トリガーハッピーとの戦い
蓮は男を見据えた。できることなら背後から奇襲したかったのだが、男の足の速さと道の複雑さに、見失うことを恐れてまずは声をかけて足を止めさせることにした。
蓮が片根貴金属店に駆けつけたのは、既に気力が凶行に及んだ後。逃げ出す男の後を尾けるのが精一杯だった。
――つまり詠さんは“後始末”を押し付ける気満々だったと。食えない人だ。
男の肩に止まっている鳩を見る。
「あいつの堕天使か。ハト?」
鳥型の堕天使は強欲で、契約者に対して薄情であると聞いたことがあった。
『ハルファスであるな。序列38位“城塞の堕天使”ハルファス』
デカラビアが教える。蓮は嘆息した。
「38位……1.8倍かー」
デカラビアの序列69位と比較したらしい。
『……キサマ何を以てその数値を弾き出したのか言ってみるが好い。なに所詮は人間の妄言、怒りはせぬ。キレ散らかすだけである』
目を怒らせて凄むデカラビア。
「悪い悪い。少ししつこかった」
気力がハンドガンを構えた。
「無抵抗な店員に銃をぶっぱなすヤツ相手に話し合いはムリだよな」
警戒していた蓮の行動は早かった。工事現場のコンクリートブロックに身を潜めて、乱射される銃弾の雨を防ごうとする。
だが、豆腐でも突き通すかのように、銃弾は容易くブロックを貫通した。砕かれたブロックの破片が散らばる。
「うへえ」
ハンドガンが弾切れになると、サブマシンガンを手にした。
「予想通り、魔術で強化済みか」
蓮は僅かな時間だが、貴金属店での惨状を観察している。強化ガラスの破壊や穴だらけになった死体から、魔術の見当をつけていた。
サブマシンガンを乱射してくる。意に介さず、蓮は突進した。
「敵対者ロケル!」
魔方陣が前に展開される。銃弾の雨が浴びせられるが、「黒死館殺人事件」を盾に防いだ。魔方陣を通過した銃弾の大きさを10分の1に縮小したことで、破壊力を激減させていた。
“敵対者ロケル”の魔方陣は、通過したものを拡大、或いは縮小させることができる。
「あちゃー。表紙が思いっきり凹んじゃったよ」
本の表紙には、針の先端で突かれたような痕が無数に残っていた。
ここに至りようやく、気力は相手も契約者であることに気付いた。相手の堕天使が視えていた蓮と視えていなかった気力で、戦い方に明確な差が生じていた。
その差に乗じて肉薄した蓮は、拳を突き出す。
「敵対者ロケル!」
正面に、常とは逆向きの魔方陣を展開する。正位置のロケルは縮小を、逆位置のロケルは拡大を司る。
魔方陣を通過した拳が、10倍に拡大される。気力は巨拳に殴り飛ばされ、壁に叩きつけられた。
強盗殺人犯は気絶した。背負っていたリュックが落ち、内蔵されていた貴金属が路上にぶちまけられる。
「あー熱い。手袋でもしとくんだったな」
蓮は拳をさすっている。銃関係の魔術だと推測したときから、接近戦が一番有効だと思い決めていた。
『野蛮な決着のつけ方であるな』
「話し合いのテーブルごと蜂の巣にするような無法者相手に、暴力以外の何が有効だってんだ」
銃を遠くに蹴り飛ばして武装解除させ、身元を探る。
「魔術だって万能じゃないんだ。手の内が割れりゃ、対処法はいくらでもある」
デカラビアの魔術の汎用性が高いお蔭でもあった。ポケットの免許証を見つけ出す。
「可部気力。32歳か。変わった名前だな。あとは詠さんに連絡して……どうしようか?」
気力は強盗殺人をしでかしている。詠がどんな対応をとるつもりなのか、聊か気になった。
野鳩の堕天使ハルファスは、つまらなさそうに男の後頭部を突ついている。
「ハルファス、だっけ? 悪いね、契約者をノしちゃってさ」
蓮は話しかけた。実体でないとはいえ、姿が見えてしまっていると無視するのもばつが悪い。
『構ワヌ。先ハ愉シメタガ、コヤツハ価値無キ芥ヨ』
