行動を好むことからついた。それでも結果を叩きだすので、警察組織という超縦社会でもどうにか孤立を免れている。
「しっ、黙っててやれよ」
名取は乱暴に遮った。
「スーパーマーケットの映像以降、辰串夕五の足取りは失跡したままです」
刑事課の課長が代表して報告する。応援要員含めスーパーの周辺を虱潰しに歩き回ったが、手ぶらで帰ってくる羽目になった。
「目立つ風貌してるんですがね。この目撃情報のなさは異常です」
「おいおい、廃屋か下水道に潜伏とでも言い出すつもりか?」
副署長は嘆息する。ミステリやドラマの定番だが、実際には人ひとり潜伏するのは相当に難しい。
「辰串は長いこと神無市にトグロ巻いてたんだろう。潜伏先とか、立ち寄る場所に心当たりはないか?」
副署長に問われて、中堅署員が目を泳がせる。
「さあ……辰串は天涯孤独です。逮捕当時1課にいた者は、ほとんど転勤してここにはいませんし……」
芳しい返事は得られなかった。地縁を当たるのは難しいかと思われた矢先。
「はい。発言宜しいでしょうか」
伏木の隣に座っていた名取が手を上げた。
「交通課名取巡査長、どうぞ」
副署長が発言を許可する。
「本職、当時1課に在籍しておりました。辰串が逮捕されるきっかけになったのが、株式会社ルーフクロッシング社長宇越玄鳥さん宅での強盗殺人です」
皆が一斉に資料をめくる。
「続けてください」
先を促される。
「玄鳥さんには聖也という息子がいるのですが。その息子と辰串に交友関係があったそうです。逮捕された後、辰串は“聖也に嵌められた”と一貫して主張していました。結局、それらしい証拠は見つかりませんでしたが」
なぜかきまり悪げに巡査長は報告した。
「ふむ。辰串が恨んでいて、向かう可能性があるな。よし、巡回中のパトカーも向かわせて、話を聞こう。会社と自宅な。残りの者は地取りと鑑取りだ、割り当て決めろ」
「「「はい!」」」
副署長が結論付けた。
* * * * *
宇越宅は、豪邸と形容しても差し支えない大きさだった。庭にはルネサンス期の女性裸婦像が幾つも飾られている。現在は聖也以外は居住していない。聖也に兄弟はおらず、現役を退いた母親は旅行に忙しい。
「ね、念のためにどこかへ避難しておこう。とりあえず、身の回りの物を……」
自室に飛び込むと、
「よう」
そこには獄衣の男がいた。どっかりと床に座り込み、飾っていた1本8万円のスコッチを安酒のように呷っている。
「ゆ、ユーゴ……さん。どうしたんすか?」
つい、へり下った口調になる。
「逃げたとかニュース聞いたすよ」
およそ会社の部下には決して見せない、卑しい面。聖也が最も自分の嫌っている部分でもあった。
「まあな。タマタマだ」
どこから調達してきたのか、ジャーキーを齧る。聖也は隙を見せないように距離を保った。
――どうする? 警察を呼ぶか?
どうにか辰串の目を盗んで通報したい。
「さ、酒、足りないだろ? あの酒とか、良いヤツすよ?」
深酒して眠りこけてくれれば、一番手がかからない。目線を一瞬、ラックに飾っていたとっておきの洋酒に向ける。
「להעניש את החוטא」
その一瞬の間に、辰串の姿は消え失せていた。
「あ、あれ? ユーゴさん?」
狼狽していると、
「なあ聖也ァ」
突然背後から呼びかけられ、肩に腕が回された。
「ひいっ?」
思わず悲鳴を上げる。何が起こったか、皆目分からなかった。明らかに男は、この部屋にいなかったはずなのに。
「刑務所落ちしてきた野郎に聞いたんだがよー」
刑務所は閉鎖空間ではあるが、頻繁に入所があるのでなぜか最新の情報が、しかも警察も知らないようなものが出回る。
「オメー、警察に金積んで、オレ様に全責任おっかぶせやがったナ?」
肩を持つ手に力が籠る。
「う……」
あのときは、聖也にとっても崖っぷちだった。
「“会社での使い込みがバレそうだから、助けてくれ”って泣きついてきたのはオメーだっただろうが。ドタンバで裏切りやがって」
強盗は、聖也の方から持ち掛けたものだった。強盗の仕業にみせかけて金と書類を盗み、うやむやにするつもりだった。
だが、事前の情報収取不足が祟って辰串は捕まってしまう。だから聖也は辰串を切り捨てた。
「いやー残念だわー。弟分に裏切られるってのはつれーわー」
――そうだ、俺が関与した証拠はもうないんだ。なにを弱気になってる!
聖也は辰串の手を振り払った。
「し、仕方ないだろ! アンタが居合わせた親父を殺すなんてしなけりゃ――」
肩口に灼熱を感じた。肩口に細身のナイフを突き立てられている。肩のくぼみに細身の刃物を突き立てれば、骨に妨害されることなく心臓に達する。
「ケジメはキッチリつけねえとナ」
ナイフをグリッと捩じった。
「あ、ああ……」
倒れ伏した聖也の肩からとめどなく血が流れる。青い犬が血だまりに鼻先を近づけ、ベロベロと舐めた。
「……違うって言やあ、迷ってたかもなァ……?」
だが聖也は自ら関与を認めてしまった。棚の高い酒を取り、景気づけに飲み干す。
「うっし、気が晴れたゼ! 行くぞ、カー公!」
宇越聖也のアナグラムは何でしょう(/・ω・)/




