表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王の名前を  作者: あまやどり
第五章 未来予知の末路
21/60

詠の視る未来

 8時過ぎ。磯蔵詠はロールスロイスに乗ってやってきた。門扉を抜け、大きな建物の玄関で降りる。


 運転手と車はそのまま引き返し、紺色の服に身を包んだ詠は玄関に吸い込まれていった。


「……マジだったのか」


 国津希子(くにつ・まれこ)は2階の階段でこっそりとそれを確認するが、未だ信じられない心境だった。


――磯蔵詠がまさか高校生だったとは!


 ネットからもたらされた情報に驚いた。私立の進学校に通う3年生。成績は体育以外常にトップ。

 一種カリスマ的存在であるが、深い交友関係をしている生徒はいない。


「はん、目立つから敵も味方も多いタイプだなァ。予知なんかしてっと、大人びちまうもんなんかね。急いで老ける必要もないのにねぇ」


 情報が数多くもたらされたのは、彼女を気に入らない生徒からの密告(タレコミ)ではないかと読んでいた。

 蓮は詠を二十代前半だろうと推し量っていたが、実際には成人すらしていなかった。


 この私立高校は繁華街のど真ん中に建っており、裏門からの侵入が容易である。

 体育館2階の階段部分は隠れるのに絶好のスポットだった。吊り下げられた古びた時計を何度も確認する。予知に映り込んだあの時計のお蔭で、時刻を知ることができた。


「この位置だったはずだよな、うん」


 予知の映像を頼りに、自分が襲撃に成功したポジションを割り出す。ライオンの堕天使ヴィヌは、校庭で日向ぼっこをしていた。




 目当ての時間まで、スマホをいじって時間を潰す。


「ちっ、外れてやがる。5000円がパーだ」


 買った馬券は紙くずになった。


「あの女は当てたのかね」


 ぼんやりとそんなことを考えていた。時間がまだあるので、SNSにいつもの愚痴を書き込む。すぐに追従のコメントが返ってきた。


「おっ、“トーシロ”じゃん」


 トーシロは、最近希子のSNSを覗きに来るようになった人物で、希子のご機嫌を伺うようなコメントが多い。最近は「リアルで会いたい」としきりにラブコールを送ってくる。

 後ろ指をさされて生きてきた希子のような人物はおだてに弱い。まんざらでもない気分にさせてくれるので、最近はトーシロに会ってやってもいいかな、などと考え始めていた。会いたい下心を隠さないので、恐らくは脂ぎった中年オヤジだろうとも思っているが。




* * * * *


 9時55分。


「おっ、来た!」


 電動車イスが2階の廊下を進んでいる。2時間目は体育の時間であるが、詠は当然参加しない。よって、体育の時間は図書館で自習することを許されていた。この特別待遇も、他の生徒からやっかみを買う原因だろう。


予知(プレコグ)で教師の弱味でも握ってんじゃねえか?」


 実際は詠の成績を当て込んだ学校が、「複数の難関大学を受験して学校の知名度に貢献すること」を条件にある程度の裁量を許している、という事情なのだが女が知る由もない。


 勘繰りつつも、慎重に移動を開始する。これらの詳細な情報も、おそらくは現役学生からの密告だろう。

 他にも【繁華街で他校の若い男と頻繁に密会している】などの情報も寄せられたが、真偽のほどは定かでない。


 用具入れの陰に身を潜める。やってくる詠からは死角になって、直前まで気付けない。高い手すりが目隠しとなり、目撃される危険も低い。


「だ、大丈夫だ。絶対上手くいく」


 未来予知の映像を思い出す。あの通りにやれば、必ず実現する。アイスピックを握りしめた。

 やがて、電動車椅子がやってきた。


――い、今だ!


 どうやら詠は視力もかなり悪かったらしい。物陰から飛び出しても、(ろく)に反応しない。無防備な胸に、アイスピックを突き立てる。未来予知で視たのと寸分違わぬ構図。希子は暗殺の成功を確信した。


