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王の名前を  作者: あまやどり
第六章 血戦! フライングシャークvs宇宙ヒトデ
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あり得たかもしれない未来

「ど、……どういう、ことだ……?」


 すべての水分を奪われた出宇多(いでうだ)は80歳の老人のような有り様になっていた。背と体積が縮み、失った体重の分皺が刻まれる。皮膚は乾燥帯の岩山を連想させ、目は干上がり、喋るだけで唇が割れる。


『あ? 言ったじゃねえか、溺死者(ダウニング)の召喚だってよ。自分で唱えたじゃねえか、“死の門を潜りて、冥府(カルタグラ)より~”ってよ』


 どうやら、死者の魂を使役する類の魔術のようだった。


『実体化にまーまーの水が必要だってのは説明しただろが。水の量が強さに直結すんだから。ま、テメーもこいつら溺死させたんだから、トントンってトコじゃね?』


 通らない理屈を()ねる。フォルネウスは足りない水分を術者の身体から奪う、などという説明はしていなかった。


 デカラビアは(かつ)て、

三角形の魔方陣ソロモントライアングルに封じ込めでもしていなければ、堕天使は嘘を吐く』

と蓮に告げたことがある。おそらくはフォルネウスも、都合の悪い部分は濁して伝えていたのだろう。


『ギャアア! 暗イ!……』


 群羽(ぐんはね)顔の鮫が暴れ始める。


「や、やあお2人さん、お元気そうで」


 蓮が芸のない挨拶をするが、2匹は取り合わない。目と口から液体を垂れ流し、悲鳴を上げていた。


「……なんだか、それどころじゃないみたいだ」


『キサマが今魚になったとしたら、悠長に挨拶などできると思うであるか?』


 言われて納得する。


『加えてあの2人は1度死んでおる。死の恐怖に取り憑かれておるのだ』


 イデアも未来予知(プレコグ)の説明の時、「死には強烈な引力がある」と語っていた。


「怖いんだな、死ぬことって」


『死に満たされるのは、狂人か魔女だけである』


 蓮に向けての言葉ではなかった。



『テメーらウルセエぞ! シャキッとしやがれ!』


 フォルネウスが一喝すると、2匹は騒ぐのを止めた。


『獲物はあっちだ、あっち!』


 文字通り死んだ魚のような目で蓮を見る。自由意思はないようだった。


「つまり、あの2人の魂は部品のようなものでしかないんだな。なら遠慮しなくていいや」


『仮に意思がたっぷり残っていたとしても、キサマが遠慮する未来図は見えないのであるが?』


 見透かされている蓮だった。


未来予知(プレコグ)じゃあるまいし、未来なんて見るほどのもんじゃないと思うな」


 2匹は宙を泳いで飛び掛かった。新洋(しんよう)はデタラメな軌道で噛みつこうとする。避けるまでもなく、電柱に激突した。噛みついたコンクリの表面にくっきりと歯形が残された。


