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王の名前を  作者: あまやどり
幕間
42/60

因果に応報される者たち

今回は少し長めです(/・ω・)/

 蓮の膝の上に座っていた黒猫バエルは、にわかに起き出した。窓をカリカリ爪でかいて、外へ出せと催促する。


「ん、出るのか?」


 窓を少し開けてやると、するりと出て行った。バエルは外で過ごすことも多い。


「野良猫のケンカの仲裁にでも行ってるのかな」


 喋る以外は普通の猫と同じ生活をしているので、ついつい堕天使だということを忘れがちな蓮だった。


「ノンキしてないで、レンも考えてくださいな」


 バエルの“カアナンの王”の定義が分からずやきもきしているイデア。


「賢者の王が分からないものを、イチ高校生が分かるもんか。」


 読書に戻ろうとして、はたと手を止める。


「そういや検索してみたけど、バエルの本来の姿って異様だな」


 蓮がネットで調べると、猫と人間、カエルの合わさった極めつけに異形の姿が出てきた。


「出自がまったく分からんかった」


 何気ない一言に、イデアが怪訝な顔をする。


「出自が? バエルの姿は知っておりますわよね?」


 現在の画像は抽象化しているようですが、と追加する。


「ああ、黒猫とヒキガエルと人間の姿をしてるんだろ?」


「そこまで見ておいて、分かりませんの?」


 今度は蓮が怪訝な表情をする番だった。



「黒猫とヒキガエル。どちらも、魔女の使い魔の代表格でしょうに」


 「魔女の王」。それがバエルの異名だった。




「魔女か。いるんなら会ってみたいもんだ。あ、そうそう、今日は詠さんが昼ご飯作りに来てくれるらしいぞ」


「やたっ! 今日は大勝利です」


 緊迫した雰囲気は何処かに吹き飛んでしまった。


* * * * *


 筑波剛李(つくば・ごうり)は道を度々迷いながらも、目的地に近づきつつあった。


「しみったれたクソ家ばっかだが、こんなんに限ってタンス預金がっぽりありそうだな!」


 空き巣の物色をしながら歩を進める。その悪態を、黒猫バエルが屋根の上から見下ろしていた。堕天使であるバエルには、つき従うべリスの姿も映る。目的は容易に察せられたが、我関せずで通り過ぎようとした。


 だが、道路の角から車椅子の女性がやって来るのを見て足を止める。磯蔵詠(いそくら・よみ)だった。

 イデアに料理を教える約束のために蓮の自宅を訪問するところだった。いつもはロールスロイスで乗りつけるのだが、今日はマンホール工事で車が通行禁止だったため、近くに車を止めての移動を余儀なくされていた。


「おっ、〇〇〇発見ー!」


 差別用語を叫ぶ筑波。「弱いもの叩き」は筑波の得意技である。薄汚いことに、弱い者いじめは一定の需要がある。派手な髪、ユーチューバーをしていても筑波の性根は陰湿だった。


「いいこと思いついた。あの車椅子を魔術で破壊して、あの女をマンホールの穴に突き落としてやったらオモシレーんじゃね?」


 冗談でも誇張でもない。面白くもなければ、ただの殺人行為であることに筑波は気付くつもりがない。



 黒猫はじっと詠を見つめ、道路に降りた。



 筑波の前に黒猫が立ち塞がった。三色頭の男は脂で膨れた手をパンパン叩く。


「俺猫大好き! 脚を針金で縛ってサッカーボールみたいに蹴るのに一時期ハマってて~」


 黒猫で「遊ぼう」と手を伸ばす。


『あい、やめろ!』


 猫の正体を知っているべリスが慌てて制止しようとするが、一手遅かった。


「手足だけ砕いて、ダルマにして蹴り殺してやるっつーの」


 黒猫に触れ、“歪な錬金呪術”で猫を結晶化させようとする。が、それは叶わなかった。逆に、差し出していた筑波の手が結晶化してしまった。


「あ、ああ? なんで?」


 蒼白になって手を振り回すと、それだけで手首から先がぽきりと折れた。


「ひゃあああ!」


 恐慌をきたしてドタドタと逃げ出す。だが、数歩目には筑波の足は地面を捉えることができなかった。滅茶苦茶に逃げようとした結果、踏み出したのはマンホールの穴の真上。ちょうどマンホールカッターで周囲のアスファルトごと切り取られ、蓋が取り除かれた後だった。