「うっ?」


 だが、アイスピックは胸に突き刺さらなかった。肌に食い込まず、逆にピックが折れてしまう。


「やれやれ、穴が空いてしまった。この後の授業で何を着ていろと言うのだ」


 ピックが音を立てて廊下に落ちる。詠は無傷だった。希子は見た。ブラウスの破れ目から、蛇のような鱗が覗いていた。


「て、テメー……」


 植わった硬質の鱗が鎧となり、アイスピックを防いだのだった。


「女の肌をジロジロ見ないでくれたまえ。別段蛇人間(ヴァルーシアン)というわけではないよ。未来視の副作用のようなものでね」


 ネタバラシをされても、希子はまだ慌てていなかった。


「はん、その減らず口もすぐ叩けなくなる」


 即死させることこそ適わなかったが、アイスピックには猛毒“黒馬病(ィネア豆)”をたっぷりと塗っている。肌に触れただけで致命となる。


「ふむ?」


 自信満々の言動に、詠は無造作に肌を探った。手の平には黒い液体がべっとり付着している。


「雑に触らねー方がいいぞ。そいつぁ……」


 忠告を待たず、詠はなんと、手の平の黒い液体を舐めた。


「腐食毒、だね。かなり強そうだ。未来予知と猛毒。……差し詰め、ヴィヌあたりか」


 平然と分析している。腐食毒を頻繁に塗りたくったせいで、アイスピックが脆くなっていたことも暗殺失敗の原因だった。


「な、何で死なねえんだ?」


 触れただけで肌が(ただ)れる強度の毒である。口に入れようものなら、内臓が溶ける。


「ボディスは毒蛇の堕天使でね。契約者に毒の耐性も与えてくれる。お蔭で契約して以来、食あたりをしたことがない」


 詠の感謝はささやかなものだったが、ボディスは中世、毒殺への対抗手段として召喚されることが多かった。


 暗殺は失敗した。希美の予知には続きがあったのだ。


「1つ分からなかったのは動機でね。君もプレコグなのだろう? いったい何を視たのだね?」


 詠が訊ねる。精神の老成か、年上の希子よりも落ち着いている。


「お前にこ、殺されるんだよ!」


「うん?」


「テメーが、アタシを殺す未来が視えたんだ! だからソレを変えてやろうってしただけだ!」


 (たちま)ち、詠の視線が氷点下まで下がる。


(たわ)け」


「は?」


 出し抜けの侮蔑に、反論に詰まる。


「未来を変えることなどできないのだよ。1度視てしまった未来は、それで確定する。でなければズルだろう?」


 背後から襲われる未来を視たとする。その場合、外国に逃げても、家に籠っていたとしても、絶対に防ぐことができない。

 心当たりはあった。パチンコ等のギャンブルで予知を活用していたが、それはあくまでも新装開店やサービス台などの周辺情報が増えたお蔭で勝ちが増えただけである。負けた予知を覆せたことはない。


「そ、それじゃあ……」


 唐突に、未来が視えた。あの、自分が殺される未来が。消えたと思っていた、避けなければと思っていた未来が。

あの死の未来は変わったわけではなく。殺害も成功しない。単に視る順序が前後していて、助かると早合点しただけの話だった。


「君が死ぬ未来を視たなら、それはどうあっても不可避ということさ」


 視たのが襲われる場面だったとしたら。防刃ベスト等で身を護る手だてで死を回避できる公算はある。

 だが、頭から血を噴き出して死ぬ場面を視てしまったなら、死を避ける術はない。


「ざ、ざけんな。じゃあ何のための未来予知だよ……?」


 ヴィヌが大あくびをする。この堕天使は、予知の細やかな説明はしなかった。悪意でなく、単に面倒だっただけだが。


プレコグ(われわれ)は予言者ではない。定められた未来へ手を引かれるだけの、盲目の羊に過ぎんのだよ」


 希子は逃げ出そうと背を向けた。ここで死ぬ未来を視た。が、車椅子相手なら、楽勝で逃げ切れると思いたかった。


「待ちたまえよ。押しかけてきて自分勝手だな」


 足に何かが絡みついた。足ではない。それはしなやかに足に巻付き、希子を床に引き倒した。正体を見届ける余裕は、希子にはなかった。引き倒された際、胸に強い痛みを感じたからである。


「っつ、なんだって……」


 胸を見て絶句する。落としたアイスピックの先端が、倒れた拍子に胸を突き刺さっていた。


「う、ウソだろ。こんな……」


 アイスピックには、猛毒が塗られたまま。そして不幸なことに、ヴィヌは毒を扱いこそすれ、毒に対する抵抗力は与えてくれなかった。

 希子の死は、完全な独り相撲でしかなかった。自分が死ぬ未来を視て、変えようと動き、それが原因で自滅する。


「ち、ちくしょう。死なんて視なければ……」


 灼けるような痛みが胸から全身に広がる。皮肉にも、詠に誇っていた猛毒の効能を身をもって知る羽目になった。


「それは無理な相談だ。未来予知(プレコグ)は頻繁に自分の死を視るようになる。死は最も近しい隣人だからな」


 だから、プレコグは身体以上に精神を蝕まれる。最期には自滅する。今の希子のように。


「……じゃあ、テメーも」


「ああ。自分が死ぬ光景を何度も視てるさ。もう定番だ」


 なぜか晴れやかに。詠は答えた。女はこの時初めて、詠に感情の色が兆すのを見た。


「なんで、そんな、うれ、しそうなんだよ」


 希子は何者にも誇れぬ、何も為し得ぬ生涯を終えた。





 磯蔵詠(いそくら・よみ)は、自身が死ぬ未来を幾度となく視る。


「私の番もそろそろかな……?」


 それは決して遠い未来でなく、ごく近い出来事であると確信している。


 死を望んでいるわけではない。だが、その光景を思い出すとき、いつも詠は微笑む。彼女にとって、死は避けうべき残酷な終着ではない。1つのささやかな願いが叶う未来である。



「詠があんな……楽しみだ」



 かくて詠は、死を心待ちにする。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