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王の名前を  作者: あまやどり
幕間
40/60

知識欲の権化

「でからびあ。ふぉるねうす……っと」


 玲が耳慣れぬ単語を呟きながらネットで検索すると、「ソロモンの堕天使」がヒットした。複数のサイトを覗いてみる。


「狐憑き、みたいな?」


 和風に変換して落とし込む。であるならば、ネットで知り合ったレア子の「夢見通り!」などの発言も、堕天使が予知を授けてくれていたのではないか。

 まるで酒席の法螺(ほら)話である。“レア子”や“ギー”のこと、何よりもデカラビアやフォルネウスなどの実物を見ていなければ到底信じなかっただろう。


「んで、きっとカイジしゃちょーも」


 恐らく京都快児(みやこの・かいじ)の魔術は「秘密の暴露」。そうでなければ、まったくの他人の秘密をあれほど都合よく握れる道理がない。


――ほ、欲しい!


 玲が求めてやまない力である。




 京都快児(みやこの・かいじ)との縁は、彼に路上で声を掛けられたのがきっかけだった。


「や、どーもどーも」


 20代の若い男。背広なのに靴や時計はカジュアルで、着崩した姿にサングラス。サラリーマンではありえない身なりだった。


「怪しいもんじゃないッスよ、ほい名刺」


 名刺には“みやこの探偵所 所長京都快児(みやこの・かいじ)”と印刷されていた。


――令和の世に探偵ってだけで充分以上に怪しいっての。


 三船は快児に、同類の臭いを嗅ぎ取った。なので、アルバイトの誘いを快諾する。好奇心の塊である三船にとっては天職といえた。


 かくして三船は放課後に“みやこの探偵社”でアルバイトをすることになった。素行調査、浮気調査なども、労力はかかるが三船の知識欲を満たすのに貢献してくれるので苦にならない。

 技術の他にも、


「この番号は“掃除屋ケンちゃん”。邪魔なものを跡形もなく“掃除してくれる”ッス」

 

など、明らかに法律の枠外にあるような繋がりまで勝手に教えてくれた。



 胡散臭い探偵事務所だが、快児の伝手で依頼はそれなりにある。裏街道の人間たちと繋がりがあるようだった。

 快児は他にも脅迫で収入を得ているらしく 重役から女子高生まで、様々な人間の弱味を握って金を(たか)っていた。もっとも、その弱味とは悪事のことであり、同じ穴の(むじな)であるようだが。

 彼らはいつも憎しみの籠った目で睨んでくるが、快児は平気の平左だった。(むし)り取った金は快児を通り過ぎるだけで、景気よくギャンブルに消費されていく。


 本人しか知りようのない秘密を快児は知っている。そのことを当時から(いぶか)っていた。



「この番号は“洗濯屋ケンちゃん”。汚れちゃったお金をピカピカにしてくれるッス。手数料は13%ね」


「ケンちゃん何人いるワケ? 同一人物?」


 いつも訊いてもいないことを教えたがる。無頼、無価値、軽薄、(しか)して有能。彼は玲の「なりたい大人」像に近い人物なのかもしれない。



* * * * *



「――うっ」


 快児はコーヒーカップを落とした。身体中から力が抜けてゆく。


「……やったっスか?」


「うん」


 対面に座っていた玲は素直に毒を盛ったことを認めた。


「痛みや吐き気はない。ちゃんと死ぬんっスか?」


 妙な心配をする。


「家のキッチンで作れるけど、効き目は折り紙付きなワケ」


 バルビツール酸系催眠薬のペントバルビタールは、安楽死が禁止されたオーストラリアで自殺志願者たちに密かに愛用されている。

 快児はソファに横になった。玲は移動して隣に座る。


「鎮痛作用もあるから、痛くないっしょ?」


「こいつは嬉しい心遣いッスね」


 死の間際までも、冗談か本気か判断がつかないことを言う。


「オレッチが心が読めること、気付いてたろ? どうやった?」


 快児は常に人の心が「読めてしまう」。だからこれまでも、復讐や罠に嵌めようなどという手口は見透かすことができた。だが、玲はコーヒーを出したときも、飲む瞬間も、全く別のことを考えていた。


「大戦中に日本のスパイがやってた対尋問用の訓練をやってみた。ココロに棚を作るってヤツ」


 故に、表層思考ではまったく違うことを考えているように偽装できる。もっとも、実用的になるまでには苦痛とも言える練習が必要だったが。


「どうりでカレーのレシピばっか思い浮かべてたわけだ。そこまでやったなら仕方ないッスね」


 所長は苦笑する。


「目的はウァラクッスね?」


 玲はあれから堕天使について調べた。そして、彼の平生の行動から、快児の堕天使がウァラクであると確信する。


「うん。ゴメンね。どうしても欲しかった」


 恐らくは秘密の暴露、或いは読心を与えてくれる。蓮や出宇多のような魔術になら食指は動かなかった。唯一渇望する魔術を所持しているのが、快児だった。快児には奇妙な連帯感と、恩がある。

 だからといって、見逃す理由にはならない。


「まあ、玲ちゃんならいいか。オレッチと玲ちゃんは同類ッスから。同じ――“好奇心の奴隷”だ」


 瞼が閉じられてゆく。


「きっとウァラクはこうなることを知ってやがったんだ。好奇心を満たされ、好奇心に飢えて、好奇心に殺される。まぁったく、堕天使ってヤツは性悪ッスよ」


『キャッキャッ』


 玲には聞こえないはずの、赤子の堕天使の嘲弄が聞こえた、気がした。


「誰かに、言い残したいことはあるワケ?」


「いねッスよ、そんなの。オレッチは無戸籍者だもの。母親なんてとっくにおっ死んでるよ。後始末は“ケンちゃん”に頼め」


 最期に、独特の口の端を歪める笑いを浮かべる。


「じゃあな、後輩(・・)。良き最果て(破滅)への旅を」


 最期まで(はす)に構えて、京都快児は逝った。



 ウァラクとの契約は滞りなく終了した。気味の悪い赤子の堕天使は、契約が終わると再び昼寝に戻った。もはやこの堕天使には、快児の顔すら記憶に残っていないのではないか。


「好奇心に殺される、か」


 三船はカーテンを開けて外を見る。歩道橋を歩いている中年サラリーマンがいた。


【あー、配置換えだなんて。横領してる300万円がバレたらどうしよう】


 信号待ちをしている女子中学生。


【死ね死ね死ね。画像ばら撒いてやる。ネットのオモチャになって死ね!】


 ただ人間を見ただけで、勝手に思考が脳裏に打ち込まれる。


「これは……人間不信になりそう~」


 今後は、否が応でも剥き出しの裏面を覗き込んで生きてゆくことになる。だがこれが、玲の望んだ世界。


 秘密の洪水に晒される。だがまだ飽いてない。


 インターホンが鳴る。なんとなく、サングラスをする。快児のものを失敬しておいた。今ならサングラスをしていた快児の気持ちが分かる。他人の心を一方的に覗いていることで、自分も覗かれていないかと疑心暗鬼に陥るのだ。いわば自己防衛の手段だった。

 玄関のドアを開けると、気弱そうな背の低い中年女が立っていた。おどおどと話しかけてくる。


「あ、あのう、ここなら相談に乗っていただけると聞いたのですが。じ、実は、大切な息子がストーカーに付け狙われておりまして……」


【どうにか息子を殺したことをごまかさなくちゃ。この女を犯人に仕立て上げて――】


 三船は薄く微笑み、事務所に招き入れる。



「ようこそいらっしゃました。アタシがみやこの探偵事務所所長、三船です」

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