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王の名前を  作者: あまやどり
第一章 居須磨蓮(いすま・れん)
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「2秒後に1m先で落ち合おう」

 スマホの画面には“磯蔵詠(いそくら・よみ)”。


「うげっ、詠さんか」


 (うめ)くが、出ないわけにもいかない。


「もしもし?」


《うげっ、とはどういう了見だね?》


 会話は詰問から始まった。


「ジョーク・アベニューです。電話に出る前のリアクションに追及するのはマナー違反ですよ」


 蓮にさして驚いた風はない。


《歩きながら読書などする親友もマナー違反では劣っていないと思うがね。ま、我々の仲で細かいことは言いっこなしだ》


「たぶんそれ、出会って3週間の顔見知りに使う表現じゃない」


 詠は初対面時から、蓮のことを“親友”呼びしていた。


《今日会うことは可能だね?》


 質問ではなく確認だった。蓮も、彼女相手に嘘でやり過ごすことができないことは承知している。


「何時間後にどこで会いますか?」


《2秒後に1m先で落ち合おう》

「はい?」


 音もなく車が近寄ってきた。ロールスロイス・レイス。車に疎い蓮でさえも知っているこの高級外車は、市場価格にして4000万を超える。

 後部座席のドアが開いた。


《「入りたまえよ」》


 耳元と車の奥から催促されて、蓮はため息混じりに車に乗り込んだ。



 車の中とは思えないほど広いスペースに、1人と1匹、いや、1柱が待ち受けていた。女性は電動の車椅子に乗っている。


「1週間ぶりだな、親友。まあかけてくれ給えよ」


 スマートフォンをしまいつつ、黒髪の女性が話しかけた。

長袖とロングスカートで、顔以外をすっぽりと包み隠すような服をいつも着ている。

 物腰が大人びているが、まだ大学生ぐらいだろうと蓮は見当をつけていた。


「詠さんもお変わりなく。でも驚かせないでくださいよ」


 対面の座席に腰を下ろす。詠の膝の上には1匹の蛇がとぐろを巻いていた。首が太く、銭形模様の小さな蛇である。


「ボディスも久しぶり」


 本来、堕天使は契約した人間にしか見えない。蓮が詠の堕天使を視認できるのは、デカラビアの魔力が働いているためである。魔力に秀でたデカラビアの魔眼は、異なる位相に存在する堕天使の姿を暴きだす。


 蛇は(まぶた)のない眼で一瞥(いちべつ)しただけで、興味なさそうに昼寝に戻った。爬虫類型の堕天使は、人間に関心を示さない。


 序列17位の堕天使ボディス。過去と未来を視ることのできる毒蛇。詠はこの蛇の契約者であった。

 詠はボディスから借り受けた予知能力(プレコグ)で、断片的に未来を知ることができる。今しがた計ったように接触してきたのも、予知を働かせたからであろう。


 蓮が磯蔵詠(いそくら・よみ)と初めて会ったのは、デカラビアと契約した直後だった。


「デカラビア様はいるのだね?」

 

 詠の目にはデカラビアが視えていない。


『ここにおるぞ』


 デカラビアは魔術で姿を投影した。通常はこうして堕天使の助力がなければ、他人に姿を見せることは出来ない。

 

