黒猫
歩いていると、見覚えがある路地に出た。
「ここは……あいつと対決した小路にそっくりだ」
強盗をしでかした可部気力に蓮が追い付き、戦った場。気力が自滅した場。
チリン、と鈴の音が響いた。
「はは、ハルファス?」
泡を食って警戒するが、そこにいたのは1匹の黒猫だった。首輪に付いた鈴が鳴ったのだろう。道の端で、蓮をじっと見つめている。
にゃーん
甲高い声で蓮に話しかけるように鳴く。
「こ、こらっ、鳴くな!」
黙らせようと手を伸ばすと、猫が袖口を噛んで引っ張った。直後、背後から銃声がした。元いた場所に、銃弾が突き刺さる。
「あっぶな!」
『見つけたぞ! 小僧!』
かなり遠くの信号機の上で、狙撃銃を器用に構えるハルファスの姿があった。鳥の望遠視力、拡大視覚は人間のそれを大きく上回る。残した足跡、服の繊維などの痕跡から居場所を洗い出すことなど造作もない。一方の蓮は、羽音で察知できると油断していた。
この距離は逃げるにも都合が悪かった。信号機から飛び降り、翼を広げて滑空してくる。豆粒ほどでしかなかった姿がぐんぐんと大きくなってゆく。
「鳩のくせに鷹の目って身分詐称じゃないか?」
名称にケチをつける。
『決闘ダ! 小僧!』
ハルファスが弩弓を組み上げ、距離を詰めつつ撃ちこんでくる。突撃しながらの斉射は、古代で定法の1つだった。命中率が高い。
『突撃!』
矢は柱を盾にやりすごした。間髪入れぬ突撃だが、速度が乗っている分、直線的で読み易い。設置型の魔方陣であるロケルには有難いシチュエーションである。
「敵対者ロケル!」
ハルファスが魔方陣を通過し、身体が縮んでゆく。デカラビアの魔術はハルファスにも通用することに安堵した。堕天使は手の平よりも小さくなる。
「鳥って骨が脆いんだろ。鳩サブレーみたいに平たくしてやる!」
ガードレールに使われていた突撃銃を手にする。銃床を叩きつけた。
が、その銃がすっぱりと断ち割られる。ハルファスはいつの間にか、湾曲刀を咥えていた。
無言で――口が塞がっているから喋ることができないのだが――湾曲刀を振り回す。バットのように振り回していた銃は次々に輪切りにされ、ついには握っていた銃口部分しか残らなかった。
「くそっ、小さくなってもバケモノはバケモノか!」
悪態を吐き、銃ではなくなった棒切れを放り捨てる。一方、身体を縮められたハルファスの方も間合いに不自由を感じていた。数歩で剣の射程から逃げ出す蓮を追おうと、再び翼を広げる。
そこを蓮がガトリングガンを拾い上げて乱射した。翼を狙って連射する。体重も10分の1になっているところを狙われて、さしものハルファスも体勢を崩した。旋回に失敗し、民家に突っ込む。
「どこにでも火器が転がってる無法な世界だが、助けられてるな。だがあいつを無手で倒すのは無理筋だ。この世界の核を破壊する方が、まだ望みがある」
数度の接敵で、蓮はハルファス打倒に見切りをつけた。
民家に避難しつつスマホで詠と連絡を取ろうとしたが、繋がらない。
――支援も期待できない、と。家やビルの中まで作ってあるとしたら、“核”なんて見つけられっこないぞ。
闇雲に歩きだす。闇雲にでも歩きださねば、手がかりを得られそうになかった。
駅前の道は途切れており、駅まで続いてはいなかった。いきなり郊外の民家が並んでいる。
「ツギハギみたいな風景だ。しかし、このけったいな地図の、どこに核があるか見当もつけられない」
――このまま狂人の心象の中で彷徨い続けるのか? あの怪物に見つかって殺されるまで。
悲観的な想像をして背筋が寒くなる。
――チリン。
再び鈴の音。数丁先の辻で、黒猫がこちらを覗いていた。
にゃあっ
「お、ここにいたのか」
近寄って行って、抱き上げる。猫は嫌がらなかった。
――さっきは俺を助けようとしたのか?
黒猫はするりと蓮の手から逃れると、右手の一軒家に入って行った。観察してみると、その家だけ妙に造りが細かい。他の家は粗雑な箇所が多いのに対し、壁の汚れや傷まである。
「つまり、気力の記憶に強く残ってるから再現度が高いわけで……つまり、この家は」
家屋の屋根という屋根に、びっしりとと数十台のカタパルトと大砲が組み上げられていた。攻城戦を得意とするハルファスのお気に入りの兵器である。
『トトゥカン!』
瓦や砲弾が放たれる。狙いは蓮ではない。
「うわっ、わっ!」
発射された砲弾に逃げ惑う蓮。砲弾は蓮を狙っていない。業を煮やしたハルファスが、一帯を更地にしようとしている。さながら凶器の雷雨であった。
『良イゾ! ヤハリ攻城兵器ガ風ヲ切リ、モノヲ破壊スル音ハ最高ダ!』
堕天使は屋根の上で破壊の音に陶然としている。
「やっぱアンタ、契約者と似てるトコあるわ。ネジのハズレ具合とか」
蓮は民家に駆け込んだ。あの黒猫が入っていった住宅に。
――あの猫、何かあるんだ。
中小サイズの一軒家に、猫の額ほどの裏庭があった。そこに2体の拳銃人形がある。1体は立って銃を構えており、もう1体は倒れている。頭部からガンオイルが流れ出ていた。
「期待通り、気力の家だったか。で、どう見ても殺害現場だな、これ」
塀や隣家が投石と砲弾の雨で破壊されてゆく。狭い裏庭が幸いし、ハルファスにまだ見つかっていないが時間の問題である。
だが蓮は動かず、じっくりと観察を始める。
貴金属店の死骸模型と異なり、2体の人形にははっきりと顔が刻まれていた。立って銃を構えているのは、鬼の形相をした気力だった。
対して、苦悶の表情で倒れているのは中年女性に見える。
心なしか目元が気力に似ている。
「おそらく、母親か。で、この情景は……」
女性の近くには、箱とぶちまけられた銃器。
――新聞に気力のことが書かれてたな。郊外に母親と同居。野良猫や野鳥を撃って、しばしば近所と諍いを起こしていた、とか。
「で、同居しているはずの母親とは連絡が取れていない……と」
すぐに推論が組みあがる。
「ご近所トラブルか、働いてないからか。とにかく母親が怒った。大方、あいつの銃コレクションを捨てようとでもしたんだろう」
親は子どもに関する問題を、極端な手段で解決しようとする傾向にある。
「で、ブチ切れた気力に撃たれた、と。現実には死体は見つかってないから、庭か床下にでも埋まってるんだろうな」
黒猫が気力人形の足にしがみつき、登ろうとしている。
「何やってんだ危ない」
猫を抱えると、何か光る物が視界に入った。デカラビアの魔眼は堕天使の姿など、隠された魔力を探り出す。
光って見えていたのは、気力の人形が握っているデザートカラーのハンドガンだった。
次回は少々短めです(/・ω・)/




