出宇多凡人(いでうだ・ぼんど)の核
これにて6章は終幕です(/・ω・)/
新たなサメが、船長めがけて乱杭歯をギラつかせる。
「そいつは守ってくれ!」
ランのときと違い、見捨てようとはしなかった。
「オル・フレヴネ!」
黄金の盾をフリスビーのように飛ばす。サメに激突して軌道を僅かに反らすことに成功する。船長の足を齧り取って船底に落下していった。
「これで魔力が枯渇しましたわ。頑張ってもあと1回が限界です」
傾き始めた船体共々、これ以上の籠城は不可能に思えた。
「うぬっ……」
苦悶に顔を歪めるタグネイ船長。
クルーザーは惨憺たる有り様だった。屋根は9割がた破壊され、穴も各所に空いている。浮いているだけでも僥倖だが、浸水は既に始まっていた。
グレット博士と褐色美女のフィーは傷だらけになりながらもどうにか生きている。タグネイ船長は片足を失う大怪我だった。
ラン、レイ、ジョーの若者3人は既にサメの腹に引っ越している。
『ハッ、ありゃー5分もしねえうちに海の藻屑だなあ。ちっと物足りねえ』
手を下すことなく勝利が転がり込んできそうなフォルネウスは、つまらなそうに舌打ちをした。
「“核”が分かったのですわね?」
「ああ」
冷静に頷く。
「このB級サメ映画アティルト界は、出宇多の精神世界だ。キャストも、出宇多の心を反映している。気力のときの、核となっていた欲望は“人を撃ちたい”だった」
「ずいぶんと物騒な欲望ですわね」
眉を顰めるイデア。
「でも気力みたいな異常者と違って、普通はいろんな感情が複雑に絡まり合ってるもんだろ?」
「では、ここの皆が極端な性格だったのは、その影響でしょうか?」
違和感に気付いていたらしい。
「ああ。ヒントは名前だ。いつも楽しそうで楽天的だったジョーはジョイ。終始イライラしてたレイはレイジ。恨み節ばっかのランはランカー。感情の名前だったんだ。だがいなくなったこの3人の感情は、出宇多の核じゃない」
英語の授業で習ったところである。恐らく出宇多も、それを憶えていたのだろう。
群羽と新洋に対する、或いは救済してくれない教師への恨み。怒り。
残ったものの中に、感情の核となるものがいる。
「嘆いたり悲鳴を上げてばかりのフィーはフィアー。後悔してばかりのグレット博士はリグレット。虚仮脅しで何の行動も起こさないタグネイ船長はスタグネイション」
群羽と新洋に利用された1年を棒に振った、停滞を強いられたを恨んでいた。また、凶行に走ったことを後悔していた。
「では、3人の誰かが?」
「いや」
蓮は否定した。タグネイ船長を助けるようにわざわざ指示したことから、船長が核であるとイデアは予想したのだが。
蓮は傾いたデッキを歩き、船長に近づく。
「俺が守って欲しかったのは、こっち」
タグネイ船長がずっと睨めっこをしていた、BCSの前に立った。操船補助通信機器“エンカ”は変わらず雑音を流し続けている。
「つうしんきが?」
「ああ。出宇多凡人が今わの際に言ってたんだ。名前の由来をさ」
――せっかく、絆の、ボント、名前つけてくれた、のに。じ、自分で人との絆を、断ち切って……。
BCSに触れると、まるで生物のように脈動した。
「エンカ。“演歌”じゃなくて、エンカムブランス。訳は、妨げ、障害、負担。そして、絆だ」
『ゲゲーイッ? アイツ、もう“核”を見つけやがったか!』
フォルネウスも異変を察知した。核の場所はフォルネウスも知らなかった。アティルト界を造ったのはあくまでも出宇多であり、堕天使は人間の精神などに興味を持たないからだ。事前に知っていたなら、海の底にでも沈めていたはずであるが。
『のんびりしてるヒマはねーな!』
核を破壊されれば、アティルト界は崩壊してしまう。
『破壊される間に殺ってやらぁ!』
未だ身体は完全に出来上がっていなかったが、フォルネウスは突撃した。張力を操り、巨体ながら水面を滑るように移動する。
『よしよし、まだ壊してねーな!』
蓮が核を破壊する前に奪い返せばいい。速度を緩めることなく船体に激突した。大穴を開ける。そこで蓮と目が合った。強襲にも狼狽えていない。突き出た鼻先が、巨大な黄金の盾に激突して止まる。無論、ロケルによって巨大化させられた黄金の盾である。
「いらっしゃい。魔力不足のヘボ監督」
ニヤリと笑まれて、フォルネウスは悟る。
――誘い込みやがった!
