垣根を歩くもの
ソロモン王の香辛料好きは有名な話ですね(/・ω・)/
詠の財力ならば、一流の店で贅沢な料理を振舞うこともできたはずである。だがそれをせず自ら鍋を振るうところに、蓮は密かに感心した。
「にゃーん」
黒猫が詠の肩に飛び乗った。
「おや、猫を飼っていたのか?」
黒猫バエルには実体があるため、普通の黒猫と区別がついていないようである。或いは、未来予知の副作用で視力が弱くなっているのか。
膝の上のボディスは瞼のない目を一瞬開け、無言のままに姿を消した。
「お目当てはこれかな?」
詠が食べ残しの魚を口に放ってやる。魚を平らげると、車イスの側に座り込んだ。
――なんだったんだ?
蓮には、バエルが詠に近づいた思惑が読めない。ひょっとしたら、本当に魚が目当てだっただけなのかもしれない。
「……」
イデアはやりとりを、複雑は表情で見守っている。
「では失礼するとしよう」
食事を終えると、詠は家を辞した。
「部屋は余ってるから、泊まっていっていいですよ」
「本の牢獄で横になる気にはならんよ」
実際に目にしていないはずだが、未来視で知っているらしい。
「いただいたレシピ、早速試してみます」
詠はイデアのために、簡単な料理のレシピをいくつか教えていた。
「今度から詠を仲間外れにしないように。次は未成年者略取で通報するからそのつもりで」
「いちいち脅しが陰湿なんだよ!」
未成年の蓮にひとこと言い添えて出て行った。
「親切な方でしたわね」
イデアは好印象だったようだ。
「“親切と親友の押し売り”が玉に瑕だけどな」
余計は付け足しをしたが、否定はしなかった。蓮は詠のことをもっと打算的な人物だと思い込んでいたが、案外そうでもないらしい。
――でも、あの方。
イデアは考える。蓮が言っていた通り、詠はボディスの未来予知で自身の未来を視ている。それは本来禁忌であり、寿命と正気を削り取る行為でしかない。
知らなければ忠告するつもりだったが、詠はそのことを百も承知で、望んで自分の未来を視ているように思えた。冷静で賢明なようでいて、死を友とする狂気が内在している。このような人間は、古代イスラエルでもごく少数、出会ってきた。
「――垣根を歩く者」
その末路と価値が分かる者は、現世に居ない。
「良かった。手と味覚がまともなうちに会えて」
詠が車中で微笑む。シートに放り出していたスマートフォンが鳴った。溜め息を吐いて手にする。
「もしもし。……ああ、もうすぐ帰る。心配ない、今日は体調がすこぶる良い」
電話の向こうで、相手が別件で苦言を呈した。
「あの車か。大至急仕上げてくれ。幾らかかってもいい。……散財? 構わんよ」
通話を打ち切って、スマホを放り投げる。
「金などどうせ、棺桶に詰めることはできないのだから」
彼女は自分の死を何度も視た。死は彼女にとって恐怖ではない。むしろ、心待ちにしている。
そのために、準備を必要としていた。
短いですがキリがいいのでここまで。
次から新章です(/・ω・)/




