陽気な恐喝犯
「ちくしょーめ!」
度の強い日本酒を呷る。襲撃は失敗に終わった。未来視で病院に通う場面を視た。幸いなことに映像に病院名の一部と時計が映されていた。待ち伏せた所までは良かったのだが。
相手の女は、襲撃を予期していた。車がなかったのも痛手だった。生活保護の厄介になっている女には、財産扱いである車の用意はできない。
「しくった。アイツも未来予知かよ……!」
殺害難易度が劇的に上がってしまった。
女が未来予知で視ることができるのは画像だけ。前回はたまたま予知に病院の名前の一部と時計が映り込んでいたので特定することができた。
それで殺すことさえできていれば、相手の情報など知る必要もなかったはずだが。失敗した今となってはそうはいかない。
偶さか幸運に恵まれただけで、日時や身元が特定できるような予知を視ることは極めて珍しい。
「探るしかねえか」
アルコール漬けの頭でスマホを起動する。
「こんなときは無責任なバカどもを利用するに限る」
匿名掲示板に
【10万払う急募! この女の情報!】
とスレッドを立てた。
【この女の情報、どんなでもくれ。金払う】
と呼び掛ける。匿名掲示板には自分の得にならなくても知恵を貸してくれるもの好きが多数棲息している。
【黒髪ロング。20代。メガネ。車イス。黒くてデカい車に乗ってる。鳴丹駅周辺】
続けて画像を貼り付ける。
襲撃失敗した際、逃げながらスマホで撮影した映像だった。遠景で手振れもひどいが、背格好輪郭ぐらいは確認できる。
【うそつけw】
【金なんて払う気ねーだろ。あるならこの口座に振り込んでみろよ】
大半は冷やかしでまともな材料を持っていなかったようだが。
【俺知ってる! くじ売り場で見た女だ】
中には正しいと思われる情報も寄せられる。自分の情報が「犯罪に使われるのではないか」といった危機感は薄い。
【本当? もっと教えてくれたら金払う】
追加の材料がないかせがんでみる。
【神無市の小口売り場だった。1000万ぐらい当ててたぞ。ブチ頃してやろうと思った】
ネットでは常に尾ヒレがつく。やがて、
【乗ってる車、ロールスロイスじゃね? ドアが似てる】
別方向の情報が寄せられた。映り込んでいる車体の一部から判別したらしい。
【あー、そうみたいだな。ロールスロイスの、ゴッツい、ゴーストだかレイスだかに見える】
広大なネットの海には、奇妙な知識を持つ人間もいる。有益な情報がひととおり出揃ったとみるや、女はスレッドを一方的に閉じた。
【誰がクズどもに金なんか払うか! シね!】
と暴言を残すことも忘れない。貴重な証言をした者たちが怒り狂ったのは言うまでもない。
次は外車について検索する。
「ゴーストだのレイスだのは、日本に何台も上陸してないのか。地域まで限定できてりゃ、次は……」
【10万払う急募! ロールスロイスの情報! 神無市周辺】
と車関係の掲示板に書き込んだ。あとあと2つのスレッドの関連性が発覚して騒ぎ立てる連中が出てくるだろうが、知ったことではない。
あくまで他力本願、短期決戦で情報をかき集める女だった。
* * * * *
「前から気になってたんですけど、未来予知ってどんな感じで視るんですか?」
「他人はどうだか知らないが、私の場合は静止画像だよ。音声も動きもない。それを時系列無視で、何枚も視る」
「え、時間や場所なんかの、細かい説明はなし?」
「一切なしだ。まあ、重大な出来事は何度も視る。視てると“これはさっきの件の直後の画像だな”って分かることが多いから、そうやって細部を類推する」
蓮はなんとなく、パズルのピースを埋めている場面を想像する。
「じゃあ、動機は未来?」
「む?」
「詠さんが過去になんかやったんじゃなくて、生きてると未来に不都合なことが起こる。そんな予知を視たから殺そうとしてる、とか?」
あくまでひとつの可能性として挙げたつもりだったが。
「なるほど、敵も予知者か。それだと今までに視てきた予知の整合性がつく」
詠は断定したが、直後に不本意そうな顔をする。