「デカラビア様もご健勝そうで何より」


『うむ。小僧の砂漠よりも彩りがない人生に(いささ)か呆れておること以外は(すこぶ)るご健勝である。ゲーム万歳』


「前半の枕詞必要だったか?」


 抗議している間に、詠は運転手に告げた。


鳴丹(なるたみ)駅前までやってくれ」


 運転手は無言でロールスロイスを発進させた。


「駅前か。何か予知したんですか?」


「ああ。数10分後に、駅前にある片根(かたね)貴金属店が契約者に襲われる」


断言した。




* * * * *



 デカラビアと遭遇し、契約をした直後。磯蔵詠(いそくら・よみ)は蓮の自宅を訪れた。そして、堕天使のことを一通り説明してくれたわけであるが。


「例えばモラルの低い人物が契約者となって魔術を得た場合、犯罪に走る可能性があると思うのだよ」


 荒れ果てたリビングで詠は説明する。


「高いでしょうね。鉄板(銀行)レース並の倍率だ」


 高いどころか、契約したものは(すべか)らく犯罪に走るだろう、と蓮は考えている。蓮の魔術1つとっても、悪用すればかなりのことができる。


「日本の警察は優秀だよ。増長した契約者(アホ)が犯罪を働けば、ボロを出して手が後ろに回る。遠からず、堕天使や契約者の存在が白日の下に晒されることになる」


 蓮にも容易に予想がついた。


『魔女狩り(しか)り、排斥は人間の本能であるからな』


 デカラビアも訳知り顔に頷いている。


「排斥される元凶が大きな顔して言うなよ」


 社会から追い出される原因が、他人事で会話に参加しているのことにムッとする。


「詠や親友が火(あぶ)りにならないためにも、それを防ぎたいと思っているのだよ。幸い、詠には未来予知(プレコグ)がある。が、戦う力がない」


「親友?」


 毒蛇の契約者はにこりと笑う。


「そこで、お願いがあるのだがね――」



* * * * *



「――つまり警察が介入する前に、その強盗を未然に防げ、と?」


 かなり無茶な注文に思えた。蓮の魔術は少々癖が強く、雑に使って強い、というような種類ではない。


「ご名答、と言いたいところだが。おそらく間に合うまいよ。頼みたいのは後始末さ」


「?」


 要領を得なかったが、それでも分かったことはある。


――命懸けの仕事やらせる気かよ。


 蓮は7日前にも詠から契約者絡みの依頼を受けた。だがその時は指定された人物――調査会社の所長ということらしかったが――を遠巻きに見て、ついている堕天使を特定するだけの仕事で、荒事に巻き込まれはしなかった。


「親友だけが、相手方の堕天使を見破ることができるのだからね」


 余人には視えぬボディスの姿を看破したように。


「そりゃ視ることはできますけどね。対策が取れるかは別問題でしょ。防犯カメラがドロボーを叩きのめしてくれるわけじゃない」


 詠の視点が大局的であったとしても、矢面に立つのは蓮ということになる。法に触れる可能性もある。本来であれば断りたいところであったが。

 断りの文言を口にする前に、詠は封筒を差し出した。


不躾(ぶしつけ)だが、アルバイト代を用意した」


 蓮の目が封筒に釘付けになった。分厚い。震える手で受け取って口を開いてみる。帯を巻いた紙幣の束が2つ押し込まれていた。限定的とはいえ予知能力がある詠は、合法に資金を得る手段がいくらでもある。


 200万円。


――俺がどのくらいバイトしたら、この額を稼げるんだ? それを1日で。


 複雑な気分で封筒の口を閉じる。


「大金ですね」


「某国で殺し屋の孫請け業者がその額で引き受けているらしいので参考にした」


 結局検挙されて、孫請けからもと受けから依頼者まで一網打尽にされたとのことだったが。


「……金額に文句はないが、せめて下請け待遇にしてくれ」


――これがあれば、今まで欲しくても買えなかった「天路歴程」や「悪魔の肖像」が買える。いや、それどころかもっと希少な海外本も!


 欲が頭を(もた)げる。海外の本はそれなりに値が張る。高校生の身にはおいそれと手が出せないものも多かった。

 無論合法とは言い難いことをさせるつもりなのだろうが、蓮の中ではこの200万が人生計画に組み込まれてしまった。


「デカラビア様の散財に困らぬ額だろう? それに、今後(・・)も入り用になると思うのでね」


 デカラビアがソーシャルゲームで勝手に課金したことまで知っている。




「前金で全額差し上げよう。現金の方が都合が良いだろう」


 高校生の銀行口座に200万も振り込まれたら、不審に思われる。現金で渡すことも詠の配慮だった。


「気前がいいなあ。俺が持ち逃げしたらどうするんです?」


予知能力(プレコグ)相手に逃げ切れるとお思いなら、存分に逃げてくれ給えよ」


 にっこりと微笑んだ。


「賭けが成立しないよ、それ。パスカルの賭けだ」


 元より、蓮も本気で持ち逃げを企んでいるわけではない。

ただ、有無を言わせぬ詠の手回しの良さは、手の平で踊らされているようであまり気分の良いものではなかった。


――なんか脇道を片っ端から塞がれて、舗装された一本道に誘導されてる気分になるんだよな。


 詠への苦手意識から、挑発してしまっただけのことである。思惑通り、金の魔力に屈することになった。


「引き受けるよ。ちなみに、強盗側の堕天使について、予知とかしてない?」


 いそいそと封筒を懐にしまう。


「堕天使の干渉があるケースだと、予知が不鮮明になることが多いのだよ」


「その割には、俺の個人情報(未来)は克明に読み取られてるような……」


 電話に出る前の(うめ)き声まで知られていた蓮としては楽しくない。


「詠と親友は相性がいいのだろうね」


「その一言でプライバシー侵害を合法化しようとしてません?」 


 うむ? と首を傾げる詠。


「まさか、視られて困るような行状をしているのかね?」


「まさかまさか」


 同じ言葉を返す。つい先刻不良クラスメイトを半殺しにしたことは記憶から消した。



前話、群羽ぐんはね新洋しんようのアナグラムは?

「ぐんはねしんよう」

⇒「ぐはんしょうねん(虞犯少年)」でした(/・ω・)/



続けて「磯蔵詠いそくら・よみ」は何のアナグラムでしょうか?

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