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王の名前を  作者: あまやどり
第五章 未来予知の末路
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詠からの依頼


 病院から車椅子の女性が出てきた。脇に停めたロールスロイス・レイスのドアが開き、女性は車椅子のまま乗ろうとする。


 そこへマスクにサングラスの人間が通りかかった。すれ違う自転車を避けるふりをしつつ、車椅子の女性に近づく。

 無防備な女性の背中に、隠し持っていたアイスピックを突き立てようと握りしめたそのとき。


「“こちら”で会うのは初めましてだね、殺し屋くん。どうぞよしなに」


 女性――磯蔵詠(いそくら・よみ)が背を向けたまま、不審者に声をかけた。


「チッ!」


 不審者は黒く濡れたアイスピックを振り下ろすことなく、舌打ち一つ残して逃げて行った。



* * * * *



「うわあっ!」


 女は絶叫とともに布団を跳ね上げた。額からは滝のような汗が噴き出している。


「げ~、またかよ……」


 手元にあった日本酒の瓶を引っ掴むと、ラッパ飲みする。大量に口から零した。


「クソが!」


 すぐに飲み干してしまう。空き瓶を壁に投げつけて叩き割った。


「うるせーぞ何時だと思ってやがる!」


 安アパートの壁は薄い。隣の部屋の住人が、乱暴に壁を叩いて抗議した。


「黙って死んでろよ雲助(トラック運転手)!」


 仕返しに、散乱していたビール瓶を何本も壁めがけて投げつける。付き合い切れなくなったか、隣人は静かになった。


「勝った。ざまーみろ、負け組が」


 部屋の隅には、巨大なライオンが寝そべっていた。ただし、尻尾部分だけは蛇である。

 堕天使ヴィヌ。序列は45位。家主の狂態を感慨なく眺め、再び午睡(ひるね)に戻る。

 この堕天使は、契約者に未来予知(プレコグ)を与える。

だが同じ予知でもボディスのそれと異なり、断片的な静止画像で、日時も定かでないケースが多い。


 であっても、例えばいきつけのパチンコ店の当たり台や値上がりする転売品を視ることが多々あり、それなりに有益で生活を潤していた。


 だが数日前から、同じ予知ばかりを視るようになった。

 

 車椅子の女に殺される夢を。

 車椅子の女が見下ろす中、自分は苦悶の表情で血を吐いて這いつくばっている。


 予知は、今のところ100%現実のものとなっている。このままでは遠からず殺されてしまう。


 立て続けにタバコをふかす。高校に上がる段階でアル中、ニコチン中毒の両輪に足を突っ込んでいた。女は世の中を舐めて生きている。だが、このままでは殺される、という未来を視てしまっては、怠惰ではいられない。


「変えりゃあいいんだろ。あのクソメガネを殺して、未来を変えてやる!」



* * * * *



「路上で襲われた?」


 学校からの帰り道、蓮は詠のロールスロイスに無事拉致(らち)された。


「うむ。幸い、未来予知(プレコグ)で視た場面だったので、穏便にお帰りいただけたがね」


 フェンティマンスを飲みながら雑に説明する詠。定位置の膝の上には、堕天使ボディスがいる。相も変わらず、人間の動向に興味がなさそうだった。詠が襲われた際も無関心を決め込んでいた。


「そこで親友の出番だ。犯人探しの協力をしてくれたまえよ」


 またもや難題を振られる。詠は初対面時から蓮を親友呼びしていた。


「いやいや、こんなモヤシに頼られても。警察や探偵社にでも頼んだ方が――」


「日当は1日2万円でいいかね?」


「やります」


 蓮の操縦法をよく理解しているパトロンだった。


「これでレオーニの本が買える。仮に解決に20年かかったら、1億4千万円かー」


 奇書「平行植物」に思いを馳せて皮算用を弾く。


「そこまで待ってたら化石になってしまうよ」


 依頼主は苦笑した。





「犯人に心当たりはあります?」


 素人ながら、まずは動機の線を洗うことにする。


「ないな。サングラスとマスクで顔を隠していたが、知らない女だった」


 首を横に振る。女性だったらしい。


「雰囲気とか、印象は?」


「世間の隅でふて寝してる駄目人間、というところだな。服も皺だらけで言葉遣いも悪い。あと、酒の匂いがした」


 言動や衣類から、荒んだ背景の人間であると推測していた。


「イヤな方向に具体的ですね。動機ですけど、最近何か変わったことやりました?」


 素人捜査を進めてゆく。


「3日前に初めてスクラッチくじというものを買ってみたよ。アニメキャラの海賊が可愛かったのでね。500万当たった」


 スクラッチくじはその場で当たり外れが分かるスピード感が人気である。


「うわ、それは羨ましい」


 詠は未来を断片的に視ることができる。株やギャンブルなど、その気になれば資金を得る方法がいくらでもあった。書籍購入資金のためにコンビニのバイトを検討中で、10円単位の時給に目を尖らせている蓮としては小憎らしい。


「窓口のおばちゃんに頼まれて記念写真を撮ったな。周囲の刺すような視線が心地よかったねえ」


「良い根性してるよ、まったく」


 お陰で、詠は手元不如意になることがない。 



「でも3日前か。強盗にしては寝坊すぎる」


 スクラッチくじを動機に組み込むのはオミットする。


「凶器を用意してたんだから、突発的な犯行ではない。病院へは定期的に通ってるんですか?」


 生活のルーティンに通院が入っているなら、事前に待ち伏せをすることができる。


「いや、たまたま目の調子が思わしくなくてな。急遽予約を取ったのだよ」


 目線の動きから、視力もかなり悪いのだろうと蓮も察していた。


「なら日頃から尾行されてた? プロの殺し屋とか?」


「にしては不審者丸出しの挙動だったぞ。走って逃げたし、車もなかったようだ」


 プロの手口、という可能性も取り下げる。


「話を総合すると。手口も思考もお粗末ながら、なぜか詠さんを待ち伏せしてた、ってことになるんでは?」


 不審な顔つきをする蓮。


「絶好の釣りポイントに、釣り竿を忘れていくようなちぐはぐさだ」


 待ち伏せという最高の条件を、手際と用意の悪さが帳消しにしている。


「ふうむ。つまり、敵も未来予知能力者である、という仮説も成り立つのではないか?」


 細い指を顎に絡めて考え込む詠。


「あ、それなら納得はいく、か?」


 叩こうとした手を止める蓮。


「いや、なぜ詠さんを狙うのかは不明のままか。肩書きが不審者から覗き屋に変わっただけだ」


 進展しているのか空転しているのか、頭を捻る蓮だった。


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