迷惑系YouTuber
僅か数分の動画は、ウォッチャーたちの間で物議を醸した。
【ムカつくバイト先の店長に仕返ししてやった!】
動画は、頭を三色に塗り分けた小太りの男がバイト先の日焼けサロンに入るところから始まる。カウンターにいた店長のプレートを付けた若い男が身を乗り出してくる。
「お前、もう来るなって言っただろうが! 警察呼ばなかっただけ感謝しろと…‥」
「はいタッチ」
三色男が店長に触れると、石にでもなったように動かなくなった。目の前で手を振ったりしても、まばたき一つしない。
「へっ、ザマーミロ! レジの金盗ったぐらいでクビにしやがって」
足を上げ、ゆっくりと店長を蹴り倒した。マネキンのように固まったまま倒れ、地面に倒れるとその衝撃でガラス細工のように砕けた。
良識ある視聴者の通報で警察が立ち寄った際には、日焼けサロンは瓦礫の山と化していた。
筑波剛李は“バンパク”という名前でユーチューバー活動をしている。ただし内容は迷惑系。コンビニ内で会計を済ませていない商品を食べたり、110番をして警察が来るのを遠巻きに見物、実況したり。とにかくみみっちい炎上商法で名前を売ろうとしていた。
炎上商法を選んだのは手っ取り早いから。努力せず有名になりたい、楽に金を稼ぎたい、という願望と承認欲求だけが腹と同じく肥大している。社会経験の軽薄さから実年齢よりも幼く見られるが、現実は39歳。
安易で安価で短絡的な軽犯罪は見るものを苛立たせこそすれ、喝采をあげさせることはない。だからいまだ知名度もなく金も稼げていない。
転機が訪れたのは堕天使べリスに出会ってから。貰った魔術で人様に迷惑をかけ、それを配信することを思いついた。
やっていることは犯罪者そのものであるが、警察に捕まる心配などしていない。筑波にとっては、自分の醜い承認欲求を満たすことの方が重要なのだった。
「へへへっ、ホントなんだろうな、べリス」
筑波は何度も赤い服の堕天使に念を押した。矮躯の小さな子どもで、足の先は馬の蹄になっている。不気味なことに顔が2つあった。正面に1つ。後頭部に1つ。前面の顔は愛くるしい子どもだが、後頭部のそれは醜い。
『『まかせてよ、おにいちゃん』』
2つの口が子どもの声で返すが、無論堕天使が外見相応の年齢であるはずがない。
『『すっごいわるいやつがいるんだ。そいつをやっつけてくれたら、“ものを金に変える魔術”をおしえてあげる!』』
子ども口調に似合わぬ悪事を唆す。べリスは錬金術に長じた堕天使だった。
そんな魔術が手に入れば、ケチなユーチューバーなどしなくても一生贅沢に暮らせる。
「へへへっ、誰だろうが触っちまえばイチコロだっつーの」
自分の豚足のような手を見やる。与えられた魔術“歪な錬金術”は、触れたものを脆い物質に変質させてしまう。人間だろうがエステサロンだろうが、わけなく破壊できる。
当初、筑波はこの「お願い」に前向きではなかった。神無市に紛れ込んだ人間1人を探し出すのは容易ではない。しかも、本当にいるかどうか、言い出したべリスでさえも『『このじだいにきてるとおもうんだよねー』』と非常に頼りない。まだしも動画で目先の小銭を拾っていた方がマシに思える。
だが、事態が進展した。期待せずにネットで情報収集していたら、ある探偵社に誘導された。どうやら契約者が関わっている会社らしい。
そこの所長であるサングラスの女が言うことには、「直接は知らないが、その少女を匿っている男は知っているワケ」とのことだった。
かなり高めの調査費用を請求されたときは「こいつも殺してやろうか」などと考えたが、女が心を読んだように予防線を張ってきたので諦めた。日焼けサロンから奪ってきた金でどうにか払うことができたが、そのお陰で目下一文無しである。
「んま、錬金術さえ手に入れちまえば大した問題じゃなくなる。豪遊してやっか」
弛んだ頬を更に緩ませた。
「おいすー! 底辺ユーチューバーのバンパクでっす! 今日の舞台はココ! 某住宅街!」
周囲の家並みを映す。
「俺、こういうとこ大好き! しみったれた社畜どもが寿命削ってるってみじめな感じがさあ! ……あー、うるさいな!」
手前の道路でマンホール工事をしている最中だった。マンホールカッターでアスファルトを削る音がやかましい。
「誰のおかげで飯食えてると思ってんだバッカが!」
少なくとも、税金を滞納している筑波のお蔭ではない。
* * * * *
「わたくしと契約なさい!」
『断る。汝は“カアナンの王”ではにゃい』
イデアと黒猫バエルの間で毎日繰り返されるやりとりだが、判に押したような返答しか返ってこない。
――断りつつもここにいるってことは、まだ望みはあるってことだよな? “カアナンの王”ってのは条件次第で変動するものなのか?
蓮はバエルの考えを推測する。
『今“頭”はない。どの道大したこともできにゃい』
バエルが十全の力を発揮するためには、様々な条件をクリアする必要があるのだと以前に聞いた。
「……で、お前はお前でまだ拗ねてるのか」
隣の部屋でゲーム中のデカラビアに声を掛ける。レトロなアクションゲームを、あてつけがましく大音量でプレイしていた。
『狭いながらも楽しい我が家が乗っ取られかけておるのだぞ。不機嫌にもなるのである』
「狭いながらも~とか余計な付け足しするな。なんでどいつもこいつも俺の家を自分の所有物扱いするんだ」
正確には蓮の両親の家、である。
「さっきからなにをやってるんだ?」
デカラビアが先程からプレイしているのは40年以上前の単調なゲームで、ステージも5つしかない。デカラビアはなぜか先程からステージを延々と周回していた。
『うむ。ネットの有志からの情報提供でな。全ステージを24周すれば、捕らわれてたヒロインが正体を現して襲い掛かってくると聞いたのである』
単調な電子音の中、飽きずにプレイしているデカラビア。
「それウソ技だぞ」
言い放つと、小松左京著「日本アパッチ族」の読書に戻る。
『何度も途中で不覚を取ってやり直しておるが、コツも掴めてきたのである。そろそろこの女狐めの正体を……ほあっ?』
頓狂な声をあげる。
「調べたらすぐ出てくるぞ。何十年前の“ネットの有志”だよ……」
『う、ウソ? 余ともあろうものが虚言に踊らされたというのであるか? 人間の善性はどこに吹き飛んでしまった?』
「堕天使が言うな、って話だけどな。ネットの中だと堕天使顔負けの悪性を発揮する人間は大勢いるから、鵜呑みにするなよ」
小学生を諭すように言って、傷心中のデカラビアを放置した。