「しかし過去でも未来でも、あんな女と接点などありそうにないのだがね」
「まあ話を聞くに、図書館と動物園ぐらいの棲息圏の違いはありそうだけれども」
現代の人間社会は、自分と同レベルの人間としか接点ができない仕組みである。従って、0点の人間に100点のパートナーができるようなことはない。ほとんど唯一の例外が、インターネットだった。
* * * * *
「お待たせッス!」
京都快児は陽気に挨拶をした。が、スーツ姿の中年は、渋面を作っただけで挨拶を返すことさえもなかった。
「おやおやー? 菱谷さん、ゴキゲンナナメっすね」
わざとらしくサングラスを外して覗き込む。
「……君と出会って機嫌が良くなる人間なんていたら、見てみたいものだ」
皮肉を漏らす。
「ま、フランクな挨拶はこのぐらいにして。今月分を」
笑顔で手を差し出す快児。男は刻んだ皺を一層深くして、懐から封筒を差し出した。
「毎度ッス」
封筒に1万円札が5枚入っているのを確認する。
「……なあ、これっきりにしてくれないか」
男が絞り出すように言った。
「えー? 俺は別にいいッスよ? アンタが痴漢したことが、会社にバレちゃうっスけど」
「お、大声で言わないでくれ!」
男が過剰に反応する。小さな公園なので、他に人の耳はない。
「被害者の女子高生に頼みこんで、示談にしてもらえたんでしょ? お蔭で会社にバレずにすんでるのに」
男は強請られていた。痴漢は認めれば罰金刑で済み、職場に知られることもないのだが、それすらも避けたかった。
「せっかく次長に昇進したのに、もったいないじゃないッスか」
しかも相手は、菱谷の仕事先のことまで仔細に把握していた。
「月々5万もらえれば黙ってるッスよ。俺、こう見えてクチは硬いんで」
うまく立ち回れば部長のイスも見えてくる、と男は将来を睨んでいる。だが発覚すれば、全てを喪う。
「……分かった」
菱谷は屈服するより外になかった。快児はじゃ、と声をかけて公園から出ていこうとして、振り返る。
「あ、領収書いるッスか?」
公園から30メートルも離れていないパーキングに到着する。
「イガちゃん、おまたせー」
そこには、高校の制服に身を包んだ女が待っていた。
「まだ生きてたの? さっさとくたばってりゃいいのに」
悪態を吐いて、握りしめた封筒を乱暴に突き出す。
「いてっ」
胸を強めに叩かれた快児はわざとらしく呻いたあと、くしゃくしゃになった封筒を抜き取る。中には1万円札が3枚。
「今月もありがとねー」
皺を丁寧に伸ばして懐に入れる。
「あのさあ。もーカンベンしてくんない? 高校生が毎月3マンも捻り出すのタイヘンなんだよ?」
うんざりしたように切り出す。
「またまたー。いつもの痴漢詐欺で稼げばいいじゃないッスか」
この女もまた恐喝されていた。
伊賀はネットの暗部にある「痴漢おすすめスポット」という掲示板に、自分で「痴漢しやすいおススメの女子高生」として自分の容姿や利用するバス、時刻を載せている。
それを真に受けたカモが痴漢を実行すれば、大騒ぎをして示談金をふんだくる。
結果、同じ穴の狢である快児に弱味を握られ、こうして上前を撥ねられていた。
「前に痴漢騒ぎ起こしたサラリーマンのオッサンと、示談成立したんだろ? けっこう踏んだくれるんじゃないッスか?」
そのサラリーマンと、つい先ほどまで会っていたことは言わない。
「警察に強請りの常連だって知られちゃったらどうなるだろね?」
おそらく、これまでの「余罪」を洗いざらい調べられることになる。
「もういーよ、さっさと帰れば」
蚊でも追い払うように手を振る。
「あいあい、んじゃね」
「言っとくけど、アタシ未成年だから。犯罪バレたってすぐ出れるんだからね」
捨て台詞に、快児は向き直る。
「そのS高の制服、今はマイナーチェンジしてて、襟が違うし色も薄くなってるッスよ」
快児は、伊賀がニセ学生で、実年齢21歳であることをとっくに見抜いていた。よって、少年法に護られることはあり得ない。単なる虚勢である。
「ちゃーんと勉強しとかないと。悪い人間に騙されちゃうよ?」




