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王の名前を  作者: あまやどり
第七章 脱獄囚
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逃げて来た男

緊急配備(キンパイ)だ! 非番の警官も叩き起こせ!」


 路上で年配の警察官が怒鳴る。


「照会きました。名前は辰串夕五(たつぐし・ゆうご)28歳!」


 ペアの若い警察官が、無線機から流れる通信を繰り返す。


「移送途中に脱走。防犯カメラの映像から、神無(かんな)市内に潜伏したと思われます」


 殺気立つ警官たちの真横を、グレーの囚人服を着た巨漢が悠々と通り過ぎた。


「ゴクローさん」


 警官の頭をポンと叩く。男の側には、青い体毛のマルチーズがつき従っていた。

 パトカーのボンネットに腰を下ろし、のんびりと街を眺めまわした。


「久しぶりのシャバだ。排ガスのニオイがなつかしーやナ」


 後頭部を触る。


「坊主頭がスースーするのが困りもんだゼ」


 ボンネットに飛び乗ったマルチーズがキャンキャン吠えたてた。


「わーってるって。んが、まずはメシだ」


 忙しそうな警官たちを尻目に、近くのスーパーに入って行った。


 スーパーの総菜コーナーに座り込み、焼き鳥や唐揚げを手づかみで頬張る。


「かー、うめえ!」


 続いて分厚い豚の角煮を一口で呑み込んだ。会計を済ませていない商品を店内で食い漁っているのだが、店員は気に留める素振りもなく清掃を続けていた。


刑務所飯(もっそうめし)は量も少なけりゃ油ッ気もねェから、こんなのが恋しかったぜェ!」


 500mlの缶ビールを一気飲みする。


『バウッ!』


 マルチーズが吠えた。


「わーってるって。オレ様が自由の身になれたのもオメーのオカゲだからヨ」


 ウイスキーの角瓶の栓を抜き、半分ほど一息で飲み込む。恵まれた筋肉質の体格は酒精にも強かった。


「で、殺して欲しいヤツってなドコのドイツだ?」



* * * * *


 けたたましい音とともに、ニュース速報が流れた。蓮は見る習慣がないので1人で暮らし始めて置物化していたテレビだが、イデアが「現代の情報収集に有用です」と言うので最近は点けっぱなしにしている。


【移送中の囚人が脱走 神無市】


「レン、この市になにかあったようですよ」


「え、なんだって?」


 イデアに言われて、ようやく「アルカトラズ幻想」から目を離す。集中しすぎて速報の音も耳に入っていなかった。


【本日、囚人が脱走。辰串夕五(たつぐし・ゆうご)28歳。神無市に潜伏か】


 速報は2度流された。


「囚人まで紛れ込んできたか」


 蓮にとっては完全に他人事だった。


「現代の情報網は素晴らしいですわね」


 素直に感嘆するイデア。


「故意に歪曲されてなければね」


 水を差す。話は終わりかと思いきや、


俘虜(ふりょ)の来歴は?」


少女はこのニュースに関心を示した。


「じきにニュースで喋ると思うけど。興味あるのかい?」


「ええ。少しばかり」


 物憂げな表情で、イデアは応じた。蓮の予想通り、臨時ニュースが始まった。


《本日未明、囚人が脱走しました。名前は辰串夕五28歳》


 スタジオでアナウンサーが告げる。


《罪状は強盗殺人(強盗致死傷罪)。死刑を求刑され、3年前よりH刑務所に服役していました。改修工事に伴いF刑務所に移送される途中、神無市で逃亡に及んだとのことです》


「だってさ。犯罪者の大型ルーキーが乱入だ」


「殺人……」


 イデアはなぜか、罪状に反応した。辰串夕五の写真が画面に大きく映し出される。髪を短く刈り込んだ、筋骨(たくま)しい男だった。


「なんか、全てのトラブルを暴力で解決してきたような顔付きだな」


 偏見に満ちた人相見だが、あながち間違っていない。体格以上に蓮が注目したのは、剝きだされた犬歯と、兇暴そのものの目つき。対話を拒否し、相手をねじ伏せることしか考えていない(ただ)れた眼光。


「道義心の欠如は、兵士としては相応しい資質ですけれど」


 イデアの応対は心ここにあらず、といった塩梅だった。


「そんなにこの事件が、いや、犯人が気になる?」


 イデアが首肯する。


「殺人者としか契約できない、悪徒の堕天使がおりまして」



* * * * *


「げえっ!」


 宇越聖也(うこし・せいや)は、ニュース速報を見て仰天した。


《辰串夕五が神無市で逃亡を図ったのは、市が地元であり、土地勘があったためと思われます》


 現場のアナウンサーの言葉は、驚きのあまり聖也の耳に入ってこない。


「あの野郎、脱走しやがった! マジかよ?」


 純金のネックレスや金無垢の腕時計をじゃらつかせながら、社長室から飛び出す。


「しゃ、社長、どうしたんですか?」


 秘書が聖也を見て慌てる。無理もない。いつも偉そうにふんぞり返っているだけの2代目社長が、珍しく色を失っていた。


「うるさい! 俺はしばらく来ないからな! お前らだけでなんとかしてろ!」


 目を合わせる余裕もなく、出て行った。


「なーにが“後はお前らで”よ。お飾りのアホぼんが」


 秘書は荒々しく閉じられたドアに舌を出した。



 BMWに乗り込み、株式会社“ルーフクロッシング”を後にする。車載テレビをつけた。


《辰串夕五 は3年前、株式会社ルーフクロッシング社長宇越玄鳥(うこし・くろどり)さん宅に強盗で押し入り殺害――》


 淡々と犯罪歴を述べている。


 この事件で父親が死亡し、これまで常務取締役という役職だけは与えられていた、何の勤務実態も実績もない聖也が強引に社長に収まった。偉そうなだけの持て余し者だった聖也だが、大株主である母親を説き伏せ、それを圧力に後釜に(すわ)った形である。



《辰串夕五の足取りが掴めました。大通りのスーパーマーケットで無銭飲食をした、ということです。防犯カメラの映像を入手することに成功しました》


 アナウンサーが自分の手柄のように鼻を鳴らしながら言うと、画像が切り替わった。


 スーパーから悠然と出ていく、グレーの受刑者服を着た夕五が映し出された。浮かべた猛悪な笑みは、聖也の記憶と寸分違わない。どうやら刑務所生活でもあの男の毒気を抜くには至らなかったようだ。無意識に金のネックレスを握り締める。

 金には魔除けの効果があると言われている。聖也はあの事件以来、金の装飾品を身に着けるようになっていた。



《付近で警察官がパトロール中だったということで、なぜ見過ごしたのか、警戒態勢を疑問視する声が――》


「くそっくそっ! 無能な警察どもめ!」


 毒づきながら、ようやく自宅に到着する。



* * * * *


 辰串夕五は小さな公園のトイレに入った。


「お、あったあった」


 用具入れの奥から、細身のナイフを引っ張り出した。捕まったときの用心に、金や服、凶器など最低限のものを市内のあちこちに分散して隠している。


「さあて、まずはお礼参りだぁナ」



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