銃の世界
『約定通リ来テヤッタゾ、小僧!』
気力の側に居たときは変哲のない鳩であったが、アティルト界では差し渡し6メートルほどの巨躯になっていた。鳩の身体に狩猟服と、なぜか鳥打帽を被っている。
「約定してない!」
錐揉み状の体勢で急降下し、地面すれすれで翼を広げて停止する。
『“城塞の堕天使”ハルファス推参!』
高らかに名乗りを上げる。
「ほらみろ、推参なら押し売りの口上じゃないか」
蓮は咄嗟に手にしていた銃の引き金を絞った。乾いた音を立てて銃弾が発射される。
「撃てた。そうか、気力の“撃ちたい”って願望が反映されてるのか」
可部気力にとって銃はインテリアでも大切に保管しておくものでもない。撃つことが最大の魅力であり、存在価値だった。
銃弾は、翼で呆気なく弾かれる。
「うわあ、鳩に豆鉄砲ってか」
『射手ども!』
ハルファス近くの地面や建造物――に模された銃――が分解される。そして弓矢に作り変えられた。20を超える弓矢が、狙いを蓮に絞る。
弓矢が一斉に放たれた。
「て、敵対者ロケル!」
魔方陣を展開、鞄を拡大して盾にする。電柱のガトリングガンを引き抜いて乱射した。
『防衛せよ』
地面が隆起し、城壁となる。銃弾を阻んだ。
だが、銃弾の雨が晴れる頃には、獲物の姿は影も形もなかった。
『フン、小僧メガ。足止メト目晦マシニ使ッタカ。面白イ』
独特の、嘴を吊り上げる笑みを浮かべる。
『ドレ、久方ブリノ実体ダ。サムハイン・ハントヲ愉シムトシヨウ。クルックー!』
蓮は銃撃もそこそこに、一目散に逃げ出していた。あの程度で仕留められるとは露ほども考えていない。
『逃げるのであるか?』
「じゃあ訊くけどな。仮に、真っ向から俺があの化鳥と争ったら、どうなってたと予想する?」
質問に質問で返す蓮。
『キサマは21グラムのダイエットに成功したであろうな』
「ほらみろ、だから逃げるんだよ!」
魂の重さは21グラムと言われている。出来るだけ狭く追跡が難しそうな道を選んで逃げようとする。
「だいたいお前、“堕天使は現世に介入することを禁じられてるのである”とか講釈垂れてなかったか?」
『言ったであるぞ』
アクションゲームを身体ごと動かしながらプレイしているデカラビア。
「ならなんでご本尊が襲って来るんだ! “契約は絶対なのである”はどこに置いてきた!」
『ここはアティルト界である。故にノーカン』
「……なんだその抜け道。外国の大使館が在留国じゃなくて設置国の法律を適用する、みたいな理屈か?」
横紙破りには該当しないらしい。
「訊きたいことが山ほどできた。教えてくれ」
『質問1つにつきゲーム1本であるな』
「足元見やがって」
報酬を確約すれば情報の出し惜しみをしないあたり、デカラビアは付き合いやすい堕天使と言える。
――ひょっとして詠さん、この事態を予知してたのかな。
気前よく大金を報酬を手渡したのは、ここで躊躇しないためか? と訝る。
「このアティルト界、出口はあるか?」
『ないであるな。魔力量の多寡に拠るが、数百メートルで行き止まりであろう』
空を縦横に飛び回る追跡者相手には心もとない広さだった。
「時間制限は?」
『たかだか人間1人から搾り取って創ったアティルト界なぞ長続きせん。いいところ数時間であろうな』
魔力には個人差があるらしい。
「俺が狩られて剝製にされるには充分な時間だなあ。強制的に破壊する方法はある?」
『どんな人間にも拠り所、核となるものがある。それを見つけ出し、破壊すればアティルト界は雲散霧消するのである』
重要な情報だが、
「初対面数分で死んじまったガンマニアのアタマの中なんか分かってたまるか!」
無為と自覚しつつも毒づいた。
後方から音が迫ってくる。蓮は塀――バズーカ砲で作られた紛い物であるが――に身を隠した。
ほどなく、ハルファスが通り過ぎて行った。