「げっ。実体があるんだ」


 本物の鮫と同程度の咬筋力があるらしい。腕や足に噛みつかれたら食い千切られてしまう。


『小型だな。もうちょいと水があったら、ホオジロザメみてーなダイナミックなのが暴れまわったんだがな。でもお前を食い殺すことは出来そうだ』


 2匹が襲い掛かってくる。


「くだらない水芸だよ」


 ポケットからハンドタオルを出す。


『あん?』


 まず襲い掛かってきた2匹に手をかざす。


「敵対者ロケル」


 魔方陣を通過した2匹は、メダカほどのサイズに縮んだ。それらをタオルで受け止め、両手で叩き潰した。


『ゲッ!』

『ガッ?』


 怪魚は水滴に戻った。それをタオルで拭う。


「このバケモノ、水の体積=強さなんだろ? 縮めてやれば即戦力大幅ダウンじゃないか」


 二度の実戦経験が蓮に対応力を与えていた。「本で潰すのはもったいない」とハンドタオルに交換する余裕すらあった。

 「(かつ)てのクラスメイトの魂が宿っている」と聞かされてなお、何の躊躇もせず叩き潰した蓮の割り切りも大概であるが。




『完敗かよ。性能的にゃあ圧勝してなきゃおかしーんだがよ。爪も牙もねーくせに』


 フォルネウスは結果に不満たらたらだった。


「魔術の要諦を俺に聞こえるように言ったのがそもそもの間違いだ。鉤爪も牙もないけどな、人間のアタマは単なる帽子の土台じゃない」


『ケッ! そーかよ!』


 悪態は吐くが、否定はしなかった。



 蓮は横たわる出宇多に近づいた。水分を根こそぎ奪われた身体は、巻き藁のように見える。


「よ、良かった……」


 意外なことに、今わの際に紡がれた言葉は、安堵だった。


「だ、誰かを憎んでないと生きていけなくなってた。こ、このままだと、僕は必ず父さんや母さんを殺してたと思うから……」


 目の焦点は既に合っていない。蓮に話しかけているつもりもないのだろう。


「せっかく、絆、ボント、名前つけてくれた、のに。じ、自分で人との絆を、断ち切って……」


 空に伸ばした手は、何も掴むことなく(くずお)れた。


「し、死んだ……」


 出宇多凡人のやったことは可部気力(かべ・えねる)以上の凶悪犯罪である。だがそれは彼の生来の性質からは程遠く。彼を奈落に突き落としたのはフォルネウスであり魔術なのだが、彼を奈落に手招きしたのは自分だったのではないか、と蓮は考えていた。


 それは他人事では済まされない。群羽(ぐんはね)新洋(しんよう)を踏み潰したあのときから。蓮も同様の末路を辿る未来があったのだ。




『殺意の海で溺死か。小者にしちゃあおシアワセな最期じゃねーか』


 フォルネウスが大きく口を開けて、死骸を一呑みにした。


『今回は消化不良だったな。次は(・・)負けねーぞ、ガキ!』


 言うだけ言って、フォルネウスは空高く泳ぎ去った。


「お、おい!」


 呼び掛けても、孤影は引き返してくることはなかった。


「次、って。まさか、ハルファスみたいに――?」


 次に待つは堕天使本体との闘争。身を震わせた。


 



 フォルネウスが出宇多の死体を持って行ったことは、蓮にとっては幸運だった。


『今回は相性に救われたであるな。まだまだロケルを使い(こな)せてはおらん』


 デカラビアの評価は辛口だった。


「“敵対者ロケル”は使い所が限られてるんだよ。設置型だし、サイズ変えてもすぐ戻るし」


 フォルネウス襲来の予告を聞いて、蓮は少々ナーバスになっていた。


(たわ)け。キサマ余が講釈してやったロケルの解説を聞いておらなんだか?』


「しっかり覚えてるよ。“通過したものを拡大・縮小する魔術である”だろ。でもそれが……ん? もの?」


 言葉を反芻する。


「え? じゃあロケルの能力って……物体に限られない?」


 活用法を思い浮かべる。


「ひょっとしてこれって……とんでもなく応用が利くんじゃないか?」


 恐る恐る、デカラビアに問う。


『遅いぞ、愚か者。使い道が限られておるなどとは、キサマの脳ミソが矮小なだけなのだ。余が大天使ロケルから苦労して盗み出した魔方陣であるぞ』


 大天使ロケルはデカラビアの敵対者である。


「盗品だったのかよ!」


 思わず突っ込んだ。


『漫然と使っておるからだ。ロケルめに見つかれば、キサマももれなく罰せられるであろうな。7億年地獄行きにご招待である』


 蓮も迂闊(うかつ)なことに、何の疑問もなく「敵対者」だの「ロケル」だの口にしていた。


「お、俺はほら、善意の第三者だから……ダメかな」


『その屁理屈をロケルの前で言いぬけることができるなら、キサマを見直してやるのであるがな』

出宇多凡人いでうだ・ぼんどのアナグラム元は?


いでうだぼんど⇒だうんどぼでい⇒ダウンドボディ、でした(/・ω・)/

溺死体のことですね(/・ω・)/

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