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王の名前を  作者: あまやどり
第四章 ソロモン王、堕天使を勧誘す
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古代王国はブラック企業?

「……はあ。やっと帰ってこれた」


 疲労で重くなった足を引きずって、ようやく帰宅を果たす。見慣れた自宅を見上げて、蓮は安堵の息を吐いた。


 玄関で声を掛けたが返事がない。ソロモン王――イデアはリビングでテレビを食い入るように見ていた。特に面白味も独創性もない情報番組であったが。目まぐるしく変わる画面。映し出される景色や街並み。古代イスラエル王にとって、それは正に光と音の洪水だった。


「ただいま」


「あ、あら。早かったですわね」


 リビングに入ったところで声を掛けると、ぴょこんと頭を上げた。が、すぐに怪訝な顔をする。


「なにやら、精悍(ハザク)になりましたわね」


「そんなコロコロ印象変わるもんか? まあ、余裕ないカオしてるんだろうな」


 死線を経験した故のことであり、言わば「腹が据わった」とイデアは言いたかったのだが、上手くは伝わらなかった。


「学校には行かなかったんだ。通学中に酷い目に遭ったよ」


 ハルファスとの戦闘を語る。


「まあ、ハルファスのアティルト界に?」


「まったく、よく生きてたもんだよ。もうクタクタだ。学校に着く前に行き倒れると思って引き返した」


 着替えた蓮はソファで脱力している。どの道学校に行けたとしても、ボロボロの制服では要らぬ注目を浴びたことだろう。



――ただの人間が、堕天使のアティルト界から生還するなんて。なんて強運!


 無論、蓮の洞察力があってこその生還で、運のみで凌いだわけではないことも理解している。


「わたくしが助勢できれば良かったのですが」


 イデアの魔力が尽きていることはデカラビアから聞いていたが、触れないでおく。代わりに、ソロモン王繋がりで閃くものがあった。


「あ、でもイデアに居てもらった方が話が通じたかもな。なんたって元の指輪の持ち主だ。話し合いでハルファスも矛を収めたかも……」


 推論を述べる少年とは裏腹に、少女はなんとも言えない表情を作る。


『王の健在を知っても、皆冷淡であろうよ。余を見て分からぬか?』


「え、ソロ、イデアって、ひょっとして堕天使みんなに嫌われてるのか?」


 容赦のないことを口走ってしまう。思わず少女の方を見やると、気まずそうに視線を逸らせた。


『第一、ハルファスなぞは、王がこの地に来たのを目撃しておるではないか。であるにも関わらず、シカトしておるのだぞ』


「あっ、そういえば」


 イデアが指輪の力でやって来た際――気力(えねる)が死んだ場面でもあるが――ハルファスは確かにその場にいた。が、意に介さず、声を掛けることもなく去っていった。


『この多重債務者兼失地王はな。余ら堕天使を神殿建築の労働力としてボロ雑巾の如く()き使って扱き使って扱き使い倒したのである!』


 どうやら、デカラビアがソロモン王を恨んでいる理由はこの辺りにあるらしい。


「だ、だって人間の力だけでは100年かかっても完成しそうになかったので。神殿奴隷の制度を整えてしまった後でしたし……」


 反論もどこか弱弱しい。理由が「人間の都合」でしかないことにイデアも負い目に感じてはいるようだった。


 ソロモン王は内政に尽力した王であるが、その中には奴隷制の整備も含まれる。奴隷を財産と規定して私有奴隷、王家奴隷、神殿奴隷など細かく待遇を区分した。安息日には休息する権利なども与えている。これを以て当時は奴隷制度のことを“ソロモンの奴隷”と呼称している。ソロモン王の偉大な実績の1つである。

 もっとも、それが原因で神殿建築の作業が進まず、堕天使を積極的に利用せざるおえなかった、という皮肉な結果を招くことになった。



『悪性の堕天使などは、何か悪さするたびに(かせ)までつけられて神殿建造に従事させられておったからな。むしろ、王の健在を知れば積極的にド突きに来るであろう』


 超常の存在であり、人間よりも「格上」を自認している堕天使が、指輪を盾に奴隷のように使役されて、誇りが傷ついたであろうことは想像に難くない。


「えー、つまり。ソロモン王と堕天使の関係って、“落ちぶれたブラック企業の社長と元従業員”みたいなものなのか。そりゃあ見つけたら石の1つも投げたくなるな」


『良い(たと)えであるな。花マル3つである』


 生まれついての王であり、他人の権利をあくまで「恵んでやるもの」と考える時代の人間には無理なからぬ考え方であるが。


「と、ともあれ! 話をハルファスに戻しましょう!」


 「零落したブラック企業の元社長」は強引に話柄を転換させた。




「事実、俺だけならどうなってたか。なんだか不思議な猫に助けられたんだよ」


『「猫?」』


 細部を聞いていなかったデカラビアが、イデアと声を揃える結果になって嫌な顔をする。

 猫が可部気力(かべ・えねる)の家を突き止めることに一役買ったことを説明した。


「ハルファスのアティルト界、動物は出入りフリーだったのかな」


 デカラビアの説明では、アティルト界は誰を閉じ込め、誰を拒絶するか創造者が設定できるらしい。


「どうでしょう。確かに堕天使は動物に寛容な者が多いですが。牛以外」


「牛以外」


 牛は基本的に神への供物という側面が強い。


「わたくしの国では猫は神聖視されておりましたが……」


 古代イスラエル王国では、猫は“真のペット”と呼ばれ愛されていた。


「ふうん。黒猫でもそうなのか? 中世だと魔女の使いってイメージがあったらしいけど」


「黒?」


 そこで、猫の色には言及していなかったことを悟る。


「ああ、黒猫だった」


「レン、それはバエルですわ!」


 イデアが立ち上がった。



 見知らぬこの土地で堕天使を見つけること自体が至難である。さらにはソロモン王を恨んでいる者が多い。

 だが、運よく堕天使を見つけることができて、利害が一致すれば。そんな空想に近い希望が向こうからやってきたように感じた。




「レンのお蔭で、これからの方針が決定いたしました。バエルと契約を結びましょう!」


 説明に先んじて結論を述べる。


 「いずれやって来るであろう悪霊を迎え撃つ」という大目標が定まっているだけで、具体的な行動指針などはまだ決まっていなかったのだが。


「あの黒猫が堕天使だったってのか? バエルってたしか、序列1位の堕天使だよな?」


 結論が唐突すぎて、理解が追い付けていない。


「そうです。黒猫の姿を取る堕天使は他におりません」


 バエルは人間とカエルと猫、3つの身体を持つ異形の堕天使である。「西の王」或いは「魔女の王」という異名がある。


「堕天使だとしたら、なぜ俺を助けたんだろう」


「わたくしに縁があったからではないでしょうか。バエルと契約出来る人間は極めて限られていますから」


 半疑問形であるが、正解を確信した言い方だった。後半の内容に蓮は首を傾げる。


「? ひょっとして、堕天使は人間なら誰とでも契約できる、てなわけにはいかないのか?」


 蓮には初耳であった。


「……デカラビア。レンに何も説明していなかったんですの?」


 半眼で堕天使に確認する。


『無益であろう。契約さえさせちまえばこっちのものである』


「悪徳商法か。悪徳商法だったわ」


 『契約しなければ町ごと焼き払う』と脅された、堂々たる前科があった。

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