「思ったより時間が稼げたな。……そうか。鳥だから一旦着地すると、離陸に時間がかかるんだ」
しかも巨体が災いして、飛行中は翼がバサバサと羽音が喧しい。
「次の質問。あの堕天使のことだ。“城塞の堕天使”って名乗ってたか。周りのものを武器に作り変えるんだな?」
『うむ。特に攻城戦が得意であるな』
飛び道具が好みらしい。
『もっとも、あ奴も限られた魔力で実体化しておる。実物に比べれば遥かにか弱いものだ』
「お、それは朗報」
喜色を浮かべるが。
『本来なればミジンコ対クジラほどの力関係であるところが、イワシ対サメ程度にまで肉薄しておる』
「捕食される立場なのは変わらないのな。サメに勝てるイワシってどんなだ」
蓮としても、無策で対峙して勝てる相手とは思っていない。
「こんなときこそソロ、じゃなかった、イデアがいてくれたら大助かりだったのに」
逆境からないものねだりをはじめてしまう。イデアの大盾があれば、矢程度防ぐことは容易であったろう。
『無理であるな。いまの元雇用主では、盾1枚出すことは適わぬであろう。魔力が尽きておるのだからな』
「ん?」
さらりと重要なことを言い出す。
『時間跳躍は本来、人の身で到底耐えられるものではないのである』
未来や過去を覗き見ることのできる堕天使はいても、時間旅行の出来る堕天使は存在しない。まさに奇跡と言うしかない所業だった。
『裸で深海や宇宙を遊泳するのと変わらぬ。人の姿を保っていられたは奇跡に等しい。纏った膨大な魔力と、フォラスの恩恵であろうな』
「虫歯のために召喚したフォラスか」
ソロモン王がフォラスを召喚し、健康な身体を願ったことが今に至り役立ったのだろうか。
『だが命を拾うのと引き換えに魔力を消耗し尽くしてしまっておる。元雇用主はいまやただの密入国者である』
蓮も跳躍の場に居合わせたが、既に疲労困憊だった。
『魔力が旺盛であれば、あの盾がたった1枚しか召喚できぬはずがないのである』
ボソリと加えた言葉は、蓮の耳には届かなかった。
『単眼公、此処ハはるふぁすノ回廊ダ! オ引キ取リ願オウ!』
ハルファスの大声が響いてきた。堕天使は契約と縄張りに絶対の価値を置く。
『ええい、星辰公と呼ぶのである! 分かっておる!』
堕天使同士の殺し合いを避けるための協定であり、ここはハルファスの作ったアティルト界。デカラビアは「歓迎されざる客」であった。退去を迫られれば、聞くより外にない。
『では、何としても生還するのであるぞ』
「デカラビア……」
『質問に答えてやった分の報酬を買わせねばならんであるからな。4本であるぞ。1本たりともまけてやらんからな』
言うだけ言って姿を消した。
「……オマエの人情は紙風船より軽いのな」
今まで喧しかったぶん、いなくなると沈黙が身に沁みてくる。
「枯れ木も山の賑わいっていうけど。あんなゲーム中毒の不良ヒトデでも、いた方がマシだったな」
実体のないデカラビアではあるが、いなくなればやはり心細い。
無人の街並みを歩く。現実の地理と比較するとかなり大雑把で、異なる部分も目立った。
「地理があやふやなのは、この世界を造った気力がよく憶えてないからかな。なんつーか、本っ当に他人に興味なかったんだな、気力」
アティルト界の構造を的確に掴みつつある蓮だった。やがて、片根貴金属店を見つけた。気力が金の弾丸欲しさに押し入った店である。
中に入ると、店員の死体が3つ転がっている。これも拳銃が人型を象ったものであるが、顔つきはマネキンのようにはっきりしない。目口の部分が僅かに凹み、鼻が少々隆起しているだけで個々の特徴がない。流れ出ているガンオイルは、血液の代わりか。
「強盗事件の被害者だな。アイツにとっちゃあただの獲物だから、顔なんていちいち憶えてないってか」
被害者の人形だけで、気力の姿はなかった。




