伝記中のソロモン王と現実
「ソロモン王って名前は知ってるけど具体的に何した人?」という人のための回(/・ω・)/
「ただいま」
蓮が帰宅すると、イデアがパタパタと駆け寄ってきた。当初は黄と黒で塗り分けられた古代イスラエル王族の衣服を着ていたが、現在は蓮のセーターなどを適当に着ている。
サイズがまるで合っていないのだが、どうやら衣服に頓着しない性格らしい。
背後に回って甲斐甲斐しく蓮のブレザーを脱がせようとするが、身長差でうまくできない。
「……なにやってんだい?」
「てれびで、こうしてお迎えするのが常識だって」
どうやら怪しげな知識を吸収したようだ。デカラビアは最近始めたゲームが手ごわいと、ほとんど姿を見せない。
イデアは現代知識の吸収に熱心で、新聞を読んでいた。
「テレビを鵜呑みにしないように。だいたい現代のことは理解した?」
「凡そは。わたくしには信じがたいことばかりですけれど」
脱がせた上着をハンガーにかける。
「例えば?」
「国に平民しかいないとか、支配者を選挙で決定するとか」
イデア――ソロモン王がかつて王位にあった古代イスラエル王国とは、仕組みが何もかも違っていた。
「いち国民としちゃあ、ポピュリズムのリスクばっかり実感してるけどな」
特に、有名なだけの素人の出馬や選挙や支持率のためのその場しのぎの「やるやる詐欺公約」が横行していることに蓮は呆れかえっていた。
「ところでその本は?」
蓮が大事そうに抱えている分厚い本を指さす。
「キミの本」
「わたくし?」
蓮はソロモン王のことを知ろうと、書店で伝記を買い求めた。
「ソロモン王について詳しくは知らないから、これを機に読んでおこうかと。バエルの言う“カアナンの王”について何かヒントがあるかもしれないし」
話題に上ったバエルは、ソファで寛いでいる。
「わたくしも読みたいです!」
自分の行いが後世どのように伝えられたか、ソロモン王としても興味津々だった。
「と言われても、俺も読みたいんだけど」
蓮は渋った。結局、折衷案を採用することにした。
古代イスラエル王国第3代王ソロモン。ダビデ王とバド・シェバの間に生まれた第2子。ただし異母兄は多い。
アドニヤ(異母兄の1人)など他の王子をことごとく打倒して王座に就く。神より指輪を授かり、72柱の堕天使を使役する。賢者と言われ、治世は「ソロモンの栄華」と称えられた一方で、堕落した王とも呼ばれている。国民に重税を課したほか、豪勢な神殿の建築費用をフェニキアに借金したが返済できず、領土を取られたりなどの失態もままあった。
「偉大な王ではあるんだろうけど、毀誉褒貶激しい人物だなあ」
というのが蓮の感想だった。
「人名など、誤って伝わっている部分も目立ちますわね」
イデアが膝の上で不満を漏らす。同時に2人が読めるように、イデアを膝の上に乗せての読書となった。
イデアは王国の年表を見て眉を顰める。
悪霊の王は指輪まで奪っておいて、国は放っておいたらしい。
古代イスラエル王国はとうに滅んでいたが、悪霊王の襲撃と時期が合わない。滅亡は内紛が原因のようだった。分裂し、名前を変え、やがて消滅した。
――やはり私怨でしょうか。わたくし個人に対する。
或いは、悪霊なりに国に対して特別な感情でもあったのだろうか、と考える。
歴代誌5節あたりまで読み進めたところで、はたと疑問に行き着く。
「あれ? ソロモン王って埃及のファラオだったシァメンの娘と結婚してるじゃないか」
しかも、多くの子どもを為していた。
「これは事実じゃないのか?」
伝記中の人物は首を横に振る。
「この姿では押し出しが利かないので、普段はアスモデウスに代役を務めて貰っていたのです」
序列32位の堕天使アスモデウスは、カリスマ性を備えた人間に化けることができる。蓮の記憶にある、美髯を蓄えたソロモン王の肖像画は、アスモデウスによる替え玉であるらしい。
「狡猾なアスモデウスには何度も苦い目に遭わされましたけれど」
聞けば、隙を見ては大宴会や贅沢三昧していたらしい。悪評の3割はアスモデウスが原因だと力説した。
「結婚は重要な外交手段なので断れません。子どもは密かに、臣下の子どもを養子に貰いました。シトリーに命じれば、記憶の改竄もできますし」
豹の頭にグリフォンの翼をもつ堕天使シトリーは、友愛や記憶に関わる魔法を使う。
「そうか、堕天使が72柱もいれば、たいていの困難は物の数じゃないか」
納得する。
「しかし何て言うか、キミの一族、やらかし多すぎじゃないか?」
率直な感想が口を突いて出た。
「うっ」
少女は返答に窮する。
異母兄アムノンは近親姦、三男アブロサムはクーデターを主導し、四男アドニアは自ら王を僭称、ソロモンと血みどろの争いを繰り広げる。
「ソロモンこそが王である」と神託があってなおこの混迷ぶりに、彼らの権力への妄執が見て取れる。
何より、父親であるダビデ王の悪業が深い。部下の妻であったバド・シェバに一目惚れしてしまい、彼女を奪うために夫であり忠実な家臣でもあったウリヤを戦地に送ることで間接的に殺害している。姦淫と殺人は、当時最も忌み嫌われた行いであった。
結果、悪業の罰としてダビデ王とバド・シェバの最初の子は神に殺される。ダビデ王は深く反省し、隠棲を決意する。ソロモン王は2人の次の子どもであった。
「ああ、イデアが神託を受けたとき、ダビデ王が大人しく従った理由がこれか」
イデアと初めて会って会話した際、「あのとき王室は神罰を下された直後だったので。神の不興を買うことを避けたかったのでしょう」と言っていた。
「ダビデ王本人じゃなくて子どもを殺すあたり、容赦ないな神様」
神仏に畏敬の念の薄い、現代日本人の蓮。
「ふ、不敬罪ですわよ!」
「うん。不経済だな。身内で争ってばかりだし。王族って調子に乗らないと家族が殺されるとか、鉄の掟があるのか?」
思いっきり腿をつねられた。
「玉座の分際で口が過ぎます!」
「いてて。玉座とは大仰な。建付けの悪い17年ものの人間椅子に向かって」
情報量が多すぎて、結局どこに「カアナンの王」に触れる部分があるかさえよく分からなかった。