核を人質にされて、フォルネウスは短絡的に突っ込むことしか頭になかった。
そこを待てば、小細工なしに距離を詰めてくれる相手を迎撃ができる。最初にして最高の好機。
もっとも、迎撃に足る戦力がなければ、虎口に自ら首を差し出す行為と何ら変わりがない。
蓮が左腕のクロスボウを構えた。
『ハッ! んなチンケなオモチャで、オレ様の鮫肌に傷1つつけられると――』
装填されている矢が違う。今発射されようとしている矢は、今までのものと違って真っ赤な色をしていた。
狩猟の堕天使ハルファスの最も好む、血の色に。
『そ、その矢はなんでえ?』
矢から、尋常ではない魔力を感知する。
「見て分からないかい? 切り札だよ」
ハルファスが与えた魔術は2つ。クロスボウとこの赤い矢“魔弾”であった。
この矢は10メートルしか飛ばない。ただし、10メートル必ず飛ぶ。たとえ、その間にどのような壁や障壁、堅牢な堕天使の胴体があったとしても。
狙いを、大きく開けたフォルネウスの口に定めた。
『テメー! よくも謀り……』
「くたばれ!」
発射された赤矢はフォルネウスの口内を突き破り、分厚い脂肪、内臓を全て貫く。サメの巨体を貫通し、10メートルちょうどの距離で落下した。
『テメー、わざと……核を破壊するのを遅らせやがったな?』
「B級映画と安眠妨害のお礼をしとかなきゃ、って思ってさ」
そのためだけに。命懸けの対決をした。赤い矢があったからとは言え、相当の覚悟を要したに違いない。
『しゃーねー、今回はオレ様の負けにしといてやる』
イデアが核を破壊し、アティルト界が崩れてゆく。
世界が崩れるとそこは、いつものリビングだった。
「魔力不足に助けられましたわね。本来であれば、フォルネウスは“すべての事象を凍結させる”恐ろしい魔術を行使できますもの」
なぜかパジャマ姿のイデアが隣にいた。
「うへえ、けっこう薄氷の勝利だったのか。……で、なんでイデアがここで寝てるんだ? 寝室を明け渡しただろ」
寝落ちしていたときに読んでいた本を探し始める。
「アティルト界に招待されるためです」
大雑把なフォルネウスが蓮をアティルト界に引き込むならば、精々座標の指定ぐらいだろうと踏んだ。ならば蓮に接触していれば自分も“巻き込んでくれる”のではないかという目論見は図に当たった。
『お、生きて還ってきたであるな』
テレビでゲームをしていたデカラビアが声をかけてくる。
「御挨拶だな、一発屋」
怪光線一発でガス欠になったデカラビアを半眼で睨む。
『海洋冒険ロマンはどうであった?』
訳知り顔で訊ねてくる。
「ドコが海洋冒険ロマンだ。秘宝じゃなくて悲報があっただけだ。夢とか財宝とかの代わりに、低予算と悪ノリ満載の、とんでもないB級サメ映画に付き合わされたって悲報が」
布団に潜り込む。
「今日はもう店じまいだ。寝なおそう」
「はーい」
当然のようにイデアが一緒に入ってきたが、追い出す気力もなかった。窓を勝手に開けて入ってきた黒猫バエルも、蓮の腕を枕に眠り始めた。