ハルファスは蓮の肩に飛び乗った。が、重さは感じない。
『我ガ“100人の生贄を捧げれば、兵器を満たした城塞をくれてやる”ト言ウタニ素気無ク断リオッタ! クルックー!』
甲高く吠える。
「はは……それは現代じゃハードルが高い要求だ」
中世など騒乱の時代であれば垂涎の恩恵なのだが、法整備の進んだ現代では無茶かつ無用である。
ほとんどの堕天使の思考と嗜好は、古代イスラエルの時代から変わっていない。永遠の寿命を持つ自己完結した存在が故に、変わる必要がないのである。デカラビアのように現代文明に適応しているのは、むしろ例外と言えた。
「しかしどうなってんだ最近の神無市は。なんで突然、3000年単位で時代遅れしてる怪物がわんさと湧いて出るようになった」
蓮の住んでいる神無市では近年不可解な事案が多数発生している。その中に、堕天使絡みとしか思えない事件も多く存在した。
『その疑問には、既に余が答えておるぞ』
「え? ……えっと」
今日のデカラビアとの会話を思起する。
――そもそも、貴様に召喚されてもおらんのである。
下校中に交わした会話に辿り着く。
『我々は、喚ばれねば顕現出来ぬ故な』
「……待てよ。じゃあ、お前らを呼び出した何者かがいるってことか?」
気力の手がピクリと動いた。蓮は気付いていない。
『ククク、死体ガ増エルヤモ知レヌワ』
鳩の骨格からはあり得ないほどに、嘴が歪に曲がった。
蓮は気力を無力化したと思い込んでいた。
「あー、この散らばった盗難品はどうするかな。リュックに詰め直すのも不自然だし、指紋が付く」
散乱した貴金属を見て、頭を掻く。
「このネックレスとか時計を3,4個も失敬すれば、あの本とかあの本とか買えるのになあ」
『泥棒の上前を撥ねるのであるか?』
「せめて鞘を取ると言ってくれ」
言葉を変えても、やることの悪辣さは変わらない。
『泥棒の泥棒ではないか』
「“孫請け業者”に遠慮も体裁もあるもんか。オマエだって勝手に課金したんだから、ドロボーのドロボーのドロボーじゃないか」
低次元なことを言いつつも、窃盗はしなかった。
「やめとこう。換金するルートなんか知らないからな。……あれは?」
理屈をつけているが、最初から盗るつもりはなかった。蓮の視線が一か所で固定される。黄金に紛れていたただ1つの、古ぼけた真鍮の指輪に。黄銅色と黒色に塗り分けられた指輪だった。
「あれも盗品か?」
霊妙な雰囲気を放つ指輪になぜか目を逸らすことができないでいる。
それが油断だった。気力が突然立ち上がる。途中から覚醒していて、反撃のタイミングを計っていたらしい。
「アポート!」
気力の手に、ガトリング銃が現れた。無論これも本物ではないが、充分な殺傷力がある。武装解除して、蓮は完全に油断していた。
気力の魔術は2種類あった。“兵仗強化”による武器の強化と。自分の武器を好きに移動させることができる“召し寄せ”である。
第2の手の内を読み切れなかった蓮の失着だった。「タネが割れれば対処はできる」とは、と他ならぬ蓮が言ったことであるが。逆を言えば、手口が分からなければ初見殺しされてしまう、ということでもあった。
ロケルは瞬間的にしか維持できない性質上、間断なく発射されるガトリングガンのような攻撃手段とは相性が悪い。
――もらった大金が香典になりそうだな、こりゃ。
覚悟を決めた。決めようとした。
古ぼけた真鍮の指輪。盗品に混じって散らばっているそれが、意志あるように浮かび上がった。
指輪の空洞に別の景色が見えた。現代とは違う、石造りの建物。雷の雨に逆巻く火炎。
そこに、1人の小さな影が映っていた。
可部気力のアナグラム元は?
「かべえねる」
⇒「かべるねえ」⇒「カベルネー」(銃の製造会社)
でした(/・ω・)/