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王の名前を  作者: あまやどり
第三章 アティルト界
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襲来

 正直、学校どころではない難題が降りかかっていたが、今日に限っては登校せざるを得なかった。

 以前痛い目に遭わせた群羽(ぐんはね)新洋(しんよう)の不良コンビに、口止めをする必要を感じたからである。


「…‥‥行ってきます」


「いってらっしゃいませ」


 玄関まで見送りに出たソロモン王――イデアの声を背に受け、実に複雑な表情で家を後にした。


 

「やれやれ。とんでもない居候ができちゃったなあ」


 蓮がぼやく。せっかく買い求めた「臓物大展覧会」をめくる手も鈍い。


『なんだ? 納得して匿ったのではないのであるか?』


 デカラビアは昨日蓮に注文させた携帯ゲーム機が届き、早速ゲームをダウンロードしている。


「納得はしたさ。でも納得と覚悟は別問題だろ。病気を治してくれるからって、手術や入院が楽しみなわけじゃない」


 蓮は悲観主義者(ペシミスト)のきらいがあった。


『長い挙句に不老の余には共感しにくいであるぞ、へたくそ』


 少女の話に虚構はあるまい。だが彼女を匿うことは、あらゆるトラブルが予想された。なにせ戸籍も持っていないのだ。そして自分は未成年の身。少女の庇護どころか、自身が庇護される境遇にある。


「俺が押し付けられたのはポーカーのワイルドカードか? ババ抜き抜きのババか? 分かったもんじゃない」


 同じジョーカーでも、ルールが異なれば切り札にも負ける原因にもなりうる。いつ爆発するとも知れない爆弾を手渡された心境だった。


『トンチの利いたことを言うであるな』


 デカラビアが蓮を見た。


「堕天使もトンチって言うんだ」


『トランプのジョーカーの起源は、タロットカード(大アルカナ)の“愚者(フール)”である』


 思わぬ豆知識が飛び出した。


「へー。そうなんだ」


『愚者の正位置の暗示は“始まり”。逆位置の暗示は“破滅への警告”“真の目的”である。キサマの境涯を擬するものであるな』


 これからの未来に不吉な陰を(かざ)されたようで、蓮は眉を(ひそ)めた。


「ど、どうしたんだデカラビア。まるで魔術師みたいじゃないか」


『ムキー! 余は魔術を司る堕天使である!』


 デカラビアが抗議の猛回転を始めた。



* * * * *


 イデアは、己の身体が抱えていた違和感に気付いていた。


――回復が遅い。


 この地に来て以来、魔力(ケセム)の回復が遅々として進まない。

 魔力は本来体力のように、ある程度は自然回復するものであるのだが。

 この世界にとってイデアが「望まぬ客」だからか。或いは時間跳躍の凄まじい負荷により、魔力を根こそぎ奪われてしまった器官になんらかの異常が乗じたか。



「指輪もない、魔力(ケセム)もない魔術具もない。そして……国も民もない」


 失ったものを指折り数える。栄華を誇っていた時分のソロモン王ならば、「魔術の腕」など貴重で高価な魔術具も数多所有していたのだが、今は裸一貫。


「これで、悪霊の王を(たお)せと……?」



* * * * *



 登校の途上。


『ば、バカな……無二の親友に裏切られるとは……! 余の眼を以てしても見抜けなんだ』


 ゲームをプレイして、大真面目にショックを受けているデカラビア。


「……名前で気付きそうなもんだろ。人類最初の殺人者と同じ名前だぞ、そいつ」


 現実の無関心とは裏腹に、ゲームへの入れ込みは凄まじいデカラビアだった。

 が、ふとゲームの手を止める。


(そな)えよ。来るぞ』


 上空を見上げて警告する。


「ん? 備えるって、何に……」


 釣られて空を見上げた蓮は硬直する。


 空を覆うほど巨大な“何か”が、ゆっくりと降りてきていた。半透明なそれは、生物的な脈動をしている。

 牙と鱗が生えていた。


「爬虫類の……口?」


 周りの人間には見えていないようで、動揺しているのは蓮1人だった。

 逃げ切れるわけもなく、ひと呑みにされる。




 気が付けば、やはり路上にいた。ただし、さいぜんとは諸種違和感があった。


「…………なにが起きた?」


 人がいない。先程まで近くにいた学生やOLたちは、影も形もなかった。車はあるが乗客はおらず、路上に放置してある。


 街並みも変わってしまっている。が、どこか見覚えがあり、それでいて不自然さが隠しきれていない。


「なんだここは。空は鈍色(にびいろ)だし、なんだか錆臭いぞ」


アティルト界(精神界)に引き込まれたであるな』


「あてぃると怪?」


 平板な発音でオウム返しする人間に、堕天使は触手をすくめて見せた。


『人間の精神がエーテルと多粘質で造られておることは乳飲み子でも知っておる常識であるが』


「どこの常識だよ。生贄を頭からバリバリ齧るタイプの乳飲み子がいる世界の常識か?」


 余計な茶々を入れている場合ではないが、デカラビアの講義に不要な要素が多すぎた。


『要は魔力(ケセム)のことであるな。このアティルト界は、人間の魔力を搾り取って創り出された世界である。元の人間の願望や心象が反映されておる』


 何の交渉もなくデカラビアが知識を与えているのは、それほどに自分が切羽詰まった状況に置かれている、と蓮は理解した。


「要は誰かの精神世界なんだな? 俺がそこに引きずり込まれた。何者かの攻撃を受けたってことでいいか?」


 敵が潜んでいないか、目を配り周囲を観察する。精神世界ならば警察などの邪魔は入らないだろうし、死体などはどうするなるのか、と気を回す。


『さて、コレは誰の精神世界であろうな』


「誰のって」


 見れば、車も家も電柱も、銃器がレゴブロックのように集まって形作られたものだった。車はハンドガン、電柱はガトリングガン、雑草は弾帯が組み合わさってできている。


 車のドアを掴んで引くが、開かない。掴んていた部分の銃がボロボロと零れ落ちる。形だけで、車としての機能は持ち合わせていなかった。手に残されたハンドガンをしげしげと眺める。


「モデルガン。こりゃあサービス問題だ。銃を山ほど抱えて、撃ち足りないとか言ってたトリガーハッピーがいたな」


 堕天使関係者で、銃に固執していた人間は1人しか心当たりがない。


「あのガンマニアだ。可部気力(かべ・えねる)って言ったか」


 道も、なんとなく覚えがあった。駅前の通りによく似ている。




 出口を求めて歩き始める。


「あいつの精神世界かあ。車も家も自販機も銃。見せかけだけだ」


 気力という人間の闇深さを覗いている気分だった。


「おっと。可部気力は死んでるぞ? 他の契約者がアイツの魔力とやらを利用してるのか?」


 デカラビアが見やる。


『少々思い違いをしておるな』


「ん?」


『貴様ら人間は物質界(アッシャー界)に存在しておるが、位相がズレておるため余らは実体を持つことが難しい』


 堕天使が実体を持たないことの解説を始める。


「人間にとっちゃあ幸運な話だな」


『だが、ここアティルト界ならば、実体を投影することが可能なのだ』


 巨眼で蓮を見据える。


『クルックー!』


 鳴き声が一帯に響き渡った。羽ばたく豪壮な翼が上空に現れる。飛来するは獰猛な目つきをした野鳩。


「つ、つまり、仕掛けてきたのは契約者なんかじゃなく……」


『堕天使本人(・・)というわけであるな』

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