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王の名前を  作者: あまやどり
第四章 ソロモン王、堕天使を勧誘す
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アイン・ソフ(無限の本質)

 デカラビアはバエルを見ると露骨に嫌な顔をした。


『邪魔するにゃ、単眼公』


『邪魔をする自覚があるなら敷居を跨ぐでない』


「大人げないこと言うなよ、狭量ヒトデ」


 (たしな)める。文句は言いつつも、デカラビアは妨害などはしなかった。


「堕天使同士ってもっとこう、連携とか連帯感とかあるのかと思ってた」


『キサマはアレか? 同じクラスだからといって全員と仲良くしておるのか?』


「……うん、俺が間違ってたかも」


 友人どころか、会話した級友すら数えるほどしかいない。


「考えてみりゃ、ずーっと1人でゲームばかりって、典型的なコミュ障の陰キャだな」


『世界中でキサマにだけは言われたくないのである』


 やはり似た者同士と言えた。



 コンビニで買ってきたキャットフードを皿に盛る。黒猫バエルがそれを平らげる様は、普通の猫と変わりない。


「ホントに堕天使なのに実体があるんだな」


 健啖なバエルを見て漏らす。


「バエルは多重存在……有り体に言ってしまえば“存在する場面の数だけ実体を持つ”性質なのです。ハルファスのアティルト界に存在していたのも、偶然ではないのです」


「う、うーん?」


 ソロモン王がこの時代に飛ばされた場に“居合わせた”のも必然である。それを理解していたからこそ、黒猫が計ったように玄関先にいたことにイデアは驚かなかった。


「翻って、“この世界この場所にバエルが存在していなければおかしい”という逆説的な……」


「?????」


 傾いた首が90度を超えた。


『コヤツのおつむで高次の魔術講義は消化しきれんのである。脳ミソがバターになるぞ』


 デカラビアの言葉に素直に頷く。


「うん、ギブ。実体がある、って認識だけしておく」


 理解できないことを理解しないままで捉えるあたり、蓮は柔軟と言えた。





『ここが良い。ここでひと眠りするにゃ』


 黒猫バエルは自分の話題もどこ吹く風で、蓮の膝の上で丸くなる。


「ここ! ここに座りなさい!」


 イデアが自身の膝をぽんぽんと叩くが、猫は取り合わない。猫を「真のペット」と言う国柄だけに、猫は好きらしい。


『そんな薄く細い枯れ枝の上で落ち着いて寝られにゃいのだ』


「まあ! 不敬な!」


 猫相手に言うことではない。蓮はバエルを撫でてみる。艶やかな黒い毛並みは、触れてみると普通の猫と変わらない。


『今の食い物と膝枕が気に入った。暫く厄介になるにゃ。先の供物を毎日供ぜよ』


 言うだけ言うと、目を閉じて寝息を立て始める。


「気に入ったのか、あれ。噂には聞いてたけどホントに猫まっしぐらだな」


 スティック状のペットフードを眺める。


『下僕のように扱うでない。そやつは余の大事なカネヅルであるぞ』


 寝顔にエキサイトしているヒトデ。バエルはデカラビアとの「同居」は苦にならないらしい。


「せめて契約者って言ってくれ、生々しい」


 噓は云い辛い、デカラビアの言だった。




「話を聞くに、イデアとバエルの“カアナンの王”には違いがあるみたいだな」


 そして、イデアはバエルの言うところの「カアナンの王」の条件を満たしていない。古代イスラエル王国時代には満たしていて、契約していたにも関わらず、である。


「国を喪ったから、“王”ではなくなったいうことでしょうか……」


 イデアが暗い顔になる。黒猫は答える気がないようで、寝入っていた。


――血統による統治を鼻で笑ったバエルが、国の有無で王を認定してる、ってのも妙な話だけど。



 蓮は違和感を抱く。が、この場はイデアを励まそうと、努めてポジティブに考えようとする。


「でもさ、契約できなくとも、バエルがこの家にいてくれるだけで最強のボディガードになるんじゃないか? なんたって実体を持つ序列1位だ」


 ソロモン王ことイデアを恨んでいる堕天使たちも、バエルがいるとなれば――たとえ契約していないとしても――手出しを控えるかもしれない。

 肯定前提で発した質問に、なぜか少女も海産物も押し黙る。


「あ、あれ?」


「バエルは実体を持ってはいますが、黒猫単体では大した力を発揮できません」


 言葉を選ぶように説明する。蓮はネットで検索し、バエルが猫、カエル、人間の姿を持つ異形の堕天使であることを確認する。


「バエルが十全に力を発揮するためには、依り代を3つ必要とするのです。3位制の反存在なので」


 後半は、神学に疎い蓮には理解できなかった。


「いまのままだと?」


『電気の通ってない冷蔵庫、ゲーム機本体のないカセットであるな』


「ただのインテリアじゃないか」


 それが今のバエルであるらしい。


『逆に、“常に実体を持っておる堕天使”などという存在が、力まで無制限に発揮できたら塵界がどうにかなってしまうである』


「そりゃまあそうか。いろいろバランスが壊れそうだ」


 蓮も納得する。


「要は、いまのままならただの猫とほとんど変わらないってことか?」


「はい。ですが依り代が揃うことはまずありえません。期待するだけ無駄でしょう」


 蓮や時間跳躍したイデアは預かり知らぬことであったが、バエルがその条件を満たし、十全に力を振るったのは直近でも17世紀のセイラムである。現在より400年以上も前だった。


 黒猫の頭を撫でる。

 どうやら「バエルが本領を発揮することは極めて難しいようだ。それ以前に、契約すらも出来てない状態なのだが。



――指輪を失った王様に、力を発揮できない序列1位か。宿題ばっかりが溜まってく気分だ。



「とんだ張り子の()だ」


 密かに嘆息した。


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