「あ? あああー!」


 訳の分からないまま、筑波はあちこちぶつけながら落下していった。奥で作業員の怒号がしている。


あっという間の出来事だった。磯蔵詠は騒動に気付かぬまま、居須磨の家に入ってゆく。


『しばらく地下で頭を冷やすが好い』


 死なないまでも、大怪我を負ったことだろう。事実上の戦線離脱である。べリスは黒猫を睨んだ。


『『やってくれおったな、バエル!』』


 子どもの口調から、老人のような喋り方に豹変する。べリスにとっては最悪の結末である。ソロモン王に復讐も果せず、筑波も使い物にならないくせに生きている。せめて死んでくれれば、死体から僅かなりとも魔力が奪えた。奪えれば実体化もできたものを。


『『“頭”のない卿に遅れを取るとは!』』


 実体のないべリスでは、バエルに干渉することはできない。恨み骨髄に達していたが、この場での手出しは諦めるしかなかった。


『『いずれ決着をつけてくれる!』』


 憤慨して姿を消すべリス。


 なお、筑波は死にはしなかったが、半身不随になった。自分が今まで動画で散々バカにしてきたものたちと同じ境遇になったと言える。



* * * * *


 最寄りの交番で簿冊を借り受けた帰り。伏木京(ふせぎ・きょう)巡査部長は不穏な気配を察した。


坊崎(ぼうさき)さん。少々用事を思い出してしまいました」


 隣の若手刑事に言う。


「了解でっす。あそこのスーパー万引きが多いって聞いたんで、ちょこっと様子見に行ってきます」


 坊崎は口実を作って、伏木を1人にした。原則、刑事は職務中2人組で行動しなければならない。

が、坊崎は伏木に大きな借りがあり、また伏木の事情を何となく察しているため、こうして便宜を図ってくれる。


「はてさて」


 坊崎を見送って、1人ホームセンターの敷地に入る。店舗へは入らず、裏に回った。隣は他の会社の大きな倉庫があり、人目につかない。


「この辺りから声が聞こえたと思ったのですがねえ」


『好き好んで仕事を増やすものでもあるまいに』


 老人が声を掛ける。


「ご老人は、いつも気怠げですねえ」


 伏木としては皮肉でなく、事実を言っただけのつもりである。


『目的もなく永遠を生きるなど拷問でしかないわ。もはや余生のようなものよ』


 伏木に破格の魔術を無償で貸し与えたのも、契約にも塵界(人間界)にも興味がないことの証明だった。


「おや、勿体ない。堕天使で、会ってみたい方などいらっしゃらないのですか?」


 珍しく返答が返ってくる。


『……堕天使ではないが、おるのう。だが未練に過ぎん。自尊心の高い御方だ。滅びる国に背を向けて、己1人逃げ出すような真似は間違ってもなさるまい。ああ、退屈じゃ』


 茫洋(ぼうよう)とした瞳に、僅かに光が灯るが、再び消えてしまった。



 ごく幽かに聞こえてきた悲鳴。そこにいたのは、最早動かない1人と立ち尽くす1人。立っている男は40代前半ぐらいで、胸に「研修中」のプレート。倒れているのは30代見当の男性で、どちらもホームセンターの制服を着ていた。


「ヒッヒッ……ざまあみろ。いままでさんざんイジメやがって……」


 荒い息を吐きながら、死者に吐き捨てている。だが、男の狂態以上に異常なのは、死体に覆いかぶさって内蔵を食らっている異形の怪物だった。辛うじてヒト型と言えるのだが、足が奇妙に短いし、体色は真白で体毛がない。目鼻もなく、三日月のような口だけが顔にへばりついている。


