未来予知の代償
「日当ゲットー。いやー、働くって尊いッスねー」
快児の視界に奇妙な物体が映る。揺り籠だった。双頭竜の飾りが施された、無駄に豪華で悪趣味な揺り籠。中で寝そべるものが1人。いや、1柱。
赤子の姿をしていても、顔つきは異様に醜い。その赤子が、ケタケタと笑った。
「よう。ゴキゲンッスね、相棒」
序列62位の堕天使、ウァラク。この赤子の姿をした堕天使は、いつも揺り籠に揺られているだけである。
「相棒のお蔭で、オレッチの人生は泥沼のバラ色だ」
話しかけると、ウァラクは片目を開けて、
『ヒヒヒ……』
猿のような奇声で嗤った。この堕天使は、外見通り人語を話せない。時折感情を発露させるだけである。
ウァラクの契約者である快児が使用できる魔術はたった1つ。
他人の心を読み取る魔術。
痴漢をしたこと。年齢を偽っていること。これら他人の弱味を、易々と看破することができる。現代社会において無限に悪用が思いつける性悪な代物である。
「んま、逆ネジには注意しとかんとね」
ただし、与えられたのはその魔術1つきり。快児には身を守る手段も、反撃する手段もない。まるで赤子のウァラクの姿を投影しているかのように。
相手の収入に応じて強請る額を調整しているのも、自衛のためだった。
「副業に精が出るな、京都氏」
快児に車椅子の女性が話しかけてきた。膝の上でとぐろを巻いている蛇は、快児には視えない。
「おんや磯蔵サン、最近お見限りだったッスね」
詠はロールスロイスから降りた。ボディスを嫌がってか、ウァラクは姿を消してしまう。
「あー、段差多いッスよ。車に行くよ」
「すまんな。車に乗せるのはお気に入りだけと決めているのでね」
「お、辛辣ぅ~」
おどけてみせる。
「情実の問題で、京都氏の手腕は評価しているよ。悪く思わないでくれたまえよ」
辛辣ではあるのだが、カラッとした物言いで不思議と嫌味さは感じない。
「で、この覗き屋に何か用ッスか?」
「副業」を見物されて快児はやや拗ねていた。
「無論、本業の方に用があるのだ」
詠が数枚の紙片を差し出す。粗く目を通すが、ネットの書き込みのようだった。
「この、チェックしている書き込み主の素性を特定してくれたまえ。素人捜査ではこれ以上追えなくてね」
「ほーん。いいっスけど」
ペラペラとめくる。どうやら、書き込み主は詠の情報を求めているようだった。決して上等と言えない手段と言葉遣いで。
「オレッチもこの手のに疎いんッスよ。詳しいのに協力させることになりますけど、料金嵩みますぜ?」
嘘ではない。表商売ではできるかぎり嘘は挟まないのがモットーだった。
「構わんよ。ただし、大至急だ」
鷹揚に頷いた。
「ほいほい。んで、謝礼はいかほど?」
「“証拠固め”の相場は、30~120万円ほどだったかな?」
「日数にもよるッスけど、おおむね」
相場があってないような界隈である。
「では300万、即金だ」
ハンドバックから裸の札束を差し出した。
「さすが。手回し良いッスね」
まるで、すべて視えていたように。
「生まれて初めてスクラッチくじというものを買ってみたら、そこそこ現金を得ることができてね」
快児は数えもせず、すぐに懐にしまう。
――たしか菱谷のオッサン、セキュリティー会社勤務だったな。上納金減額をエサに協力させるか。
安く経費を上げる算段を始めていた。
「数えないのかね?」
「時間の無駄ッスから。でも、こんな景気よく払われたら情緒がないなあ。チマチマ5万3万カツアゲしてたオレッチがバカみたいじゃないないッスか」
「それはさすがに言いがかりだねえ」
苦笑する。
「簡単に大金が稼ぎたいなら、詠の秘密でも探ってみるかね?」
仕返しとばかりに挑発する。
「ジョーダン。未来予知の秘密なんて覗くもんじゃない。八百屋で火星が売れますかっての」
予知は当然未来に関係しており、畢竟破滅的なものが多い。
「つれないな。エスコートしてくれないのか」
狂死の末路を辿る者が多いプレコグの秘密を覗き見ることは、未来の道連れを意味する。
「その役得は“お気に入り”に任せるッスよ。ところで、シャレオツなイタリアンレストランが近くにあるんっスけど、晩飯でも――」
誘いをかける頃には、詠は車に乗り込んでいた。
「ではご機嫌よう。労働は尊いのだろう? キリキリ働きたまえ」
運転手はさっさと車を発進させてしまった。置いていかれた快児だが、本気で誘ったわけではない。
「へへ、コワーいオンナ!」
* * * * *
蓮はことの経緯をイデアに話した。
「ボディスの契約者ですか」
プリンに舌鼓を打っていたイデアの顔が引き締まる。
「うん。現状ただ1人の契約者の知り合い」
もらった日当で早速山田風太郎の「人間臨終図鑑」を買ってきた蓮はご機嫌である。
「堕天使の知り合いなら増えたけどな」
膝の上では黒猫バエルが丸くなっている。あれからバエルは居つき、キャットフードを食べたり昼寝したりして過ごしている。
『命を援けた礼が、一度や二度の食撰で返し切れるはずがあるにゃい』
という言い分により、「恩義の分割払い」をさせられている。デカラビアはバエルとウマが合わないらしく、バエルが来ると奥に引っ込んでしまう。「トイレで弁当を食べる陰キャのようだ」とはさすがに口にしない。
「だからここ! ここに座りなさい!」
相変わらず、イデアの膝には座ろうとしないが。
――家に来るってことは、イデアに契約の目が全くないわけじゃないんだよな、たぶん。
ただ、バエルの譲歩はあり得なさそうなことから、イデアが何かに気付かなければ進展はないのだろう。
「ふと思ったんだが。イデアはちょいちょい未来を視てたんだろ? だから、この時代の最低限の知識がある」
思い付きを口にする。72柱の堕天使を統べていた頃のソロモン王であれば、詠と同じく未来視ができていたはずである。
「はい。政務の息抜きにテレビ感覚で視てましたわね」
「テレビ感覚かよ。そのときにさ、何か今の状況とか、悪霊を打破するような未来は視なかったのか? いついつに襲われる、とかさ」
詠が危険を回避したように。イデアは目を丸くすると首を大仰に振って見せた。
「自分の未来を? とんでもない!」
当然とばかりに断言に、蓮は怪訝な顔をする。
「魔術師が未来予知の堕天使と契約する際、必ずしなければならない制約は“自分の未来を予知するな”ですわよ」
イデアは滔々と語り始めた。蓮にその理屈は分からない。
「え? なんでまた。自分の未来が視られれば大儲けできるじゃないか」
実際、詠も女もしていたことである。イデアは暫し黙る。
魔術に素養のない蓮に、いかに分かるよう伝えるか心を砕いているらしい。
「自身に絡む事象の中でも、死は特に強い引力を持ちます。制限しなければ、自分の死ばかりを視ることになる」
蓮が会話についてきていることを確認し、続ける。
「自分が1年と12日後に事故死することを予知しました。絶対に避けられません。あと1年と11日後に事故死することを予知しました……と、延々自分の死を視せられ続けて、正気でいられますか?」
「それはとてもまともじゃいられないな」
知恵のある動物は、死を忘れることでしか克服できない。
「ですから、わたくしは自分の未来を視たことはありません」
「生馴れな予知者はほとんどが狂死か自死しています」と不吉な付け足しをする。
「だが、この時代の人間はそんな知識がないから、制約なしで契約する。結果自分の未来を気軽に視ちゃうわけか」
現代人か制約なしにかわす契約がいかに危険なものか、改めて自覚した。
「それに、自分の未来を覗くことは多大な対価を求められます。その方の足が不自由であることも、視力が著しく弱いことも代償でしょう。他にも各所不自由を抱えているはず」
いつもゆったりした服を着ているのも、身体を隠すためではないかと思い至った。
――詠さん、いつも平然としてるけど実はかなりヤバいのか?
京都快児のアナグラム元は何でしょう?