――やっぱり堕天使案件でしたか。こんなことばかりに鼻が利くようになってきましたねえ。


「だ、誰だお前!」


 男はようやく伏木の存在に気付き、問いただす。


「誰って、“オマワリサン”ですよ。手帳は見せることはできませんが」


 警察手帳を見せるということは、報告の義務も発生する。

伏木は男のことを逮捕も報告もするつもりはなかった。


「こ、コイツが悪いんだ! 俺は悪くない! コイツがいじめるから……!」


 正気の消し飛んだ目で叫ぶ。伏木はうんざりした。性悪な堕天使は、心の弱い人間を狙って契約する。それは殺人願望のある者にナイフを手渡すような行為だった。


 指で四角形を作り、覗き込む。男の脇には、甲冑を纏った黒馬が居た。

 序列66位の堕天使キマリス。獰猛と無謀を司る異界の支配者。


「み、見られたからには、死んでもらわなきゃ」


 男はしゃがみ込み、チョークで地面に何か図形を描いた。すると地面が盛り上がり、先に見た怪物が這い出てくる。粗末な槍や棍棒で武装していた。


 “外の戎兵(じゅうへい)”。戦うしか能がない下僕を召喚する。


「殺したら食っていいぞ」


 戎兵の使役には対価が必要で、死肉を報酬に要求する。死体の隠滅もできて一石二鳥だが、敵1人に対して複数を召喚することは難しい。1匹当たりの“取り分”が減ると機嫌を損ねるからだ。そうなってしまえば、足りない分の“肉”を召喚者で補うことになる。


 不細工な手製の武器を構え、伏木ににじり寄る。


「貴方達には退去していただきましょう。日本国の法律適用外ですから」 


 戎兵2匹が唐突に消えた。一瞬で潰され、地面の染みになる。


「ひゅ……! 潰れた?」


 男は予想だにしなかった展開に息を呑んだ。


「正確には違いますけれど。まあ、似たようなものです」


 重量のあるものに圧し潰されたように見えるが、その実伏木の用いた魔術は“地震”だった。局地的で強力な地震によって、対象を圧壊させているのだ。それはとても生物が耐えうるものではなかった。


「ま、まだいくらでも代わりは出せるんだ!」


 再び地面に手を伸ばす。新たな怪物が這い出ようとしたところで、その頭部が潰れる。ついでに男の右手も。


「そんな予備動作の大きな魔術、分かっていたら見過ごすわけにはいきませんよ」


 無くした手を見て、呆然とする。恐怖と非現実味で、痛みが襲ってこない。


「ぼぼぼ、僕を捕まえるのか?」


「魔術を使った犯罪なんて、現刑法で立証できないでしょう。ですから、諦めてもらいます」


 生きることを。男も狂った頭で悟る。


「新人いびりが何ですか。5年歯を食いしばって、出世して見返してやれば良かったのですよ」


 警官ではなく人間として忠告する。だがそれは強者の理屈でしかない。


「そ、そんなに耐えれるか!」


 また、男に教えを活かすべき後人生もなかった。


「だったら、貴方が弱かったというだけの話ですねえ」


 伏木は冷酷に告げた。


「け、警察は正義の味方じゃないのか!」


 男の主目的は、舌戦へとシフトしていた。


「僕は正義の味方ではありません」


 断言する。


「僕は息子のことを誰よりも大事にしているだけの、ただのエゴイストなのですよ」


 男は圧し潰された。

 局地地震は、骨も肉も粉々にする。死体の始末にもお(あつら)え向きだった。黒馬キマリスは、大きく(いなな)いてから姿を消す。


「動物は感情豊かでいいですねえ。比べてご老人ときたら」


『ほざくな。愛嬌のある老人など見苦しいだけだわ』


 にべもなく撥ねつけられて、伏木は軽く頭を振った。

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